オートフォーカス
4/1 15:07 りょうたろうの日記
今日はエイプリルフールだ。
エイプリルフールとは、嘘を吐いても良い日だ。
むしろ、嘘をつくことを楽しむ日だ。
日本語で言えば、四月馬鹿だ。まんま直訳だよな。
四月馬鹿ってのは語呂はいいが、何となくサバサバした感が否めない。
楽しもうという意識が感じられない。
なので俺はエイプリルフールと呼ぶ。
まあそんなことはどうでもいいな。
今日はエイプリルフールだ。
エイプリルフールなので、エイプリルフールにちなんだ話を書こうと思う。
いつも通りの駄文だが、まあ、見る人もほとんどいないことだし。
お遊びなので、今度の学祭に寄稿するつもりも無い。
↓
「別に何も無いよ」
彼女、水越純は待ち合わせ場所に来るなりそう言った。
町外れの何てことない公園。
いつもは結構静かなところのはずだが、今日はやたら人の姿が目に付いた。
読んでいた文庫本を鞄にしまう。
「分かってるよ」
俺はさほど気にした素振りも見せずにそう言った。
「……そ」
返事も素っ気無い。
並んで歩き出す。
それでもやはり少々後ろめたかったようで、彼女は自分から文句を言うように話し始めた。
「去年はね、一応作ってみたわけ。でもさ、味見してみたらさ、市販のと変わらないんだもの。いや、むしろ落ちてたかも。それって、無意味じゃない? 『気持ちが入ってる』なんていうけど、そんなの量れないし。だったら別のものの方がいいと思ったの」
「で、その別のものってのは?」
「……なんか欲しいものある?」
「うわ、ロマンチックの欠片もねぇ」
「だって要らない物貰っても困るじゃん」
「そういうのは前もってさり気無く訊いておいてだな」
「そんなこと、イツキはしてくれたっけ?」
「……」
「誕生日も、クリスマスも、何も無かったよね」
「ケーキ奢っただろ」
「うん。でもさ……それはなんか、ちょっと、違うんじゃないかって思うんだけど。誕生日はケーキ食べてプレゼント貰う日でしょ」
「誕生日がクリスマスの人の気分か?」
「……よく分かんないけど、そうかも。一緒になっちゃってる」
「じゃあお前は何か欲しいものあるのか?」
「それ、さっき私が言った」
「気にするな。どうなんだよ」
「……」
押し黙る。
アーケード街を歩く。
傍目から見れば痴話喧嘩に聞こえたかもしれない。
互いに相手をケチだと罵っているように聞こえたかもしれない。
でも、実はそんなことは全く無い。
つまり。
「……思いつかない」
「だろ? 俺もだ」
俺たちはこの上なく無欲で、倹約家で、現実主義なのだ。
俺こと手代木斎と水越純は幼馴染だった。
幼稚園の頃からいつも一緒に遊んでいた。
小学校ではみんな、キャラクターモノの文房具や服を見せ合っていた。
中学校ではみんな、芸能人やらアイドルやらの話で盛り上がっていた。
俺はそんなのに全く興味が持てず、疎外感を味わっていた。
一時期は話を合わせようと努力したこともあった。
でも、そんな店に行ったりテレビを見たりするのが学校の授業以上に苦痛に感じて、程なく諦めた。
それは彼女も同じだった。
互いにそういう性格だったのか、ずっと一緒にいるからどちらか一方の性格が影響を与えたのかは分からない。
とにかく俺たちは常に行動を共にし、高校に上がる頃にどちらからともなく付き合うことになった。
そして、今日。
今日は特別な日。
「去年もこうだったな」
「そうだったね」
鞄からさっきの本を取り出す。
「これ、その時のだぜ」
「知ってた」
「何だよ」
拗ねた振りをして本をしまう。
彼女はクスリと笑う。
「面白かった?」
「面白かった。何回でも読み返したくなる」
今日この本を持ってきたのは彼女に見せるためというわけでもなかった。
「そう。それはよかった。今日も本?」
「まあ、そうするかな」
「タイトルは?」
「決まってない。悪いな、待たせるぞ」
「大丈夫。来月は待ってもらうから」
「了解」
いつものコース。
アーケードの中の本屋だ。
文庫小説のコーナーで面白そうな題名を探す。
あまり聞いたことの無いようなものが望ましい。
というよりは、高校や市の図書館に無さそうなものが望ましい。
借りられるものなら借りる。
俺は記憶力には多少自信がある。
今のところ、買った本が図書館と被ったことは無い。
だが、有名どころは大抵向こうに揃っている。
だから新人のとか、広く知られていないマイナーな本になる。
買って後悔はしたくないから、よさそうなものを見つけたら内容の1割くらいは読む。
ゲームなんかよりずっと簡単に時間は過ぎていく。
ふと時計を見ると2時間が経過していた。
今読んでいる本はなかなか面白いかもしれない。もう1時間くらいして他に無かったらこれにしよう。
彼女を目で探すと、毎度の例に漏れず新書を物色している。
おそらく1ヵ月後はあっちの番だ。
肩を叩いた。
パタン、と手持ちの本を閉じ、元の場所に戻して、彼女が振り向く。
「決まった?」
「決まった。よろしく」
選んだ本を渡す。彼女は財布を取り出すと、レジに向かった。
最近はネットで買ったほうが安いこともある。
でもまあ、文庫本1冊とかになると送料がかかるからあまり変わらないだろう。
それに……そうなると本当に買うものなんて無くなってしまう。
一緒に映画館に行くことも無く。
軽食以上のものを食べることも無く。
服やアクセサリーを買うことも無く。
遊園地に行くことも無く。
一応付き合ってるんだ。これくらいはしないとな。
待ち合わせた公園に戻る。
俺も彼女も、ここが気に入っていた。
ここでただぼうっとし、空を眺め、噴水を眺め、遊ぶ子供達を眺め、静かに会話するのが好きだった。
「……明るいね。もう5時なのに」
「まだ5時、だろ。とっくに冬至は過ぎたんだ。明るくなっていく一方さ」
「じゃあ来月は、もっと待たせても大丈夫かな?」
「……どうぞ。俺は俺で何か買うかも知れないし」
「ふーん」
二人でベンチに座り、沈みゆく太陽を眺める。
風が寒い。マフラーを巻きなおす。
そういえばこれは彼女から貰ったものだった。
去年寒くて「マフラーでもあればなぁ」と呟いたところ、次に会った時にくれた。
彼女は何も言わなかったが、どうやら前々から編んでいたらしい。
それ以来俺は寒風の吹く日はいつもこれをつけていた。
何気に人生初のマフラー。擦り切れるまで使うつもりだ。
「……あのさ、」
声を発したのは俺。
「何?」
「……やっぱりさ、他の日とかにもプレゼントした方がいいかな。他にも読みたい本、あるだろ? ってかむしろこんな日よりも誕生日とかの方がプレゼントには向いてるんじゃないかと思うんだが」
彼女は一瞬顔をほころばせる。
が、俯く。
「イツキがそうしたいっていうなら、それでもいい。でも、私は今のままでもいい。欲しい本っていっても、そんな何冊も買ってたら質が落ちちゃうと思う。1年に一度だから、こうやって念入りに選べるんじゃないかとも思う」
「……なるほどね。俺もまだまだ精進が足らんな」
「いいよそんなの……うん、やっぱり誕生日はケーキでいいかな。1年に1回のケーキと、1年に1回の本。1年に1回。あ、でもイツキは? 別に私に合わせなくてもいいでしょ」
「俺は現状に満足してるから」
「……そう」
なんとも味気ない。
味気ないが、それがいい。
あっさりした話が俺は好きだ。
あっさりしたケーキが彼女は好きだ。
帰り際。
鞄を開ける彼女。
「えっと……何て言えばいいんだっけ。ハッピーバースデー……トリックオアトリート……メリークリスマス……ハッピーニューイヤー……」
別れを先延ばしにしたいがゆえだろう、なんともわざとらしく、彼女は考え込むフリをする。
俺たちは言葉を好む。
何よりも会話を重要視する。
言葉なら、お金もかからないし、善意である以上いくら貰っても困らない。
だからもっと俺たちはこれを使うべきなのだと思う。
もっとこれで楽しむべきなのだろう。
そうしよう。もっとたくさん、話をしよう。
「――あ、そうだそうだ」
彼女が本を取り出す。
さすがにレジで受け取るのもアレなので、そのまま彼女に持ってもらっていた。
俺へのプレゼント。俺が選んだプレゼント。
……なんて言うと奇妙な感じだが。
カバーも付いていない、包み紙やリボンなど言うまでも無い。
それを両手で胸に抱え、彼女ははにかむ。
そして、差し出す。
この日の定型句と共に。
「ハッピーバレンタイン」
comments:
4/1 16:57 by はるか
「エイプリルフールにちなんだ話を書く」というのが嘘ですか!
4/1 17:21 by kazuho
1章目で予想はついたけどねー。
ところで、「寄稿しない」ってのは嘘なの?
あ、ややこしいから2日以降に返事してね。
4/1 21:14 by ヤマトシミ
文芸部部長のくせに書いたものを誌に載せないとはどういうことだ!と言ってみる。
4/1 23:02 by リリ
・・・もしかしてこの前のアレ、邪魔でした?
4/2 00:54 by りょうたろう
>はるかさん
フィニッシングストロークっぽくしてみたのですが、どうでしょ。
もっと短くまとめられれば良かったんですが……
>カズ
このミステリマニアめ。
寄稿しないってのはホント。
だって単体で読まされてもただのバレンタイン物語だろ。
>先代部長
いや、だからバックグラウンドが無いと、ただでさえ無い面白さが半減ですんで。
部長がこの程度ですみません。
ところで部長のハンドル、なかなか面白いつけ方ですね。
>リリ
フィクションだから! 他意は無いから!
誤解を招いたのならごめん。大事に使わせてもらってます。
4/2 18:23 by リリ
じゃあ今度、水族館にでも行きましょう。
4/2 18:34 by りょうたろう
おっけー。メールする。