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夢のその先へ  作者: zzz
【日常の章】
16/23

第15日 俺の新しい日々 その二

 




 身体を巡る血に宿る力――目に見えぬその波動を掌に集め、形作るのは一つの魔法陣。



 仄かな光が軌跡を描き空中に描き出したのは青白い光を宿した一羽の優美な蝶だった……。












 ロイドの魔力特性である氷の様な造形で形作られた蝶は彼の手のひらの上でまるで生きているように軽やかに羽ばたいた。




「待機室へ」


 その言葉を理解しているのか、蝶はロイドの手のひらから飛び立ち一度目の前を旋回しては部屋の扉へと掻き消えていく……。



 風と光の複合魔法である伝達魔法を部下に向けて送り出したロイドは改めて上司に向き直った。

 折角溜まっていた書類を処理したのにも関わらずいきなり悪口を言い出したベルナルドに呆れた眼差しを向けて溜め息を吐く。



「いきなり何を言うんですか団長」


「だってお前、何でそんなに出来るんだよ」


「はい?」



 言ってる意味が分からない。


 ロイドにとっては、いつもやっている仕事なので処理の仕方は分かっているし、采配もそれぞれの部隊の特徴も隊員の向き不向きも把握しているのでそれに合わせて仕事を割り振れば良いだけ。


 ただそれだけ、と思うロイドだが、それを全て記憶しているだけでも凄いというのが理解出来ていなかった。



 そう言えばベルナルドはあり得ないと顔に書いたまま、ロイドを見つめもう一度同じ言葉を口にした。



「お前……馬鹿だろ」




 *




 コンコンっ



「失礼致します。ジョシュア・マーキンです。今宜しいでしょうか」



「おー、ジョシュ」


「来てもらってすまないな」



 それから直ぐ団長室の扉がノックされた。

 ロイドが扉を開けた先、そこには紺色の髪を持つ細身の男――ジョシュア・マーキンはロイド専属の補佐官である。


 数多くの仕事を抱えるロイドには特別に補佐官が二人も付いていた。

 王宮で働く文官を取り纏める宰相府から派遣された彼らは本来ならば団長であるベルナルドに付く筈だったが、ベルナルドの補佐は副団長のドナートが担っている。

 その代わり黒檀騎士団を実質率いているロイド専属となったのだった。


 騎士服とはまた少し異なる文官用の制服に身を包み、その腕には黒檀騎士団所属を表す黒の腕章。

 一と腕章に描かれた数字は所属部隊を示し、他の文官や騎士たちから羨望の的だった。


 ロイド専属というだけで一目置かれるのだ。



 本来ならば騎士などの武官とは意見の衝突なども多々あり武官と文官は友好関係では無い。

 対立関係と言っていいほどの険悪な関係であり、騎士団への出向など断固拒否する者ばかりだ。

 だが事、ロイドに限っては誰しもその専属になりたいと望む。


 平民出身でありながらも特殊な経歴を持ち、黒檀騎士団を束ねるロイド。

 清廉潔白、品行方正でありながら文武両道でその功績や逸話には事欠かない。

 それに加えて誠実な人柄と立場ある者としてのその在り方は理想の上司とさえ言われていた。


 ロイドと共に働きたいと思う者は多く、文官武官の垣根を越えて彼がどれだけ慕われているのか分かる。



 その為黒檀騎士団に出向するというある種の貧乏くじの筈であるそれを勝ち取る為の争奪戦さえある程。


 その争奪戦を勝ち抜き数少ない専属補佐官という役目を担うジョシュアは相変わらずの上司に苦笑を漏らした。



「いえいえ、ロイド隊長が居られなければ仕事は無いようなものなのでお気になさらないで下さい」



 上司としてもっと横柄な態度でも構わないのに謙虚で真面目なロイドにジョシュアは肩を竦めた。



「そもそも団長が隊長の仕事を持っていってしまいましたから暇で困っていた所ですよ」



 だから気にしないで下さい。と申し訳無さそうな表情のロイドにフォローするように言葉を続ける。


 そんなジョシュアに表情を和らげたロイドは目の前に積み重なる山を指差した。



「そうか?なら、これとこれを宰相府へ、これは事務方へ、他はいつも通り配ってくれないか?」



 処理済みの書類の山にそれぞれ指示を出す。



「畏まりました」


「それとこれはすまんが資料を探しといてくれ。西地区の状況を知りたいから、第四に報告書提出指示と詳細地図を、他はこれに書いているから準備を頼む」


「了解しました。部屋にお持ちしても?」


「ああ、構わない。机にでも置いといてくれ」



 ロイドが気になった案件の調査指示にベルナルドがその書類を覗き込んだ。



「なんだ?西地区の配管破損?」


「えぇ、あそこは老朽化が激しいので工事の申請をしようかと。ついでに他の物も調査した方が良いでしょう」


「あそこは第四部隊が管轄か」


「そうです」



 それは王都の警邏部隊を抱える赤杢騎士団からの報告書だった。

 西地区は王都の中でも古くある地区で建物や上下水道の老朽化が特に激しい。

 建物こそは所有者が管理しているが道路や水道管などの公共事業は国の管轄だった。

 そしてそれらの報告書は全て黒檀騎士団に寄せられ詳しい調査の上で、他の専門の部署に回すのだ。



 以前は部署の役人が調査や工事手配をしていたが、見積もりの水増しや欠陥工事、住人との衝突などが多々あり事件に事欠かなかった。

 その為、犯罪防止と治安維持を目的として黒檀騎士団の介入が求められた。


 黒檀騎士団は他の三つの騎士団とは異なり明確な役目は無い。

『“国”を守る』という目的の為に設立された黒檀騎士団は有事の際はその最前線に立つ役割があるが平和となった現在はある種、無用の長物だった。

 しかし凶悪な魔物や犯罪の抑制の為に他を圧倒する実力を有する組織は必要不可欠。

 特に周辺諸国に対する抑止力として黒檀騎士団は無くてはならぬものだった。


 その為解体する訳にもいかず、その代わり黒檀騎士団は他の騎士団の雑務などを担っていた。


 精鋭揃いであれど事あるごとに“何でも騎士団”と揶揄される所以がそこにあった。



「ではこちらはお預かりしていきます。他に何か御座いましたら遠慮無くお呼び下さい」


「あぁ、助かる。すまんが頼んだ」



 ずっしりと重い書類をいつの間に用意していたのかティーカートに乗せていくジョシュア。

 本来の用途とは異なるが二段になったカートはぎしりと不穏な音を立てながらも無事に全ての書類を積んだ。



「それでは失礼致します」



 丁寧に礼をし部屋を出て行くジョシュアと入れ違いにやっと待ち人たる副団長のドナートがやって来た。




「おや?ロイド帰ってきたのですね」


「はい。お疲れ様ですドナート副団長」


「いえいえ、ゆっくり休めましたか?」


「お陰様で。それと団長も有難う御座いました」


「ん?おぉ、別に構わんぞ。寧ろ普通の事だしな!」



 いくつかの書類を抱えたドナートとそしてベルナルドに改めて感謝の言葉を口にする。



 それから他愛の無い世間話が続いたがロイドは改めて本来の目的だった医薬師について切り出した。






 *




「――どうやら件の医薬師は東部の国境を越えた後、周辺の村々を練り歩き、その後の行方は不明と」


「どんな奴かは分かったのか?」


「それが国境の関門で応対した緑峰の騎士によると体格は大柄で、フードを被っていたため顔の確認はしてないそうです。しかも新人だったらしく、医薬師だと判明したのも随分と後の事で、とある村に出向していた役人がもしかしたらと知らせたのがきっかけで判明しました」


「そうか」



 緑峰騎士団から持ち帰った情報を広げドナートが説明する。それを見聞きしながらロイドはもしかして……と内心冷や汗を掻きながら発言した。



「……すみません。その医薬師って冒険者みたいな、格好、してた、とか」


「ん?そうなのか?」


「え、えぇ。役人と応対した騎士から事情聴取して身なりの情報はこちらに」



 そう言って一枚の紙が差し出される。

 そこには目撃情報として纏められた医薬師について書かれていた。

 体格は大柄で筋肉質な体躯。

 冒険者のような服装と粗野な態度。

 灰色の髪に緑色の瞳。


 などといった特徴が記されていたが……それを読んでロイドは内心崩れ落ちそうになった。




「おいロイド?」


「どうしたんですか?」



 いきなり頭を抱えだしたロイドに戸惑うような声が掛かる。が、ロイドは深いため息を吐くと無詠唱である魔法を発動した。



 パチンッと指を鳴らした途端に部屋の中を覆う青白い光。


 風の中級魔法の防音魔法とそれに重ねて闇の吸音魔法を部屋の中に張った。


 それを見て、ベルナルドとドナートの二人の間に緊張が走る。


 ここは黒檀騎士団の本部。

 精鋭が集う建物の中で下手に間諜の類は侵入など出来やしない。それでも神経質な程に厳重に張り巡らされた魔法はそれだけロイドが誰にも聞かれたく無いのだろう。


 一体どんな言葉が出て来るのか。


 一瞬にして緊張感が広がる中、ロイドは険しい表情をしてその顔を上げた。




「その医薬師……知ってます」


「はあ?」


「それは……本当ですか?」



 まさかの発言に呆気に取られる。



「ええ、余り言いたくないですけど……その医薬師は幼馴染の師匠で……俺の、体術の師匠でも、あるんです」



 本当に言いたくないのか、苦虫を噛み潰した様なロイドの顔に益々二人は目を見張った。


 余り感情を表に出さない様に自制しているロイドが露わにした苦い表情は一体どんな感情が込められているのか。


 初めて見るその表情にベルナルドもドナートも心持ち身構える。

 医薬師が国に入国したという事実以上の大事になりそうな予感を感じながら……。


 そんな二人を見つめ、ロイドは深く溜め息を吐いてその口を重そうに開いた。




「……件の医薬師の名はアルハザード・()()()()・イシュマ。世界中でもただ一人、癒やしの女神ルーデルトルワの名の一部を戴く……医薬師の頂点に立つ男です。二つ名は【女神の愛し子】ですが、見た目は医薬師などでは無く、冒険者だと言われた方が納得の姿で……通り名は【歩く暴君】傍若無人で、しかも医薬師の癖にS級冒険者並に戦える頭のおかしい人、なんです」



 人を癒やす医薬師が魔物の頂点である亜竜種を屠る事のできる冒険者と同等の戦闘能力を持つとは、これ如何に。


 つらつらと一気に喋ったロイドに、その言葉の重大さにベルナルドもドナートも言葉など出なかった。



 医薬師とは医師や薬師の頂点。

 世界の森羅万象を司る精霊を使役し、奇跡の力――治癒魔法を行使できる唯一の存在だ。


 そんな医薬師の中でも頂点に立つ存在とは、一体どれほどの力を有するのか。


 女神ルーデルトルワ教会でも医薬師は重要な立場に立つ。

 身分で言えば教会の要を担う枢機卿の立場であり、その上で言えば教皇と同等。一国の王以上の権限すら持つ存在。



 そんな人物がこのガルシア王国に入国した?



「……」

「……マジか」



 ロイドの言葉が事実だとすれば事は最早一騎士団が抱える案件の範疇を超えている。国を上げて掛からねばならぬだろう。


 来賓としても他国の王族以上に細心の注意を払って扱うべき相手にベルナルドとドナートは頭を抱えたくなった。




 険しい表情で口を噤む二人の上司にロイドは申し訳無さげに目を伏せる。



 ロイドの脳裏に思い浮かぶのは一人の男。

 故郷の村に長い事居座り、周囲を振り回しては豪快に笑う彼はロイドの体術の師匠であり、幼馴染アイビーの薬師としての師匠でもあった。

 ついでに言えばアイビーの両親の弟子であり、ロイドの両親の親友である。


 そして十五年前、アイビーとロイドの両親の最期を看取ってくれた唯一の人だった。


 アイビーの両親の死後、その後見人を担い開戦したこの国を幼いアイビーを連れて出て行った記憶は今でも昨日の事のように思い出せる。

 それから十五年、彼女を師として教え導き、そして守ってくれたのは感謝している。



 そんな恩人である人ではあるが……ロイドの記憶にはそれよりもトラウマ同然の記憶がまざまざと刻まれていた。


 何回死を覚悟しただろうか。

 無茶振りはいつもの事で、事あるごとにパシリにされ

 彼の所為で死にそうな目にあったのは両手の指では数え切れない程。


 寧ろよく死ななかった自分。としみじみ今でも思う。



 ついつい昔を思い出して遠い目になるのも仕方ないだろう。それ位酷い目にあったのだ。


 それと同時に彼の困った性格を思い出し深い溜め息を吐く。

 立場上余り言いたくは無いが、言わなければ被害が起きる事も簡単に想像が付くので覚悟を決めて口を開いた。



「あの……」


「どうしました?ロイド」


「なんだ、まだ何かあるのか」



 どこかうんざりとした様子のベルナルドには申し訳無いが言うべき事は確かにある。



「余り、言いたくは無いんですが……あの人は探さない方が良いです。たぶん気が済んだら自分で王都に来ると思うので、寧ろ自分の予定とか崩されるの大嫌いな人なので無理に探して王都に連れて来ようとすると暴れて直ぐにでもこの国を出て行こうとするでしょう」


「……そんなにか」


「そんなにです。しかも無理に連行しようとするならば黒檀全員で掛からないと……」



 人を癒やし、助ける医薬師の頂点が人間性に問題があるとは余り知られたく無いが背に腹は替えられない。


 しかしそこまで言っておいてロイドはふと今の黒檀騎士団が有する戦力と師匠の戦闘能力を比較して思った。



 ……それですらも難しいかもなぁ、と遠い目をするロイドにベルナルドとドナートは絶句した。


 黒檀騎士団全員となればその戦力は先の大戦並だ。

 たった一人に対して過剰と言える程の戦力でも捕まえられるか分からないと零す彼に内心恐怖か浮かぶ。






「……ちなみに」


「はい」


「ちょっとした好奇心ですが、本気のロイドと戦うとどうなりますか?」



 そんなドナートの言葉にロイドは死んだ魚のような虚ろな眼できっぱりと答えた。



「たぶん、勝敗はつきません」


「……マジか」


「そんなにですか……」




 精鋭中の精鋭である黒檀騎士団の中でも実力だけならば頂点に立つ、国一番の騎士であるロイドが本気を出しても互角という、まさかの発言に驚く以外何も出来ない。



「――あの人は医薬師として精霊にとても愛されています。本来精霊は戦いの為に力を貸すことはありませんが、あの人にだけは精霊達は喜んで力を貸して、そして守るんです。……魔法は術となる前に消され、傷付けても直ぐに癒やされます。体力を削ろうにも元々化物並の体力なので俺の方が負けます。たぶん本気で殺す気でやれば今は負けこそはしませんが、それでも勝敗は付かないと思います。それに周囲の被害の方が甚大ですね」




 ――そう、あれはいつの事だろうか。

 訓練の一つとして模擬戦を行った遠い昔のとある日。

 ただの手合わせ程度だと思っていたまだ子供のロイドに師匠は殺す気満々で飛び掛かって来た。


 確かに武器無しとか魔法無しとか言わなかったけれどいきなり何でも有りでロイドを攻撃して来た大人気ない師匠。

 まだまだ子供で未熟なロイドにとってはそれは悪夢の始まりだった……。


 人を癒やす筈の精霊術を攻撃に転用し、隙を見せれば飛び道具がロイドの頬を掠め、魔法を行使しようとしても精霊に邪魔をされて術は発動しなかった。

 やっと攻撃が入ったと思えばいつの間にか怪我は癒やされ……あの時の悪魔(師匠)の笑顔は忘れられない。


 最終的な結果はロイドの負けだった。

 しかしロイド自身の怪我も酷かったが、もっと酷かったのは模擬戦をした土地だった。

 村から離れた場所でしたが……森の一部を更地に化したのだ。


 それだけでどれだけ壮絶な戦いだったが、分かるというもの。


 その後は森を管理していたアイビーの両親とロイド自身の親に雷を落とされ散々な日だった。

 師匠はちゃっかりロイドに全てを押し付けて逃げており一人滾々と説教されたのも記憶の隅にある。





 既に遠い昔の思い出にロイドの瞳からは光が無くなっていた。



「……あの人とやり合うくらいなら亜竜種の巣に突撃する方が遥かにマシです」



 本気で断言するロイドに少し同情した。



「そ、そうか」


「な、なら件の医薬師は放置でいきましょう!」




 これまた初めて見るロイドの虚ろな表情にベルナルドとドナートは慌てて宣言した。





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