そのじゅうろく お兄ちゃん、女子小学生はじめました。
「いやあ、見事なまでに何にも…………無いね。 痕跡すら」
「「え”えっ!?」」
先生はお兄の身体を診察した結果、
まごうことなき純女のお兄だと告げられた。
「「そ、そんなあ~っ!」」
「左右から同時にステレオで嘆かれてもねえ……
こればかりは僕にはどうしようもないからね」
頭部にあった二本の角も、いつの間にか消えて無くなっていた。
但し、髪の毛と瞳の色は変化したままだ。
金髪碧眼。 ついでにロリ。
なんだかより完璧な女の子に近づいたような気さえして来る。
「もしかしたら成人しきらない不完全な内に
次世代ボディが出てきちゃったもんだから
まだ男としての因子もどこかに残っているのかもしれない。
これはなかなか興味深いね」
「…………」
きっかけは、もちろん私たちを護るために
必死になってくれたことなんだろうけど……
「どうやったのか、思い出せん!
……へ、へ……へっくち!」
「ああ、もう服を着てくれて構わないよ。
いぶきちゃんの綺麗な柔肌は十分堪能させてもらえたしね」
「……冗談でもそういうこと言わないでください先生!
あたしもここに通院することもあるんですからね!」
「いやあ、はは……これは手厳しいなあ」
一瞬だけの男の子になったお兄ちゃん。
成れる方法さえわかれば、もしかしたらまだ希望はあるのかも?
「それはそうと、先生、その顔の、痣は……?」
「……ん? いやあ、ははは!
ちょっとうっかりすっ転んで医療器具に顔から突っ込んじゃってねえ!
僕も耄碌してきたかなあ?
まだまだ若いつもりだったんだけどねえ、ははは!」
「…………」
絶対嘘だ。
目の周りがパンダのように綺麗な青アザになっている。
きっとお母さんに顔面ぐーパンチを食らったに違いない。
なんでわかるのかって?
以前、お父さんにも同じ痣があって
その時も同じように誤魔化していたから。
お兄ちゃんもそれを察して納得したのか
奈芝美ちゃんの件をこの場で追求するような事はしなかった。
病院のロビーにて
診察が終わるのを待っていた奈芝美ちゃんと合流する。
「ねえ伊吹い…………結局、私はどうしたら?
男の子になったらいいの?
それとも女の子のままがいいのー?」
「知らんし、せんでいい! そんなのオレが聞きたいわ!」
「もう奈芝美ちゃんは余計なこと考えない方がいいと思うよ」
「なっ! なにそれー!
これでも私はあやめちゃんに伊吹の将来を託されたんだから!
真剣に考えないと草葉の陰のあやめちゃんが浮かばれないでしょー?」
「あたし死んでないし!」
パシッと奈芝美ちゃんの後頭部を平手ではたく。
「痛っ! ご、ごめん! じょ、冗談だってばー、あやめちゃん!」
「なっ!? あ、あやめ?
いつの間にそんな話に!?」
「いや! お兄! 違うから!
あれは今際の際だと思って奈芝美ちゃんに言った台詞であって!
あんなのもう無効だからっ!」
「あらあら~! 女が一度口にした台詞を
そんな易易と変えるものじゃなくってよ? 彩芽ちゃん?」
「「!!」」
「あっ、ママ!」
「音成の、おばさん!?」
そこに唐突に現れたのはお隣の家のおばさん。
つまりは奈芝美ちゃんの母親であった。
「……音成のおばさま、それは一体どういう意味ですか?」
「どうもこうもないわよお
伊吹くんは、ウチの奈芝美と結婚させるって、お・は・な・し」
「…………それは、今のお兄の姿を見て言ってるんですか?
そもそもお兄が生きているってこと、
おばさまは最初から知ってたんですよね」
「うふふふ、奈芝美は音成の歴史の中で
二例目の転生体になり得る存在。
伊吹くんを嫁に迎え子孫を残すことができれば
音成家は長年の夢である復権を果たすことができるの。
その為には……彩芽ちゃん。 貴女の存在はじゃm」
パカンッ!
「あ、いたーっ!」
おばさんの背後に
ジト目の母の姿があった。
手には何故か杖を持っている。
どこからパクってきたんだろう?
「……まだ懲りてないの?
そんなしょーもない戯言のために
ウチの子達を巻き込まないで欲しいわね」
「いったーい! 凄く痛いいー!
のぞむちゃん! 今、私なにで叩かれたのおー?」
ちなみに”のぞむ”とはウチの母の名前である。
「つべこべ言うな!
どうやらあんたにはまだ教育的指導が足りなかったようね!」
「……あ! いやあ、その……あははは!
も、もう勘弁し……」
「こっちに来なさい!」
「や、やだようう! だってだって!
そもそも本を正せばのぞむちゃんがあたしを振って
別の女とくっつくからこうなっちゃったんだよー?
なのになによ、あの売女!
のぞむちゃんが女になった途端に別れやがって許せないー!
あたしだったら今ののぞむちゃんさえも愛せるのにい!」
パカッ!
「あいたーっ!」
「あいつの悪口を言うな!
あれは”僕”の方から別れを切り出したんだ。
あいつはまったく悪くない!」
「うう~!
そんなにポンポンポンポン叩かないでよう! 馬鹿になっちゃう!」
「もうなってるだろ?」
「うう……のぞむちゃん、冷たい!
なんでよう? なんでそんなに私に冷たいのお?」
「知りたいか?
ならその理由もきっちり懇切丁寧に教えてやる。
だから、さあ、はやくこっちに来るんだ!」
「ああー! もういやー!
折角さっきメイクし直したのにいー!
もうパンダは、パンダは嫌あああ~~~っっ!!」
お母さんはおばさんの首根っこを捕まえて
ズルズルと引きずり何処かへと消えていった。
「「「…………」」」
思い返してみると
おばさんいつもより厚化粧だったよね。
うっすらと、さっきの院長先生と同じような痣が、あった……ような……?
うん、深く考えるのはやめておこう。
◇
病院の屋上にて
院長先生は街の景色を眺め煙草を吹かしながら、一人呟く。
「ふふ……音小野の一族が歴史に埋もれてから、はや一世紀半。
”力”は衰退し、最早ヒトとは区別もつかない……か……」
「まあ、そりゃそうだ。 必要性が無くなっちまったんだからな。
鳥だって、飛ぶ必要がない安全な島で暮らしてたらすぐ飛べなくなっちまうさ」
「……おや? 帰っていたんですか? 音小野……彩芽ちゃんのお父さん」
「まあね、ちょっとは帰ってくる努力も見せておかんと
どんな噂を立てられるかわかったもんじゃないしね」
「賢明ですな……ところで、先程のお話ですが
どうやら、伊吹くんはその必要性とやらを感じ取ったのかもしれないですね」
「……昔からあいつは妹達には甘かったからなあ」
「音小野の”能力”は、己の望みに最も近い形で現れる……」
「伊吹の望んだものは、彼女たちを護る、強い力と身体だったというところかな?」
「そのようですね。 しかし、あれはあれで大変な選択をしたことになりましたね」
「違いねえ! 能力なんてのはまあ言や火事場の馬鹿力みたいなもんだ。
それを頻繁に求められたら……、あいつ、また死ぬぞ」
「ははは、そうかもしれませんね」
「……しっかし、のぞむもまたいい加減な設定を俺に押し付けてくれたもんだ。
伊吹を小学五年生に編入させるなら
彩芽が5才くらいの頃に伊吹が生まれたことになっちまうじゃねえか!
俺あいつと再婚してすぐの頃になるぞ……
つまりこれ、俺は再婚前に二股してたってことになるのか?
どうすんだよこの鬼畜設定……帰ったら俺親父にぶん殴られそうだわ」
「はは……さてと、僕はそろそろ病院に戻らないと、
看護師達に怒られそうだなあ……」
「……やはり、黒幕はあんたか!
なあ! もうちょっとこう、俺の立場も考えてだなあ……!
……ちょっと! なあおい! 聞いてる? ねえ!」
◇◆
桜舞い散る季節
結局、あれからお兄ちゃんは一度も男の子になることもなく
私は無事高校受験を終え
元お兄ちゃんが通っていた近所の進学校へと入学、
お兄ちゃんはかつて一度は卒業した小学校へ編入となった。
もちろん同一人物としてではなくだけど。
「…………ぷぷっ!」
「わ、わらうなあー!」
「い、いや、ごめんごめんお兄!
でもその背負ってる真っ赤なランドセル、ほんと
ものすごく似合って……る……よ…………ぷぷぅーーっ!!」
「て、てめっ! あやめー! あ、あとで覚えてろよー!」
「さあさ、伊吹も彩芽も、もうそろそろ行かないと
入学初日と転校初日に遅れちゃいますよ!」
「……あっ! ホントだ! もうこんな時間!」
「でも彩芽、本当に入学式、ついて行かなくてもいいの?」
「だって仕方ないじゃん!
たまたまお兄の転入の日とかぶっちゃったんだから。
絶対お兄の方が危なっかしいんだから
ちゃんとボロが出ないようにフォローする役が必要でしょ?」
「オレは大丈夫だって! これでも小学校は二度目なんだからって言ってるのに!」
「それは男の子だった時の場合でしょ?
女の子になって学校行くのは初めてなんだから
そういう経験のあるお母さんに付いててもらわないと!」
「……ママの場合はもっと大変だったのよー?
生まれ変わった時は見た目13~4才くらいだったんだけど
もう伊吹はとってもやんちゃな時期になってたから、本当に苦労したわあ!
なにせ嫁に逃げられ職も失った上にいきなり母親になっちゃったでしょ?
だからちょっとだけ年齢逆サバ読んで夜間の定時制高校に通いながら世話したのよ?
もう周りからは中学生で身篭ったヤンママ扱いされまくるしぃ!
パパのフォローが無かったらとっくに挫けてたわよ!」
「あ、そんなに早くから
もうお母さん、お父さんと付き合ってたんだ?」
「だって、元々親友同士だったんだもん!」
「「え!?」」
初めて知った新事実!
お父さん、お母さんと同級生だったんだ?
しかも男同士の頃に!
「……よくすんなり受け入れてくれたね?」
「うふふ、『気心知れたやつが可愛いピチピチギャルになって
路頭に迷いかけて困ってるなんて、それ何てギャルゲ? 丁度いいじゃないか!
俺も彩芽のために早く次の嫁さん探さなきゃなと思ってたんだよなー!』とか言うのよ!
でも、お母さんもこの身体になったばかりで慣れるのに時間がかかったから
高校出るまでの数年間は待っててもらったの。
それでちょっと彩芽達にも迷惑かけちゃったよね?」
「……いや、ううん!
それで良かったんだと思うよ!」
だって、もし即結婚されてたら
私はお兄ちゃんのこと本当の兄としか思えなかっただろうから……
今の、この私の大切な気持ちはそういった偶然の上に成り立っていたんだね。
だからこれで良かったんだと、心の底から思えるよ。
もちろん、今でも。
「い~ぶきちゃ~ん!
一緒にがっこ行こ~!」
「……あ! 近所の同級生の萌花ちゃんが玄関口まで来てるよお兄!」
「あいつ、オレは一人で行くから来るなって言っておいたのに……」
「えー、いいじゃん! 早くも同級生のお友達第一号が出来て」
「いつもまとわりついて来て正直鬱陶しいんだよなあ……
ちょっと男子に絡まれてるのを助けただけだってのに、
それからもうずっとだぜ? べったりくっついてきて
歩きにくくて仕方ねえ!」
「ふふ……私たちの出会いも、たしかそんな感じだったよね。
……もしかして、お兄って天然ジゴロ?」
「なっ!? ち、違うぞ!
そもそもオレは今女なんだから全くぜんぜん違う!」
「お兄は見た目が凄すぎるから
これから友達なんてすぐにいっぱいできるよ。
ガンバ! 目指せ、友達100人!」
「いや、いらないから! 学校終わってすぐ帰れなくなるし!」
「ええー? 折角の金髪碧眼超美少女 (おまけにロリ)なのに
もっと小学校生活楽しんできなよー」
「……いや、駄目だ!」
「? ……なんで?」
「…………だ、だって、そしたら……
あやめといる時間が…………へ、減っちゃうだろ?」
「……!」
向こうを向いたまま耳まで真っ赤にしてそう言うお兄ちゃん。
うわ、マジ可愛いんですけど!
「お兄っ! 大好き!」
ガバっと背後からランドセルごと抱きついた。
おしまい
短く終わると言いながら結局一年近くかかっちゃいました。
我ながら遅筆で情けないですねごめんなさい。
一応この物語はここで一区切りとなります。
未消化の部分や裏ネタなんかも多少あったりしますが
最終回に入れるにはなんだか冗長な気がしてやめにしました。
また上手くまとめることができたら番外として出せたらなあと思います。
今までお付き合いいただき本当にありがとうございました。




