そのじゅういち お兄ちゃんへの感謝の気持ち
音成奈芝美は立ち止まり、悩んでいた。
あれこれと考えを巡らせてはみたが
やはり、極力人様に迷惑をかけない方向でいくなら
当然のことだが選択肢は限られてくる。
交通事故などは論外。
他人に迷惑がかかる代名詞と言っても良いくらいだ。
そもそも事故の程度によっては一発アウトの可能性もある。
踏み潰されでもしたら中身も無事だという保証はどこにもない。
薬物や練炭など、毒物なんかももしかしたら
「私」以外にも影響が出るかもしれない。
入水なんかも考えたが泳ぎが達者な私にはたぶん無理。
おそらく生還してしまうだろう。
アルコールでも摂取すればもしかしたらいけるかもだけど、
未成年の私には販売してはくれないだろうし、飲酒経験がない為
どれほどの分量を飲めば酔うのか加減もわからない。
餓死も……無い。
これは自身の忍耐が保たないうえ、相当な時間が必要とされるから。
樹海にでも迷い込まなければたぶん完遂できないだろう。
そうしたら、発見すらしてくれないだろうから、これも没。
あとは、飛び降りもしくは自傷行為での死か……
首吊り、リストカット、切腹エトセトラ
正直、どれも、嫌だ。
当たり前である。
別に本当に死にたいわけじゃない。
けれど、そうすることでしか問題の解決の糸口が見つけられないのだ。
「…………」
なんか考えれば考えるほど気分が落ち込んでいく。
何時の間にかうっすらと涙が溢れ出てきていた。
何で私、こんなことで悩んでるんだろう?
でも、これしか…………
「…………ぐす! もっと……私にもっと、
自信と勇気が欲しいよ…………伊吹!」
ああ言った手前、家に帰っての自殺はやりにくい。
おそらく音小野家の連中にマークされてるだろうから
食い止められる可能性がある。
だとしたら、残るは飛び降りか……
個人所有の建造物では所有者に迷惑がかかる。
事故物件にしてしまうわけにはいかないから。
顔を上げ、周囲を見渡した。
「…………決めた。 ”私”の……死に場所!」
◇◆
「し、死ぬって、一体どういうことなの!? お母さん!」
「…………」
「話が見えないな。 おふくろ! 何か知ってるなら教えてくれよ!
奈芝美はこれからなにをしようとしてるんだ!?」
「……………………仕方ない、じゃあ簡潔に言うわね。
今まで、話してなかったけれど……実は、
お隣の音成さんは、ウチの遠い親戚に当たるの」
「「ええ!? そうなの(か)!?」」
母の言に私とお兄ちゃんは同時に驚いた。
「元を辿ればルーツは同じ。 だけど彼女達一族はいつからか、
男児の出生率が極端に低下した」
「そ、それって、つまり……」
「そう、当然、命は一代限り。
つまり転生体の出現はない……と思うよね」
私達は頷きながら母の話を聞き続ける。
「実際、そうだった。 もはや何の能力も持たなくなった彼女らは
一般の人達と何も変わらない、普通の人間として生きていける筈だった。
だから名を変え、私たち一族とは袂を分かつこととなった。
だけど…………」
「奈芝美は、違うのか?」
「……………………わからない。
けれど、過去に僅かに数例……
希に、体格の良い女性として生まれた音成家の中には
男の子として第二の生を授かる者も居るのだと、聞いたことがある」
「! もしかして、奈芝美は男になろうとしているのか?
オレが……女になったから……!?」
「でも! そんなっ……言い伝えみたいな不確かな情報でっ!?」
ありえない! 下手したら……いや、下手しなくても
そのまま死ぬかもしれないというのに!?
奈芝美ちゃんは女性としては確かに体格はいい。 身長も173センチもある。
彼女はバドミントン部のエースで
その高身長を武器にしたジャンピングスマッシュは相手を圧倒し
その名を県下に轟かせていた。
その甲斐もあり皆よりも一足先に
お兄ちゃんと同じ高校への進学を推薦で決めている。
奇しくも、ほどなくしてお兄ちゃんは死亡扱いとなり、
高校を除籍になってしまったのだが……
だけど、そんなのは今回の判断材料にはなりえない。
だって、あまりにも蓋然性に乏しすぎるから。
「…………」
――でも、もし……もしも”それ”を示唆できる人物がいると、するなら……?
「!! もしかして、院長先生が!?」
「そうね、考えられるのは彼くらいなものだけれど……でも……」
「だったら話は早いじゃないか! おふくろ、今すぐ病院に戻ろう!
そして、問いただせばいい!」
「待って! でも、奈芝美ちゃんの行方も追わなきゃだし!」
「…………わかった。 私と伊吹は一旦病院へ行きましょう。
彩芽は少し心当たりをまわってみて」
「うん!」
「あやめ!」
「…………お兄?」
「すまん! 本来ならオレが、あいつを探さなきゃいけないのに……」
「仕方ないよ、お兄はお兄の役割を果たして」
「……無力なこの身体を呪うよ。
今は、お前に何かあったとしても、何も護れない……」
お兄ちゃんは心底悔しそうに呟いた。
けれど、それは違う。
身を挺して私を護ってくれた結果なのだ。
感謝こそすれ、誰が兄を責められるというのか。
「……お兄は、充分、護ってくれたじゃん! お兄はあたしの命の恩人だよ。
たとえお兄が忘れてたとしても、あたしはずっと…………
ずっと、一生! 忘れないから!」
「あやめ…………」
「…………ねえ……もし……もしも、
奈芝美ちゃんが男の子になっちゃったら……」
「……! 心配すんな! オレはそんなことで考えを変えたりは、しない!
オレの気持ちはあの時からずっと変わっていない……いや、
それ以上にオレにとって、あやめはもう大切な
何ものにも代え難い、かけがえの無い存在になって……いるから!」
「…………うん」
でも、もしそうなってしまったらきっと私は彼女を応援してしまうだろう。
だって、それは私がどう逆立ちしたってできることじゃないのだから。
”それ”を勇気と呼ぶには相応しくないのかもしれない。
あまりにも無謀すぎる賭けなのだから。
でも、相当な覚悟の上で、もしそれが奇跡を起こし、成されたというのなら……
そして、お兄ちゃんのまっとうな幸せを真に願うなら……
彼女こそが兄の隣に立つのが相応しいのかもしれないと、思ってしまう。
私は、その考えを悟られないように
精一杯の笑顔を取り繕って、兄の言葉に応えた。
「お兄……ありがとう」
今、そう言ってもらえただけで
私はこの気持ちを糧に、これから生きていくことができる。
命を救ってもらい、姿形は変わっても、
それでもずっと、えいえんに傍にいてくれると言ってくれた。
これ以上は望むべくもない。
きっと今、私は幸せだ。 感謝しかない。
だから、もう、満足だ。
「……あやめ…………無茶だけは、すんなよ」
「わかってる」
そうして、私達はそれぞれの目的の為に別れた。




