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3 元勇者のジェイナス


 壮年の騎士が二人退室したあと、レオンは室内へと通された。待たされた時間は、五分弱である。


「待たせたな――さ、かけてくれ」


 騎士団長の執務室で、執務机を前に座るジェイナスがレオンを見て言った。低いが、よく通る声だ。

 部屋には彼の秘書と思しき女性もいた。彼女は自身の机に齧りついたまま、サラサラとペンを走らせている。いかにも出来る女性といった雰囲気で、黒地に金糸の装飾も美しい金竜騎士団の制服を着用していた。


 だが、そうした部屋の情景など、レオンには些末事である。それよりも彼は、ジェイナスの容姿に驚いていた。元勇者の左目に、黄金色の眼帯が嵌められていたからだ。それが飾り以外の意味を持っているとしたら、元勇者も自分と同じく左目が無い――ということになる。

 世界屈指の強さを誇る男が身体の部位を欠損させているなど、俄かには信じられないことであった。


「どうした? 片目の男が、それほど珍しいか? お前なら毎朝、髭でも剃る時に鏡の前で目にすると思っていたのだがな」


 部屋の主は僅かに口元を歪め、笑っている。レオンの視線が自分の左目に注がれていることを、瞬時に見て取ったからだ。


「いや、失礼した。まさか元勇者が片目であるとは、思わなかったもので……」

「まさかな。魔王を討ち取るのに、何の代価も支払わなかったと思うのか?」

「アンタの強さは伝説だ、それこそ古代竜だって倒せると信じている。そんな男が怪我をするなんて、誰も思わんだろう?」

「馬鹿を言うな、おれだって人間だ。魔王を相手に無傷で帰ってこれるほど、バケモノではない。お陰で今では左目も無く、右手も左足も作りモノだ。どんな神聖魔法でも治らんから、不自由をしている。男の勲章とでも言えば少しは恰好がつくかも知れんが――……伝説としては些かみっともないかな?」


 どうでもいいことのように、ジェイナスはカラカラと笑った。

 彼は生きたまま伝説となった、魔王殺しの元勇者だ。五十二歳という年齢の割には肌艶も良く、肉体も引き締まっている。実際に強さも相応のもののはずだ。しかし義手や義足である以上、戦えばレオンが負ける相手ではないだろう。


 だがどのような英雄譚でも、ジェイナスが負傷した事実は伏せられている。その理由は、レオンでなくとも推測は容易であった。


 ジェイナスは魔王を打ち破った護国の英雄であり、強さの象徴である。その彼が弱くなったなどと知られれば、それこそ魔族の中に新たな魔王を名乗る存在が現れないとも限らない。彼の存在そのものが、魔族に対する抑止力なのだ。


 だからこそレオンは、まさか元英雄も隻眼だとは思わなかった。思うはずが無かったのだ。

 しかしお互いに隻眼だと分かった今、奇妙な親近感が込み上げレオンは頬を指で掻いている。


「なるほど、アンタも人間……ね。それだけ満身創痍なら、信じるしかないだろうさ。だが、そのことをオレに伝えて、構わなかったのか?」


 レオンは質問をしながら、部屋の中央にある応接セットの前まで足を進めた。ジェイナスも執務机の前から立ち上がり、応接セットのソファーへ向かっている。二人はほぼ同時に、相手を正面に見る形で腰を下ろした。


「構わんさ。と、言うより――おれがこの有様だということを知らなければ、今回の依頼そのものに君は疑問を持つだろう。むろん、この件は他言無用で願いたいが……」

「なるほど、承知した。では早速だが、依頼の内容を話して貰おうか」


 時は金なり――を地で行くレオンは、一切の無駄を省いて単刀直入に聞いた。だがジェイナスは右手の平を正面に出し、静かに「まあ、待て」と苦笑をしている。


「その前に、邪眼のレオン――……君は正直かね?」

「……は?」


 困惑したように、レオンは眉を顰めている。質問の意図が分からない。

 むろんジェイナスの望みは、レオンが正直であることだろう。しかし残念ながら、彼は自分自身を「正直な男」だとは思っていなかった。


 だからここで頷けば、レオンは「正直ではない」ということになる。しかし正直に「正直ではない」と答えれば、その回答はジェイナスの望みに反することだろう。

 過去に追い返された冒険者が、どう答えたのかレオンは知りたかった。きっと、これを間違えたから追い返されたのだろう。


 ――やつらは一体、どう考えた?


 冒険者とは海千山千だ。それなら当然、正直であろう筈もない。

 けれどジェイナスは、正直者を求めている。だったら追い返された奴等は、当然だが依頼者が求める答えを与えた事だろう。その結果、追い返された。


 そう考えてレオンは納得し、ゆっくりと口を開く。


「オレは正直じゃあない――というのが正直な答えだ。ちょっと変な言い回しになるが……」

「フフ、フハハハハハッ!」


 ジェイナスは豪快に笑い、手を叩いている。


「随分と真面目なのだな、邪眼のレオンは。他の奴等は皆、己のことを正直だ――と答えたぞ」

「――だ、ろうな。アンタが、そう望んでいるように見えたから」

「よろしい、レオン。合格だ」


 ジェイナスは大きく頷き、テーブルに置かれた紅茶を飲んでいる。レオンとしては、呼ばれた順番が後だったことが幸いしたようだ。といっても、その幸運を喜んでいる時間は少なかったが。


「では、次の質問だ」

「ということは、まだ合格ってワケじゃあないのか」

「いや、合格したようなものさ。あとはニ、三の質問に答えて貰うだけだからな。ただし、正直に――だが」

「……ああ、分かった」


 レオンとしては、こうしたやり方が好きになれない。互いに隻眼という事で湧きだした親近感も、さっそく泥で埋もれそうだ。それでも大金貨三百枚は魅力なので、レオンはなけなしの忍耐力を発揮しているのだった。


「では、邪眼のレオン。まずは、お前が左目を失った理由を聞かせて貰おうか」


 ジェイナスはじっとレオンを見つめ、答えを待っている。一つだけ残る彼の右目は、レオンに一切の嘘を許さないかのようであった。

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