2 羨望
冒険者ギルドに仕事を依頼したジェイナスは金竜騎士団長として、普段は王宮に詰めている。
輝くような白大理石を黄金で彩った宮殿は、冒険者ギルドのある第三区画からでも夕日に照らされ、燦然と輝いて見えていた。
普段なら金を受け取ったあとはギルドに併設された酒場で酒を呷り、宿に戻って眠るのが根無し草たるレオンの日常だ。しかし大金貨三百枚が掛かっているとなれば、なけなしの勤労意欲に目覚める他なく、レオンはひとまず王宮へ向かうことにしたのであった。
王宮は丘の上にあり、街はそれを見上げる形で放射状に広がっている。だから普段は王宮になど縁の無いレオンでも、道に迷うことなく日暮れ前には王宮の門を潜ることが出来た。
王宮で門衛に名を名乗ると、すぐに一人の騎士が現れた。彼はジェイナスの側近だと名乗り、豪奢な王宮の中を迷わぬよう、レオンの一歩前を歩き主の下へ導いてくれるという。
――随分と親切なことだ。そのうえ顔も良い。よほど恵まれて育ったのだろうさ。
レオンは前を歩く騎士の足元を見ながら、彼が相応の手練れであることを感じ取っていた。
騎士とは家柄に恵まれ、かつ相応の才能を持つ者が幼い頃から弛まぬ訓練をした結果、国王直下の武人たる栄誉を賜った者である。いわば王国のエリートで冒険者風情とは、まるで格が違うのだ。
レオンは才能なら、騎士の誰にも負けていないと自負していた。けれど、生まれが圧倒的に違う。
彼の家はギリギリ土地を持っていた農家だが、街を囲む長大な壁の中に住むことさえ許されなかった。
だからこそ教会へ行くために馬車を使い、その帰りに彼は父母と左目を失って、邪眼のレオンなどと呼ばれ蔑まれることになったのだ。
「ちッ……」
小さな舌打ちをして、目の前を歩く騎士の影を睨む。詮無いことだと分かっていても、黒い感情が湧き上がってくのは止められない。
レオンは騎士の影から目を逸らし、色とりどりの花が咲き乱れる中庭へ視線を這わせていく。これ以上、黒い感情に身を任せたくは無かった。
たとえ目の前の騎士が人生に恵まれていたとしても、それとレオンの不幸に相関性は一切ない。嫉妬心も羨望も、全てはレオンの醜く歪んだ心から発せられたものなのだ。
「美しいでしょう、ここの庭園は――……」
レオンの葛藤を知ってか知らずが、案内役の騎士が明るい声を出した。
「ああ……」
「王妃様が、お好きなのですよ。魔王も滅びて騎士団をいくつか解体した結果、浮いた予算をこうして庭園の整備に回すことが出来たそうで」
「魔王は滅んでも、未だ魔族は出没する。脅威が消え去った訳でも無いのに騎士団を解体して防備を手薄にするなど、理解に苦しむ」
「はは……結局、魔王を倒したのはギルド出身のジェイナス様でした。ですから国王陛下も王妃様も、騎士団は役に立たぬと、所詮は張子の虎だと申されたのだとか。実際ジェイナス様も、こうして重要な仕事はあなたのような冒険者に頼むのですからね……」
「そうか。騎士としては面白く無いだろうな」
「ええ。ですが実際、我々のような貴族出身の騎士は、実戦に縁遠いのです。だからいっそ私は、平民に生まれたかった――……そうしたら冒険者になれたのに……ってね」
不意に案内役の騎士が、表情を曇らせた。
レオンは、なるほど――と思う。
冒険者が騎士に嫉妬や羨望を抱くように、騎士もまた冒険者に嫉妬や羨望を抱くのだ。そう考えれば、多少は留飲の下がる思いがする。とはいえ、こんな甘っちょろい貴族の騎士に同情する気など、レオンにはサラサラ無いのであった。
「……さ、着きましたよ、レオン殿。ここがジェイナス様の執務室です」
「そうか」
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