中編【チョコレート】
「おっとそろそろか。この資料まとめて終わりにしよう」
アキラが上がると言っていた18時まであと10分。
横目で確認すると、アキラは既にデスクを片付けシャットダウン作業に入っているらしい。
自分から誘っておいて待たせるのも悪い。
5分程で資料をまとめこちらもシャットダウン完了させる。
これで揃って上がれそうだと、デスクの周りを整理していると。
もう何度目か分からないあの茶番が始まった。
「綾乃くぅーん。今日この後空いてるかーい?」
「すみません部長、今日はこの後予定があるんです」
「そんな予定キャンセルしちゃってさぁ。僕と今後について話そうよぉ」
「いえ⋯⋯これは本当に大事な予定なので──」
さて、またしても何か問題を『作り出さなければ』いけなくなった。
タイミング悪くパソコンは落としてしまったので、別の何かを使わなければならないわけだが。
あまり丁度いい物が見当たらない。
「さーて、こうなるといよいよ⋯⋯」
最近ハゲの行為は目に余るものがある。
散々嫌がってきたが、面と向かって『戦争』を始めなければいけない頃合か。
「じゃあちょっと行ってくるわ」
ポケットに手を突っ込みアキラに背を向ける。
別に格好つけたいとか、見返りが欲しいとかいうことではなく。
誰もやらないなら俺がやる、ただそれだけで。
「待った。俺も行くよ」
「アキラ、お前──」
「飯田だって成績トップの俺にはそこまで強く言えないだろ?」
「かぁーっ。カッコイイねぇ」
これだ。だからこいつは良い奴で、どれだけ能力が高くとも恨めないのだ。
バッグを持ってデスクを離れる。
辞職覚悟で挑む戦いは、しかし意外にも開戦することはなく。
『舎弟』が気張っているならば、『姉御』が出てくるのが筋というものだと。
「ほら千秋、それ貸して!」
綾乃さんの首に掛かった『社員証』を借り受けた志保は、入口の機械へと通す。
ピピッ──という音とともに、綾乃さんの退社時刻が映し出された。
ついでに自分のも通して、綾乃さんの首に社員証を返すと。
「はい部長、千秋はもう退社したので今はプライベートの時間です。女性社員のプライベートに過干渉するのは、さすがの部長と言えど役員会議ものですから気をつけて下さいね?」
「あ、ああ──もちろん分かっているとも。じゃあ綾乃くん、またの機会にな」
セクハラ行為を一蹴し、悠々と退社して行った。
思わぬ援軍、というか大将軍の登場に行き場を失った俺たちの足は。
そのまま社員証を通すと、職場の外へ。
「凄いな志保さん。あの人がいれば一定は大丈夫そうだ」
「なんたってこの俺を舎弟にする女だからな。つーか、マジでおっかねぇ」
もしアキラを誘えなかったらと思うと血の気が引くが、長い廊下へ出た俺は更に目眩がする状況を悟る。
そう、明らかに『女』が多いのである。
まるでアイドルの出待ちかのような光景に、苦笑いが止まらない俺と。
少し面倒くさそうな表情のアキラ。
「イケメンも大変なんだな」
「蒼太、俺の代わりに全部受け取ってくれない?」
「悪いなアキラ──俺はそこまで命知らずじゃねぇ」
「だよね⋯⋯はぁ」
まだ自分へのチョコレートだと決まったわけではないのに、既に受け取りたくなさそうなイケメン。
前提からして俺とは違う世界にいるが、おそらくそれは過去の経験によるもの。
今ばかりはイケメンでないことを神に、いや親に感謝してしまった。なんと失礼なのだろう。
下へ降りるためにはエレベーターを使う他なく、しかしその手前には『番人』がいるのだから必然的にエンカウントするしかない。
『キャー!!』だの『アキラ君ー!!』だのという黄色い声援を、さすがアキラは笑顔で、一方の俺は引きつった顔で上手く抜けると。
エレベーターが動く頃、アキラの荷物は倍くらいになっていた。
「糖尿病で入院したら入院費はアイツらに請求しろな」
「それは一理あるな⋯⋯考えておくよ」
食べきることは前提なんだなと、こいつの良い奴具合に関心していると。
地上に降りたエレベーターの扉が開いた。
「げっ──志保の言ってた通りか」
そこには上の階同様、沢山のファンが糖分の塊を持って待機していて。
「なぁ蒼太⋯⋯俺本当に糖尿病になるかもしれん」
「もはやテロだなこりゃ──」
チョコレートゲリラ戦が各地で勃発していた。
三歩進んで二歩下がるよろしく、一歩進んで二個貰うのペースで『荷物』を増やしていったアキラは。
全てのエネミーを倒す頃、もはや業者と言って差し支えない量の『戦利品』を重そうに持っていた。
「なぁアキラ、お前──」
「言うな蒼太。なんとなく分かる」
「そうか。でもあえて言わせてもらおう、お前ハリウッドスターになったのか?」
「ハリウッドスターはSPがいて車で送迎されてる。そっちの方がまだマシだ」
「間違いねぇ⋯⋯」
SPとしての力量が足らず申し訳なく思う俺だが、しかしもう『戦場』は抜けた。
あとは目的地まで移動するだけである。
「ほら、半分持つよ」
「おっ、サンキュー! 持つべきものは荷物持ちだな!」
「そこはSPにしといてくれよ⋯⋯」
予想外に重い紙袋は、あの子たちの思いが詰まってるからかなどと思いつつ。
向かった先は、会社から徒歩15分の場所にある雰囲気の良いイタリアンのお店。
若い男二人で入るにはさて、という感じではあるが、もうあと数分で姉御が来るはずだ。
ならばその前に、今後の展開を説明しなくては。
「というわけでアキラくん目的地に着きました。と言いますのも、実はこの後──」
「分かってるよ。今日わざわざ誘ってくるなら誰か来るんだろ?」
「あははー⋯⋯まぁそりゃバレてますよね」
もう一度言うが、服についたネギから昼飯を当てるような男だ。
どうしてこの程度のことがバレずにいられようか。
そして今なお『ネギ』はついたままだ。
「蒼太経由ってことはどうせ志保さんだろ。あと一人は誰?」
「そこまでバレてるとはさすがだねアキラくん。⋯⋯てかもう一人って?」
「そりゃ俺たちが二人なんだから女性も二人で来るだろ。志保さんともう一人、誰なんだよって」
「あー⋯⋯ね」
そういえばそうだった。
まぁあの姉御なら単独で乗り込んでくる可能性も決して低くはないと思うが、けれど電話で──
─「アンタが飲みに誘って私たちが着いて行く」─
などと言っていた。
これはおそらくもう一人女性が来るということであり、急に緊張してきたが。
まぁ隣にアキラがいれば俺になど見向きもされないだろうから、逆に安心できるというものだ。自分で言ってて悲しい。
「あれだよアキラくん、サプライズのスペシャルゲストというやつさ」
「それ蒼太も知らないやつだろ」
「すみません、よくわかりません」
「Siriの真似でごまかすな」
「お探しの情報は、数分後に分かると思います」
「それ数分後に本人来るだけじゃん」
「近くの同僚、で検索します」
「一番近くの同僚はお前だよ蒼太」
ありがとうアキラ。
志保が到着してしまえば、こんなボケはただの自殺行為なので控えるしかない。
発作が起こる前の予防は完璧だ。
外は寒いし、手に持った思いは重いから先に中に入ろうかと考えていたら。
信号を渡ってこちらに来るそれらしき二人の女性が。
赤いコートに身を包んだのはそう、イメージ通りの我らが姉御。
「アキラ君どうもー。蒼太の友達の田中志保でーす」
そしてその隣で、白いコートに身を包んだお上品な雰囲気の女性は。
─「うふふふ────」─
おいマジか。
「お二人ともこんばんは。志保ちゃんの友達の綾乃千秋です」
俺の奇行の目撃者である綾乃さんだった。
改めて近くで見ると天使も斯くやという可愛さで、まさかこんな形で話す機会が訪れるとは思いもしなかったが。
部長に言っていた『大事な予定』が、まさかこれのことだったとは。
「こんばんは。同じ部署ですしお互い何となく知ってると思いますが、藤野明良です」
「えー、というわけで七海蒼太です。よろしくお願いします?」
「司会者かよ!」
あははは────っ!!
ナイスツッコミだ親友。
スペシャルゲストは主に俺にとってのサプライズになってしまったようで。
テンパりすぎて自分が何言ってるのかも分からなくなっちまった。
そしてそのまま俺の発言全てにツッコミを入れてくれ、でなければもう喋れん。
「とりあえず入ろうか」
「入りましょー!」
完璧超人のおかげで良い雰囲気作りと鮮やかな入店を決めることができた。
スムーズな流れとは裏腹に、俺の頭の中はぐちゃぐちゃだ。
志保のサポートはもちろんだが、千秋さんに昼間のことで何を言われないか気が気ではないし、そもそもこの『高貴なる存在』自体に大変恐縮している。
席へ案内されると、各々コートを脱ぎ壁に掛ける。
メニューを見て、一番オーソドックスなコースを頼んだ俺たちのポジションは。
右下に俺、左隣にアキラ、その正面に千秋さん、そしてその隣に志保の四角い四席配置。
心理学的には斜めの席の人が一番良い印象を持つらしいので、俺が気を使ったわけだが。
「今日も疲れたなー蒼太」
「今日は特にな」
何とも豪華なメンバーになったものだ。
アキラは言わずもがな、千秋さんは無限に可愛い。
志保だって外ずらだけ見れば相当に綺麗だし、俺だって──心はきっと男前。そう思いたい。
「助かったよSPくん。もし良かったら俺の家まで運んでくれるかい?」
「遠慮しますよ国民的スターさん。そこまで持ったら明日動けねぇ」
「じゃあ俺は明日動けないの確定じゃん」
「おう、ドンマイ!」
あれだけ大量のチョコレートを貰って翌日そう軽々動けると思うなよイケメン。
こちとら一つも貰えなかったショックで動けんわ。せめて事後ぐらい平等であれ。
「もしかしてアキラ君、それ全部チョコ!?」
「そうだよ志保さん。全部食べたら病気になるなって蒼太と話してたとこ」
「あははー⋯⋯それはマジ笑えないね」
「アキラさん、何個くらいあるんですか?」
「たぶん3桁ないくらいだよ千秋さん。途中から数えられなくなっちゃったんだ」
なんだそのイカれた個数表現は。
「桁数でカウントできるんですね⋯⋯すごいです」
仰る通りです綾乃さん。
というかそれ、同期女子のほぼ過半数じゃね。政治家にでもなったらどうですか。
「まさかここまで多いとは思ってなかったけど、まぁどうにかなるレベルさ」
「アキラ君⋯⋯迷惑じゃないの?」
「皆の気持ちが嬉しいよ。たしかに少し大変だけどね」
何たる模範解答か。
こんなセリフ、俺には来世になっても言えないだろう。
そういう所が営業の成績にも(ry
「アキラ君大人だなぁ。蒼太はー?」
「⋯⋯俺?」
え、何その異常なついで感。
いやまぁついでで構わないのだが。
答えてあげるが世の情け、とロケット団も言っていた。
「そりゃ貰ったら誰だって嬉しいだろ。──まぁ貰ったことないから分からねぇけど」
「うん、知ってた」
「何なんだお前⋯⋯」
これぞ真のついで。
コンビニでお菓子を買うくらいのついでだが、世の情けはここには存在しなかったようだ。
「逆に、志保は誰かに渡したのか?」
「私はまだ渡してないわよ」
ナイスカバー俺。
あの『ついで』を見事なキラーパスに変える技術に全米が泣いた。
そしてその話題に、いつも貰う側の人間であるアキラが食い付いた。
「へぇ意外だな。女子っていろんな人に配ってるイメージがあるけど」
「皆はそうなんじゃない? 私はやっぱり、渡すなら本命一つかなって」
「なんかストレートでいいね」
「違いますよアキラさん。志保ちゃんは単に、他の人に配るのが面倒くさいだけです」
「あー、なるほどね!」
「あっこら千秋! それ言うなー!」
「ごめん志保ちゃん、バラしちゃったっ」
「可愛く言っても許さないんだからねー!」
いえ、可愛いからセーフです。
そして『多くの女子はいろんな人にチョコを配っている』という戯言に、では何故俺の元へは一つたりとも来ないのかと内心苦言を呈しつつ。
「じゃあ志保は『義理チョコ』だの『友チョコ』だのは渡してないんだな」
「そうよ。アンタが貰ってないのがその証拠」
「お、おう⋯⋯たしかにそうだな」
『義理チョコ』があれば貰えていたのだと分かり、内心少し喜んでいると。
話題は綾乃さんのチョコの行方へ。
「そういう千秋はいろんな人に配ってたよねー。貰った男子の嬉しそうな顔ったらなかったわ」
「志保ちゃんそんな言い方しないのっ。いつもお世話になってるお礼なんだから」
「千秋は手堅いなぁ。ねぇ、一応聞いとくけどハゲには?」
「部長にも一応渡したよ。後から何か言われたらちょっと大変そうだから⋯⋯」
天使の笑顔が一転、少し困ったような表情へ。
同時に俺をチラッと見たような気がしたが、それはおそらく。
これからも誠心誠意、綾乃さんの盾になることをここに誓います。
「あー⋯⋯それ正解っぽい」
「部長のセクハラは最近行き過ぎてるからね。今日の志保さん、カッコよかったよ」
「ありがとうアキラ君。あ、でも私見てたよ二人とも! 怖い顔してハゲの所行こうとしてたでしょ」
「どうしても行きたそうな男がいたんでね。なぁ蒼太?」
「誰も動かないなら俺が動く、それだけだよ。現に志保が解決してくれたから俺たちの役目なくなったし」
「二人して肩無しだったな」
「間違いねぇや」
やはり姉御に舎弟は勝てないということだ。
バレンタインの雑談で盛り上がっていると各々のドリンクが運ばれて来た。
男二人はビール、女性二人はワインで乾杯。
さて、ここからどうやって志保をサポートしていくかだが。
「それで千秋、今日渡した中に本命はあったの?」
おっと、その話の方が100倍気になるぞ。
「あの中にはないよ。私も志保ちゃんと一緒で渡してない」
ははーん、読めました。
いや読めてしまった。
綾乃さんも志保同様、この完璧超人に『本命』を渡しに来たわけだ。
男子NO.1と女子NO.1ならお似合い以外の何者でもないが、そこに志保が加わるとなるとカオスと言わざるを得ない。
『第一次』は回避されたと安心していたが、こんなところで『第二次』の戦争が勃発しようとは。
ただ唯一救いがあるとすれば、綾乃さんはいろんな人にチョコを配っていたそうな。
ならばアキラが本命を貰った後、義理でもチョコレートが貰えるのでは。
それならまぁ、今日のセッティング代としてはお釣りが出ると言っても過言ではない。
「そういえば千秋さ、本命チョコ手作りしたって言ってなかったっけ?」
「うん。沢山渡したチョコと同じっていうのは嫌だなって思って」
「なんていい子なのこの子は。この女子力、私も見習わないと──」
安心しろ志保、お前は女子力などというものからは無縁だ。
などと言ったらバレンタインが命日になるので口を閉じるが。
「手作りとか、重くないですかね?」
綾乃さんが視線でアキラに質問する。
まぁ当然の予防線だろう。
「自分のために頑張ってくれたなら余計に嬉しいんじゃないかな」
「⋯⋯七海さんも?」
「えっ、あっはい。自分も嬉しいと思います」
「なら、ちょっと安心っ」
可愛い。可愛いが、突然のフリでまた変な反応をしてしまった。
アキラだけに聞いたのでは不自然。だから俺にも質問が来るのは当たり前だが、油断した。
というか『七海さん』、なんかいい⋯⋯。
「へぇ⋯⋯。蒼太は彼女からの手作りチョコとか貰ってそうだもんな」
「何言ってんだこのイケメンは。貰ってないし貰ったこともないし、ついでに言えば彼女もいねぇ」
「あー、なんかゴメンな?」
「やかましいわっ! そういうお前は彼女いんのかよ」
「いないよ。この一年は仕事で忙しかったからね。おっ、仲間じゃん蒼太」
だそうです志保さん。
チャレンジする価値はありそうですね。
というか──
「そこについてはお前と仲間にすんじゃねぇ!」
アキラは彼女を『作らない』のであって『作れない』俺と一緒にするのは無理がある。
ただあのアキラが独り身だったことに希望を感じていると、コースの前菜が運ばれて来た。
大きなお皿に上品な盛り付け。
色とりどりの葉っぱにデザイン性の高い配置のソース。
庶民の俺には理解できない文明がそこにはあったが、これだけは分かった。
「あーなんだこれ。クソうめぇや」
「こらアンタ、食事中にクソとか言わない!」
「おっとこれは失礼皆様。とても美味しゅうございます」
「だからアンタは──」
「おっと待て志保、皆まで言うな。それは昼間に聞いた、な?」
『モテないんだよ』とは言わせない。
何故ならそれダメージでかいから。
「ごめんね千秋、こいつ普段からこうなのよ。ねぇアキラ君?」
「そうだね。良くも悪くも、蒼太はいつもこんな感じだよ」
「うふふ──大丈夫ですよ二人とも。私も普段はそんな感じですから」
「いや、それはないでしょ」
「それはさすがに嘘でしたっ」
可愛い。いや可愛いを通り越して尊い。
フォローして下さったご恩は一生忘れません。
「普段と言えば、アキラさん普段はどんなことしてらっしゃるんですか?」
「僕はアウトドアが好きなので、休日はツーリングやキャンプをしてますよ」
「休日もアクティブなんてすごいですね。志保ちゃんも割とアクティブな方だし」
「私はキックボクシングでストレス発散してるだけよ。終わったら家でぐったりしてるし」
「それでも元気ですごいよ。⋯⋯七海さんは休日どうお過ごしなんですか?」
例の如く回ってきた俺のターン。
俺は手札から──とやりたいところだが、さして興味もないだろうから軽めに流そう。
「休日は漫画読んだりが多いですかね。たまに映画を見たりしますけど──」
「映画っ! 良いですよねっ」
おや? 綾乃さんの様子が?
「え、ええ。家の近くに映画館があるので気軽に行けて便利です」
「いいなぁ近くに映画館。最近何かご覧になったんですか?」
「最近だと『ライジ─ファイナルゲーム』とか」
「えー! まだライジ見てないんですよ!」
「えっなら見た方がいいですよ! あとは『元気の子』とか」
「元気の子っ! 絵が綺麗ですごく良かったですよねっ」
「あれは最高でしたよね! 他には『リベンジャーズ:エンドゲーム』も見ました!」
「リベンジャーズっ! 放映時間が3時間もあったのにあっという間でしたっ」
「俺もそんな感じです!」
え、何この幸せな時間。
ありがとう映画館、君のことは一生忘れない。まぁ今も元気に上映中だけど。
盛り上がった俺と綾乃さんの会話に、アキラと志保も加わって。
話題は休日の過ごし方から趣味の話に。
続いて運ばれて来た副菜を美味しくいただきながら、更に話のテーマは至る所へ。
仕事のことからハゲの悪口、業界についてと将来の目標、果ては大学時代の話まで。
同じ部署に所属していたものの、知らないことは多いのだと学びを得ながら。
メインディッシュを食べ終わる頃、時間は19:30を回っていた。
「早いな、もうこんな時間か」
腕時計を確認するアキラ。
楽しい時間は早く過ぎるというもの。
無理を言って呼んでしまったが、結果楽しんでもらえたならそれは良かった。
会もいよいよ終盤。
お酒も程よく回り、あとはこのデザートを食べるだけになりましたが。
「ねぇ蒼太、アンタはどういう人がタイプなの?」
そういえばまだこれについて触れていなかった。
なるほど了解、このパスをアキラに回せばいいんだな。
「えーっと⋯⋯まぁやっぱり優しい人だろ。アキラは?」
よし無難。ナイスパス俺。
「何かを頑張ってる人、かな。イキイキしてるほうがやっぱり魅力的だよ」
良いこと言うじゃん友よ。
というかこいつ、終始イケメンだったな。
「じゃあ千秋さんのタイプの人は?」
「えっ。私のタイプの人ですか?」
おっ、そこにいくかいアキラくん。
なかなかの度胸だが、しかしナイスプレーだ。
折角ならば是非とも聞いてみたい。
まぁある程度予想はできるけど。
「私は──」
ほうほう──。
「私はやっぱり──カッコ悪い人が好き、かな」
「⋯⋯カッコ悪い人?」
やべぇ、意外すぎて口から声が出ちまった。
「ちょっと表現が難しいんですけど⋯⋯皆私の前だと、たぶんカッコつけてる」
「あーね。男は皆、千秋に良いように思われようとしてる感強い」
「やっぱりそうだよね志保ちゃん。でもそういうの、なんか嬉しくない」
そういうものなのか。
──いや違う。
そういうものなんだろうと、今日のアキラの一件でよく分かった。
無条件の好意というのは時としては迷惑なものだ。
「仕事の自慢をしてた人の所にお茶を持っていくと、その人はパソコンでTwitterを見てたりとか」
「あーそれ分かる! 散々悪口言ってたくせに同じことしてる人とかね」
「そう。私、そういうのが期待を裏切られたみたいで嫌なんです。だから自分を飾らない、誰に見られるでもなく頑張ってる人。そういう『カッコ悪い人』が好きかなって」
ああそうか。
それならカッコ悪いも、悪くはないかもしれないだなんて。
思ったのはきっと、俺一人じゃないはずで。
横を見ると、アキラが嬉しそうに俺に笑いかけてきて。
お前は何してもカッコイイよと、小癪だけど笑み返した。
「じゃあ最後は志保ちゃんのタイプの人発表だよっ」
「トリを任されました、田中志保です。私のタイプの人はずばりカッコイイ人」
ほーん、カッコイイ人ね。
まぁそりゃそうですわな。
「いや良い話台無しかよ!」
思わず全俺がツッコんだ。
さすがは姉御、流れを読まなすぎる。
が、そうではなかったようで。
「最後まで聞きなさい! カッコイイ人にはそれだけの理由があるの。生き方とか努力、そういうのが自信としてカッコ良さを作るわけ」
「なるほどつまり、内面的なカッコ良さだと?」
「そういうこと! まぁ顔もカッコイイに越したことはないけど!」
「結局そっちじゃん!」
あははは────っ!!
トリの志保が良い感じに笑いを取って。
デザートの皿が空になる頃。
何とも楽しい、夢のような時間は終わりを迎えて。
「じゃあそろそろ出ようか」
アキラの一声で、全員が席を立った。
男二人が黒、志保が赤、綾乃さんが白のコートをそれぞれ羽織って。
一足先にアキラと俺でお会計へ。
「俺が志保の、アキラが綾乃さんの出すんでいいよな?」
「いいけど逆だよ」
「別にどっちでも一緒だろ。同じコースなんだし」
「そうかもね」
財布を開けてお札を一枚取り出す。
諭吉がいなくなるのは寂しいが、それ以上に価値がある会だったので後悔はない。
会計が終わりレシートを受け取ると店の外へ。
コート姿の綾乃さんもやはり可愛い。
「お会計ありがとうございます。おいくらでしたか?」
「君のその気持ち、プライスレス」
⋯⋯⋯⋯ 。
おや、最後の最後でミスったようだ。
2月といえどこんなに寒かっただろうか。
「まぁつまりあれですよ、ここは男にカッコつけさせて下さいな」
「そんな──悪いですよ」
「いいんですって。なぁ志保?」
「うん、そこは素直にありがとう。変わりと言っては何だけど──」
そう、これでいい。
お会計は俺たちが持つ。その代わりに渡せば文句なくスムーズに進む。
「アキラ君これ。ハッピーバレンタイン!」
志保からアキラへのチョコレート。
ここまでが俺への『依頼』であるから、無事に完了することができ肩の荷が降りた気持ちだ。
「ありがとう志保さん。大事にいただくよ」
「どれが私のか忘れないでよねー?」
「気を付けないとね。仕事用のバッグに入れておくよ」
「それでヨシ! あと、蒼太!」
⋯⋯え、俺?
たしか義理チョコはないという話だったはずだが。
もしや、実はある的なパターン──
「アンタにはもう渡してるから!」
──ではなかった。
というか、意味が分からない。
普通に言葉の意味を聞き返すが。
「おい志保、それどういう──」
「はい私のことはもういいから! 次は千秋!」
なにっ! 綾乃さんから貰えるのか!?
天使からのチョコレートに全ての疑問が消し飛んだ。
その神聖なる食物はまずアキラへ。
「ご飯ご馳走様でした。ありがとうございます。私からもチョコ、受け取って下さい」
「ありがとう千秋さん。大切にいただきます」
「はいっ。じゃあ──」
そして──まさか!
「七海さんも、今日はありがとうございました。ハッピーバレンタイン!」
うおぉぉぉおおお!!
死ねる、今ならたぶん死ねるぞ!!
という気持ちを必死に押し殺し。
「あっ、ありがとうございます──」
やはり微妙にコミュ障な感じでチョコを受け取った俺。
ニヤつく顔を見せまいと後ろを向き、バッグにチョコを後生大事に格納した。
「ねぇ、最後に写真撮ろうよ!」
志保の提案で店の前で写真を撮った俺たち四人。
LINEのグループを作り、志保が綾乃さんを、俺がアキラを招待して写真を貼った。
これでいよいよ、バレンタインが終わる。
「これでよしっと。じゃあ──お疲れ様です!」
急に社会人の挨拶を出してきた志保。
「あはは──お疲れ様です!」
ノって使ってみるアキラと。
「うふふ──お疲れ様ですっ」
可愛い綾乃さん。
「お疲れ様っすー」
そして普通の俺。
女子二人は逆の方面へ歩き出し、アキラと俺は駅向かう。
長いようで短かったバレンタインだが。
「ようやく終わったなアキラ」
「俺はそうだけど⋯⋯蒼太は違うんじゃね」
「どういうことだよ」
「貰ったチョコレート、開けてみ」
何故か楽しそうなアキラ曰く、まだ俺のバレンタインは終わっていないらしく?
格納された天使からの贈り物を丁寧に取り出して。
箱の中身を確認すると。
そこには。
「えっこれ──手作り!?」
バレンタインの企画として書いてみました!
前中後編の3部完結作です。
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