王道悪役令嬢は、悩む
逆ハーレムルート。略して逆ハールート。
4人のメインキャラを攻略後、隠しキャラの先生をも攻略後に現れるルートだ。年齢制限ギリギリのルート。
そして。
私は思い出してしまった。唯一、悪役令嬢が裁かれるイベントがあるルート。
それはこうだ。各キャラとの親密度をあげると、それぞれが持つ特別の材料をヒロインは貰うことができる。極上芳醇バター、天使のミルク、黄金の卵、天才の甜菜、大きな小麦粉。後半に至ってはもはや意味不明である。
それらを嫉妬にかられたマドレーヌが人を使って盗み出させるのだ。選定試験当日、それらがないことに気がついたヒロインは狼狽する。だが、挫けず“世界のケーキ”を作り、時間ギリギリになって、剣士のセイロンが、犯人捕縛、材料を全てヒロインに届け、見事至上最高と呼ばれる“世界のケーキ”を作り上げることに成功するというものだ。
“時間ギリギリ”でよくそんなケーキを作れるよな。
などという、至極当然なツッコミはさておき、犯人が捕縛されたことにより、当然黒幕であるマドレーヌの存在も明らかにされる。
かくしてマドレーヌは島送り。幽閉。強制労働。兄のフィナンシェはヒロインに協力をしているから、侯爵家の取りつぶしだけは免れる。
というか、天才の甜菜とか、大きな小麦粉とか、そんなどうでいいネーミングをしっかり覚えていて、なぜ逆ハールートの悪役令嬢の行く末を覚えていないんだ!私!!
なんてこったい!えらいこっちゃ!!
断罪イベント、あったし!!
「どうしたんだ!マドレーヌ、大丈夫かい!!誰か!誰か来てくれ!!」
兄の声が何だか遠くに聞こえる。
ばたり。
かくして私は、今度は床に倒れ込むこととなった。
道はふたつにひとつである。最後の試験で勝つか負けるか。
勝てば“豊穣の女神”として、国のため、世界のための一生働かされる。
負ければ、島送り、幽閉、強制労働。
いやぁああ!! どっちも嫌だーー!!
じゃあ今から頑張る!?何を!?何を頑張る!?てか、考えるのも面倒くさい!
いやいや、だから面倒くさいなんて言ってる場合じゃないって。ここは皆様の悪役令嬢主役の小説に習って、回避行動をすべく何らかの手を打つべきなのよ。
って、だから回避もなにも、どっちに転んでも、私は働かなきゃいけないのよ。
それが嫌だぁあああ!!
何度も言うが、私の望みはただ、のんべんだらりと日々を怠惰に過ごすことなのだ。
勝手気ままに、好きな時に寝て、好きな時に起きる。
ある意味、究極の我が儘だとお叱りを受けそうだが、こういう気性なのだから仕方ない。
そういえば、と思う。前の、つまり前世を思い出す前のマドレーヌという人物はどんなだっただろう。
「ああ、良かった。気がついたね、マドレーヌ」
「お父様・・・・・・」
気がつけば、隣にはひっしと私の手を握るパパ。側にはママ。ふたりは心なしか涙ぐんでいるようだ。
「また倒れた時にはどうしようかと思ったよ」
「お兄様」
反対側には兄であるフィナンシェ。
「ねぇ、あなた。やっぱりこの子に“豊穣の女神”は無理じゃないかしら。聞けば、もうひとり候補者が現れたっていうし、その方にお任せすれば・・・・・・」
「しかしな、そうは言っても、これは我が侯爵家が独断で決められることではない。
それにこの子は、あんなに女神になると言って頑張っていたではないか!」
思い出す。確かに以前の私は、女神候補であることを誇りに思っていた。
この世に平和をもたらすのだと、争いのない、飢えのない世界にするのだと、幼心に思っていたのだ。
だから勉強も頑張った。魔術のコントロールの練習もした。同時に侯爵家の令嬢として相応しくあるようにと、ダンスに礼儀作法、言葉使い、そういったものにも取り組んできた。
今の私とは大違いだ。
何かにつけて面倒くさいと思ってしまう私とは、まるで正反対。性格が悪かろうが、我が儘だろうが、パワハラ生意気小娘だろうが、必死に頑張っていた。
どうせ我が儘なら、同じ我が儘なら、初志貫徹を目指した方が良いのではないか。“豊穣の女神”になって、国、世界の繁栄に尽くす。だって、候補者でさえ誰でもなれるものではないのだから。
ーーとはいえ、
やはり、面倒くさいものは面倒くさい。
結局、大して良いアイディアが浮かぶわけでもなく、日々は過ぎていった。
父は一応、上にかけあってみてくれたが、国王からのお許しは出なかったらしい。
かくして、学園では日々の授業に勤しむこととなった。目下、次の大きなメインイベントはこの学園で行われる夏祭りだ。それまでには何とか、方向性と決意を固めておきたいものである。
「ホップ=アッサム様、ご機嫌よう」
「あら、今お帰りですか?ご機嫌よう、また明日」
クラスメイトに声をかけられ、こちらも返す。ゲームでのマドレーヌは、侯爵&悪役令嬢の見本通り、とりまきを大勢つれていた。学園から出て、生徒専用の出入り口から大きな正門までの僅かな距離さえも一緒だ。そこへ横付けされた迎えの馬車に乗り込み、彼女たちに見送らせるスチルさえあった。
だが、私は当然ながら取り巻きは作らなかった。理由はこれまた当然ながら、面倒くさいからだ。友達は大切だが、取り巻きは友達ではない。そんな無駄な労力を使いたくない。
やたらに長い廊下を右に折れる。赤い絨毯が敷いてあるのが謎だ。税金の無駄遣いをするなよ。
やって来たのは図書館。この学園の蔵書数は世界第二位だ。ちなみに第一位は国立図書館。
ここへ来たからといって、何か目的の本があるわけではない。当然ながら、『スイーツ・プリンセス』の攻略本なんてあるわけないし、回避方法が載った本もあるわけがないのだ。
無闇に探すにはあまりに手がかりがなさすぎる。よく言う、砂漠の中から一粒の砂を探し出すようなもの、というやつだ。だが、このまま侯爵家に帰って、うんうん唸っていても埒があかないのもまた事実だった。
ぼんやりと本棚を見上げる。高く高く、そびえ立つほどの本棚。あんな上の本棚にある本なんて、どうやって取り出すんだろう。
「あ、あの・・・」
振り返ると、そこにいたのは、スフレ君だった。個人的推しキャラである。そういえば、スフレ君ルートでは、ひたすら図書館に通い詰めていた記憶がある。うーむ、期待に漏れないキャラだ。
「スフ・・・・じゃなかった、プディング様、ご機嫌よう」
「あ。ご、ご機嫌よう、ホップ=アッサム嬢」
わたわたと本を持ち直しお辞儀をする。拍子に眼鏡がズレるところなぞ、可愛らしいではないか。一つ年上とは思えない。・・・・前世の私から見たら、遙か年下だけど。
思わず笑みがこぼれる。
「プディング様、私のことは“マドレーヌ”で結構ですわ。あなた様の方が年上です。それにあなた様のお家は公爵の爵位をお持ち。私などに敬語は必要ありません」
「いえ!そんなワケには。女神の後継者候補たるあなたにそんな口は聞けません。父からもくれぐれも失礼のないようにと、言われております」
「まぁ、そうですの。残念です。
私、どらかと言えば、ホップ=アッサムという響きよりも、マドレーヌという響きの方が好んでおりますのに」
これは本当だ。少しがっかりする。
スフレ君はこちらの気持ちを察したのか、では、と言葉を続けた。
「“マドレーヌ様”とお呼びしても?」
「“様”は必要ございません」
「で、では“マドレーヌさん”で。こ、これ以上は譲れません」
何だかやたらムキになっている。本を抱える手にも力が入っているようだ。
「分かりました。その呼び名でお願いいたしますわ」
スフレ君が可愛らしく、つい顔が緩んでしまう。呼び名を決めるだけでも、貴族は大変である。