1 冒険者レオン
嫌な夢を見て、レオンは目を覚ました。
父と母が殺されて、自分も瀕死の重傷を負う――あの日の夢だ。
父も母も、ましてや自分が誰かに恨まれていた、ということはないと思う。
たまたま出くわした盗賊だろう。彼等は人を殺し、金品を奪い去って行く。
当時の人々は絶望に塗れていて、盗賊はよくある職業の一つだった。
レオンは顔を上げ、べとつく首筋に手を当てる。それから失った左目に指を置き、押してみた。空洞だ――やはり目を失っている。
あの出来事がただの夢で、本当はしっかりと目があるのではないか、そんな淡い期待は裏切られた。
残った右目を、開け放った木窓へ向ける。弱々しい星明りが差し込んでいた。まだ、夜は明けていないらしい。
レオンは浅い溜息を吐き、夢の内容思い出してみる。
どうせ今日はもう、眠れそうも無いからだ。
ある夏の夜、父母と共に雨の中、教会から馬車で家に帰る途中の出来事だった。突如として男に襲われ、父と母は殺されたのだ。相手が一人だったか二人だったか、定かではない。
レオンも瀕死の重傷を負ったが、どういう訳か気づいた時には再び教会にいて、真っ白な天井を見上げていた。
救いがあったとすれば、父と母が自分を必死で守ろうとしてくれたことだ。その記憶があるから、レオンは人の愛に絶望せずに済んでいた。
けれど代償として両親は、レオンの目の前で八つ裂きにされてしまう。お陰で彼は数年に渡り、言葉を失った。三十歳になる今でも、余り口数の多い方ではない。トラウマというやつだろう。
両親と共に、レオンは左目も奪われていた。
というより盗賊は、レオンの目が目的だったのだろう。彼の目は、レアな魔眼だった。
当時も今も魔眼は裏のルートで高値が付く。魔術師が研究用に欲する場合もあるし、魔術適性が高い者であれば、移植して能力を引き継ぐこともできるからだ。
今にして思えば、一部の神官と盗賊が結託していたのだろう。そうでなければ、あのタイミングで襲われるワケがない。
けれどレオンは助かった。きっと、誰かが助けてくれたのだ。運が良かった。
そうしてレオンは十五歳まで、教会に併設された寄宿舎で過ごしたのである。
■■■■
「――ジェイナス様がオレに依頼を? どうして?」
白金級冒険者である隻眼のレオンが、ボサボサの黒髪を左手で掻き回している。目の前には白髪交じりのギルドマスターが居て、カウンターの上には小金貨が十枚ほど並べられていた。一つだけ残った赤い目を細めて金貨の数を確認すると、三白眼をジロリとマスターへ向けている。
「そう怖い顔で睨むなよ、レオン」
「どう考えても、おかしいだろう。栄えある金竜騎士団の団長様が、しがない冒険者に仕事を振るなんてのは――……」
しがないなどと言ってはいるが、レオンはギルドの中でも腕利きの冒険者だ。最上位の金剛石級冒険者など、もういない時代である。実存する最高位が赤玉級であり、彼の位階は緑玉級に次ぐ白金級で、実質的には第三位階なのだから。
しかも位階内の順位はこの三期ほど安定して五位以内だし、そろそろ緑玉に上がるのでは――との噂もされているほどだ。
それでもレオンは、誰ともパーティーを組めないあぶれ物だった。何故なら彼の赤い瞳は邪眼と呼ばれ、人々から忌み嫌われていたからだ。
もっとも、それがあるからこそレオンは、三十手前で腕利きと呼ばれる程になれたのだから、皮肉なものである。
もっとも、それだけではなくレオンは剣も弓も斧も熟練し、おまけに魔法の腕も上々だ。長身に赤竜の鱗で出来た軽装鎧がトレードマークで、嫌われてこそいるが、彼を指名した依頼は常にあるのだった。
「おかしかろうが何だろうがなぁ――レオン。相手は元勇者で、今や王国最大の騎士団を率いる団長様だ。そんなお方に仕事の指名をされるなんざ、チャンスじゃねぇか! 上手くすりゃあ騎士にだって取り立てて貰えるかも知れねぇし、報酬だけでもすげぇんだぜ!」
声を潜めながらも興奮した身振り手振りで、ギルドマスターがレオンに言う。彼はレオンが左目と両親を同時に亡くした日の事を知っていたから、何かと親身になってくれるのだ。忌み嫌われるレオンにとって、このギルドマスターは数少ない理解者であった。
「騎士はともかく、報酬はいくらだ?」
「大金貨三百枚」
「……なッ」
レオンが音を鳴らして唾を飲む。平民なら十年は暮らせる大金だ。心の天秤を大いに動かし、レオンはカウンターに身を乗り出した。
「依頼の内容は?」
「知らねぇ、それは直接会って話したいそうだ。人物を見たいとのことだから、もしかしたら国家の重大事に関わる事かも知れねぇな。ただし――……」
「ただし?」
「ジェイナス様はお前以外にも二名の白金級冒険者と、一名の緑玉級冒険者に会っている。まあ、この三人は不合格だったらしくて、それでお前が指名されたって訳なんだけどなぁ」
「――てことは、オレも不合格になる可能性があるってことか」
レオンは眉間に皺を寄せ、グッと虚空を睨む。赤い瞳が輝いて、脳裏にボンヤリとした映像が浮かんできた。
邪眼と言われる彼の目は、未来を視ることができるのだ。どうせジェイナスの下へ行っても断られるのなら、行く意味など無いと思っていた。だから自分が王宮へ行ったあとの未来を見ようと、精神を集中させたのである。
だがしかし映像は砂嵐のようなノイズに変わり、レオンは小さな溜息を吐く。
「流石に見えんな……王宮ってところは」
「そりゃそうだろうさ。そもそもジェイナス様ご自身も魔眼使いだって言うぜ。だから魔眼封じの結界も、しっかり施しているんだろうな」
「ちっ、面倒なこった」
「なら、どうするね?」
「やるさ、断られなきゃあな――……大金貨三百枚をチラつかされて黙っていられるほど、オレは聖人君子じゃあないぜ」
「じゃ、決まりだな、行ってこいよ。ジェイナス様は王宮にいる。お前の名前を出せば、すぐに執務室へ案内して貰えるって話だぜ」
「ああ。いつもすまんな――上手くいったら、酒でも奢る」
レオンは小金貨十枚を懐へしまうと、踵を返してギルドを出る。彼に声を掛ける者はマスターの他に無く、自嘲気味な笑みを浮かべてレオンは王宮へ向かうのであった。
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8話で完結予定ですので、ぜひ最後までお付き合い下さい!