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王道悪役令嬢は、戦慄する

 今、気付いたのだが、あれってヒロインとスフレ君の出会いのシーンではなかったのだろうか。

 ライバルたる私は、ヒロインを置いて、さっさと立ち去る。スフレ君は、シフォンを慰めつつ、教室へ案内する、というシーンだったような。


 ……失敗した。いや、これは失敗なのか?成功なのか?いやいや、そもそも、何が正解で失敗なのかが分からん!

 

 悩む私に、ガトー先生の厳しい視線が注がれる。


 「悩むのも分かるが、マドレーヌ=ホップ=アッサム、ひとり選びなさい」


 放課後。私たちは先生の言葉通り、再び学園長室へと足を運んだ。そこには学園長とガトー先生の他に4人の男子生徒が立っていた。


 第一王子、ウエハース=アールグレイ。

 伯爵であり、私の兄である、フィナンシェ=ホップ=アッサム。

 同じクラスで剣士として入学した、セイロン=クラッカー。

 でもって、さっき廊下で出会った丸眼鏡のスフレ=プディング。


 まさにパートナーを選ぶ、大事なイベントの真っ最中である。

 女神候補のふたりは、それぞれこの中からパートナーを選び、協力しながら、卒業の日に行われる選定試験“世界のケーキ作り”の勝利を目指す。


 「……」


 思わず押し黙ってしまう。ここにいる皆の視線が私に注がれているのは気のせいではあるまい。

 ぶっちゃけ、誰を選ぼうが、私は選定試験で負けるつもりだ。つまり相手は誰でも良い。


 侯爵家には迷惑をかけるかもしれないが、その場合、田舎にある別邸にでも行ってそこで暮らすと言えば良いだろう。場所がこの王都から田舎に変わること、屋敷の規模に差は出るが、もともと贅沢がしたいというわけでもない。衣食住に困らず、毎日だらだら頑張らずに過ごせれば私は満足である。

 とはいえ、負けることを前提にしたこの計画に、他人を巻き込むのも躊躇われる。相手にとっては、とんだはた迷惑だろうし。


 いや、待て。ちょっと待て。


 確かここは、先生からこうして誰かを選ぶよう水を向けられるのだが、一端断るのではなかっただろうか。「私、どの殿方がパートナーでも女神になれる自信があります。慈悲により、平民のこの方に先に選ばせてさしあげる権利を与えてさしあげますわ」たら何たら、超上から目線で言ったはずだ。でなければ、ヒロインが自由に相手を選べないではないか。


 危なかった-! また失敗するところだった。


 私はコホンと咳払いし、


 「私、どの殿方がパートナーでも女神に……」

 「ひとりで試験に臨みます!」


 ーーはい?


 見れば、シフォンが両手を胸の前でぐっと握りしめ、高らかに宣言をしていた。


 「申し訳ございませんが、私にパートナーは必要ありません!

 ……私、教育も何も受けていない、ただの町娘です。ここにいらっしゃる皆様にご迷惑をおかけするわけにはいきませんし、何より平常心で試験に臨む自信がありません」


 謙遜も過ぎるとただの嫌味になるのだが。しかも、私が喋ってる途中でかぶせてきたし。


 先生はじっとシフォンを見る。彼女も負けじと、対抗するかのように先生の瞳を見た。

 折れたのはガトー先生だった。

 ふう、と一息ついて、


 「……分かった。君の自由にしなさい。

 その代わり、選定試験への手抜きは許さない。手を抜いていると見なした時点で国家への不敬罪とみなす」

 「分かりました!ありがとうございます!」


 ペコリと大きくお辞儀をする。ふわふわした髪がそれに習って大きく動く。


 「では、次、マドレーヌ=ホップ=アッサム。今度こそこの中から誰か選びなさい」

 「……へ?」


 いや、今の有りッスか? 誰も選ばない、そんな選択肢があるなら、私だって迷わず、


 「えーっと……じゃあ、私もひとりで試験に臨ませてーー」

 「駄目だ」


 ぴしゃりと遮られる。


 「君には、この中からパートナーを選んでもらう」


 なーぜーにぃいいいいい!?

 ヒロインが良くてなぜライバルが駄目なんだ!なんだよ、ヒロイン中心で世の中回ってるのかよ!いや、実際そうだけどさ!


 こんな我が儘、横暴が許されるとは!

 頭の中がぐるぐる回る。思考回路が追いつかない。


 「マドレーヌ=ホップ=アッサム! 誰か選びなさい!」

 「では、ガトー先生、お願いします!!」


 もはや勢いだった。



  

 学校から自宅であるホップ=アッサム邸へと帰り、制服もそのままに、自分のベッドにぐったりと突っ伏す。

 疲れた。果てしなく疲れた。とんでもなく疲れた。

 エネルギーの消耗、ハンパないぞ。

 基本、学園に入学した者は、寄宿舎というところで生活することになるが、爵位を持つ貴族はその限りではない。

 王子サマのウエハースは好きで、眼鏡男子のスフレ君は経験のために、セイロンは貴族ではないため寄宿舎に住んでいるみたいだが。だからこそ、攻略キャラとのイベントもおきやすいのだ。


 ーーそれはさておき。


 まさか先生からOKが出るとは思わなかった。

 一番に巡った考えは、パートナーが兄では駄目だということだ。

 選定試験に負ける→兄妹そろって負ける→両親に迷惑がかかる。

 剣士のセイロンも兄ほどではないにしろ、しわ寄せがくるだろう。周りに「ただの商人のくせに」とか陰口言われてるし、これ以上、彼の評判を下げるのは忍びない。

 王子のウエハースを選ばなかったのは簡単だ。声は好きだが、キャラクターが好きじゃない。以上。

 となると、最後に残るは魔術師長の息子、スフレ君だが、個人的には攻略対象キャラの中で推しなので、返って躊躇われた。

 そんなわけで苦し紛れに先生を指名したが、


 まさかGOサインが出るとは思っていなかった。


 しかも、よくよく考えてみたら、先生は現国王の弟、私が負けても一番被害が少ないんじゃないだろうか。


 やったね! 何にせよ、被害は最小限に食い止めたぜ!


 密かにほくそ笑んでいると、コンコンとドアがノックされた。


 「マドレーヌ、いるかい?」


 この声は、兄のフィナンシェだ。


 「はい、お兄様。おりますわ」

 「入っても大丈夫かな?」

 「どうぞ」


 ベッドから起き上がり、立ち上がる。淑女のたしなみとして、ささっと髪を整え、着崩れた制服を直すのはもはや条件反射だ。

 兄は些か驚いたように目を丸めた。


 「おまえ、まだ着替えていなかったのかい? もうじき夕食だよ」

 「あ……ええ、はい。思いの他、疲れてしまって。今まで休んでおりましたの」

 「そうか……。

 いきなり女神候補がもうひとり出たんだ。お前も随分と驚き、気疲れしたことだろう」

 「確かにびっくりはしましたわ」


 それより、〇年ぶりの学校生活の方が単純に疲れたわ。しかも、特殊だし。


 「でも、そういうお兄様こそ、まだ制服でらっしゃいますのね」

 「ああ、僕は今さっき学園から帰ってきた所なんだ。後片付けやら何やらでね。そういえば……あれは彼女だったのかな」

 「彼女?」

 「シフォン=キャンディーヌ嬢だよ。講堂を片付けた後、教室に戻ろうとした時、スフレと図書館にいるのを窓越しに見かけたんだ。早速何かを勉強しているようだった」

 「……え?」

 「そういえば、ウエハースも彼女に声をかけられたと言っていたな。

 例のパートナー選びの後だよ、王子の彼が一番“豊穣の女神”と接する機会が多いからって、女神としての仕事、心構えのようなことを聞いてきたらしい。

 さすがにひとりでやる、と言い切ったんだ。心意気が素晴らしいじゃないか」


 にこやかに笑う兄とは反対に、私はすうっと血の気が引くような気がした。


 それ、何か知ってる。


 再び頭の中がぐるぐると周りだす。なぜ、どうして思い出さなかった!?

 彼女がひとりで試験を受けると宣言した時に気付くべきだったのに。

 スフレと王子への接触、兄との間接的な出会いに……この分だと、多分、セイロンとも何かしら接点を持ったであろう。

 なぜならそれは、


 「逆ハールートかぁああああ!!!!」 

 

 私は頭を抱えた。

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