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6 静かな夜に…… 


 バルバロイから左目の魔眼を回収したレオンは、用意してあった瓶にそれを入れ、魔法で栓をした。瓶の中には魔法の薬液が入っており、魔眼を生かしておくことができる。

 闇市などではこの状態で売られることが多く、優れた魔術師であれば見ただけで効用が分かるという。

 もっともレオン自身は見ても効用など分からないから、さっさと瓶の中へしまった訳だが……。


 とはいえ、レオンは魔法も嗜んでいる。だから、魔眼と呼ばれるモノの真贋くらいならば分かった。その意味ではバルバロイから奪った目は、間違いなく魔眼であると確認をしている。


 どうしてレオンが魔法を嗜んでいるのかと云えば、彼が一匹狼だからであった。

 いくら彼に「未来が見える」という特殊能力があったところで、全ての状況を無傷で立ち回ることなど出来ないのだ。

 

 したがって怪我をすれば治療をする必要があるし、休息の結果として夜を迎えることもある。そのような時に備えて、大量の薬草やテント、ランタンを持ち歩いていては冒険者としての仕事に差し障るから、レオンは魔法の習得をしたのだった。


 このような事情からレオンは攻撃や敵に状態異常を及ぼす魔法より、回復や補助魔法を主に習得している。だからどちらかといえば聖騎士に近い属性であり、本来ならば人々から有難がられる存在のはずだ。

 にも拘らず邪眼と呼ばれて忌み嫌われているのは、やはり彼の利己的で排他的な性格が多分に関係しているからであろう。


 実際に今もレオンに助けられたはずのバルバロイが、失った左目を両手で押さえながら、恨みがましい右目でレオンを睨んでいる。


「ボクにこんなことをして、許されると思っているのかッ!?」

「……どういう意味だ?」

「助けてくれたことには感謝するが、しかしボクの目を抉るなんてッ! 金竜騎士団の団員なら、父上にきっと処分して貰うぞッ!」

「残念だったな、オレは騎士団員じゃあなく、一介の冒険者だ。目は、父君から取り戻せと依頼をされている……それを果たしたまでのこと」

「……ぐっ!」


 言葉に詰まり、バルバロイは顔を背けた。


「もう一つ、依頼はある。バルバロイ――……お前を無事に連れ帰れ、というものだ」

「え?」


 レオンから背けていた顔を、バルバロイが再び向けた。


「痛みは取ってやる。だが、傷は完治させない。戻れば自分の目があるのだろう。それを嵌めてから、神官にでも治療をしてもらえ」


 レオンはバルバロイの左目に手を翳した。手の平から青白い燐光が放たれ、先程まで止めどなく流れていた血が止まる。それと同時に、痛みも消失したらしい。

 バルバロイはポカンとした表情でレオンを見上げ、驚きに右目を瞬いている。


「え……回復魔法まで使えるの?」

「……ああ。冒険者の嗜みだ」

「本当に冒険者――……なの?」

「ああ」

「どうして……ああ、そうか。父上は、どうせボクが失敗すると思って。そんなの、騎士団の部下達に知られたくないものね……」

「さあな、ヤツの思惑など知らん。依頼内容が、お前と魔眼を無事に持ち帰ることである以上、思惑など知る必要も無い」

「ボクから魔眼を取り外したのも、安全を考慮したから――ってこと?」

「そうだ。慣れない者が魔眼を発動し続ければ、命に係わることもある。特にお前のような半端者は、すぐに魔力を枯渇させて動けなくなるからな」


 事情を語れば、そういうことである。別にレオンはことさら嫌がらせでバルバロイの眼窩に、指を突っ込んだわけではない。あくまでも、それが合理的だと判断したからだ。

 もっとも、そこにがめつい計算が無かったとは言えない。例えばどちらか一方を失ったとしても、一方を持ち帰れば報酬の半分くらいは貰えないだろうか、という算段である。


 ともあれバルバロイがある程度回復したところで、レオンは地上へ向かい歩き始めた。バルバロイの方もレオンがミノタウロスより遥かに強い相手とあって、もはや毒気を抜かれている。大人しく彼の後について、迷宮の出口――或いは入口へ向かい歩き始めたのだった。


■■■■


 その夜、レオンたちは王都への道中にある小さな街に宿をとった。レオンだけであれば、もっと先へ進んで野宿でも良かったのだが、バルバロイの体調を考慮してベッドへ寝かせることにしたのだ。


 珍しく優しさを発揮したレオンであったが、しかし資金の出どころはジェイナスの財布だ。所詮は自分が楽をしたかっただけ――という可能性もある。その辺りのことは、レオン自身でも余り定かでは無いのだ。


 だが実際、バルバロイは疲労の極致にあった。宿に着くと即座に彼は、若い身体をベッドに横たえ眠ってしまう。まだ太陽が沈む前のことであった。


 傷や怪我はレオンの魔法により回復したが、精神的な疲労や睡眠不足を魔法で回復させることは不可能だ。

 きっとバルバロイは迷宮に籠ってからというもの、眠らずに戦っていたのだろう。彼の実力では結界を張ることが出来ないから休息も出来ないし、休息出来ないという事は、常時魔眼を発動させ続けるしか無いということだ。そうした疲労の蓄積が、バルバロイを深い眠りの世界へと誘ったのであろう。


 こうなればレオンだけで宿の一階にある酒場へ、という訳にもいかない。バルバロイの安全を確保するのも仕事だから、仕方が無いことである。

 だからレオンは二階の部屋に食事と湯を運んで貰い、眠り続けるバルバロイを横目に、とりあえずくつろぐことにしたのだった。


 パンを齧りワインを飲んで、湯桶に張った湯を使い身体を拭く。レオンに男の身体を拭ってやる趣味はないから、バルバロイは着の身着のままだ。いつ目を覚ましてもよいようにパンとワインは確保してあるが、湯はどうせ冷めるからと下げさせている。


 それからレオンは、使用した武具を細々とチェックしていく。自分の命を預ける道具だから、手を抜くわけにはいかなかった。

 そうした諸々が終わると、随分時間が経ったらしい。開け放った木窓から、半月の月光が部屋に降り注いでいた。


「ふぅ……」


 一息ついてバルバロイが眠る隣のベッドへ腰を下ろし、腰の革袋をサイドテーブルに置く。ふと、中に入れた小瓶が気になった。魔眼の入った小瓶だ。

 蝋燭の灯りを瓶に近づけ、レオンは液体の中に浮かぶ眼球をまじまじと見る。瞳孔が収縮していた。生きている――有体に言えば不気味であった。


 しかしレオンは、そんな魔眼に親近感を覚えてしまう。


「似ている……」


 未来が見えて、赤い瞳だ。この特徴と一致する目が、大量にあるとも思えない。ましてや自分の左目は、何者かに奪われていた。

 それらのことを総合して考えると目の前にある魔眼が、自分のものであった可能性を考慮せざるを得ない。


 ――もし、この目がオレのものだったとしてジェイナスは、そのことを知っていたのか?


 そういう仮定の話だ。もしもそうであったなら――という想像に過ぎない。

 その前提の上で、そうであったとしたら――もちろんジェイナスは、知らない可能性の方が高いだろう。


 ――ではなぜ、ジェイナスが未来視の魔眼を持っていたのだ?


 ジェイナスもレオンと同じく、盗賊に生来の魔眼を奪われていた。だから左側には魔眼を装備するスペースがあったはずで、その彼が闇市で未来視の魔眼を見かけたら、買わないという選択肢は無いだろう。

 つまりジェイナスは財力にものを言わせて、より良い左目を探していた、ということだ。そうした中で未来視の魔眼は、彼の眼鏡にかなったと考えることが自然である。


 考えてみればレオンが未だ別の魔眼を左目に装備しないのは、単に目ぼしいものが無いからだ。暗視の魔眼や透視の魔眼は便利そうだが、未来が見えれば、そこまで必要とは思えない。

 

 だが一方で、逆であればどうか。暗視や透視の魔眼持ちであれば、未来視は欲しいだろう。つまりジェイナスが未来視の魔眼を買う動機は十分にあるのだ。

 ならば仮に目の前の魔眼がレオンのものであったとして、買っただけのジェイナスを恨むには当たらない。それに――……。


 ――そもそも、この眼がオレのものかどうか、それすら分からないんじゃあな……。


 そう思いながら、瓶を持ち上げ上下左右から眺めるレオン。実のところ彼には、眼が自分のものかどうかを判断する方法がある。それは、一度嵌めてみれば良いのだ。


 ――しかし、そんなものを確かめて何になる。だから返せ――とでも言うのか、オレは。ジェイナスが奪った訳では無し、今更そんなことを言える義理ではなかろう。


 レオンは眉を顰めた。自らの考えに違和感があったからだ。


 ――いや。もしもジェイナスが魔眼を買ったのではなく――……オレを……オレたち家族を襲った盗賊だったなら? その上で、この眼を奪っていたのなら?


 沸々と、疑問が湧き上がる。あり得ないと思えば思うほど、確かめなければとも思うのだ。

 するともう、止まらなかった。レオンは魔眼の入った瓶を開ける。まずは目が己のものであるのかどうか――それを確かめなければ始まらない。


 結果は、まさしくレオンの左目なのであった。

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