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あんまりはっきりと覚えている訳ではないけれど、綾香が転生した乙女ゲームはちょっと特殊な内容だった。
乙女ゲームには攻略対象と呼ばれる恋愛関係になる男性がいるのだが、私が転生した乙女ゲームの攻略対象は2人。乙女ゲームの中では少なめだ。ヒロインは美月、攻略対象は先輩と先生だった。ヒロインに恋人がいる状態から始まるなんて珍しいし、私はそういう設定のゲームは結構苦手だ。だけど、私がこのゲームを買ったのはーー。……何故だっただろうか、あまり記憶がはっきりしない。
転生の影響なのか、何度も繰り返したはずの先輩ルートもあまり記憶にない。梨華のえげつない嫌がらせの数々が印象的だったのもあるけれど……。まあ、考えても仕方がない。私がやらなければならないことは、美月と先輩を極力避けることだ。
そう決意をして、数週間。
私の周りは拍子抜けする程平和だった。
「梨華先輩!これなんですけど……」
「おーい、英。この前の会議でさあ……」
「梨華ちゃん、今度の全校集会の内容だけど……」
これはこう、以前の資料はここに纏めています、スピーチ原稿は準備できてます!
そう各々に返答し、頼られていることに確かな満足感を覚える。
自分を認めて貰えている、そう感じられることが幸せだった。
「英さんが生徒会に入ってくれて、本当に助かるよ。今度お礼にご飯でもご馳走させて。」
会長が優しい眼差しで私に向かってそう囁いてきた。ただのお礼なのに、色気のある会長の雰囲気に呑まれ顔が赤くなる。
「かいちょー、口説くのは後にしてください。いや、やっぱりダメです。二人っきりとか許しません。」
「抜け駆け禁止です。僕たちも行きますからね。会長の奢りで。」
他の生徒会役員から次々に声が上がり、会長は苦笑する。
「人気者の英さんを独り占めするの、難しいなあ。」と、そんなことを言うものだから、うっかり期待してしまう。
もし会長が私のことを思ってくれるなら、私はーー。
私の心が確かな答えを導き出す前に、「じゃあ、今日はここまで」との会長の声によって本日の生徒会活動は終了した。
***
心が満たされていたから、私は何の為に生徒会に入ったのか少し失念していたのだと思う。
だって、考えもしなかったのだ。
「……美月!?」
目の前に、水滴を滴らせた美月がいた。
「……梨華。」
そう呟いた後、美月は目にはどんどん涙が溢れていった。
私が虐めなくても、美月の虐めは起こっていたのだ。
ーーシナリオ通りに。
***
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
美月の姿を見た私が1番に感じたのは焦りだった。
こんな美月をそのままにしていたら、一緒にいる私にも変な噂が立ってしまうかもしれない。
私が虐めたと思われてしまうかもしれない。それは、絶対にダメ。
ひとまず美月を人気のない場所に移動して着替えさせた。
服を着替え、髪を乾かし、少し落ち着いた美月に質問する。
何があったのか、と。
答えは「わからない」だった。」
トイレに入った瞬間、突然上から水が掛けられたのだと。呆然としてしまったが、すぐに冷静になり慌てて外に出たのだが、もう既に誰もいなかったのだと。
その話を聞き、嫌な汗が流れる。
状況含めて、ゲームのイベントと同じだ。
恐らく、この犯人は見つからないだろう。だって、そういうシナリオだ。
ゲームの首謀者は梨華だとされていたが、証拠があったわけではない。梨華が言ったのだ。自分がやったと。
でも、よく考えてみると、梨華は既に自暴自棄になっており、多少の罪が増えたところでどうでも良いと思っていた風でもある。もしかしたら、ゲーム内の嫌がらせも、梨華以外の人達が行ったものもあったのではないだろうか?
そして、それは全部梨華が行ったと認識される。
ーーゾッとした。
美月に関わらないだけでは足りない。守らなければならない。
そうしないと、私は全部を失う。
ーーなんで、私が。
そう思う心を押し殺して、私は優しい笑顔を意識して「私が守るよ」と美月に囁いた。
そうするしか、もう道はなかった。