第21日 俺と部下の一幕
「――以上で報告は終わりです。補足ですが、保護した者達は王宮治療院に運びました。治療を行いつつ事情聴取を行う予定です。件の屋敷は当分警戒を強めるでしょうから部下にも行動の禁止を命じておきました」
「そうか……分かった。ありがとう」
「いえ」
明るい太陽の光が差し込む部屋でロイドは書類を片手に一人の男と対峙していた。
黒い髪に新緑の瞳。黒檀騎士団の団服に一の腕章を身に付けた男は無表情で目の前に座る己の上司の指示を待つ。
ぺらり、ロイドが書類を捲る音だけが聞こえる静かな室内。
男から上げられた書類と報告にロイドは考えるように少し目を伏せた。
一拍か二拍か、短い時間に少し張り詰めた緊張感を感じて身じろいだ部下に差し出したのは簡単に走り書きしたメモ。
ゆっくりと上げた紺碧の瞳を細めロイドは労りの表情を浮かべた。
「一度この件は保留とする。十九班は全員引き上げたのち十八班と交代し、引き継ぎをしたら休め。ずっと働き詰めだったから一日と半休をそれぞれ与える。調整はこちらでしておこう」
「……宜しいのですか?」
男から尋ねられた言葉にロイドはその眉を少しだけ下げて苦笑を浮かべた。
それは休みに対してか、それとも……件の案件に付いてのどちらか。
無表情の顔に、その瞳だけは雄弁に語る。
悔しそうな色を宿した目にロイドは苦笑を深めた。
「ディル、お前達は良くやってくれた。相手に気付かれることなくここまで調べられたのはお前達だからこそ。……お前に、任せて良かった」
「しかしっ」
「屋敷を荒らした犯人は、お前達では見つけられない。それは、諦めろ」
「っ!それは……」
「大凡の予想は付いている。どうせ高位の術師に喧嘩を売ったのだろう」
「……この王都で“黒”よりも、高位のですか?」
部下の言葉にロイドは書類を一旦執務机に置いて頭を掻いた。
「“黒”は欲流者だ。そして、階級は上級ではなく精々中級の中でも低い……内緒だぞ?」
茶化すように揶揄うような笑みを口端に浮かべながらロイドは次の書類を手に取る。
「隊長は、どうなさるおつもりですか?」
ディルとロイドに呼ばれた男はその心まで見つめるように目に力を込める。
それを見て、ロイドは嘲笑に似た笑みを微かに浮かべた。
「――逃しはしないさ」
……それは件の犯人を見据えてか、ぞわりと背筋が震えるほどの寒さを感じさせる表情だった。
「……差し出がましい口をききました。申し訳ありません」
「いや、お前の気持ちは分かるつもりだ。この案件は一旦保留にするだけで証拠が揃えば直ぐに動くだろう。その時は――お前にも手伝って貰うぞ?」
「全力を懸けて」
ぐっと背筋を伸ばし胸を張り堂々と立つディルにロイドは優しく目を細める。
「もう下がって構わない。報告有難う」
「いえ」
話は終わりだとディルから手元の書類に目を移すロイドにディルは深く頭を下げて退室して行った。
パタンと閉まった扉を一瞥し気配が遠ざかるのを待つ。
ゆっくりと離れて行く気配に手元の書類を置くと椅子を回して背後の窓から空を見上げる。
重々しい室内の空気とは裏腹に外の天気は気持ちの良い程の快晴だった。
*
黒髪の男――ディルは黒檀騎士団の中でも諜報を担う班の中の一つ、第十九班の班長だった。
ディルの班が監視、情報の収集をしていたのはこの王都の中でも最近黒い噂が目立つ、とある医師。
医師の階級は上級だとされているが、ロイドの判断ではそれ以下だ。良くて中級程度。それも他の者の力を借りて、だ。
ロイドとディルが“黒”と暗喩する件の医師は違法麻薬の売買、そして通称で“首輪”と呼ばれる禁忌の呪法を使用している疑いがあった。
近年、王国では中毒性が高く精神に異常を齎す麻薬が闇市場に出回る事が多くなった。
一度の服用で多幸感を、二度目の服用で全能感を、三度目の服用で廃人になる薬。
三度の使用で命を散らす事から“三華”と呼ばれる。
その薬物の出回り先を探っている中で上がった一人の容疑者。
医師の周辺にもきな臭い人間達がうろついている事も確認している。
その為、黒檀騎士団では件の医師の周辺を調べていた。
医師も随分と警戒心が強いのか、初動捜査をした赤杢騎士団の調査を懇意にしている貴族の権力を使い退け、貴族からの圧力で騎士団としては捜査は一度打ち切られた。
赤杢も馬鹿ではない。
相手には悟られないように動いた筈だ。
それなのに気付かれたと言う事は……騎士団内に内通者が居るか、もしくは精霊術を悪用した可能性も高い。
本来精霊は薬の調合や治療にしか力を貸さない。
余程精霊達と固い絆がなければ出来ない技をたかが中級程度の医師が行えるとしたら……それは強制的に言う事を聞かせられる術“首輪”が使われたのは容易に想像出来る。
普通ならばそこまで思い至らないだろうが、精霊術がどういう物かを知り、首輪の悪辣さと質の悪さを知っているロイドには簡単に想像出来た。
「……どうする、か」
捜査が打ち切られたこの案件は当時、捜査に加わっていた赤杢騎士団の者から齎された。
この国の行く末を憂い、市民の危険を危ぶんだ一人の騎士。
貴族に目を付けられている事を理解しつつも家族を人質にされていながらも彼は頼みの綱をロイドに求めた。
廊下ですれ違いざまに手に握らされた一枚の紙片。
――それが今回の事件の始まりだった。
と、いっても実はそういう風に密告という形でロイドに相談と頼みをしてくる者は少なくない。
勿論くだらない言いがかりで密告してくる者いるが、それらを全て精査しロイドは本当に助けを求めているものを全力で解決へと導いた。
それ故に、そうして助けられた者が、その真実を知っている者が、ひっそりと噂だけで囁く。
”どうしようもない時は黒檀の三席に助けを求めろ”
貴族により圧力をかけられた時、上司の横暴さに身動きが取れなくなった時、自分達では何も出来ないと嘆く時、本気で助けて欲しいと思った時は黒檀騎士団を、その中でも第三席に座する男を頼れと……口にするのだ。
黒檀騎士団の長たる団長でもその次席である副団長でも無く、ロイド・アレンという男を頼れと。
「先ずはあいつに相談、か」
ロイドは嘆息しながら外を見ていた視線を戻し、身体を再び執務机に向ける。
書類の山は高く並び、二連休を取った皺寄せがまだ落ち着かない。緊急性の高い物は既に処理し終えているが……ロイドが抱えている仕事は多岐に渡り、キリがない。
その中で降って湧いた事件。
その渦中の幼馴染に溜め息を堪えつつ捌く手を動かそうとペンを持った、が。
「……」
ふと頭を過ぎった考えに少し思案に眉を寄せる。
今回の件で確実に関わっているだろう幼馴染。
その幼馴染の性格を考えて穏便に、なんて到底無理な話だ。
どうせ売られた喧嘩を買ったのだろう。
部屋を荒らしたのは精霊だろうと分かっているが……それには契約しているセシルの力も借りたはず。
ならば“首輪”の事も彼女は知ってしまっただろう。
そこまで考え、ロイドはふむ。と一つの結論に頷いた。
「……丁度いいか」
ぐるりと己の執務室を眺め、資料がぎゅうぎゅうに詰められている棚の一つに目をやる。
そこにはロイドをもってしても手が出せなかった犯罪者達の情報が集められている場所だった。
ロイドが丹精込めて結界を張り、厳重な鍵に守られた証拠の数々。
騎士という立場だからこそ手が出せなかったそれを眺め、ロイドは決めた。
――逃しはしない。
ふっと綻ぶ口元。
しかし確かに笑みを浮かべたロイドの表情は到底人に安らぎを与えるものでは無かった。
冷酷なまでに冷たい瞳。
幼馴染に海原の色と称されるそれは人の心を瞬時に凍らせる程の壮絶な冷たさと極寒の色を宿していた……。
心を決めてしまえば後は簡単だった。
ロイドは思考を切り替え、どうやって幼馴染を巻き込むか、その後協力を得てからどうするのか策を巡らせる。
それに伴い、黒檀騎士団の人員の選別、配置、報告書の作成、幾つもの考えを同時に精査しながらも机の引き出しから一つの魔石を取り出した。
真っ青に澄んだ色を宿す魔石。
爪先ほどの小さなそれを手のひらに乗せて術を編む。
「いい返事を期待するしかないか……」
幾重にも折り重なって発動する魔法陣。
やがて手のひらから青白い光が生み出され、魔石を包み込む。
「頼んだぞ」
手のひらには小型の鳥が青白い羽を広げ、胸元には先程の青い魔石が埋め込まれていた。
片手間に書き上げた手紙の上に飛び乗った小鳥は可愛らしい囀りを歌う。
すると特殊なインクで書き上げられた手紙の文字が小鳥の胸元の魔石に吸い込まれていった。
「あの人の元へ」
そう告げる己の主を見上げ、小鳥は一つ頷く。
背後の窓を開けてやれば魔法によって作られた人工の鳥は青空へ小さな翼を広げ飛び立っていった。
――長年この国に陰を落とす憂いを払う絶好の機会。
小鳥が消えていった空を見上げ、ロイドの目には既に罪を贖わせる者達が見えていた……。
*
――ガンッ!
人気の無い廊下に鈍い音が響く。
ロイドが件の男について策を張り巡らせている一方で黒檀騎士団の第一隊隊長室を退室したディルは悔しげに拳を握り廊下の壁を殴り付けた。
衝動的に振るった暴力は真っさらな壁に拳の跡を付ける。
「くそっ」
苛立たしげに前髪を鷲摑み恨みがましく壁を見つめていた。
――もう少しだった。
もう少しで確固たる証拠も揃うまで件の男を追い詰めていた。
いつも以上に細心の注意を払って情報を揃えてやっと胸を張って報告出来ると思っていた。
それなのにも関わらず、容疑者の屋敷が荒らされるという事件が起きた。
屋敷を荒らした犯人は不明。
ただ風が窓から吹き込んだと思えば、屋敷の部屋は強盗に荒らされたかの様に物がひっくり返り、棚は倒れ、ひどい有様だったらしい。
それに加えて屋敷の近くにある路地裏で衰弱した男女三名を見つけ、すぐさま保護したが……お陰で随分と屋敷は大騒ぎになり、屋敷は警戒度を高め無闇矢鱈に近付けなくなった。
折角、敬愛する隊長からの直々の任務だったのに……。
ディルは悔しくて悔しくて唇を噛み締める。
――ディルは貧民街の出身だった。
幸いそれなりの剣の才能に恵まれ、騎士として立身出世できた。それが一番の幸運だと思っていたが、ディルには並外れた情報収集能力があり、その才能を買われ黒檀騎士団に入団まで至った。
スカウトしたのは当時でも第三席に座し、黒檀騎士団を率いていたロイド。
ロイドは下級も下級である下っ端騎士であったディルを数多いる騎士の中から見出したのだ。
今でも鮮明に覚えている……ディルよりもっと強い騎士も情報収集が上手い騎士もいる中でディルだけに手を差し伸べ「力を貸してくれ」と言ってくれたロイドを。
黒檀騎士団に引き立ててくれただけではなく、ディル自身も救ってくれたロイドにディルは尊敬と敬愛を込め人知れず心に誓った。
それは崇拝に近い信念で、心に誓ったのは忠誠。
彼の為に、彼の望むものの為に。
そしてロイドの力になりたいと、その一心でディルは黒檀騎士団の中でも一つの班を任せられる程まで出世した。
黒檀騎士団は他の騎士団に比べ構成人数が少ない。
役職は基本的に固定で、唯一役職が空席になるのは引退や殉職のみ。それだって次席の者に受け継がれる。
その中に割り入り、役職を掴むだけでも困難を極め並大抵の努力では叶わない。
しかしディルはそれを成し遂げた。
他の団の者にとってはたかが班だろう、と嘲笑されるだろう。しかし黒檀騎士団の者にとってはそれは賞賛に値する努力だった。
そうしてロイドの為にとのし上がり直々に任命された一つの任務。
しかしそれは中途半端な結果で終わった。
任務は保留となり、ディルは一時的とは言え件の案件から外された。
それが事実で現実だ。
「っ!」
ガンッと再び壁を殴り付ける。
やっと力になれると、歓喜に心が震えた。しかも極秘と言う重要な案件を任された事に涙さえ滲んだ。
だけど……この結果は何だ。
もう少しだったのに、あと少しだったのに、とディルは怒り狂う。
ロイドの“お前に任せて良かった”といつもだったら嬉しい言葉すら心に響かない。
ロイドはディルが知らない“何か”を知っているようだった。
それは屋敷を荒らした犯人然り、件の男の素性然り。
高位の医師である男をただの中級下位だと断言するそれは何故?
何故それをロイドは知っている?
ディルの頭の中には様々な疑問が浮かんで消える。
疑いたくは無い。しかし直接情報を得ている自分よりも何かを知っているロイドに疑惑の感情が浮かんでしまう。
それはロイドに抱く敬愛が曇るものでは無いが……自分以外の所から情報を得ているかもしれない事実がディルの心を揺さぶる。
理性では分かっている。
ロイド自身、情報収集の為に色んな伝手を持っていると聞かされていた。
そこから得た情報だろうと予想するが、それでも、それでも……
「ディル、か?」
「っ!?た、隊長!」
呼び掛けられた声にハッと居住まいを正す。
慌てて振り向けばそこには訝しげにディルを見ているロイドが居た。
どれくらい廊下にいたのか、既に陽は中天から傾き始めお昼時という所。
ロイドは団服の上を脱ぎ、どこかに向かう様子だった。
「どうしたんだ?」
「い、いえ!なんでもありません」
「そうか?」
何でもない、とは言うが明らかに狼狽えた様子のディルにロイドは益々疑問符を浮かべる。
「そう言えば先程の話を班には伝えたか?」
「っ!」
ギクリ、肩を大きく揺らしてしまう。
隊長室を出てから真っ直ぐこの人気の無い廊下まで歩いて来た。
壁に八つ当たりしていたディルは班の者が待機している部屋まで寄り道などしていない。
つまりはロイドが下した待機命令や引き継ぎもまだしていないと言う事だが、それに思い至りディルは無表情の顔からザッと一気に血の気が引いた。
「ディル?」
カタカタと手が震える。
怒りに支配されロイドの命令を忘れていたディルの心には恐怖が浮かんでいた。
失望されたくない。
見放されたくない。
飽きられたくない。
自分を引き立ててくれた恩人に。
自分を救ってくれた救世主に。
ディルが何よりも怖いのはロイドに嫌われる事だった。
「……」
真っ青な顔で俯くディルにロイドは真っ直ぐその姿を見つめた。
それにやれやれと内心溜め息を吐きながら仕方なさそうに苦笑を浮かべる。
廊下の壁に付いた跡、血が滲む拳、真っ青で震える姿を見れば容易に想像が付いた。
言い訳も、謝罪も出ない程頭が真っ白になってそうなディルを見て少し思案に顎に手を当てる。
「……まぁお前なら良いか」
「え」
ポツリと呟いたロイドの言葉に呆けた表情で顔を上げるディルの頭に手を伸ばしその髪の毛を掻き回す。
「!??!?!」
「くっ、凄い顔だな」
いきなり髪を豪快にかき混ぜられ目を白黒させるディルに笑う。
「出掛けるぞディル。先程の指示を班員に引き継いでお前だけ裏門に来い」
「え?」
「返事は?」
「はっはい!」
「宜しい。ではすぐ行動に移せ」
「はっ!」
理解する間もなく咄嗟に言われた通りに廊下を走るディルを見送りロイドは苦笑を深める。
「全く、もう少し肩の力を抜いても良いと思うんだがなぁ」
「――それはアイツには無理なんじゃないですか〜?」
嘆息しつつ溢した独り言に応える声。
それはロイドの居る廊下から死角の場所。
廊下の窓の外から返ってきた。
「隊長の命令は絶対ですからね〜」
「俺はそこまで厳しくはないぞ?」
「それは受け取り手の問題ってやつですよ〜」
間延びした声に導かれロイドは窓に近付く。
「お前もか?」
ひょいと窓下を覗き込めばそこには黒の団服を緩く脱いだ一人の男が地面に寝そべっていた。
「オレは時と場合ってヤツですね〜」
鳶色の髪に臙脂色の瞳。
伸びた髪を無造作にひと括りにした男はゆったりと目を細めロイドを見上げた。
「マクス、寝るのは良いが風邪は引くんじゃないぞ?」
「アハハハ!そこで寝るのを注意しない隊長がオレは好きですよ〜」
黒檀騎士団の一員であるマクスはロイドの言葉に満面の笑顔を浮かべた。
「仕事はしているし、束の間の休息に何をしようが個人の自由だろう?」
勿論体調や素行が悪ければ注意するが、マクスはその辺は要領が良い。
相手に対して琴線に触れる一線をのらりくらりと躱すその感覚はロイドも一目置いていた。
「そういう所が隊長の良いところですね〜」
「そうか?」
「でも隊長はもう少し自覚した方が良いと思いますよ〜」
「?」
何を自覚すれば良いのか分からず首を傾げる。
マクスは笑みを深めると寝転びながら伸びを一つ。
そして全身のバネで一気に立ち上がると窓に寄りかかるロイドにゆっくりと歩み寄り指を突きつける。
「隊長は、みーんなの隊長なんですから」
「お、おう」
「それぞれ抱く思いは違うかもしれませんけど、隊長はオレ達の隊長で、尊敬する騎士で、絶対的な目標です……だから余り一人に目を掛け過ぎると嫉妬に狂う奴らが続出ですよ〜」
「……」
嫉妬?
ぽかんと口を開けるロイドにマクスは笑う。
しかし細められたその瞳は冷たい何かが宿っている気がした……。
ロイドはマクスの言葉に絶句しながらもハァァアと深い溜め息を吐いて頭を抱える。
「子供か」
「男はいつでも子供心を宿してるんです」
何だそれ、と呆れた表情が浮かぶ。
胸を張って断言するもんじゃないだろうと思うが、マクスに真顔で言われて納得してしまうのも何だか複雑である。
「……そういうお前も嫉妬したのか?」
「まぁ、時と場合によりますけど」
ちろりと目を向ければ肩を竦めるマクス。
否定しないという事は、そういう事だろう。
「だから隊長はもう少し慕われているのを自覚して下さいって話ですよ〜」
事実、ロイドを慕うのは大勢いる。
黒檀騎士団だけではなく、所属騎士団の垣根を越えて尊敬と畏敬の念を寄せられるロイドは“騎士の中の騎士”とさえ言われていた。
特に同じ平民出身の騎士にとっては憧れを超えて崇拝する勢いである。
しかしあくまで慕われているのは黒檀騎士団の第三席という立場からだと思っているロイドにマクスは嘆息する。
確かに実力主義の黒檀騎士団で第三席次という立場は騎士として名誉ある立場だ。
席順は一年に一回で行われる黒檀騎士団の実力考査と言う名の武闘大会で決まる。
王族さえも視察に訪れる誉れある大会で、武器や魔法など何でもありでトーナメント形式で行われる。
その中でロイドは戦後以降の大会で無敗を誇っていた。
黒檀騎士団の最強の男。
それがロイド・アレンという男なのである。
だがそれだけでここまで慕われる訳が無い。
曲者揃いの黒檀騎士団でただ強いだけでは統率など出来やしない。
マクス自身、そんな奴の命令など大人しく聞く気にもならないと思う。
しかし、ロイドなら。
ロイド・アレンという男の命令ならそれが例え死んで来いという命令でも喜んで遂行するだろう。
騎士として、同じ男として、尊敬よりも強い想いを抱かせる彼の言葉ならそれが己の死を望むものでも出来るとマクスは強く思う。
そしてそれはマクスだけではなく、黒檀騎士団全体の総意でもあった。
だからこそ、そんなロイドたっての命令をこなす事の出来なかったディルに失望するし、そんなロイドが気にかけるディルが気に食わない。
そんなどろどろとした嫉妬の感情を完璧に隠してマクスは笑う。
ロイドに告げた言葉はあくまで他の人間が、と言ったがあれはマクス自身の言葉でもある。
「まったく、慕ってくれるのは有り難いがな俺はそこまで良い人間ではないんだぞ」
「ハハッ!そりゃあ黒檀騎士団を束ねる隊長ですからね〜……それも引っくるめて皆隊長がだーいすきなんですよ〜」
「……男に好かれても余り嬉しくは無いんだが」
ケタケタと道化の様にマクスは笑う。
心の奥底に秘める嫉妬や羨望、崇拝や畏怖を幾重にも隠して、表情で覆い隠して。
そんなマクスにロイドは再び深い溜め息を吐くと肩を竦めた。
「まぁ良い。この話に際限が無いからな」
「隊長ってば頑なに認めないですからねぇ」
頑固な程に己が周囲にどう思われているのか認めようとしないロイドにこの手の話は何人もしている。
しかし結局はロイドは納得しないので話が決着する事は無かった。
「――それよりもマクス。一つ頼みがあるんだが」
「へ?」
ずいっと窓から乗り出してマクスに一つの頼み事を囁く。
その言葉を聞いたマクスは子供のようにキラキラとした瞳で嬉しそうに破顔した。




