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異世界のス・ス・メ

作者: かき揚げ

※本編あらすじ


新良は、今の苛つきを発散しようと繁華街へとやってきた。

そこで騒ぎを目撃し、着物少女と出会う。



 とある都心の繁華街。

 夕方の時間帯で、学校帰りの学生の姿が目立つ。


「あーくそ」


 悪態をつく。

 だが自分の懐事情を考えれば、目の前のカラオケ店は入れない。店の前に来るまでその考えが浮かばなかったのは、今でも胸に燻った憤りのせいだ。


 俺、佐藤新良さとうしんらには友人がいる。

 その友人が「彼女できたんだ~うふぇ~い。ご利益賜りたいなら握手するか?」なんて今朝学校で報告してきた。

 驚愕の後に嫉妬心が湧いて「いらねえよ!余計なお世話だ」と突っぱねるも、今の嫉妬が学校が終わるまで続いていたので発散したかったのだが――金はない。


 せめて電車乗る前に気づけよ俺……。


 定期の範囲内なのが気軽に来れる利点だったが、店に入れないのなら完全に歩き損である。

 帰ろう……。これはもうさっさと帰って寝てしまえってことだと自分を納得させる。


 右肩に引っ掛けてたスクールバックを掛け直し、駅の方向へと足を進めた。

 ため息が思わず出る。胸に残るものは家に帰るまで抱え込むしか無い。


 帰っても消えなかったら、明日友人をからかいまくって発散する計画にしよう。うん。今決めた。


 密かな企みでほくそ笑み、少し胸が軽くなった気分で、駅のビルが見える場所まで歩いた。

 そこで気になる人混みが道の半分を埋めている。


 なんだろ? なんか事件でもあったのかな。


 ざわつく現場に、野次馬根性で騒ぎの中心を覗く。

 どうやら警察が来ているみたいで見知った制服が見える。二人の警察官が、側にいる着物女性と話をしてるみたいだ。


 その着物は見事な朱色で、警官の制服の青と相まってよく目立つ。

 それだけだったらこの人混みの理由には弱い。この野次馬たちの目的は恐らく……。


「あの子可愛くね?」

 俺の目の前に居た、野次馬仲間の男二人はそんな話をしていた。俺もそう思う。


 この遠さからでも、あの子は美人だと確信する。むしろこの場にいる男の誰かしらは一目惚れでもしてんじゃないか?――そんな俺も見惚れてるんだけど。


 金髪で、金目。この髪色は欧米人あたりだろうか。でも顔は日本人っぽい。

 一つに纏めた髪を飾ってる朱色簪が、彼女の頭が動くたび揺れる。微かに会話が聞こえるが、その言語は間違いなく日本語。日本文化に惚れたガイジンさん、と俺の中で結論付ける。


 話し合いが終わったのか警官たちは彼女から離れ、駅前の方向に向かっていく。交番に戻るのかなとボンヤリと思い、残された彼女に視線を戻す。


 肩を落としてため息を付いていた。その哀愁漂う姿も、彼女の容姿を損なうことなく、庇護欲を駆り立てられる。

 しばらく見ていると野次馬の中の一人が近寄り、他に居た男達も彼女に話しかけ始めていた。


 まあ、ほっとかないよね。あんな可愛い子。


 俺より大人の人も取り巻きに混じっていて、四方八方からの誘いに当の彼女は困惑している。

 そんな男たちを外から見てる女子は「これだから男って……」と嫌な顔を隠さず呟いた。


 この状況は俺にはどうしようもない。

 ここで彼女を助け出す度胸があるなら、それは物語の主人公か、現実の正義感ある人とかか。


 案の定、助けに入る青年が現れたが、言い争いが始まる。

 警察が去ったのに、また呼ばれる事態になるんじゃあ……と内心焦ったが、その青年の彼女らしき人も加わって着物の彼女を守っていた。

 女の人相手では男たちも強気には出れず、着物の彼女の態度も後押しになり、取り巻きは散り散りになる。


 お~見事な仲裁……。世の中にはいい人が居るなー。それに比べ俺は……。

 それを認めるほど自身の情けなさが浮き彫りになっていくのを感じ、俺は首を振って思考を止めた。


 事態が収拾され、野次馬も徐々に減っていき、道はいつもの姿を取り戻していく。

 従来の人通りに賑わいが合わさり、さっきまでの騒ぎが忘れられた様に通常運転。


 着物の彼女はまだ居るが、先程の男女と話してて、コレ以上は起きないだろう。


 さて帰るかー……。


 駅の方向へ再び歩き出す。

 他の事に興味が引かれ、友人への嫉妬心も鳴りを潜めている。

 今日見た着物美人さんを思いながら帰ろう、と彼女で保養していると、後ろから男女が駅の方に慌てて走っていく。


 ん? あれって着物美人さんと話してた人達じゃないっけ?


 不思議に思い振り返って見ると、その彼女は引き止めたかったのか、両手を中途半端に前に出している格好だった。見るからに逃げられた形だ。


 少し不審がって見つめていると、視線が合う。


「あっ」

 目があったことに驚き、口から溢れた声を彼女は拾ったのか、真っ直ぐこっちに向かってくる。


 え、何。こっち来てる。え?え? な、何!?


 着物ゆえ向かってくる速度は遅い。

 だが内心混乱している俺が「その場を後にする」の結論にたどり着くまで時間が掛かり、動き出そうとする時にはもう、彼女に学ランの袖を掴まれてしまっていた。


「あー、はあっ……よかった……はあ……」

 彼女が息を整え顔をあげると、その顔が視界のやや下に映った。


 思ったより小さい……。小学生……は流石に言い過ぎか。中学生二年……くらい?

 近くで見る小動物的な可愛さに、先程の騒ぎでの認識とギャップが生まれて、彼女の魅力が、俺の中で足される。


「こ、こんにちは……あの……」

 少女の優しい声が、耳を撫でる。

 俺が逃げないことを悟ったのか、袖を掴んだ手を離し、胸の前に祈る形を両手で組んだ。

 次は何を言うか静かに待ってみれば、


「私と一緒に、異世界に来て頂けませんか」

 新手の新興宗教の勧誘だった。


 ええええぇぇ~。まじですか~。


 脳裏に浮かぶ、彼女と話していた男女が逃げるように走っていった光景。

 恐らく同じことを言われたんだと容易に推測できる。


「ええっと、あの」

「貴方の力が必要なのです。お願いします」

 悲しげな表情をして、前のめりになりながら俺を見つめる少女。


 いくら可愛くても勧誘目的に近づいてくる人には、お断りを言わざるを得ない。

 この街の通行人は、その手の逃れ方は熟知している。これ以上関わらないこと。


 少し良いなって思ったけど、凄く可愛いと思ったけど、残念だ……。


 直ぐ様断ろうと、左手の手のひらを相手に向けて壁を作る。

 そして口を開こうとすれば――


「お願いです、どうか、どうか……お願いします……」

 俺の出てくる言葉より先に、彼女が更に懇願した。

 酷く声が震えている。ハッとして組んでる両手を見れば、それも震えている。


 同じ事を言って、何度も断られて来たんだろう。同情はするが、それでもこちらが意を汲む事は出来ない。


「ごめん、勧誘されても興味ない」

「――そ、そう……ですか……」

 一気に肩を落とす少女。その眼から涙が出始めた。


 ちょ……こんな所で泣かないで!?


 涙は止まらず白い肌に伝う水滴は、やがて地面を濡らした。

 当人は溢れ出るそれを止めることなく、今までの悲しみを吐き出す勢いで、俺の前で静かに顔を赤くする。


 俺がどうしようかと持て余していると、横から出てきた手に、肩を掴まれる。


「おい。何泣かしてんだよ、お前」

「え?――うわっ!?」

 そのまま肩を引っ張られ、少女から遠ざける様に身体を押された。


「な、なにす」

「そりゃこっちの台詞だ。なに往来の真ん中で女の子泣かしてんだよ。最低野郎が」

「んな――」

 突っかかってきたのは、短髪で俺と同じ学ランをきた男だった。

 睨みつけられた後、俺の事は放置して、少女を励まし涙を止めようとしていた。


 何だあいつ。泣かしたのは俺じゃ――いや間接的には俺か。もう少し優しく断るべきだったのか? いや、でも。……はあ。


 自分が悪いわけではないが、女の子に泣かれた事が俺の中で重く伸し掛かる。しかもあんな可愛い子だ、余計に気が重くなる。


 短髪男のおかげか、少女の涙は止まり表情に少し笑みを浮かべていた。それを見た男は、顔を赤く染めて、見るからに好意を寄せ始めている。


 ……恐らく次はあいつだろーな。


 少女は男の袖を掴むと、再度あの言葉を口にした。男は驚いて、少女をまじまじと見つめている。

 少しの話し合いがあったみたいだが、男が一つ頷くと、やがて二人は、裏路地の方へと向かって歩き始めた。


「……ええ?」

 マジか。まじなのか。良いのかお前。


 俺が困惑してる間に、彼らは建物の間の影に隠れて見えなくなってしまう。

 流石に俺の中で、食われてしまう羊を見過ごそうとは思えなかった。


 いやでも、納得して付いていったんだし……。お節介してもなー……。あ、もしかしたら騙された振りして、もう少し話をしたかったとか。


 色々理由を思い浮かべてみるが、結局は気になるため、もう少し見てみようと俺は後を追った。


 

    ◆


 

 ダストボックスや、稼働する室外機音。

 日が当たらず、影に満ちている路地は、不穏な空気を感じさせる。


「ちょっと生ごみ臭い……」

 パンパンに入ったゴミ袋が脇に積んであって、ちゃんと入れとけよと文句を漏らす。


 確かこっちに来たはずだが、先程の彼らが見当たらない。というか不思議と人気ひとけを感じない。……何処にいったんだ?


 奥に進めばT字路で、どちらの道も確認。だが誰もいない。

 見失ったかと思い、表通りに引き返そうとしたら、着物の少女がいた。


「……あれ?」

 さっき俺、この道から来たよな……。

 すれ違ってないし、そもそも追いかけて来たんだからこの子がそこに、


 そこにいるのは――おかしい。


「あの……」

 少女の優しい声が、耳に届く。

 俺の心臓の鼓動よりも、強く確実に入ってくる。


「異世界に、来てくれる気になったんでしょうか?」

 少女の声が段々と近くなる。


「どうしてもこの世界の人が必要で――」

 目の前まで来ると、勧誘の時と同じように手が祈る形になっている。


「送らなければ、私の世界が滅んでしまうんです」

 また泣きそうな顔で、俺を見つめた。


 ――目の前の少女は、一体何者だ。


「……お前、誰……」

 恐れが身体を支配してる状態で、必死で言葉に出来たのは、この問いだった。


 自分に興味を持ってくれたのが嬉しいのか、少女は微笑みながら「神様」と答える。


「かみさま……?」

「はい! 異世界に来ていただける人を、探しにきました」

 声は明るいが、俺にはもう不気味にしか聞こえない。つまりは幽霊ってことなんじゃ、黄泉に連れて行くってことか?


「どうですか? 今なら特別な力と、女の子が寄ってくる力が付いてきます!」

「なにそれ……」

「駄目ですか? さっきの方は即決めて頂けたのですが」

 お前それでいいのか――!?


 男に対するツッコミが、脳内で炸裂する。

 そのおかげもあってか、少しだけ緊張が和らいで、少女と向き合うことが出来た。


「本当にあいつ……異世界に行ったのか?」

「もちろんです。ずっと顔を赤くして喜んで頂けました」

「それはお前に照れてただけじゃあ……」

 俺の言うことを上手く理解出来なかったのか、首を傾げて「照れ?」なんて言っている。


 ハーレム分かっててなんでそこは分かんないんだよ。


 ため息を付きながら、男を魅了するその顔を眺めた。


 ……知りたかった男の行方は理解した。

 でもそれは本当にこの少女が『神様』であったらの話だ。


「俺はまだお前を信じてない。嘘なら警察に駆け込む」

「け、警察!? またあの人達に怒られる……それはいやあ……」

 思い出しているのか、自称神の表情が曇る。


 怒られる?……ああ、あの胡散臭い勧誘か。既に注意済みだったのか。まあ当然だ。ついていく人が稀だと思うよあんなの……そんな稀が一人いたんだが。


「では神の力を少しお見せします。まだ決めてない人に見せるのは、本当に特別なんですからね!」

「誰にでも言ってるんじゃないか? それ」

「そんなわけありま、せん!!」

 組んでいた両手をそのまま天に向かって腕を伸ばした。


 

 その瞬間――、周りの景色が、一変した。


 空を飛ぶドラゴン。

 紫色の森。

 レンガ積みの街。

 馬車ならぬ異形の生物が引く荷車。

 人々が手のひらから出す水や炎。


 何もかもが、現実と違う風景。俯瞰ふかんして、その広大さに圧倒される。


 山脈を越えた先に巨大な樹を囲んで街が広がっている。

 恐らく規模から考えて、これが首都。

 樹の幹に小さな穴が幾つか見え、そこで人が往来している。


 中は通路になってるのか?

 非常に興味をそそられたが、景色は自分では動かせず、勝手に切り替わる。


 大きな広場だった。人が押し寄せている。

 樹の枝を利用して、広場からよく見える位置に誰かいた。

 王様だろうか。

 赤ん坊を掲げ、広場によく見える様に腕を伸ばす。

 それに反応して、人々が一層沸き立った。


 

 ――パチンッ


 かしわ手の打った音で、現実へと戻る。


「い、今の……」

 まさにファンタジーだった。その一言だ。


 高揚している。心臓の鼓動が、興奮の度合いを物語る。


「どうですか? 私の世界を覗いた感想は」

「あれが……異世界……」

「これで信じて貰えましたか?」

 誇らしげに両手を腰に当て、見事なドヤ顔を決められた。多少ムカついたが、あの世界を見たら反論する気にはならなかった。


「ああ信じるよ」

「では異世界に来てくれるので!?」

「それは少し――考える」

「え」

 自信満々だったであろう神が、俺の答えに眼を丸くする。


 実際行くとなったら色々考えないといけないだろう。そもそも、


「先に行ったあいつを見なかったが、本当にあいつは異世界にいったのか?」

 先程のビジョンでは、短髪の学ランは見当たらなかった。神なら見せてくれると思ったが、そうではなかった。


 異世界人とは服装も髪色も違うから見つけやすいと思ったけどなー……。


「何言ってるんです。ちゃんと見せたじゃないですか」

「は?何処にいたんだ?」

「赤ちゃん」

 にこやかに神は答える。


「……どういうことだ?」

 意味がわからず首を傾げると、突然神が、近くのダストボックスに近づく。


 

「異世界に行くには、この世界の肉体は邪魔なので」


 

 そこを、ゆっくり、開ければ――――、


 

    ◆


 

 どうやって家に帰ってきたか、覚えていない。

 必死に、必死に必死に。ただ帰ることだけ考えた。


「ただいま」も言ったか分からない。「おかえり」も聞いたか分からない。


 自室のベットにただ毛布で包まって、震えることしか出来ない。

 どうか忘れたい。もう考えたくない。

 でも目に焼き付いてしまった。刻み込まれた。


 


 

 あの神が笑いながら、箱に詰まっていた『成果』を見せる姿を――。


 


 

 終わり。

転移じゃなく転生だったというオチ。

ありきたりだったかな。


――――


 あーあ。

 連れていくには『本人の承認』が必要なのに、最後まで「行く」って言ってくれなかったな。でも一人連れていけたから、まあいっか。ばいばい。

 

 また必要になったら、来るね。

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