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「天狗の子は天狗」1  作者: 西尾祐
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1.プロローグ

 緩やかな月の光を浴びながら、少女は一人思案していた。背に生えた黒い羽と、傷だらけの手から伸びる鋭い爪。頬にはしる五つの爪痕。乾いた血が付いた着古しの和服。それらすべてが、彼女の常人でないことを確かに示している。

 異様なほどの大きさを誇る菩提樹の上で、明日の我が身を思う。

 「(明日は勿怪退治……まったく、楽じゃない)」

 少女は目を伏せ、静かに息を吐く。

 「(でも……何をしないよりはいい。気が紛れるし、考え込んで暗くなるよりはいい。……思いふけったところで、楽しくなるようなことなんでないんだから。そう、何一つ……)」

 まるで走馬燈のように、昔の出来事が脳裏に浮かんでは消えていく。

 養父と共に食卓を囲み、彼の好きな落語など聞いていたこと。

 小学校時代の友人と共に、好きな芸能人のことを話し大いに盛り上がったこと。

 当時人気のあった子役は、すでに芸能界を去っている。世情に疎い少女も風の噂で聞いた。すべては時の流れに押されるがまま、静かに風化していくものなのだろうかと、自身に問いかけてみる。答えは、ない。

 国語の抜き打ちテストで満点を取った時は、クラスメートがすごい、すごいと口々に彼女を褒めていた。彼女は妙に照れくさい、バツの悪い気持ちになったことを覚えている。ただ一人、面白くなさそうな顔をしていた女子生徒のことすら鮮明に思い出せた。彼女は今どうしているのか、と考えかけて、やめる。

 どうしているもなにも、なかった。

 彼女にはもういない。それどころか、クラスにいた誰も彼も。自分と一人の少年を残して、皆あの世に行ってしまった。

 「私のせいで……私のせいで皆が死んだ……」

 その言葉は、ふと口から漏れてしまった。以前より少し低くなった声はどうしようもなく暗いものだった。

 沈む思考の中、少女は一人の少年を思う。

 彼が元気でいてくれたら、幸せでいてくれたらと、少女は強く願った。祈るように重ねた手をぐっと握り、瞳を閉じる。

 「(あなたにだけは、幸せに生きていてほしい)」

 ふと、一陣の風が吹いた。木の葉を連れ、どこかへ拭き去っていく。その涼しげな音を聞きながら、彼女は緩やかに顔を上げた。

 月明かりがすべてをあたたかく照らしていた。傷ついた少女も、菩提樹も、天狗たちの住む里も、青く深い山々も、人々の暮らす町さえも――。

 そして、ある少年も、窓の外から月を眺めている。彼もまた、一人の少女を想う。――彼女は元気だろうか、幸せでいてくれているだろうかと――。

 その時確かに、二人は。

 同じ月を、見ていた。

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