王道悪役令嬢は、学園を休む
私はまたもや自室のベッドにて突っ伏していた。勿論、制服のままで。
スフレといい、フィナンシェといい、このあまりの展開。
『スイーツ・プリンセス』の代名詞でもある、激甘台詞とシュチュエーションはともかくとして、相手は私じゃなくてヒロインのはず。
全くもって分からない。ゲームのスチルは全て回収、コンプリートしたはずだから、他のルートが残っていたなんてことはないはずだ。ということは、続編? いや、もしくは・・・・
「・・・・移植版?」
ありえる!ありえるではないか!!
もともとは、携帯ゲーム機で全年齢対応だったが、刺激が強すぎると苦情があがったという話を聞いた気がする。
いっそ、年齢制限をかけて、PC専用ソフトとして売り出したとしたら?
あ、ありえる・・・・。
というか、いっそそれしか考えられない。
でも、それだと主人公がマドレーヌ、というのが合点がいかない。
「いや、まって・・・・」
むしろ、悪役令嬢のマドレーヌでなければならなかったのか。
なぜなら、ヒロインのシフォンは、全年齢対象ソフトとして既に世に出ているから。
分かりやすく言えば、清純派アイドル。無論、そんな彼女のファンや作品のファンも大勢いる。
それをハードをPCに変更したからといって、アイドルのごにょごにょ場面を見せるわけにはいかない。その代わり、マドレーヌなら、と、大人の都合上、なったのではないか?
「・・・・・・」
無意識に自分の胸を触る。
でかい。ハッキリ言ってでかい。腰はきゅっとくびれ、ヒップはぷりんと上を向いている。絵に描いたようなスタイル。
・・・・うらやましい。
じゃなかった。今は自分の体だった。これって、思いっきりそれっぽい体なのではないか。
だめだ。頭が痛くなってきた。私はばふんと布団を頭かぶる。
一体何がどうなってんのよー!!
翌日、私は学園を休んだ。
実際頭が痛かった。ゲームの展開ばかり考えて疲れた。何より休む時間が欲しかった。
今朝、侍女のカヌレに聞いたところ、剣呑な発言をした兄は、心配そうにしながらも無事に登園したようだ。
とはいえ、危機は去っていない。同じ屋敷内なのだ。両親の手前、不埒な真似はしないだろうが、油断は禁物である。
何より、「お前が来た日」発言。ありえるパターンとしては、実は本当の兄妹ではなかったという展開。というか、いっそそれしかあるまいて。
しかし、私、まだこの世界では15歳なんだけどな。倫理的には明らかに駄目だろう。
・・・・ん?
そこで、はたと違和感に私は気付く。あの時、兄は何と言った?
『(前略)大きな瞳は僕を真正面から見つめて、吸い込まれそうだった。(中略)なんて愛らしいのだろうと思ったよ』
大きな瞳は僕を真正面から見つめて?
真正面?
無論、赤ちゃんの私が抱っこをされた状態で、正面からフィナンシェが覗き込んだ、ともとれる。だが、そうではなかったとしたら?本当に真正面、だったとしたら?
わ、私ってもしかして実は15歳ではなく、18歳なんじゃ・・。
にわかに年齢詐称疑惑が自分に湧いて出てくる。なんというご都合主義。
ああ、やっぱり頭が痛い。
私はベッドから這い出し腰をかけると、サイドテーブルにあった水差しからコップへと水をうつす。一口飲んで、息をつく。
困るのは、もしこの世界が本当にマドレーヌが主人公の年齢制限ものでるのなら、この先の展開が読めないと言うことだ。
転生者の最大の強みは、この先、つまり未来を知っているということ。起こりうる事象に対して、対応があらかじめできるということだ。
だが、それが出来ないとなると・・・・。
そこまで考え、私はばふんと、大の字のまま、後ろ向きにベッドへと倒れた。
考えたって仕方がない。どうなったって、私はやはり努力やら根性やらが嫌いだし、面倒くさがりやの、怠け者なのだ。
「お嬢様、起きておられますか?」
その時、控えめなノックの音とともに、カヌレの声が聞こえた。
「ええ、起きてるわ」
「お加減はいかがでしょう?実は、お嬢様にお見舞いのお客様がいらっしゃっております」
「お見舞いのお客様・・・・?」
誰だろう。そんな親しい人、いただろうか。
「あの、ご案内さしあげてもよろしいでしょうか」
「え、ああ、はい、ちょっとまって」
私は急いで布団に潜り込み、
「どうぞ」
声をかける。瞬間扉が開き、現れた人物、それはーー
「ガトー先生・・・」
うら若き淑女の部屋に、いくら学園の先生とはいえ、男性だ。通すのはいかがなものなのだろう。貴族社会ってこういうの、大事なんじゃなかっただろうか。
私の無言の抗議を読んだのか、カヌレはコホンと咳払いをした。
「私もどうかと思い、旦那様にお伺いをたてましたところ、わざわざ先生が来て下さったのだから、お嬢様の体調が良ければ会っていただきなさい、とのことでした」
「・・・・・・」
「失礼する」
ガトー先生は、いつもの厳しい、いっそ無表情な顔で、つかつかと遠慮なくベッドに側に寄る。
「思っていたよりも顔色が良いな」
「はい、ありがとうございます。わざわざお見舞いいただき、恐縮ですわ」
「なに、畏まるほどのことはない」
おお。笑わない先生が微笑んでいる。
いや、全年齢対象の先生ルート・・・・なんかもうこの世界が年齢制限モノって自分で認めているみたいになってるけど、とにかく親密度が高くなるにつれ、先生の笑顔はちらほら出てきていた。もちろんスチルもある。それがこんな間近で見られるとは、少し感動。
先生がごく自然な仕草で、私の額に手をあてる。
「熱は? 医者には診せたのか?」
スフレ君ともフィナンシェとも違う、しっかりとした大人の男の人の手だ。
「いえ。熱はとくにありません。少し頭が痛むのと、全身が怠いだけでして。
お医者さまに診ていただくほどのこともないかと思っています」
「そうか。
侍女殿、これを」
先生が懐から白い小さな包みを出す。
「これを今すぐ煎じて、マドレーヌに飲ませてやってくれないか?何にでも効く薬だ。私が調合した」
「え・・・・」
受け取り、驚くカヌレに先生はきっぱりと、
「効果は“豊穣の女神”専任担当講師の私がその役職にかけて保障する」
「は、はい!」
勢いにおされるようにして返事をした彼女は、慌てて部屋を出て行った。
残されたのは、勿論私とガトー先生。
「・・・・・・」
えーっと、この展開って・・・・。もし本当にヒロインが私で、年齢制限もののストーリーが繰り広げられるのだとしたら・・・・。
戦々恐々とする私の額にあった先生の手が、するりと滑り、ゆっくりと頬を撫でてきた。
いやいや、曲がりなりにも教師だし。教え子の家で教え子に手を出すなんて、ありえないし。
そう思う私とは反対に、手はあきらかな意思を持って首筋を伝う。
「あ、あの、先生・・・」
「・・・・念のために再度熱がないかを診ている。少し我慢しろ」
「いえいえ、ですから熱はないですって!」
親指が話す私の唇に触れ、まるでその感触を確かめるように、ふにふにと押してくる。
「あ、あの、先生?」
見上げると、何を思ったのかガトー先生はトレードマークのモノクロムをはずし、
「!?」
瞬間、先生の顔がぎりぎり至近距離まで近づいた。額と額がぴったりとくっつく。
「知っているか?」
息が顔にかかる。囁くような声に、全身に何かがぞわりとはしった。
「熱は、こうして測るのが、一番分かりやすい」
15歳の、いや、18歳の?マドレーヌなら分からなかったかもしれない。だが、三十路の私なら分かる。先生の瞳にはいつものそれとは違うものが宿っている。乞うような、どこか切ない色。
「汗をかいているな」
「え!?」
「少し、拭いてやろう」
「いや、いやいやいや。結構ですから!」
抵抗するが、何がどうなっているのか、夜着の前のボタンがひとつ、またひとつと外されていく。
魔術かー!!こんなところで、使うなよーーー!!
自分で言うのも何だか、白い豊かな胸元が露わになると、先生がほう、と、小さく感嘆の息をついたのが分かった。
「なんと・・・・美しい」
「あ、あの、先生。本当に結構ですわ。私、自分でできます」
「マドレーヌ」
「は、はい!」
「こんなことを言って、君は私を嫌悪し、軽蔑するかもしれない。だが、もう限界なのだ。
分かってくれとは言わない。だが、私は今、お前に触れたくて、触れたくて仕方ないのだ。立場も何もかも忘れて、お前に触れたいのだ」