そのきゅう お兄ちゃんとお兄ちゃんのお葬式
翌日
お兄ちゃんの葬儀は、滞りなく済ませることができた。
本人のたっての希望で
お兄ちゃんも車椅子での出席。
親族の末席に列席することとなったのだ。
自分自身に焼香をあげる姿はなんともいえずシュールな光景ではあったけれど
本人曰く
「オレ自身にきちんとケジメをつけたい!」
と言い張るので仕方なくお母さんが許可を出した。
まあ、それで心の区切りがつくんなら
いいんじゃないかなとは思う。
何もかもが急であったので
喪服は私の小学校時代の制服を着てもらった。
捨てずに取っておいて良かったよ。
それでもまだ少し大きめでダボついてはいたけれど
なんとか格好にはなったと思う。
ていうか、可愛いわ! どちゃくそに!
でも、本人なのにねえ、なぜか末席。
かといって喪主やってもらうわけにもいかないし、
こればっかりは仕方ないよね、うん。
確かに血縁関係で言ったらダントツの本人で、一番濃ゆいんだけれど。
喪主をやるお兄ちゃんの図。 か……
「…………」
更にシュールになりそうで、噴き出しかけたから、
これ以上想像するのはやめておこう。
葬儀は基本的には内々での家族葬に近い規模のものではあったんだけど
母の家系の音小野家側の親族も数名は来てくれていた。
その人たちはお兄ちゃん(♀)のことに関しては察してくれてたみたいなんだけど
お父さん側の親族は頭に「?」マークが出ている感じだった。
いい機会ではあった。
どのみちいずれはお兄ちゃんのことは紹介しないといけなかったので
まだ細かいことまで決まってはいなかったけれど
その辺り、上手くお母さんが誤魔化しながら説明したようだ。
当然、お父さんは完全に悪者扱いでした。
海外で浮気をしてその時にできた子供ということで
母親は既に他界して、親族もおらず、おまけに本人は大病も患っていて
このまま孤児院に入れておくのも忍びないということで、
しぶしぶウチで引き取るということに。
お母さんは嘘泣きの演技までして周りの同情を一身に集めていました。
まあ、いいんだけど。
お父さん、帰って来たときには、がんばって! 挫けないでね!
私は立場的にフォローはできないけれど。
◇
ちーーん!
「ああああ……こんな哀れな姿になっちゃって、オレ……」
すっかり軽くなり変わり果てたお兄ちゃんの骨壷を抱いて涙目で嘆いているお兄ちゃん。
解説してる私もちゃんと日本語合ってるのかどうか怪しくなってきたね。
「やれやれ、伊吹が葬式に出たいなんて言うから
私はえらい目にあったわよ。
まったく、お父さんがぜんぜん帰って来ないからあ……ぶつぶつ」
「ご、ご苦労様です。 お母様」
「でもこれで、対外的には伊吹は晴れて我が家の一員になれたわけだけど
まだ戸籍なんかの手続きはできてないんだから
またしばらくは病院でおとなしくリハビリしててもらうからね」
「ええっ!? もう親戚にも紹介したんだし
もうこのまま家にいてもいいだろ? おふくろ!」
「だーめ! あんたは外国で大病を患って治療中ってことにしてあるんだから!
もう少しおとなしく病院でいなさい。
一人で歩けるようになったら帰ってきてもいいから」
「けど、もうおふくろもあやめも病院には泊まり込まないんだろ?」
「そりゃあそうよー、伊吹が死んだことになって葬式直後だってのに
いつまでも家空けておくわけにもいかないわよ。
第一私も仕事あるし彩芽だって学校があるんだから!」
「……!」
あ、そうか、
数日は学校もお休みいただけるんだろうけど……えと、確か三日くらいだったっけ?
それを過ぎたら普通に学校行かなきゃならないんだよね。
「……うう、クラスメイトにめっちゃ気を使われるかもって思うと
なんだか今から胃が痛くなってきたよ、あたし」
「あやめは演技下手だからなー……まあ、良いように言えば
純粋で真っ直ぐな嘘のつけないお人好しなんだけどな」
「…………お兄、それ最後の方褒め言葉になってない!」
私はジト目でお兄ちゃんを睨みつけた。
「う、ま、まあそれがあやめらしくって良いんじゃないか!
ってオレは思うんだけどね!」
「う……」
そういう言い回しされると私は照れて何も言い返せなくなる。
「……ところで、そしたらいったい誰がオレをトイレに連れてってくれるのだ?」
「「それくらい自分でどうにかしろよ!」」
ピシャリ! と二人が同時に引導を渡す。
「うが! そ、そんな……ひ、ひどい! あ、あやめえ~!」
私の方を半分涙目で見ながら目で訴えて来るお兄ちゃん。
う、そんな縋るような目で見つめられると、なんとかしてあげたくなっちゃうよ!
「……そ、そうだね……
じゃあ、学校が休みの間は夕方までは病院にいてあげるからさっ!」
「で、でもでも夜中にその、したくなっちゃったら……」
「う、うーん……?」
「そうね、我慢できないようなら、当直の看護師さんにお願いするしかないわね。
あ! それか折角の個室なんだからおまるを置いといてもらうとかどうかしら?」
「あ、なる! そうだね。 お兄ちゃん、私が学校休みのうちに
せめてベッドから立てるようになるくらいまで、頑張ってみよっか?」
「う……ま、まあどこかに掴まりながらなら
なんとかベッドから這い出るくらいならいけそう……かも、だけど……」
「よし、じゃあ今日から特訓だね! 目標、おまる!
ちゃんと用を足せるようになるまで最後の最後までしっかりと見届けてあげるからね!」
「……いや、そこはできたら最後までは見てないで欲しいデス!」
今でも家の中だとハイハイくらいはなんとかできているようだし
立つだけならもうちょっと頑張ったらいけそうではある。
ハイハイしてる姿はホントに赤ちゃんみたいで可愛らしかった。
動画撮ってたらお兄ちゃんに気づかれて怒られたけど。(けれどしっかり内緒で保存)
「そういやさ」
「ん? なに、お兄?」
お兄ちゃんは私の小学生時代の制服のスカートの裾を少しだけ摘んで
「……女ってあれだよなー、
よくこんなスースーした着物でいつもいられるよな
防御力なさすぎじゃんか」
「うーん……まあ、そこは慣れかな? 制服だしね。
みんな同じの着てるからあんま気にならないというか」
私服だと、あんまし短すぎるのは敬遠しちゃうけどね、私は。
「ふーん、やっぱ慣れてくるもんなのかあ……」
……あれ? そういえば今、ふと思ったんだけど――
なんだっけ? なにか記憶に引っかかるものがあり
何気にお兄ちゃんの制服のスカートをぴらりとめくってみた。
「「…………」」
―――― l 。
お互いが、無言。
そして、そっと閉じる。
「ぎゃああああっ!! お、お兄っ! なんでノーパンなのよ!?
その格好で今まで葬式に出てたの!?」
「だ、だって! 穿くもの何にも無かったんだもん!
オレのパンツは穿いてもすぐにずり落ちてくるし!
まさかあやめのパンツ借りるわけにもいかんだろー!?」
「言ったら買ってきてあげたわよ! なんで言わないのよっ!?」
「だってだって! キ○ィちゃんのパンツなんだろ!?
そんなのオレ、穿けねーし!」
「女の子なんだから穿けるでしょー!? ていうか超似合うわよお兄が穿いたら!」
「ん、んなわけないだろー! オレなんだぜ!? どう考えてもキモすぎるわー!」
「キモイわけないでしょ! あたしなんかよりよっぽど……っ!」
……ん?
「…………マテ! ていうか、お兄。 まさかとは思うけど……」
「な、なんだよ!?」
私は隣の部屋から姿見を引っ張ってきた。
「…………え? ええーーっ!?」
「やっぱり……」
私は、顔に手を当てて項垂れる。
「……これ、オレ?」
お兄ちゃんはほっぺをつついたり抓ったりして確かめている。
「…………ん?」
ちょっと気になったので
先ほど撮ったスマホ動画を見返してみた。
「…………」
――削除、と
危ない危ない!
もうちょっとで私、児童ポルノ単純所持で捕まっちゃうところだったよ!
早くパンツ買ってきてあげないとね!
お兄ちゃんのガード低すぎだわ。
「けれど、今まで自分の姿一度も見てなかったんかいな
制服着た時くらい見とけよ!」
「い、いや、着替えた時近くにいたおふくろに聞いたら
「大丈夫、可愛いわよ」って言うから何も問題ないかと……
い、いや、だ、だってオレなんだぜ? 女に変わったからって
ちょっと女顔になるくらいだと思うじゃん! 普通!」
「確かに、ちゃんとお兄の面影は今でも残ってるよ。
でも、素材は同じでも石炭とダイヤモンドくらい輝きが違うよ」
「石炭……」
「……まあ、転生体は基本的に前世の身体で蓄積されたデータを元に
進化するようになってるらしいからね。 以前先生が言ってたわ。
それは容姿の面でも例外じゃないそうよ」
「へえ~、便利な身体なんだねえ……
じゃあさ、なんか特別なチート能力みたいなものもあったりするの?」
「石炭……」
「それは……昔はなんかあったような話も聞いたけど
今は特に無いわねえ……
それに進化ったって全部じゃないわよ。
男から女になってるんだから当然体力面では若干劣るしね」
「あー、やっぱそうなんだ。
まあこのお兄の外見で以前のお兄よりも強かったりなんかしたら
もう反則でしかないよねー」
「石炭……かりょくはつでんしょっ!!」
「あ、お兄が壊れた」
「伊吹、もう石炭だろうとなんだろうと今更関係ないでしょ?
だってほら、もうあのちっちゃい壷の中に納まっちゃってるんだから」
「うがっ!」
何気にお母さんも酷いこと言うよね
私も人のこと言えないけれど。
「石炭にだって五分の魂があるんやあっ!」
「はいはい、べつに石炭が悪いなんて言ってないでしょ?
心配しなくても前のお兄もあたしはちゃんと好きだったよ」
「「…………」」
……あれ? さらりと言ったつもりだったんだけど
なんでか皆無言になったね。
えと、そこは軽く流して欲しかったんだけど……
「……彩芽、慰めになるかどうかわかんないけど、
彩芽なら可愛いし、またすぐにいい男捕まえられるって」
「い、いや、お母さん! そんなマジになって言わないで!
べ、べつにそんなつもりで言ったわけじゃないんだからっ!」
「ごめんね、気づいてあげられなくて……
てっきり本当の兄妹だと思い込んでるものだと思ってたから……」
「……や、やだなあ! そんなのもう心の整理ついてるって!
そもそも今回のはあたしの不注意が原因なんだし、
ちゃんとお兄にも謝って許してもらったし……だから……」
「あやめ……」
あ、ちょっとだけぽろっと涙出てきちゃった。
やばいやばい! 強引にでも気分を切り替えないと!
「さ、さあ! もうそろそろお兄は病院に戻らないと!
ちゃんと途中でパンツも買って行ってあげるから!
お母さんも車の準備してもらって、いいかな?」
「ああ、うん、……わかった。
……………………彩芽」
「……え?」
「…………彩芽は、強いね」
「…………」
母の言葉に私は、否定も肯定もせず、ただ黙って笑顔だけを返すつもりでいた。
でも、ほんの少しだけ心の中身が溢れ出す。
「……………………もし……」
「……え?」
「あっ! ううん、なんでもない! 早く行こう!」
「……うん」
「…………」
――もし、子供の頃から私がお兄ちゃんのお嫁さんになるって言ってたら
お父さんやお母さんは純粋に私達を祝福してくれてたんだろうか?
そして、この運命は、変わっていたんだろうか?
こんなこと、考えても意味ないって、わかっているのに……
◇
病院に戻る準備が整い、私たちは玄関を出た。
お兄ちゃんはお母さんに抱えられてそのまま車に運び込まれるようだ。
車椅子は事前に車の荷台に積み込んであるから
あとは手荷物だけ持ってくれば出発準備は完了だった。
「……!」
しかし、その目の前には見知った顔が立ち塞がっていた。
「……あ、奈芝美……ちゃん?」
彼女と会ったのは霊安室以来であった。
結局、お通夜に来たのは彼女の母だけで
気がかりではあったのだが
忙しさに追われてそこまでゆっくりとは考えていられなかった。
「あ、そのっ……こ、この子はねっ!」
今のこの状況で、まず説明すべきことはどう考えてもこれ一択であった。
と思ったのだが……
「知ってる!」
「「「えっ!?」」」
私達は一様に驚きの声を上げた。
一体何を知っていると言うのだろうか?
お通夜は近所の人やお兄ちゃんの学校関係の人も来てくれてたんだけど
お葬式自体は近しい身内でしかやってないから
お兄ちゃんの存在を知る者は、今はそれだけのはずだ。
唯一の、例外を除いては。
「伊吹っ!」
「「「!?」」」
なっ!? い、今、なんて……!?
「私は、あなたのことが…………だっ……大好きだぁーっっ!!」
「「「!!」」」
な、なんで!? ……どうしてそのことを、知って……?
そして、このタイミングで……告白ー!?
「それは、あなたが女になったところで変わらない!
この気持ちは、けっしてあやめちゃんにも……絶対に、負けていないからっ!!」
「…………っ」
私は、何も言うことができず
うろたえながらそのままお兄ちゃんの方へと振り返った。
「…………おふくろ」
お兄ちゃんは、観念した様子で
お母さんに支えられながらゆっくりと地面に降り立つ。
「奈芝美……けれど、オレは……」
「チャンスが、欲しいの!」
「え?」
彼女はお兄ちゃんの台詞を遮り、矢継ぎ早にまくし立てる。
「今じゃない! 答えは私がこれからする行動の結果で判断して欲しい!
だから……少しだけ待ってて! 私にも希望を……持たせて!」
「な、奈芝美ちゃん……い、いったい、何を……?」
彼女はちらりと私の方を一瞥したかと思うと
すぐにお兄ちゃんの方に向き、姿勢を正した。
そして、改めて何かを決意したような真剣な表情で
「私は、諦めない! 伊吹! 私は運命を変えてみせる! 必ず!
だから、その時は受け止めて…………くれるよねっ!?」
それは、彼女
音成奈芝美の、まさしく『一世一代の大勝負』であった。