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ただいま

作者: 赤城康彦

1875文字の掌編です。

 オレは、帰ってきた実家――といっても安いマンションの狭い一室――の自分の部屋で、吉川英治の三国志の文庫本の一巻を手にして。

 物思いにふけってしまっていた。


 オレは非行に走ったワルだった……。

 しかしハナからワルだったわけじゃない。ガキのころは、なぜか学校の図書館の本を、学習漫画なんかを読んで、特に歴史の学習漫画が好きでよく読んで、そこから歴史の本へと幅を広げていった。

 そんなオレに、両親はある本を買い与えてくれた。といってもお金がないから、古本屋で、安いが古びた吉川英治の三国志の文庫本一巻を買い与えてくれた。

 オレは嬉しかった。最初の一巻だけとはいえ、自分のものとなって好きな時に読める本、三国志一巻を夜更かししてでも読み込んだ。

 残りは図書館で補い。英雄豪傑の活躍や躍動感は、読んでてわくわくした。

 しかし……。

「こんな、目の痛くなるようなもんよく読めるな。この、堅物野郎!」

「こいつおかしいわ。普通はこんなん読めねえよ」

「普通は漫画だろうが」

 とか言われた。

 本を読むのがおかしくて、漫画を読むのが普通、そんな市井の最下層が自分の住む世界でもあったとは言え。

 堅物野郎と言われるのがいやで、仲間外れがいやで、オレは三国志の一巻を本棚にしまいこんで。代わりに漫画雑誌を読んで。つまらんギャグも無理矢理おかしそうに、へらへら笑って。

 仲間に合わせて、ワルぶった。

「オレはいっぱしの男になるんだ! 堅物野郎から、卒業だ!」

 それがオレの人生のテーマだった。それとともに、

「吉川英治なんざ過去の遺物! 今時通用しねえよ!」

 そんなことまで考えていた。読書が好きだった自分を恥じて、本ではなく漫画を読む普通のワルになろうと足掻いた。

 しかし、ワルは所詮ワルだった――。


 ワルぶったオレは、級友ともども、世間の白い目にさらされて。それに抵抗しながら、どうにか高校は出たものの、定職につかずブラブラし。そのくせ無理なローンで車やバイクを無理矢理買って、飛ばして、刹那的な快感を貪った。

 家も飛び出し、自由を、我が世の春を謳歌した。

 でも、そんなのがいつまでも通用するわけがない。

 ある夜、ある峠道、オレは無理な運転がたたって、事故を起こし。車も一発廃車。幸い自損事故で相手はなく、オレも身体は無事だった。


 しかし仲間たちは、

「ドンくせえ野郎だ!」

「こんなのと一緒にされたくねえから、絶交な!」

「あばよ、のろま野郎!」

 唾を吐きながら、オレと鉄くずとなりはてた愛車を見捨てて、離れていった。

 オレは、暗闇の中で残されて、孤立した。ひとりで警察を呼んで、事故処理をした。みじめだった。

「まあ、命が助かってよかったじゃないか。君はまだ若い、これからやり直したらいい」

 事故処理に当たった警官のその言葉を聞いて、その時になって、やっと気付いた。

「オレは、間違っていた!」

 脳裏に浮かんだのは、子どもの頃に読んだ本のことだった。

「本は正しかった!」

 本には人としての生き方が書き説かれていた。悪者の末路 真面目に生きることの大切さ。しかしガキのころは、わからなかった。

 しかし、今はよくわかる。

 オレは更生を決意した。


「おかえり」

 と、とぼとぼと実家に帰って来たオレを、両親は温かく迎えてくれた。

 色々あって、最後にオレを助けてくれたのは、敵だと思っていた人たちだった。

 オレは敵と味方の区別もつかなくなるくらいに、馬鹿になっていた。

 世の中には親から虐待をされるような人もいるのに。オレはそうではないのに、親すら憎んで、離れた。

 好き勝手に振る舞い、人に迷惑もかけた。この罪は一生消えないだろう。

 これは本当に、恐ろしいことだ。

 自分の部屋は、ガキの頃のまま。よく掃除もしていた。いつでも帰ってきていいように、と。

 部屋は暖かかった。我が世の春だと思っていたのは錯覚で、本当はあの時が冬だった。

「……」

 オレは、本棚から、親に買ってもらった三国志の一巻を取り出して。思わずもの思いにふけった。

 漫画にもいい話はあるのに、それを感じ取れずへらへら笑って読むことしかできなかった元の仲間たち。考えてみれば、それもそれで、かわいそうな話だ。

 彼らはこれからどのような末路を迎えるのか。

 携帯電話もつながらなくなってしまい、完全に絶交されてしまっては、どんなに心配してもどうしようもなかった。

 ともあれ、ページをめくり、物語を読む。

 読み進めるうちに、ふと、目から涙が溢れて来た。

 劉備が、関羽が張飛が、芙蓉姫が、劉備の母が、

「おかえり」

 と言ってくれているように、なぜか感じて。

「ただいま」

 思わず、読みながらぽそっと、そんなつぶやきをもらしてしまった。


おわり

お読みいただきありがとうございます。

この物語はエブリスタでのイベントに参加するために書いた作品です。

エブリスタでは同様に他の短編を投稿しています。

よかったら、【エブリスタ 赤城康彦】で検索し、お越しください。

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