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そのろく お兄ちゃんの膝の上



背後からカラカラと、扉の開く音がした。


「…………」


ここに入ってきたということは

先生か、お母さんかのどちらかだろう

でも今は、そのどっちとも話をする気にはなれなかった。


「…………」


「…………はは、ホントにオレ、死んでんのな」


「……!」


バッと振り返る。

そこには、女の子になったお兄ちゃんの姿があった。


「お兄……ちゃ……な、なんで?」


「車椅子、看護師さんが用意してくれたんだよ。

試運転がてら、ここまでな……」


「…………そう……」


私は、すぐにふいと兄と目を合わすのを逸らし

また身体を正面の方へと向きなおした。


「…………」


「…………」


「……………………な、なあ! しかもこいつ、電動なんだぜ?

これなら腕力がなくなってる今のオレでも

コントローラーひとつで簡単に動かせるんだ。 どうだ、すごいだろ?」


「…………うん……そうだね……」


「…………」


「…………」


「…………ま、まあ、その、なんだ…………

オレの身体は残念だったけど、でも、あやめが無事で、良かった」


「…………良く……ないよ。 だって、こうなったのは

全部、あたしのせいなんだもん」


「…………そうなのか?」


「……!?」


え、お兄ちゃんのこの反応……

もしかして……?


「あー、……すまん! 実はオレ、事故のことはよく覚えていないんだわ!」


「!」


「というか、その日のことも全部あやふやで

なんであそこに居たのかも、よくわかってない」


「…………」


先生は記憶の転送は不完全だろうと言っていた。

また、事故後のお兄ちゃんの頭部は損傷していたとも……

つまり、本当に覚えていないのだろう。


あの日あったことは、お兄ちゃんの中から完全に消え失せている。




かけがえのない、私とお兄ちゃんとの在りし日の……数々の、思い出。


――もし、その記憶もところどころが欠けているとしたら……?


もしかしたら……あの約束さえも……




「……っ!」


一瞬、胸が締め付けられる感覚が私を襲った。


いや――


そもそも、元々のお兄ちゃんだって

本当に覚えていたのかどうかは、実は定かではないのだ。


だって、あれからその話を聞き返したことは

ただの一度もないのだから。


あの頃はパパもママもお兄ちゃんも、もちろん私も

お互いがお互い同士、家族としてひとつにまとまっていくことの方を

全てにおいて第一に考え、皆でそれを最優先にしていた。


その目的に向かい最短距離で走り抜ける為には

あの約束は「余計なこと」でしかなかった。


私も幼くてもその辺はなんとなく空気で理解していた。

だから私は、家族皆のためにと一時それを封印しておくことに決めたのだ。


そのかいもあってか私達が「家族」となるには

それほど多くの時間はかからなかった。 のではあるが、


私の想いはずっと胸に秘めたままとなってしまったのだ。


折角築き上げたこの温かい家庭を、もしかしたら私が壊してしまうかもしれない――と

おそらく恐怖を抱いてしまったのだろう


当時の私は、今はそれでもいいと思ってしまった。


そして、そのままの状態で現在へと至っている。


だから、お兄ちゃんはもう

あれから何も言わない私を見て

あの約束は幼い日の私の只の気の迷い――戯言だったのだ……として処理し

とっくの昔に忘却の彼方に追いやってしまってたのかもしれない……し、

仮に、もし本当に最近まで覚えていたとしても

今回の事故で記憶の転送が間に合わず

その時点で完全に消えてしまったのかもしれない。


どのみち覚えていようがいまいが

それを確かめる理由も必要性も、

今はもう完全に無くなってしまっているのだが――


でも、その方が結果的には良かったのかもしれない。


だって、もし絶対に果たすことのできない約束なんか覚えてたとしたって

それはもう、なんの意味も持たないから。

それどころか、それは既にお兄ちゃんに取っては

ただの拷問でしかなくなっているのだから。 


私はお兄ちゃんに後悔しながら生きて欲しいなんて、絶対に思わない。


だからもう言う必要もないし

今後確かめることも、二度とないであろう。

このまま私だけが心の奥に永遠に仕舞い込んでしまえばいいだけの話だ。

別段難しいことは、何もない。


「あたしが……悪いの……

お兄はあたしのせいで、やらなくてもいいことをやる羽目になって

それで、事故に巻き込まれて……だから」


「……覚えてないけど、オレは、

やらなくてもいいことをわざわざやったりは、しないぞ

あやめのために動いたんだろう? だったらオレにとっては必要なことだったさ」


「ち、違う……違うのっ! これはあたしが気をつけていれば

それだけで済んでた話だったの!

お兄はあたしの、単に尻拭いに付き合わされただけだったのに……!

お兄は、あたしだけを逃がして、自分は犠牲になって!

あたしは、お兄の…………半身を! 

これからも……あったはず(・・・・・)のお兄の未来を、壊して、奪ってしまった……!」


そして、私自身の未来も……



――――わたち、おにいちゃんの、およめさんになる!



でもそれは、自業自得だ。

そんな未来はもはや望む方が間違っている。


私は、これからは罪を背負ったまま

兄の為だけに生きていかなければならないのだから。


「…………なんだ、そっかぁ~……」


「……え?」


何故だか、お兄ちゃんはそこでホッと安堵の表情を見せた。


「オレ、あやめだけはなんとか護りきることができたんだな。

だったら、良かった。 

それならこいつ(・・・)も悔いなく逝けたと思うぞ」


「っ! なんで、そんな簡単に受け入れられるの!?

あたしは、お兄を……殺したようなものなのにっ!!」


「……………………知ってるか? オレ、おふくろ……っていうか、

実は親父だったってことに結構というか、かなりびっくりしたんだけどな!

つまり、親父と別れてたんじゃなくて

実際に別れたのは本当のおふくろの方だったのかよ!? って!


……まあ、その話は今は置いといて!

とにかく、今現在のおふくろ……に聞いたんだけど……

音小野の男はなんらかの理由で早死にしちまった場合、

その分転生体の方で長く生きられることが多いってらしいぜ?

若さも保っていられるって話だ。 現に、おふくろも見た目すげー若いだろ?」


「…………そ、そんなのっ! 病気とか怪我とかしなかった場合だけの話じゃない!

また事故とかに遭ったら、今度こそ、終わりだよっ!」


「ま、まあ、それは確かにそうなんだが……」


「…………お兄は、これで、いいの?」


「……う、うーん……良いも悪いも、なっちまったもんは仕方ないしなあ」


「……っ!」


思わず、お兄ちゃんをきつい目で睨みつけてしまった。

一瞬たじろいだ表情を見せた兄だったが、すぐに切り替えて


「こ、これから色々教えてくれよ!

オレ、女の子のことなんて、てんでわからないしさ!

あやめがいないと正直、困る」


「……お母さんが、いるじゃない」


「おふくろ!? い、いや! そりゃいるけど!

それは……なんだか恥ずかしいし……」


「あたしだと、恥ずかしくないの?」


「は、恥ずかしいわー! ……いや、そうじゃなくて……」


「……なに?」


急に、お兄ちゃんの顔つきが真剣な眼差しに変わった。


「…………このまま、忘れたフリしてやり過ごそうかとも思ったけれど……

やっぱ、それは男らしくないよな! オレは、お前のお兄ちゃんだからな! 

…………まあ、格好はこんなんなっちまったけど」


「…………」


「それでも、オレはえいえんに、ずっと、一緒だから!

オレは、あやめにずっと、そばにいて欲しい……から……」


「……!」


「…………ごめんな、オレ……こんなんなっちまって……

もう、あやめを嫁さんにできなくなっちまった……

でも、お前が嫌じゃなかったら、一生そばにいてやるから」



――――!!



あ……お兄……約束…………覚えて……

覚えていて、くれたんだ!


だけど



「あ……謝るなああーーーっ!!」



「……っ」


びくっとその場で表情が固まる兄。


「謝らないでよ! お兄が悪いわけじゃない!

……どうして、どうしてお兄が謝るのよ!?

どう考えても、悪いのはあたしなのにっ!

……こんなのあたし、余計に惨めになるだけじゃない……!」


「……あやめ……」


「……だって、あたしの……せいで……お兄は……約束を守れなくなっ……た……

悪いのは、お兄じゃ、ない……!

あっ……た……し……がっ……が、学校に……わ、わすれもの……さえ……

しなかっ……たら……こ、こんなこと……には……

………………っ! …………ふぐっ!!」


「……あやめ…………こんなでも、おまえの傍に居ていいか? ずっと」


「……ふっ! ……うぐっ! ……ぅ!」


遂に、今まで堪えていたものが堰を切ったように溢れ出してしまった。

泣いたって仕方がないことなのに! 

こんなのは只の逃げだってわかっているのに!

そんなことで私の罪が消えるわけはないのに!


だけど、一度タガが外れるとそれはもう自分自身でも制御はできなかった。

ただひたすら声を出すことだけは必死に押さえつけるもそれも叶わず

顔を見られたくない私は俯いたまま、目からはぼたぼたと水分が溢れ続け

身体は意思とは関係なく遠慮なく嗚咽を漏らし続けた。



ふいに、私は首の後ろから何かに押されて前へと倒れ込む。


「!!」


ぽすっと

柔らかで、暖かい感触に包まれる。



それは、お兄ちゃんの膝の上であった。



「……いいか、あやめ。 オレ達は、家族だ。

家族だったらこんなこと、当たり前なんだよ。

互いに良い事も悪いことも、全部影響し合っていくもんなんだ。

それでも助け合って生きていくんだ。 これからも、ずっとな!

オレは、それでいいと思っている」


「おっ……にっ……い…………おに……い…………ひゃん!

ごめ……ごめ……なさ……い…………ごめん……な……しゃい!

うっ…………ふぐっ! ふええ……えええっ……!

うぁ、うあああああん! うああああああああんっ!!」


「……よしよし、本当にいい子に育ったな

お兄ちゃんは嬉しいよ」


私は女子小学生にしか見えない兄の膝に顔を埋めたまま、ただただ泣き続けた。

お兄ちゃんは何も言わず、泣き止むまでずっと私の頭を優しく撫で続けてくれた。







「…………落ち着いたか?」


「…………うん、……えへへ!

でも、もうずっとこのままこうしていたいかも?」


「いや、そろそろこの体勢も限界だ。 疲れてきたから

もう離れてもらってもいいでしょうかね? あやめさん」


「ぶうー! かわいい妹が甘えて膝の上にいるんだから

そこはもっと喜んで続投するとこなんじゃないのかな?」


「まだまともに動けない身体なんだから、無茶いうなよー。

…………わかった、じゃあ、あと五分だけな」


「……うし! がんばって、堪能しつくさないと!」


「はは……まあ、好きにしてくれ」


お兄ちゃんは若干やれやれと言った感じで

それでも変わらず私の頭を優しく抱きしめたまま撫で続けてくれた。


私は、残り少ない時間を目一杯堪能しようと、深呼吸をする。


――甘い、新しいお兄ちゃんの匂い……


「……あ!」


「……ん? どうかしたかあやめ?」


「ん、んーん! なんでもない!」


それに混じって、仄かに漂う以前と変わらぬ兄の匂いを感じ取ることができた。


あ、なんだ……そっか、なるほど!

お兄ちゃんの匂いが違うようになったと思ったのは、本当はただの錯覚だったのか。

基本の部分は何も変わっていない。

表面上の男の子の部分が消えて、女の子の部分が代わりに現れて出て来たからそう感じただけなんだ。

やっぱりこれは、お兄ちゃんの匂いだ!


「……やっぱり、姿が変わっても、お兄はお兄だよね……」


「当たり前だろ! オレはオレだ」


「…………うん……」


「そもそも、この身体だって元からオレの一部だったんだからな」


……そうだよね、確かに……そうだ!


「たかがメインカメラをやられただけだ」


「…………」


いや、それは……どうなんだろう?

感覚的にはコア・○ァイターだけが残ったような気がするんですけど。

だって! Bパーツ無くなってるし!

具体的に何処がとは言わないけれど!


「……お兄ちゃんの匂い、凄く……安心する…………それと……」


「……ん? それと?」


「でも…………たははっ、やっぱこれ、ちゃんと拭き取れてなかった……かも」


「? なんのことだ?」


「でも、ぜんぜん嫌じゃないよ?

むしろあたし、新たな性癖に目覚めそう」


「……………………ちょ、ちょっとマテ!

ま、まさか、その匂いって……?」


お兄ちゃんは既に察してしまったのか

かああああ~っと、みるみる顔が耳まで真っ赤に染まっていった。


「……うん、おしっ「だああーっっ!! あ、ああああ、あやめえー!

は、離れろあやめ! 今すぐにっ!」


お兄ちゃんは必死に私の頭をどかせようと全力で抵抗した。

しかし、私は頑として離れない。


「ふがふが! 駄目だよう! あと少しで何かに目覚めるとこなのに!」


「め、目覚めるなあー! ってか、ちゃんと拭いてくれー!」


「だって! あのときお兄が変な声出して身悶えするから~!」


「へへ、変な声ってなんだ!? そそ、そんなの、出してないぞおっ!」


「はいはい、わかったわかったワカリマシタ!

今度はちゃんと、すみずみまで完璧に、くまなく拭いてあげるから!」


「…………いや、やっぱ今の無し! やめて!」


「ダメー! よし、じゃあ病室に、れっつらごー!」


私はがばっと起き上がり、即座にお兄ちゃんの車椅子を全力で押し出し急発進させた。


「……い、イヤ! お願いやめてあやめさん!

や、やめ、やめてええええ~~~っ!!」





「ぅひいぃああああ~~~~~っっ!!」





その後、悲鳴にも近い喘ぎ声が病院内に響き渡ったそうな。




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