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夢のその先へ  作者: zzz
【日常の章】
19/23

第18日 私の新しい日常 その二

 





「――大変申し辛い事ではありますが、ダノン様にはお伝えしなければならない事が御座います」


「はい」


「……先程も申しましたが、我が国には特級資格を得た方は殆どおりません。上級の方もその殆どが欲流者であり、私利私欲の為に行動なされる方ばかり、そして……才能のある方を弟子として喜んで迎え入れるのです」


「……」


「ダノン様は若くして特級薬師免許を持ち、医師免許もお持ちです。しかも若く、将来有望なお方……この部屋にお招きさせて頂いたのもそれが理由です」



 ヒースの言葉に予想していた事が当たりアイビーは僅かな怒りが沸き立つのを感じつつ、頭が痛くなる気がした。


 アイビーだって馬鹿ではない。

 手持ちの情報と齎された情報で大方の想像は出来る。



 欲流者には様々な者が居るが、それでも大体二通りの傾向に分かれる。

 一つ目は自己顕示欲が強く、金や名声、権力を望む者。

 二つ目は私利私欲が強く、己の欲――つまりは探究心や好奇心が強く、その反面倫理や道徳心などが低く異常研究者マッドサイエンティスト気質な者に分かれる。



 王都には前者の欲流者が多いのだろう。


 そういった彼らは名声の為に人の研究を奪い、金の為に麻薬や毒物などの禁止薬物も高値で売り付け、貴族などに擦り寄る。

 勿論、優秀な医師や薬師を弟子と称して囲い込んでは己の知識や技術だと偽り売り込んだりする。


 その魔の手がアイビーにも及ぶかもしれないとヒースは警告したいのだろう。



 多少は濁して色々優しい膜に包んだ言い方ではあるが、ヒースが真実何を言いたいのか察してアイビーは少し表情を和らげた。


 それは欲流者が多いという王都の協会支部長がその欲には流されない人だという事。そして自分の立場が悪くなるかもしれないのにそれを告げた事。


 それが分かってアイビーはヒースへの警戒を一段階下げた。



 医師薬師を補助し支える協会は本来ならば彼らと対等か少し上の立場になる。

 協会は医師や薬師達を束ねる立場なのだからそれは当たり前だが、欲流者が多いとそうもいかない。


 貴族と癒着し、本来ならばありもしない権力を振り翳す彼らは協会を下に見る傾向がある。

 言うなれば自尊心とプライドが馬鹿高い彼らは免許を持てない彼らを侮蔑しているのだ。


 本当ならばそうならないように国が主体となって彼らの立場を明確に定め、貴族にも警告と罰を与え、決して間違いが起こらないように防止策がなされるが……まだまだ国を立て直す途中であるガルシア王国はそこまで国の目が行き届いてないのだろう。


 欲流者達の勝手を許す事態は彼らを助長させ、本来の優秀な国の医師薬師が数少ないという現実。




 ヒースが別室に移ったのもアイビーがそんな欲流者達に見つからない為だろう。



 悔しそうな表情を微かに浮かべるヒースにアイビーは一瞬目を伏せて自分自身に問い掛ける。


 どうするべきか。



 自分の本当の立場を明かした未来とこのまま黙ったままの未来。

 自分を取り巻く様々な事情と周囲の反応を予想し考える。


 時間にしてたった一拍、思考としては長く熟考して覚悟を決める。




「――そうだったんですね!それは知りませんでした」


「えぇ、協会として大変お恥ずかしい事ではありますが、欲流者を取り締まる事も出来ず、現状維持しか出来ない状態でして……」


「それは大変ですね」



 本当に。



 アイビーは内心呟き、同情する表情を浮かべる。




「でもご心配無いですよ。実は私――冒険者ギルドにも所属していまして、こう見えて腕には自信がありますから!」


「え?」



 ぽかんと言われた言葉が理解できないと呆けるヒースにアイビーは笑みを深めた。

 突然話の行き先が変わり戸惑うヒース。

 そんな彼を置いてアイビーはそのまま話を進める。




「師匠の教育方針でして、自分で使う材料は自分で調達する様に鍛えられましたから」


「それは、確かにそういった事をなされる方はおりますが……」


「こちらが冒険者カードです。確認して頂いて結構です」


「は、はい。拝見させて頂きます」



 アイビーは手持ちの鞄から銀色のカードを取り出しヒースに手渡した。

 それに刻まれている情報を見てヒースは目を剥いた。




 ――冒険者とは言うなれば何でも屋である。

 主な仕事は魔物の討伐や薬草などの採取、商人の護衛、子供の子守や手紙配達、家屋の修理などなど上げればキリがない。


 勿論、護衛などは専門の傭兵ギルドがあるし、何かの修理も職人に任せた方が良いのもある。


 しかし冒険者はその依頼金額がとても安いのだ。

 それ故に専門の人間には高くて頼めない依頼を冒険者に依頼する。



 元は貧民街などの職にあぶれた者達の救済処置として作られた役職と制度だが、現在はその立場は確立していた。

 そのきっかけとなったのはとある冒険者が戦いの才能に恵まれ、当時世界を脅かしていた魔物を見事討伐した事から冒険者の名と立場は世界に広まったのだった。


 世界各国でその立場を認め、確固たるものになったのは今や随分と昔の話だが、最早冒険者とは職にあり付けない者達が仕方なくなるものでは無く、誰もが夢見る職業の一つとなった。



 そんな冒険者の仕事は多岐にわたるが、やはり個々の戦闘能力が高さが物を言う職業でもある。


 その為、冒険者の階級もそれに準じて定められていた。


 それぞれに試験があり、初心者のFから試験をクリアする毎にE、D、C、B、Aと階級が上がり最高でSまである。


 S級の冒険者と言えば英雄とも言えるほどの実力を有し、国でも一人いればいい方だ。

 そんな冒険者階級ではE〜Dまでが半人前、C級で一人前と認められその上のB〜Aが優秀な熟練の冒険者とされる。

 そんな中でアイビーの冒険者カードにはAという階級が刻まれていた。


 それを見てヒースはアイビーの顔とカードを交互に見つめる。



「え、あの?」


「カードは本物ですよ?冒険者ギルドに問い合わせ頂いても構いません」


「え!?」



 ヒースは信じられないと表情にありありと浮かべてアイビーを見つめる。その瞳に僅かな恐怖の色を見つけアイビーは殊更優しく笑みを形作った。



「私の身分に守役など付きませんから。女のひとり旅に危険は付き物ですし、実力は嫌でも付きました」


「は、はぁ」



 守役とは女神ルーデルトルワ教会から派遣される護衛役の事だ。主に医薬師や優秀な医師薬師に派遣されるがアイビーの偽りの身分では護衛が付くには少々無理がある。


 嘘と真実を混じり合わせ告げるアイビーにヒースは戸惑いながらも頷いた。


 華奢な見た目と若い年齢。町娘と言われた方が納得の姿は到底腕利きの冒険者とは見えない。



 しかし渡された冒険者カードにはアイビーの名前がきちんと刻まれている。

 冒険者カードにも薬師や医師のカードと同じように偽装防止の術が掛けられていると聞く。

 偽りではないようだが……色々と詳しく聞きたい衝動に駆られるがヒースは一度瞑目する事でその衝動を堪えた。


 ……人それぞれに事情というものはある。

 それは無遠慮に足を踏み入れて良いものではない。


 しかも今回初めて会った目の前の女性に聞くには余りにも失礼な事だ。

 それに加え、ここで尋ねて機嫌を損ねる方が悪手である。


 やっと念願の特級免許を持つ薬師が来たのだ。

 欲流者の息が掛かっていない、純粋な女神の信徒が。

 しかも医師免許すら所持している優秀な薬師。



 ここで無理に踏み込んで協会を倦厭される方が一番最悪な事態である。


 ヒースは一拍の後に目を開け、口を突いて出そうになった言葉を飲み込んだ。




「そうですか……ならばそのお言葉を信じましょう」


「有難うございます」


「ですが、もしも何かあればすぐにでも言ってください。出来る事に限りはありますが、それでも出来る限りのことは致します」


「はい」



 女性のひとり旅と言えば男が旅するよりも多くの危険を孕む。しかしそれを乗り越えて彼女はここにいる。

 しかもカードを縁取る吹き抜ける風を模倣した優美な曲線と木の葉の飾りは遍歴医を示す。

 これは協会の職員しか分からぬ証。


 遍歴医として他の国に立ち寄らない、という事はないだろう。そしてその国の協会支部に訪れないと言う事も。


 ならば若くはあるが、多くの経験を詰んでいるはず。

 欲流者はどこにでもいる。それに会わないと言う事は絶対に無い。


 対応の仕方もあしらい方も心得ている筈だ。




「……お恥ずかしい所をお見せしました」


「いえ、支部長殿のご心配も分かります。今まで色々とあった事でしょうし、ですが私はその辺の欲流者に負けるほど弱くはないので」



 フフッとにこやかに笑うアイビーだったが、その瞳は鋭い光が過り、まるで獲物を狙う狩人の瞳だった。



「それにもしも何かあってもこの国には私の幼馴染が騎士をして居りますので、どうにかなります」


「ははっそれは何とも、心強いですね」


「ええ」



 本当に、色々と突っ込んで話を聞きたいがヒースはアイビーの言葉を流した。そう、決めた。半分はもうやけっぱちな気分で。


 正直、藪を突いて蛇……というよりそれよりも大物が出そうな気がしたからとかでは無い、無いったら無いのである。これで虎やドラゴンまで飛び出して来られても困り果てるのは自分自身である。


 ……問題を先送りにしたとも言えるがヒースは目を瞑り、口を閉ざす事にした。




「――それでは、話が長くなりましたが……」


「ええ、よろしくお願いします」



 ヒースは色々と複雑な感情と思考を振り切り本題であるアイビーの開業についての話に移る。

 一階の受付フロアから移動する際に持ち込んだ書類を改めてアイビーに手渡し、ついでに部屋にある机からいくつかの書類を広げた、開店する際の規約と契約書、薬の販売価格の見本を説明しながらアイビーと話を詰める。



 薬師の薬はその個人の実力によって優劣が付く。

 しかしそれら全てが一律の値段では店同士の争いの火種になってしまう為、協会ではいくつかの薬の提出を求め、その薬を精査し価格の設定変更を求めていた。


 同じ薬でも薬効が低い物は安価に、逆に高い物は少し割高に。


 そうしてバランスを取らなければ客である患者は同じ値段ならばやはりよく効く薬を選ぶだろう。

 そうなれば客が寄り付かない店はやがては廃業に追い込まれてしまう。


 そうならない為にも協会が率先して価格の設定を行っていた。


 アイビーは事前にシャルルから聞かされていた為、戸惑う事なくその場でヒースに数点の薬を渡した。



「確かにお預かりします」


「はい」



 特級薬師の薬は今やガルシア王国ではそうそうお目にかかれない。そっと壊れ物を持つかのように繊細な指使いで薬瓶を掴んだヒースはそのまま、その場で鑑定の魔法を掛けた。


 聖力を持たない代わりにヒースは魔力を宿す。

 支部長になるだけあってその魔法の精度は確かだった。



「っ!」



 そうして魔法によって浮かび上がる鑑定結果。

 結果は魔法の行使者しか分からないようになっているが、ヒースは今日一日でどれだけ驚けばいいのか内心嘆く。




 ―――――――――――――――――



 名称;傷薬(塗り薬)

 効能;切り傷、打ち身、火傷、肌荒れ

 品質;S


 ―――――――――――――――――



 ……正直、ただの傷薬に品質ランクがSの物は生まれて初めてお目にかかった。


 普通はどんなに高くてもAかその下のA-だ。

 ヒースの知るこの国唯一の特級薬師でさえAランク以上の物は殆ど作ったことが無い。

 それを軽々と超えたSランクの薬は一体どれほどの効果があるのか……知るのが怖いくらいである。

 そしてそんな傷薬を作ったアイビーに驚くを通り越して呆れすら抱く。



 しかしこれを普通に売る訳にはいかない。

 下手すれば王族が使用する最高品質の傷薬よりも効能が高そうである。

 それを民間に売るには少しばかり事情が事情だった。




「……ダノン様、これはとても素晴らしい物なのですが……」



 言いづらそうな苦い表情のヒース。

 アイビーはその表情の意味と提出した薬の結果に思い至り一気に血の気が引いた。



「あ!えっと、これはあくまで腕試しで!その、師匠に言われて作ったやつで、だからその、万全の状態で作った物なので!いつもはもう少しランクが低いやつです!」



 材料も良いやつだったので!!滅多に作れないので!



 取ってつけたような言葉に乾いた笑いがヒースから漏れた。





 ……アイビーの本当の身分は医薬師だ。医師薬師の頂点である彼女が作った薬が高いランクであるのはさもありなん。

 しかし今の彼女はあくまで医薬師の下である特級薬師。ただの特級薬師がSランクの薬を作り出すのは正直、異常だった。



 アイビーは折角身分を偽っているのに何をしているんだ!と自分の迂闊さを呪った。


 ついつい良い状態の薬草が手に入り調子に乗って全力で調合した結果はそりゃあ高ランクを叩き出すだろう。

 しかも通常の調合に加えてノリにノッたテンションでセシルも駆り出して、自分が持てる力を十全に発揮しての調合。……あの時の自分を本気でどつきたい。

 それを提出用に安易に用意してしまった馬鹿な自分も。


 普通、協会に提出する薬はその薬師の実力を見る為でもある。だからこそ薬師は己の中でも最高の一つを提出するが……。


 特級薬師というならばそれなりの物を用意した方が良いだろうとアイビーは己が調合した純度の高い薬を用意した。が、それが迂闊だった。ヒースの表情を見る限り薬のランクは特級薬師でもあり得ないほどの高ランクを叩き出したのだろう……。



 そんな後悔に慌てた様子から一変、落ち込んだ様子のアイビーにヒースは微かに息を吐き出し深く聞かない事にした。



「取り敢えず、お店に並べる薬はもう少しランクを下げて頂けると助かります」


「……はい」


「他の薬は……大丈夫です。お返しします」


「……」



 傷薬の他にも熱冷ましや冒険者御用達の服用水薬ポーションも各種揃えて来たが鑑定されるまでもなく返却された。

 すごすごと並べた薬を鞄に仕舞い込みアイビーはしゅんと落ち込んだまま俯いた。



「……すみません」


「いえ」



 少し気まずい空気が流れつつも話は進み、アイビーは無事に開業資格を認められせっせと書類にサインを書く。


 それを眺めつつヒースは少し感慨深げに遠くに視線を移した。









 ――今までヒースが目を掛けた優秀な者たちはその殆どが強引に欲流者達に奪われた。

 家族や友人を人質に取られたり脅されて泣く泣くその傘下に下ったり、そうでなくてもこの国で活動できない程の嫌がらせなどを受けて国を離れていった者も少なくない。


 幾ら協会として保護しようとも国にある以上貴族の言葉は無視出来なかった。

 そうしてしまえば、この国は本当に終わりだから……。


 この国で生まれ育ち、いつかは国の為に医師になりたいと夢見たヒースは力が、聖力が、無い為にその志を折られた。


 それでも同じ志を持つ者を支えたいと、手助けになればと協会に入った。

 しかし支部長の位まで登り詰めても彼らを助ける事も出来ず悔しさに涙する日々。



 だが、あの時……ヒースは入り口で協会をぼーっと眺めるアイビーを見て何かが変わる予感がした。



 もしかしたら、もしも彼女がこの国に根付いてくれたら何かが変わるのではないか、とそんなあやふやな予感と期待が胸に広がり彼女を引き止める為にも強引に己の執務室に連れ込んだ。


 その直感は間違っていないと今は確信に至っている。



 まぁ、まさか特級薬師でありながらSランクの薬を作り、しかも冒険者としても実力あるA級とは思いもしなかったが……








「――これから長い付き合いになるかと思いますので、よろしくお願いします!」


「こちらこそ。歓迎致しますダノン様」



 無事に開業手続きを終えてアイビーがヒースに友好の握手に手を差し出す。


 それを固く握り締めヒースはアイビーにこの国の未来を夢見た――……



















 ……その後、アイビーがあのシャルル・ナニータの後継者だったり、とまたまた驚愕に言葉を無くすヒースがいたとか居ないとか……ヒースの中でアイビーはある種の要注意人物になったのは余談である。








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