8 邪眼の勇者
護衛の騎士に押し潰されたまま、レオンはジェイナスが出て行った扉の先を見つめている。コツコツと硬い廊下を歩く足音で、彼が遠ざかっていることが分かった。それはさながら自分の輝かしい未来も遠のいているかのようで、レオンは不意に眩暈がした。
力を抜き、顔を伏せる。もはや抵抗する気も失せていた。すると護衛の騎士はレオンから身体を離し、裏返った机を直し始めたではないか。秘書の女性騎士も自身の机に戻り、書類の整理を始めている。
「……オレを裁かないのか? 殺すだけの価値も無いと?」
剣を収め、立ち上がる。レオンはおずおずと二人を順番に見つめ、静かに聞いた。護衛の騎士は、無言で溜息を吐いている。
「ジェイナス様は、あなたに去れと言いました。魔眼を返し、大金貨三百枚を差し上げる――とも。依頼だって、達成していますしね。そうである以上、私たちには、あなたを裁く理由も権利もありません」
書類から目を背けることなく、秘書の女性騎士が言う。だが、そんなことでは納得が出来なかった。
「ふざけるな! 何事も無かったかのように、ふるまえって言うのかッ! ジェイナスを裁けッ! あいつはオレの両親を殺し、目を奪ったんだぞッ!」
レオンは未来を視ていながら、失敗をしたのだ。何をどう失敗したのか、それが分からない。意固地になっていた。だからレオンは食い下がり、秘書の机に手をバンと付き、問い詰めようとしたのだ。無様だった。
「だから、あなたも裁かれない。そう理解すべきでは?」
「なん……だと?」
「あなたは、あの時に正義を遂行すべきでした」
初めて秘書は顔を上げ、真正面からレオンを見つめている。澄んだ青い瞳は、どこかジェイナスと似ているとレオンは思った。バルバロイとも……。
「ジェイナスを殺せば良かったとでも? だが、アンタらはオレがそうしようとしたら、止めただろう?」
「いいえ。あなたは父を殺す権利をお持ちでした。そのことを父もまた、認めていたのです」
「父――……? アンタが娘だったのか……」
「ええ、そうです。それに父があなたを呼んだ理由こそ、贖罪の為でした。あなた以外に呼び寄せた冒険者は三人とも、両親を殺されて左目を奪われているのですよ。つまり父は――……自分が両親を殺し、左目を奪った少年を探していたのです」
「それが、どうしてオレだと分かったんだ?」
「父と私の目は、真実を視るという能力を持っています。つまりあなたが嘘を吐けば、たちどころに見破ってしまう。だからあなたの過去を聞き、考え方を聞いた時、私達はあなたが父の被害者だと知ることが出来たのです。それで、あなたに依頼をした」
「なんだと? どうして、そんな回りくどいことを……?」
レオンはいきなり知らされた情報に、混乱していた。それでも強引に思考を進め、自らを納得させる。
「――いや、その前に、この部屋で魔眼は使えないはずだろう? なのにどうして、オレが嘘を言わなかったと分かるんだ。おかしいだろう!?」
「簡単です。この部屋では、真実の魔眼だけが使えるのですから」
「なっ……」
「その時、父はあなたの話が真実であると知ったです。そして先程、あなたが嘘を吐いたことも知っていた。レオン――……あなたは未来視の魔眼を使って、騎士団に入る未来を視ていたのでしょう?」
■■■■
レオンは目の前のジェイナスの娘を睨みながら、辛うじて言った。
「――ああ、そうだ。オレはジェイナスを問い詰め、騎士団へ入る未来を視た」
「それはきっと、正しい未来の在り方だったのでしょう」
「なぜ?」
「だってそれはバルバロイの救出が、あなたの入団試験だったのですから」
「なに……?」
「つまりあなたは、見事にミノタウロスを倒した。これをもって金竜騎士団へ入団することは、十分に可能だったのです。でも――……」
一度言葉を切って、ジェイナスの娘は溜息を吐いた。
「父は、たとえ自分が殺されても、あなたを入団させろと言っていました。あるいは、あなたが口汚く自分を罵り、暴れたとしても。
ですが嘘を吐いた時のみ、騎士団への入団を認めないと決めていたのですよ。どうしてか、分かりますか?」
レオンはゆっくりと首を左右に振り、「分からない」と答えた。
「その行為には、一片の正義も無いからです。たとえどれほど優しい嘘であっても、そこに正義は無いんです。分かりますか――だからあなたは、弱きを助ける騎士に相応しくない」
「なっ……」
奥歯を噛み締めギリギリと鳴らしながら、レオンはジェイナスの娘を睨んでる。ぐうの音も出ないとは、このことであった。
「でも、依頼を果たした報酬を受け取る権利なら、当然あります。それに、その魔眼だって元々はあなたのモノですから」
ジェイナスの娘はニッコリと微笑み、再び整えられた応接セットへ手を翳している。そこには魔眼の入った小瓶と大金貨が詰まった革袋が置かれていた。
「それで、納得すると思うのか!?」
「納得していただかなくては困ります」
「ジェイナスは――……あいつはそれで、オレの両親を殺しておきながら、のうのうと生き続けるってのかッ!?」
「それを選んだのは、あなたでしょう。あなたには、父を殺す機会を十分に与えたはずです。あなたの腕であれば剣を抜いた瞬間、父の首を刎ね飛ばすことだって出来たでしょう? でも、それをしなかった」
「それは、まだ話があったからだ! こうなると知っていれば――……」
「未来が視えていれば、という意味ですか? そうしてあなたは、正しい選択肢を選んできたつもりでしょう。でも、そこに正義はありましたか? どうしてあなたは、邪眼などと呼ばれているのです?」
ジェイナスの娘は、薄笑みを浮かべながらも容赦が無い。
「いいですか、レオン。あなたはご自身の両親が、私の祖父母――つまりジェイナスの両親を殺したことを、ご存じ無いのです。
それだけでは無い。あなたのご両親は父から奪った魔眼を売り、郊外に土地を買った。そうして自分の畑を手に入れたのです。あなたが生まれたのは、それから暫くして後のこと……」
「……そ、んな。嘘だ……父さんと母さんが、盗賊だったなんて……」
「嘘を言って、何になると言うのです。もし真実を知りたいと思うのなら、私の目を抉ってみればいい。真実が視えますよ。なにせ真実の魔眼ですからね。でも、そうして御覧なさい。私は必ずあなたの子供から、片目を抉って見せますからね」
プラチナブロンドの長い髪を指で耳に掛けながら、ニッコリと笑うジェイナスの娘は美しい。瞳はまるで、青水晶のようであった。
だが、そんな彼女をレオンはもう、正面から見ることが出来ない。完全に負けた。彼は天井を見上げ、下唇を噛んでいる。白地に金を散りばめた豪華な天井には、正義を司る神の絵が描かれているのだった。
――――
この後レオンは海を渡り、未だ多くの魔物が跋扈する島へ辿り着いたという。
彼はその地で多くの魔物を倒し、やがては魔王を名乗る敵も討ち果たしている。
そうした結果、彼は民衆から「魔眼の勇者」と呼ばれるようになり、王にと望まれるようにもなったのだが……。
「レオン様! 魔眼の勇者様! どうか、この島の王になってください!」
「いや、オレは『邪眼さ』。王など無理だ。なにしろ、正義が無いからな」
しかし彼は静かに笑い、この島からも去ったという。
こうして「邪眼の勇者」という伝承は、生まれたのであった。
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