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夢のその先へ  作者: zzz
【日常の章】
20/23

第19日 私の新しい日常 その三

 



 ――賑やかな通りを眺め、長きを生きる精霊は風が流れるままにその耳を澄ませていた。


 商店の客引きの声や噂話に興じる主婦たちの声。

 子供たちが笑いながら道を駆け抜ける音。


 ガタガタと石畳を馬車が通り、ガチャガチャと鎧が立てる金属音。



 視界を閉ざせばより一層聞こえる乱雑な音に頭上の耳がピクピクと煩わしそうに震えるが、その中で気になった声にセシルはその瞼を上げた。


 縦に割れた虹彩は薄暗い路地の中でも爛々と輝き、目の前に開けた視界を映す。


 己の体に纏わり付く小さな精霊に命じて、気になった声を風に乗せて届かせる。――その声は嗄れた男の声。


 その声が紡ぐ言葉はセシルの感情を少しだけ揺さぶった……。







 *





 支部長自らの丁寧なお見送りを受け、アイビーはやっと協会支部を後にした。




「はぁ〜」


 しかしその表情は折角開店許可を取ったというのにも関わらず浮かない顔。

 深い溜め息は己の馬鹿さ加減に呆れていたのだった……。



「私の馬鹿……」



 故郷に戻って来て気が弛んでいたのか、あり得ないポカをやらかした。

 自分の身分に口を噤む事にした癖に提出用に用意した薬に失敗した。


 Sランクの薬など、特級薬師が作れる筈もない。にも関わらずそれを提出してしまった迂闊さにアイビーは気落ちした心を引き摺っていた。


 鬱々と暗い気持ちで協会の敷地内を出て通りに出る。



 すると足元に何かが擦り寄る感触にアイビーはそのまま視線を下に降ろした。



「セシル」


「ニャー」



 猫の姿を保ったままの相棒にホッとして表情を和らげる。

 しかし、彼から齎された情報にその気持ちは落ち込んだままではいられなかった。




『アイビー、()()()()()()()


「……」


『このままじゃあ、たぶん家まで付いて来る』


「……そう」



 足元にセシルを纏わり付かせたまま協会から離れる。

 頭の中に響く言葉にアイビーは相槌を打ちながらどうするべきか考える。



「……どこからかは分かる?」



 通りの人混みに紛れながら気配を探れば、アイビーから数メートル離れた気配だけが付かず離れずの距離で雑踏の中でもアイビーの後ろを付いて来ていた。


 普通ならば気にしない程度のものだが、セシルからわざわざ言われたとなればそれはアイビーにとっての“敵”なのだろう。



『それは勿論分かるけど……どうする?』


「……」


 セシルの問いにアイビーは一旦口を閉じる。


 その不審な気配の対処を考えながらアイビーは徐に次の目的地とは違う道を進み始めた。

 大通りに出て、商店街を眺め、気になる素振りで商品を眺めながらチラリと背後の気配の顔を確認する。


 アイビーの後を付けていたのは尾行など慣れていないのか堂々として人混みの中に居た。

 アイビーが立ち止まれば同じように店の商品を見物するように立ち止まり、アイビーが進めば同じく歩みを再開する。



 分かる者にはとても分かりやすい尾行だった。



 物陰に隠れる事もしないということはバレる危機感も持ってないと言う事。


 こちらを侮っているのか、それともそこまで考え付かないほどの馬鹿なのか、判断に迷うが協会の支部長であったヒースが冒険者カードのランクであれほど驚いていたのを考えると、件の尾行者はアイビーをただの小娘とでも思っているのだろう。



 アイビーは少し考え込むように空を見上げ、決めた。





「……セシルは“目”を惑わせてくれる?」


『分かった』



 ニャーとひと鳴きして猫の姿のセシルはアイビーから離れて道の暗がりに消えて行った。



 アイビーはそれを見送り徐に来た道を引き返していく。


 それに慌てたのはアイビーの尾行者だ。

 まさか目的の人物が自分に近づいて来るとは思ってもみなかったのだろう。

 慌てた様子でアイビーから視線を逸らし、素知らぬフリで身体を反対に向けるが……その一瞬、アイビーと目が合ってその目を見開いた。



 尾行者が見たアイビーは、目が合った瞬間――笑ったのだ。



 まるで友人に会ったかのように朗らかな満面の笑顔で尾行者を見て、その背後を通り過ぎる――が、その瞬間、軽く小突かれた感触と共にその意識は暗闇へと落ちていく。



 ドサッと大きな物が落ちた様な音と驚く悲鳴が上がる雑踏の中、アイビーは一人何食わない顔をしてその場を後にする。


 そして路地裏からこちらを窺っていたもう一人の尾行者に向けて嘲笑った。


 弧を描く口元、細められた目。


 しかしその瞳の奥には獰猛な光が煌めいていた――。



「っ!」



 ぞわっと足元から感じる悪寒。

 ただの女だと侮っていたその男は、その瞳を見て自分が狩る側では無く、狩られる側なのだと一瞬で理解した。


 恐怖に震える足を何とか動かし路地裏の奥に逃げ込む。

 倒れた仲間など知らないと言わんばかりに形振り構わず走り去る男を見てアイビーは一人で通りを歩き笑みを刻んだままに強く思う。



「(――売られた喧嘩は買わないとね?)」



 誰に依頼されたか知らないし、何を目的にしていたかも分からないがどうせ碌な事ではないだろう。

 こちらを“視て”いた精霊達はセシルが対処しているし、逆に精霊に監視させていたのを考えるとヒースが頭を悩ませていた上級資格持ちの医師か薬師の欲流者だろう。


 アイビーが協会に訪れてからそれなりの時間が経過しているが、そこから人を雇い、精霊に監視させる行動は思ったよりも早かった。

 それを考えれば協会支部の中に密通者ぐらいはいそうだな。と考えアイビーはゆっくりと歩く。



 たかが上級程度の精霊術にアイビーが遅れを取る筈がない。


 網に掛かったのはどちらか、分からせてやろう――。



 アイビーはゆっくりと歩きながら路地裏へと姿を消す。



 その両手を広げ紡ぐ技は、精霊の司と呼ばれる精霊を使役する御技。



「――さぁ、遊びましょう?」



 クスクスと笑い声を立てながらその両手の甲に刻まれた紋章が光を宿す。



「お行きなさい……その欲望に塗れる愚か者の元へ」



 アイビーの力に反応して路地裏の闇がうねる、風は笑い声を囁きながら吹き抜け、彼女の髪を揺らしては何処かへと去って行った。




 *




 ――男は勝手知ったる王都の路地裏を駆け抜けていた。


 息が切れようが、足が限界に震えようが、ただ後ろから感じる恐怖に急かされるままに走った。



「っくそ!話が違うじゃねぇか!!」



 時折その背後を確認して誰もいない事に安堵しながらもその足を止める事はしない。

 路地裏に響く悪態は自分に依頼をしてきた薬師に向けて。



 ただの薬師の小娘を脅す依頼の筈だった。

 いつも通り王都に暮らすお得意様(上級薬師)からのくだらない依頼。


 協会支部に訪れた見慣れぬ顔の薬師又は医師をちょっと暴力をチラつかせて脅し、この王都から追い出すだけの簡単な仕事。


 今まではどいつもこいつも少し小突いただけで事が済んだ。青褪めた顔をしたなよっちい男や女に言い聞かせて、ハイ終わり。

 依頼料も高く、薬の融通もきくし、仕事も簡単だからこの依頼が来れば優先的に受けていた。



 しかし今回は話が違う。


 見た目こそいつもの様にただの小娘だった。

 町娘の格好に、華奢な身体。

 小突けば吹き飛びそうな程にか弱い女の筈だった。


 協会を出てからずっと見てたからよく見れば顔立ちが整っているのも分かり、ここまで上等な女は久々だから依頼が終わったついでに楽しませて貰おうと邪な思いを抱いていたのは否定出来ない。

 王都から出ていく事を約束させればその後は好きにしろと依頼人にも言われているし、ここ最近は娼館などにもご無沙汰だったのでいい機会だと標的が人気の少ない所に行くのを眺めて待っていた。


 だが――あれは、ヤバい。



 本能が警鐘を大音量で鳴らす。


 目が合った瞬間に悟った。“あれは”手を出してはいけない、と。

 あれはただの女では無い。あれは人の皮を被った獣だ――。




 男は路地裏を走った。あと少しで大通りに出る、そこから南下して貧民街に入れば少しは安心できる。

 もう少し、と僅かな希望に少し速度を緩めた所ですぐ隣の曲がり角から何かが足元を遮った。




「っ!」


「――ねぇ、どこまで行くの?」


「ひっ!」



 横から足元を引っ掛けられて盛大に転ぶ。

 そして顔を上げた瞬間、自分に掛けられた声に男は情けなくも悲鳴を上げた。


 横道からゆっくりと現れた顔を見て恐怖に震える。


 ゆっくりとした靴音を鳴らし現れたのは男が標的として後を付けていたアイビーだった。



「待っ!待ってくれ!オレはっ――」


「あらあら、少し落ち着いたら?」


「っ!」



 クスクスと笑いながら地面に倒れたままの男をよく見るためにしゃがみこむ。


 青褪めた顔で怯えを宿した目でこちらを見る男にアイビーは満面の笑みを浮かべた。



「ねぇ――少し聞きたいんだけど、答えてくれるかしら?」


「も、もちろんだ!!」



 アイビーの提案に勢い良く頷く。

 それが自分が助かる唯一のものだと言わんばかりの男に内心アイビーは苦笑する。


 少し脅し過ぎたようだ。



 冷や汗なのか、大量の汗に塗れた顔にアイビーは少し不憫に思い手持ちの鞄からタオルを渡してやる。

 ついでに精霊に水を出してもらいそれも手待ちの簡易コップに注いで手渡した。


 男は突然介抱された事に目を白黒させながらも従順にアイビーから渡されたものを受け取った。

 歯向かう心などとうに折れている男はアイビーを害する気持ちなど最早無い。





「さっきも言ったけど少し話を聞きたいだけだから落ち着いたら?」


「お、おう」


「それと怪我、してるでしょ?見せて」


「え!?いや、別に何でもな――」


「悪いけど、私は薬師なの。例え擦り傷でも怪我をしてる人を見過ごせないわ。それが――私を狙っている人間でもね」


「っ!わ、わかった……」



 ギラリと獰猛な光が煌めく瞳。

 だがその瞳の光とは反対にお人好しな発言。


 その落差に戸惑いながらも男は転けた拍子に殴打し擦りむいた膝を見せた。


 緊迫した空気はアイビーの雰囲気に塗り替えられ、男はされるがまま。

 思ったよりも地面に抉られていた膝の怪我には手持ちの傷薬を塗り包帯を巻き、打撲には本当ならばこの後向かうはずだったシャルルのお得意さん用の薬を拝借して貼り薬として使用した。



「これで良し!あとは痛いところは無い?」


「あ、あぁ、ねぇよ」



 鞄から次々出てくる治療道具に驚きながらも男は答える。

 ほっと安堵の表情を浮かべるアイビーに男はつい吐くつもりの無かった言葉を口にした。



「お前、何なんだ……?」



 ハッと男が口を抑えても時すでに遅く、吐いた言葉は戻らない。

 恐る恐るアイビーを窺う男だが、アイビーは男の予想と反して少し苦笑を浮かべていた。




「言ったでしょ?私は薬師よ。それ以上でもそれ以外でも無いわ」


「……」


「貴方にとっての薬師が何なのか知らないけど、私は薬師として己の役目を全うするだけ」


「……そうか……その、治療代って」



 アイビーの言葉に男なりに納得したのか、小さく頷いた彼は少し懐を探りながらアイビーを見上げた。

 手持ちの金で足りるかと所持金を思い出しながら懐から財布を取り出したが、それを見てアイビーは声を上げて破顔した。



「フフフ!そんなの要らないわよ!そもそも貴方が怪我したのは私の所為でもあるのよ?これで貴方から治療代貰うって、フフッどこの悪徳薬師よ」



 どこにツボったかは分からないが、余程アイビーにとっては可笑しい発言だったのだろう。

 腹を抱えて笑うアイビーに男は呆然とそれを眺めていた。





 ……先程まであった威圧感も無く、ただ純粋に笑う目の前の女。

 自分を狙っていた相手に対して無防備な程に、身構える事なく丁寧な治療を施し、尚且つそれを何でもない事のように笑う彼女に男はあれだけ感じていた恐怖をどこかに忘れてしまった。


 ――薬師に治療されて金を要求されなかったのは初めての事だった……。



 男の見た目はお世辞にも綺麗とは言えない。


 ボロボロの服に何日も湯を浴びてない汗や垢に塗れた身体。顔だって剃られない髭が縦横無尽に生えて不潔だろう。

 男自身、貧民街出身で身なりを整える暇も金も無いので仕方無いと思ってもやはり周囲の目は冷たい。


 産まれはどうしょうもない。物心付いた時から貧民街で育ち、盗み、恐喝、強盗は当たり前にして来た。

 自分の手で人殺しまでは手を染めたことは無かったが、その片棒を担いだことは何回かある。


 そんな犯罪者な男にここまで明け透けに笑顔を浮かべる人間など殆どいなかった。


 しかもそれが女とくれば人生で初めてだった。

 商売女でも嫌悪の目で見られ、普通の女など言うに及ばず白い目で見てくる。


 そんな中でアイビーだけが、男を対等の人間として見ていた。







「あ~笑った。お腹痛い」


「……」


「さて!私も色々と予定があるの。悪いけどさっさと話してもらうわよ?」



 やっと笑いが治まったのかお腹を撫でながらアイビーが道具を仕舞いつつ男に声を掛ける。



 しかし男はポカンと呆けた表情。



 疑問に首を傾げたアイビーだが、大口を開けて笑ったのに驚いたのかと少し恥ずかしく思った。



「あの、笑ってごめんなさい。その、決して貴方を馬鹿にするつもりは無くて……」



 一方的に笑えば、それは失礼に当たるだろう。


 そう考え謝罪の言葉を口にするが、男の目は益々丸く大きく開かれる。



「あの?」


「……あんた、変な、ヤツだな」


「はい…?」



 つい溢れたと言わんばかりにぽつりと呟かれた言葉。

 でもそれは貶そうとしたものでは無くて、ただ純粋にそう思ったからこそ出た言葉みたいで、アイビーは疑問に思っても怒りは湧いてこなかった。




「あ、いや!その……俺みたいな奴に、そんな事、言われたのもされたのも初めてで……」



 だから、変だと……。



 男にもう少し教養があればそれは違う言葉で表現していただろう。

 しかしそこまで考える頭も無ければ思い付く事も無く、ただ漠然と抱いた複雑な気持ちを一言で表した結果が“変なやつ”


 ついさっきまで自分を襲おうとしていた人間に対して怪我を負ったのにざまあみろと嘲笑する訳でも無く、怪我を見せろと脅し治療をしてはその対価を払おうとすれば道理が変だと笑い飛ばされた。

 でもそれは男が今まで向けられてきた馬鹿にする笑いではなく、ただ本当に男の言葉がおかしいと言わんばかりで……。


 しかも笑った事に対して謝られて……そんな事、今まで生きてきた中で一度もされたことは無かった。



 生まれや育ちを馬鹿にした笑いしか向けられてこなかった

 怯えや泣きながら畏怖し恐怖した謝罪しか受けて来なかった。



 あり得ないと、そんな扱いされる筈が無いと断じる心。嬉しいような泣きたいような複雑で形容し難いその感情。



「大丈夫?」



 そうやって心配そうに顔を覗き込まれるのも初めてされた。



「……あぁ、なんでもねぇよ」



 男は自分の頭を占める感情を振り払うように緩く頭を振った。


 目の前にいるアイビーを見上げるが、不思議とあれ程まで彼女に感じていた恐怖など、幻だったかの様にどこにも無かった。












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