3話:黒コゲの朝食
3話:黒コゲの朝食
おれの朝は意外と早い。
早朝五時には起きておれはジャージに着替える。
日課のランニングに出るためだ。
朝日が登り切らないので薄暗いが、おれは妹達を起こさないように静かに玄関の戸を開けると、目の前に準備体操している親父が居た。
まあ、いつものことなので驚きはしないが、昨日と比べて考え込むような表情をしていた。
そう言えばだが、仕込みから帰った後、親父と母ちゃんが大声で喧嘩をしていた。
普段、仲の良い二人が大声で喚き散らしながら喧嘩をしていたので、流石の妹達も心配で夫婦の寝室の前に集まって覗き見をしていた。
余りの大声で怒鳴モノだから下の四つ子達は泣き始める始末、おれは、ふわりに四つ子を部屋に戻して遊ぶように言う。
残って興味津々に見ている、霧江は面白がっているが、流石に両親の喧嘩を盗み見るのは良くないので、蜘蛛の子を散らすように追い払ったが、結局所夜遅くまで二人の声が下から聞こえていた。
二人は何を話し合ったのだろうか、少し気になる。
「ヨシッ、走るぞ!」
親父の掛け声でおれと親父は走り出す、他のジョキングしている人よりも早く、傍から見たら間違いなく全速力で走っているように見えるスピードでランニングをしている。
「親父!」
「なんだ!」
「昨日、母ちゃんと何話したんだ! 怒鳴り声が上まで聞こえていたぞ!」
「そうか、ちょったな!」
「下の四つ子、大声で喧嘩しているから泣き始めて大変だったんだ、少しは子供のことを考えてくれ!」
そう言うと、笑ったような声で言う。
「そらすなんま!」
悪いと思ってないな。
親父はスピードを上げる、おれも離されまいとそのスピードに付いていく。
もうすぐ五十路を迎える年寄りに負けてたまるか。
おれは親父の横に並ぶ、ニヤッとした顔を見せるが、親父は鼻で笑うかのように、さらにスピードを上げる。
クソッ人間ジェット推進が、こっちはこっちとらレトロなプロペラ推進だぞ。
結局のところ追いつくことは出来ずに、おれは離されてしまった。
親父は河川敷の高架橋の下でいつものようにシャドーボクシングをしていた。
まるでバッドの素振りをしているかのように風を切る音が高架橋の下で響き渡る。
ワン・ツーのスピードも既に目で終えるスピードではない。
破壊王と言う通り名が付けられているボクサーである親父、事実これまで対戦した相手ボクサーを何人も病院送りにしている。
鋭く重い拳、さらにサウスポーである利点を生かした技は見るものを圧倒する。
「親父、で、昨日、三島さんとどんな話を?」
土出の上で大の字になりながらおれは親父に訊く。
親父は振り向きもせずに、シャドーをしながら言う。
「その事だが、二、三日家を空ける」
「へえ?」
余りにも突然過ぎたのでおれは変な声を出してしまう。
「家を空けるって、母ちゃんはなんって? それに三島さんはどうするんだよ」
「その事だが、しばらく家で預かることにした」
「まさか、昨日の喧嘩って……」
「預かることで喧嘩した訳でない、別のことだ」
「別って、なんだよ」
「千畝、お前は、もう一人兄妹が出来ると言ったらどうする?」
シャドーを止めて振り向き言った親父の真剣な目におれは即答が出来なかった。
もしかして、本当に?
そんなことが頭の中に過ったが、直ぐに考えを否定する。
いや、おれの知っている親父は母ちゃんを裏切ることをしない人だ、家族を大事にする親父がそんなことをするハズがない。
でも、もし、三島さんがおれの兄妹だったら、そう思うと逡巡した後、おれの答え一つに纏まった。
「別に、今更一人二人兄妹が増えようが構わないよ、おれの家族はおれが守るだけだ」
「フン、まだまだケツの青いガキがよく言う」
「な、何だよ! 親父がよく言うだろうが『家族を護れ』って、だからおれは!」
「わかった、済まない変なことを聴いて済まない、これからもよろしくな」
親父は微かに笑いながら言った。
珍しいモノもあるのだな、おれはそう思った。
ランニングを終えて家に戻ると、台所から毒々しまでの黒い煙が立ち上っているのが見えた、おれと親父は顔を見合わせると一目散に家に駆け込む。
おれはヤカンに火を掛けたままランニングに出たのかと思い、おそらく親父は火事だと思って慌てていた。
玄関の戸を開けると、充満した黒い煙が玄関から溢れ出る。
むせ返るほどの煙は毒々しい煙とそのままに鼻に突くような強烈な異臭で目が痛くなり息が出来なかった。
おれは煙の発生源に向かう、発生源に近づけば近づくほど痛みと異臭が強くなる。
何とか台所に付くと、人影が目に入った。
二人、一人は三島さんだ。
既に煙にやられたのか、椅子の上で朽ち果てていた。
もう一人は、母ちゃんだ。
「あ、お帰り、二人とも、今日はわたしが朝ごはん作ったよ、三島さんが作るって言ってきかなかったから、わたしが代わりに作ったよ」
おれと親父は背筋がゾッとした。
ハッキリ言おう、この家に女どもは誰一人まともな料理を作れる人間が居ない、母親もしかりだ。
母ちゃんが振るっているフライパンで焼かれているのはなんだ?
黒い板?
何か既に炭化してないか?
「ゆ。由夢、一つ聞きたいのだが……」
「なに、パパ」
「それは、なんだ?」
「もう、ヤダなパパったら、料理人でしょう! これはフレンチトーストだよ」
「いや、フレンチトーストと言うよりは、石瓦の間違いでは……」
うん、黒い瓦と言われればそっちの方がしっくり来るな、ホラ、屋根の上に乗せたらしっかりと防水してくれそうな程、しっかりと焼かれているし。
「もう、石瓦ってなんだ知らないけど、これは間違いなくフレンチトーストだよ、愛情たっぷりの!」
毒の間違いでは?
「それに、ママの特性コーンスープだよ!」
ちょっと待って、コーンスープって黄色のスープだよね、なんで七色なんだよ、なんかマグマみたいにポコポコって泡出てるし。
「それに健康を考えて、はい、シーザーサラダ!」
シーザーサラダと言うか、死刑サラダ?
もはや、モザイク処理が必要なぐらいのレベルだ、てか、このサラダ動いてないかな、ねえ、サラダだよね、魚の活け造りじゃないのに、なんで動ているの、ねえ、母ちゃんこのサラダ一体何入っているの。
「さあ、パパ、ちーちゃん。ママのお手製の料理だよ~~! 無論食べるよね」
やばい、目が座っている。
これは間違いなく病んでる人の目だよ、人を殺しそうな目だよ、てか、これ食ったら間違いなく死ぬって、死ぬよね、これ。
おれは親父を見える、親父は目で語り掛ける。
(千畝、ここは一家の長男として食べるよな)
(お、親父は!)
(おれは試合が近いという理由で断る)
(セコイ! 一家の大黒柱は親父だろう、ここは一家の家長として男を見せる時ではないのか!)
(悪いが、由夢の料理を食って無事であった試しがない)
(おれならいいのか! そもそも、この件は親父が原因なんだ、親父が食え!)
親父はおれの肩に手をやり、目で語る。
(安心しろ千畝、骨は拾ってやる)
(殺ッ!)
「二人とも食べるよね、あ、そうだ、ヒラリちゃん達の分も作らないと!」
(マズい、親父、このままでは、妹達も毒殺される)
(千畝、貴様は妹達まで巻き込むつもりか!)
(あんたに言われたくない!)
「ねえ、早くしてよ、味の感想言ってよね、次、作れないでしょう!」
((し、仕方ねえ、アイツらを守るためだ、ここでビシッと言わないと!))
「母ちゃん!」
「由夢!」
「うん、ああ、ちゃんと残さず食べてね、出ないと」
チラッと包丁。
「ママ、怒るからね」
((い、言えねえ、とても食えるものじゃないって、行った途端に三枚肉に卸される))
おれと親父はフレンチトースト(仮)を手に取る。
まるで炭でも触っているかのように、異様に堅い。
へえ、パンって炭化するまで焼くと固くなるんだ、大発見だな。
額から一滴の汗が流れ落ちる。
手が震える、鼻を壊すかのような強烈な異臭。
それでも、おれは妹達の為にこれを食べなくては
おれは意を決して口の中に入れる。
その瞬間、この十七年間の思い出が一気に頭の中を駆け巡る、妹達と遊びに行った海、山。
近くの神社で行われる縁日、妹達のお遊戯会の発表。
今までの楽しい思い出が頭の中に過って行く。
全てが流れて、そして、千畝の視界は暗黒の世界へと染まっていた。




