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夢のその先へ  作者: zzz
【日常の章】
17/23

第16日 俺の新しい日々 その三

 




 ――快晴な天気と裏腹に少し陰鬱な雰囲気漂う黒檀騎士団団長室。


 その陰鬱な空気の原因に触れるのも憚れ、黒檀騎士団団長ベルナルドとその副団長ドナートは虚ろな表情であらぬ方向を眺めるロイドをそっとして話を詰めていた。


 面倒臭いと隠しもせず頭を掻くベルナルドがたった今書き上げた書類をドナートへと手渡す。






「あー、医薬師についてはこんなもんか?」


「そうですね。上層部には報告して注意喚起と黒檀は動かない事も伝えておきましょう」




 緑峰騎士団から得た情報に追記する形でロイドから齎された情報を詳しく記す。


 世界でも重要人物である医薬師の頂点がこのガルシア王国に訪れたのは大事件だが、歓待をしようにも当の本人が拒むならばロイドの言う通り本人が王都に来るのを待つしかない。


 医薬師には専属の護衛がいると聞くし、もし何か危険があっても何とかなるだろうと思い報告書を完成させる。


 そうしてベルナルドとドナートが医薬師について結論を出す中、ロイドはハッと我に返って本来の目的を思い出した。


 元々緑峰からの情報を確認しに来たのだがまさかの真相に意識が遠くに飛ばされていたが、本題は別にある。




「あの……」


「ん?どうしたロイド」


「どうかしましたか?」



 これ以上何が飛び出す?と内心身構える上司達を見ながらロイドは少し困った表情をした。



「師匠――件の医薬師もそうなんですが、実はお二人にご報告が、ありまして……」



 はぁ、と憂鬱そうな彼に疑問符が飛ぶ。



「どこから言えばいいのか……実は我が国にはもう一人、医薬師がいるんです……」


「はい?」

「はぁぁあ??」



 ドナートとベルナルドの驚きの声が重なる。



「緑峰からの情報もそいつのだと思い、来たんですけど……まさか師匠だとは……いや、それは良いんですけど」


「いやいやいや、良くはないでしょう!?」


「マジかー」



 医薬師がガルシア王国を訪れた時点で大事件なのに、もう一人いるとは……。



「その医薬師って実は俺の幼馴染なんです」


「……」


「……幼馴染って、ロイドの薬師である幼馴染の子で間違いありませんか?」


「はい」



 まさかの発言に頭を抱え始めたベルナルドを横目にドナートは冷静に問い掛けた。


 ここに来て驚愕の事実。

 薬師だと聞いていたからこそ今まで気にしていなかったが……。そこまで考えドナートはふと気付く。


 先程ロイドはなんと言っていた?と自問自答し、数分前の記憶を思い出す。

 そう、ロイドは言っていた。件の医薬師が「幼馴染の師匠」でもあると。




「……まさか、ですが……その幼馴染がこの国にいるから件の医薬師が来た。とかですか?」


「たぶんそうだと思います」



 ドナートの予想を肯定するロイドにドナートはつい溜め息を堪え切れなかった。



「すみません。でもたぶん師匠が来ている時点でいつかはバレると思うので先にお伝えしておきます」



 そう言いながらも少し逡巡してロイドは改めて防音の魔法を強めた。


 厳重な程に張り巡らされた魔法に重ねていくつかの守護魔法と呼ばれる類の結界を発動する。

 防音魔法とはあくまで身体的な聴覚に対しての防音であり、魔法を使った盗聴は防げない。

 それに加えて魔導具と呼ばれる魔法を封じ込めた道具に対しても効果は無かった。


 流石に黒檀騎士団本部にそういった類の物は無いと思いたいが念には念を入れてロイドはそれら全てを無効化する結界を作り上げた。



「おいおいロイド、少し神経質じゃねぇか?」


「そこまでする必要が?」



 国家機密が数多くある国王の執務室でもここまで厳重にしないだろうに、ロイドが張った結界にベルナルドとドナートが呆れたように声を上げる。



「すみません。ですが、出来るだけあいつの情報は知られたくないので……」



 そんな上司達の気持ちも分かるが、アイビーの情報は師匠の物よりも細心の注意が必要だった。

 少しでも漏らせばいくらアイビーが強いと言っても護衛がいない時点で他の医薬師よりも多くの危険を孕む。

 彼女はそれを踏まえての選択を取ったが、出来るだけ危険は遠ざけてやりたかった。


 だからこそロイドは最も信頼する二人の上司に助力を願う。

 もし、もしも何かあった時、自分が居なくても守れるように……。




「俺の幼馴染の名は“アイビー・ダノン”医薬師の頂点に立つ男を師として、女ながら若干十六歳で医薬師の称号を得た奴です。生まれはこの国、ガルシア王国であり……今は亡き《恵みの聖地》があった村の生き残りです」


「それは……!」


「えぇ、そうです。あの戦争で最初に滅ぼされた村――この国に医薬師が寄り付かなくなった原因の村が俺達の故郷でした」



 ――今から十五年前。


 この国を襲った大事件があった。

 女神ルーデルトルワが一番最初に現世に降臨したと言われる由緒正しき聖地を襲った未曾有の大事件。

 それは後に開戦の狼煙となり、六年をも長きに渡り続く戦争の始まりでもあった……。


 それ故に、歴史上最低最悪の戦争と呼ばれる大戦を語る上で最初に語られる悲劇の村。

 《始まりの村》と呼ばれる村はアイビーの生まれ故郷だった。



 そして聖地を守る義務があるにも関わらず守れなかった――否、守ろうともしなかったガルシア王国は医薬師達から見放された。

 女神ルーデルトルワ教の神殿や協会の支部はあるが、それだって所属者は他の国に比べて遥かに少ない。


 ……医師や薬師はその能力から権力者達に常に狙われている。


 その力を我が物にしようとする者。

 その力を独占しようとする者。


 そんな強欲な人間達に彼ら癒やしを司る者達は常にその身を狙われていた。


 そんな彼らを抱え込み独自の戦力で守る教会と、それぞれが力を合わせて守り合う協会。


 しかしそれらの守りは国の助力があってこそ。


 守ってくれない国に一体誰が住みたいと思うのか……。



 開戦から六年の間にガルシア王国に所属していた優秀な者達は軒並み国を離れていった。

 王国は、国王は、それを引き止める事はしなかった。


 それは国王なりの贖罪であり、聖地を守れなかった罰だと思っているのだろう。



 聖地の村は、アイビーとロイドの故郷の村は――敵国の手により虐殺されたのだから。

 だからこそ“悲劇”と呼ばれるその村に生き残りは居なかった。その筈だった……。




「あの村に生存者は……」


「……それは事実でもあり、嘘でもあります」



 ドナートが青褪めた表情で問い掛ける。

 険しい表情で無言を貫くベルナルドを見てロイドは少し目を伏せた。


 己を騎士として取り立ててくれた恩人に初めて告げる真実。それは歴史を変えるような言葉だとロイド自身理解している。


 あの村に生き残りは居なかった。


 それが、国が確認した事実で、歴史だ。


 そんな村に生き残りが居たとなれば、騒ぎになるのは目に見えている。しかし告げねばならない。


 それが彼女を守る一つの盾となる事を信じて――





「あの村は、確かに滅びました。殆どの住民は敵国により殺され、憎しみの血で穢れた土地は聖地としての機能を失いましたが……俺の、アイツの両親が逃し、助けた命は今もなお確かに生きています」



 ――血だらけになりながらも最期まで村を守る為に敵に立ち塞がった両親の背中を憶えている。

 枯渇する力に全身から血を流しながらも命を燃やし怪我人を癒やしたアイビーの両親の姿を憶えている。


 命が潰えるその時まで……皆を守り、逃がす為に最後の最後まで諦めずに行動したあの人達を忘れる事など出来やしない。




「俺達は“ある人”の為に夢を定めました」


「それは……」


「そうです。ベルナルド団長はご存知でしょう……俺の夢は『騎士になる事』だと。“あの人”を助け、守る為に、俺は騎士になる事を望み、あいつは“あの人”を助け、支える為に医薬師となりました」



 出会ったから十数年。初めて語られるロイドの過去。


 地方の村出身だと言う小さな子供は戦死した騎士の小姓だったと口にした。子供がいるには余りにも場違いな戦場で彼は国を守る為にその手に血錆びた剣を持って最前線の地に立っていた。

 他を圧倒する魔法。その戦闘能力。小さな身体に不釣り合いな実力を持って彼は最も過激で凄惨な光景が広がる国境を守る戦場でベルナルドと出会った。


 戦死した騎士の仲間に託された子供。

 彼は様々な騎士に付き、小姓から従者となってからも上司たる騎士に付き従い戦場を駆け抜けた。

 いく数多の死を見て、死地を生き残り、次々と死んだ者から次の騎士に託されていった子供。

 勿論そんな彼を逃がそうとした者もいた。子供が背負わなくて良いと、未来を担う子供を守ろうとした者も居た。


 だが彼はそうして差し伸べられた手を振り払い、共に戦う事を望んだ。


 やがて彼の噂は戦場に広がりベルナルドの元まで届いた。


 にこりとも笑わぬ表情。

 無数の敵を腕のひと振りで凍らせる力。


 子供には思えぬその力は敵にも味方からも恐れられ、やがては“氷の悪魔”と呼ばれた。



「……お前は、復讐を望んでいたのか?」



 ベルナルドは静かにロイドに問い掛けた。


 決して多くを語らず、己の過去に口を噤んできたロイドの初めての告白に静かに尋ねる。


 鬼気迫る程何かに取り憑かれるようにして戦いの中に身を置いたロイドを思い出し、今の彼にその真意を問う。

 しかしロイドは真剣に自分を見つめる恩人にきっぱりと告げた。



「いいえ」



 否定の言葉は思った以上に部屋に響いた。



「……確かに敵を憎む気持ちが無かったとは言いません。ですが、俺の望みはただ一つ。あの人を守り、助ける為に……騎士となる事でした」



 両親を殺されたと恨みを、村を滅ぼされた憎しみを抱かなかった訳では無い。

 だが、それよりももっと大事な約束がロイドを支え、導いた。


 お陰で道を踏み外す事なくここまで突き進んでこれた。



「あの人とは……?」


「それは……まだ言えません。しかし俺があの戦争の報酬に何を望んだのか、お二人はご存知の筈です」




 それまでに固執するロイドが口にする一人の人間。

 最もな疑問にロイドは多くを語らず、ただ今言えるだけの言葉を紡ぐ。


 その言葉にベルナルドとドナートは終戦後、ガルシア王国の国王直々に望む戦功報酬を尋ねられた時のロイドを思い出す。


 まだ未成年だったロイドが終戦のきっかけを作り、あの長い戦争に終わらせた事は国の上層部しか知らない。大々的に発表するには余りにも多くの危険を孕むと国王はその事実を伏せた。

 ロイドの身にいらぬ災厄の火の粉が降り掛からないようにとその身を案じたが故の取り計らいだった。


 そんな彼に国王は個人的に報酬を望んだ。

 戦争を終わらせてくれた本当の英雄にその望みを尋ねた国王にロイドはただ一つの望みを口にした。





「――俺達は約束を交わしたのです。その為に俺は戦場に立ち、あいつは医薬師という力を持ってこの国に戻って来ました」



 無言を貫く二人にロイドは話を戻す。

 自分の過去などどうでも良いと言わんばかりに。




「でもあいつは医薬師となりながらも教会から派遣される筈の護衛が居ません。それをあいつは望まなかった……だからこそ、師匠はこの国に来たのでしょう」



 アイビーの身分が下手に露見しないように、注目を自分に集める為に。

 権力者に、国に、彼女が利用されないように。




「いつかはあいつも表舞台に出て来るでしょう。その来る日までどうか、あいつの事は内密にしていて下さい」



 アイビーは護衛がいない代わりその役職の詐称を許されていた。

 ただの薬師として入国した彼女に目を向ける人間は少ないだろうが、その実力は決して偽れない。


 いつかはバレるだろうが、それでもその日が遠のくのを願う。



 もう二度と危険な目には合わせたくない。

 ただ日々を平穏に無事に笑っていてほしいと願うロイドは深く頭を下げた。




 頭を下げるロイドを見つめベルナルドとドナートは互いに目を合わせた。



 言いたい事は色々ある。聞きたい事も一杯ある。




 国として喉から手が出る程渇望する医薬師。

 一人いるだけで万の命を救い、医療技術の向上の要たる人間を見逃すのは国に仕える者としては到底出来るものでは無い。


 しかし……



「ならば何故我々にそれを告げたのですか?」


「お前が言わなければそれまでだ。なのに何故俺達に言った?」



 ロイドが言わなればベルナルドもドナートもロイドの師匠だと言う男だけの情報で済んだ。

 しかしロイドは敢えてその幼馴染の情報を口にした。


 その真意を問うドナートとベルナルドにロイドは少しだけ口端を上げて笑った。



「お二人は俺が最も信頼する方々だからです」



 その言葉につい口を噤む。


 ロイドの信頼が擽ったいほどに嬉しくて、そしてその言葉の重みを感じて二人は互いに少し苦笑を浮かべた。



「そう、言われるとなぁ」


「ロイドに言われると重みが違いますね」



 その成長を間近で見て来た子供はあの凄惨な戦場を生き残り、大きく育った。

 人の醜い部分も、大人の汚い所も数多く見て来た筈の彼は周囲が驚くほど真っ直ぐと生きて来た。



 騎士になりたいと夢を抱いても現実との差に失望し、心が折れる者も少なくは無い。


 騎士と言っても華々しく物語に描かれるような高潔な者などいないのだ。


 仕事だって下働き同然のものもあるし、仕事内容によっては人には言えない任務だってある。

 政治が絡めば騙し騙される、そんな綱渡りの仕事だって熟さなければならない。


 物語のように、助けを求める者には無条件で助け、悪には正義の鉄槌を。

 そんな英雄(ヒーロー)みたいな騎士など夢のまた夢。


 現実は貴族に顎で使われ、癒着や横領は当たり前。

 騎士と言う立場を利用し好き勝手する者の方が多い。



 しかし、彼はそんな現実の中でも騎士としての誇りを忘れなかった。


 己の立場を良く理解し、その中で出来る事を……騎士として何が出来るかを常に模索して、そしてそれを体現してきた。


 だからだろう……彼が『騎士の中の騎士』と呼ばれるのは。


 子供の頃、誰でも一度は夢見た物語の中の騎士のように決して驕らず、弱き者には救いの手を差し伸べ、悪には屈さず正義を以て断罪する。


 その姿は確かに思い描いた夢の中の騎士、そのものだった。




 そんな彼に信頼されるのはとても誇らしかった。

 遥か年下だが、それでもその生き方は、騎士としてのあり方は、尊敬に値する。



「――もし、俺に何かあった時、どうか彼女の事を宜しくお願いします」



 黒檀騎士団は他の騎士団では手に負えない危険な任務が多い。その為、死とは常に隣り合わせだった。


 団長として本部にいるベルナルドやその補佐の副団長の代わりに戦いの先頭に立つロイドは特にいつ命を落としてもおかしくない。


 もしもの時、彼女を守って欲しいと願うロイドの言葉は決して軽い気持ちで口にしたのではないだろう。

 だからこそ彼女の情報をベルナルドとドナートに告げた。


 その気持ちを良く分かる二人は目を合わせたまま互いに頷いた。




「――分かりました。彼女の情報は私達の胸に秘めておきましょう」


「お前の頼みだからな!」



 それは要職を担う公人としてではなく、個人として、彼の願いに報いたいと思う己の心のままに受け止めた。


 役職や立場を思えばそれは罪となるだろう。

 重大な情報の秘匿。それは非難されるべきものだ。


 しかしそんなの知った事ではないと言わんばかりに二人はロイドの願いを受け入れる。



「っ!有難うございます!」



 二人の言葉に顔を上げたロイドは安堵の笑顔を浮かべ感謝の言葉を口にした。











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