進路希望は文系なんですが
「……思い出したわ」
シスー家に義務付けられた座学の授業を抜け出そうとして窓にぶつかり転倒。
頭を酷く打ち付け、ベッドでうんうんと唸っている時。私、シータ・シスーは、ここが乙女ゲームの世界であることを思い出した。
間違いない。
この、見るだけで頭の痛くなってくる装飾の数々。妙なデザインのドレス。青色の髪にハーフアップ。そして何よりシータ・シスーの名。
「最悪だわ……」
悪夢である。夢なら早く覚めてくれ。
よりにもよって、私がシータだなんて。
「よりにも……よって!!」
ハーフアップにした髪が乱れるのも構わず、私は髪をかきむしった。脳裏に浮かぶ、前世のスチル。自転車で転倒した直後なにかが迫ってきていたこと。シータの戦闘シーン。シータの姿。
や、やだやだなんでシータなの!ありえない!ありえないって!!
……私がシータを嫌がる理由。
それは見た目でもない。
性格でもない。
はたまた、シータの婚約者がクソ野郎な訳でもなければ、悲惨な最後やざまぁが待ち受けているわけでもない。
理由はただひとつ。
───── シータは、数学を武器にして戦うからだ。
え?乙女ゲームだよね?と困惑したそこの貴女。
仲間だ、固い握手を交わそう。
このゲーム、剣と魔法のファンタジーなのはお約束なのだが、それを使うにあたり重要なのはイメージ力ではない。現代日本人がチートを発揮しそうな創造力なんぞではないのだ。
純粋な、学力。
学力と言ってもそこまで難しいものではなく、中堅層の中高生を狙って作られたものらしく、例えて言うなら高校の数二くらいが最高難易度に設定されている。そこまでできるならあとは行けるだろ、みたいな考えのようだ。
恋×勉強、楽しく恋して勉強しよっ!がテーマだった。
タイトルは、『恋勉。鍛えて育てて討伐せよ!』
乙女ゲーム要素が最初の一字しかない件について。
ちなみにこのゲームのあらすじがこうだ。
~~
ここは、勉学が魔法となって力を持つ世界……
この世界には魔物が存在し、それを討伐するために魔法の使い手が数多活躍していた
が、なぜかあるときから魔物が現れなくなる
それから数百年……
平和な時代になり、「学問は危険」という声により学院が廃止、数少ないエリートだけが学問を受けられるように
主人公ミソラは、「おかしい」と思いつつ、徹底的な弾圧により身を潜める毎日
そのなかで四天王と呼ばれる人々が影で異形のものを統制し差し向けてきているという噂が流れる
その噂に呼応するようにまた突然現れ、増えていく魔物
魔物を倒しながら、黒幕へとたどり着けるのか
~~
こっちに至っては完全に乙女要素がない。もう冒険ファンタジーでいいじゃん。一応恋愛モノと銘打ってはいるものの、メインは明らかに冒険・戦闘である。インテリなのか脳筋なのかいったいどっちだ。
ところでこの私、シータ・シスーであるが、四天王の一人である。
……そう、四天王なのである。
やっつけられる側の代表格と言っても過言ではない四天王。
そんな四天王の一人、数学を武器にして戦うシータ。
お分かりいただけただろうか。
θ、指数。
まんまである。
ちなみに四天王はあと三人いる。四天王なのだから当たり前だけど。
一人は英語を武器に戦うウサ・グリッシュ。
オレンジの髪をポニテにしている活発女子。彼女の弟は攻略対象者だ。
国語を武器に戦う夢野夏世。
黒髪黒目のぱっつん女子。極東から越してきた、という設定。
そして四天王最強、オール。
全三教科使いこなす銀髪の幼女である。
どれもこれもまんまなネーミング。ちなみにオールの出す問題は、選んだ攻略対象者によって変化する仕様だ。
これをプレイしていた私。
オールもしくはシータに全敗し、その先には全く進めていない。
それと!!言うのも!!!
私が超絶文系特化型女子だったからである!!!!
言い換えれば理系全滅暗黒抹殺系女子だったからである!!
そして!シータは数学に多大な素質を示す、数学の四天王。指数関数二次方程式、そんなものを駆使して戦う女子!
「絶対、配役ミスよ!!」
無理、無理無理無理無理!
なんで私がシータ!?せめて夢野夏世がよかった!!道理でこれまでの座学の授業が数字ばかりだったはずだわ!基礎の基礎ということはわかるけど、私は中一の数学からつまずいた女ですよ!?
というか授業と言っても横に本を積まれるだけだったのもそのせいなのね!受けてないじゃん!独学で勉強しろって、約十一歳の幼女には酷でしょうよ!せめて家庭教師つけてよ!!
ああそういえば学院廃止になったんでしたっけ!!
まったく、誰がチ○レンジの付録みたいな世界に転生させろって言ったのよ!!
微分の記号の髪飾り。
双曲線を描くドレスの模様。
ほっぺたをつねってみても、状況は変わらない。
シータ・シスー。
数学を武器にして戦う四天王。
……どうやら、認めるしかないらしい。
私は数学で戦う令嬢、シータ・シスーに転生してしまったらしいと。
……夢よ早く覚めろ。
はじめまして瑠色です。
浅学の身とは言え書きたくなってしまったものはしょうがない、と手をつけました。少しでも楽しんでいただけると嬉しいです!