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大丈夫

大丈夫〜看護師まゆの場合〜

 中学3年生の夏、大好きだった祖母が倒れた。原因は脳の血管にできた瘤が破れたことによる出血だった。その時聞いたのはクモ膜下出血という診断名と大まかな経緯だけ、中3の足りない頭でもそれがとてもいい状況とは思えるわけもなく、それでもその状態の危険さは完全には理解が出来ていなかった。

 手術をする事になり、生意気にただそれを待つ事しかできないことにはがゆい気持ちと、子ども特有の元気に何不自由ない昨日までのおばぁちゃんがそこにいるという謎の自身が混在していた。


 手術が終わり病室のベットには祖母が寝ておりその姿は昨日までの知っている祖母の姿と変わりなどなく今までどおりの祖母がそこには眠っていた。・・・外見だけは。

 祖母に残っていたのは右半身麻痺。60代と高齢だった祖母には負担の大きい直接頭を開ける手術ではなく血管からカテーテルと呼ばれるものを入れる手術が行われた。しかしだれもよそうしていなかったことにそれにより祖母の左脳はほとんどの機能を停止した。その日から祖母には右側の世界は存在しなくなった。

 中学3年生というまだ子どもの器には大きすぎたその現実は幼い私の思考を黒く塗りつぶしただのオブジェへと変えた。

 そんな何もかんがえることかできなくなっていた私にその病院で看護師をしていた彼女は優しく話を聞いてくれた。気付いたら私の目には涙の跡が残っており喉はカラカラに乾いていた。



 その後祖母はなんとか趣味の畑仕事ができるまでに回復し私はあのとき暗い闇から救ってくれた彼女のような看護師を目指し進学。そして5年前やっとのことで念願の看護師になることができた。もう教わるだけの立場ではなくなり後続にたくさんのことを教えないといけないはずなのに・・・。

 最初は些細なことだった。いつもと変わらないはずの点滴。ただその日は他の薬との関係でいつもよりゆっくりと投与しなければいけなかった。なのに慣れというのはいいことも悪いことも両方あるようで指示も見ずいつものように投与してしまった。

 幸い大事にはならなかったが一歩間違えれば守るべき相手の命を脅かしていた。

 学生時代から気を付けるべきこととして何度も言われてきたことなのにどうして・・・

 なんで私がこんなことを・・・


 考えても切りがないことが頭の中を駆け巡りそこから簡単に私は鬱になった。

 あれだけ好きだった仕事も怖くなり行けない日が増えとうとう師長に鬱のことが知られ強制的に長期休暇を言い渡された。

 高校から付き合っている彼氏と同居していた私は何もせずただ寝ているだけの自分がとてつもなく無価値に思えて彼が自分のそばからいなくなる可能性を感じそれがとてつもなく怖くなった。


「ねぇ…隆」

「どうしたまゆ、飯ならあと少しで出来っから待っとけよ〜今日のは自信作だ!うまいぞ〜」

「……なんでこんな鬱で料理も洗濯も仕事もしない私と居れるの?なんでここにいるの?」

「おい?どうした〜そんなこと言うなよ、うつは風邪みたいなもんだろ?ならお前の愛しの彼氏様が看病するのは当然!」

「そんな事されても私は何も出来ないんだよ?収入も隆のほうがあるし今の私が家事なんてしたら家がなくなるよ?私はどうやったら返せるの?今までもらってきたものを」

「大丈夫だって、俺が好きでしてんだから貸す返すなんて存在しないんだから。だから安心して甘えろ!彼女が彼氏に甘えて何が悪い?」



 多分相当の迷惑を彼にはかけたはずだ。なのに嫌な顔一つせず浮気もしないままずっと支えてくれた。精神科の知り合いが言うにはだいぶ珍しい当たりだそうだ。

 ただ今回生まれて初めて鬱になって、あの時の看護師のように悩んでる人を救うには自分にも掬ってくれるパートナーが必要だということ。なんでも一人で背負ってすべてを自分一人でできるなんて思い違いだ。

 だからもう大丈夫。私には立派な浮き輪がついているどれだけ沈み込んでも潰れずそばで支えてくれる頼もしいパートナーが。



 もう大丈夫。明日からも笑っていける。誰かの笑顔を見るために。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 徐々に前向きな気持ちになっていく心情の変化が伝わってきました。とても良い短編だと思いました。
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