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2話:さて親父、どうしようか?

2話:さて親父、どうしようか?



 三島さんが風呂に入っている間に、おれは冷蔵庫から麦茶を取り出してコップに注ぎそれを親父に渡す。

 親父は酒を飲まない、飲めないという訳ではない、飲まない。

 親父曰く「現役ボクサーである以上、酒は飲まない」と言う理由らしい。

 渡された麦茶を一気飲みし空になったコップをおれに渡す。


「でぇ、実際のところどうなんだよ、親父?」

「何がだ?」

「何がって、三島さんのことだ」

「さて、どうしたモノかな……」


 まるで、他人事のようだ。


「本当に覚えはないのか?」

「ない、断じて」

「でも、なら、どうして三島さんは親父のことを父親だと思ってるんだよ」

「さあな、本当に心当たりはない、おれは由夢のこと愛しているし、お前らのことを裏切るようなことは絶対にしない」


 仕事をしている時の目だ、ボクサーとしてリングの上に立つときも、厨房でフライパンを振っている時もこのような真剣な目で仕事をしている。

 本気で心当たりがないのかもしれない。

 なら、三島さんが嘘を言っているのか、でも、彼女のエメラルドグリーンの瞳から感じた真剣な目もまた嘘を言っているとは思えない。

 ああ、わからん。


「あの子が風呂から上がったら少し話してみるとするか、千畝、客間に布団を敷いておけ」

「ウッス、あ、で、親父、今日の仕込みは?」

「後でお前がやれ」

「え? マジで?」

「マジで、だ、ちゃんやっておけよ、でないと、一二三に怒られるぞ」


 一二三とは、親父のレストラン「ハングリー」に働いているもう一人のシェフだ、いわゆる副料理長スーシェフで、本名は網走一二三。

 親父と同じぐらいの大柄な体格で筋肉質な人で、ボサボサ頭が印象的な男だ。

 料理の腕は親父と並ぶ程で、親父の手が離せない時や、ボクシングの試合が近い時などは一二三さんが全てを取り仕切っている。


「ああ、一二三さん、いつも穏やかだけど、怒る時は怖いからな」

「アイツはおれが見込んだ男だ、お前が本気でおれの味をマスターしないと、あの店、アイツに譲るぞ」

「待ったの皮算用、それは困る、おれは一流の料理人に、親父を超える料理人に成るのが目標なんだから」

「なら、仕事をしろ、うちの家訓は?」

「働かざる者食うべからず」

「わかっているなら、仕事だ」


 おれは客間の押入れから布団を取り出す、長い間押入れの中にいたのだが、まあ、カビ臭くないし大丈夫か、そんなことを考えながら布団を敷いていると、ふと、おれは視線に気づく。

 春江が襖の隙間からこちらを見ていた。


「どうしたんだ、春江」

「ううん、何でもないけど、さっきの人…… ここに泊まるの?」

「まな、何だが行く場所もなさそうだし、もうすぐ日も暮れるし、女の子を一人、野宿させるのも気が引けるしな」

「ねえ、お兄ちゃん、わたし、思うんだけど」


 何だ、普段無口な春江がやたらと喋っているぞ。

 

「あの、お風呂、ありがとうございます」


 春江の背後から三島さんが声を掛ける、その声に驚いたのか、「ヒッヤ!」とまあ、何とも可愛らしい声を上げる。

 春江はおどおどとおれと三島さんを交互に見た後、走り去るかのように二階へと駆け上がって行く。

 アイツの顔見知りも困ったものだな。

 入れ替わりに入って来た、三島さんは風呂上りの所為か、ふんわりとシャンプーの匂いが、いや、いつもうちで使っているシャンプーだぞ、何故、色を起こしているんだ、おれ、もしかしたら兄妹かもしれない相手だぞ。

 おれはそう心に言い聞かせ、冷静を装う。


「湯加減は良かったですが?」

「ええ、ありがとうございます」

「あ、あとで親父この部屋を訪ねると思いますよ、何か話したいことがあるそうです」

「そ…… ですが」


 一瞬の間が気になったが、おれは時計を見る、既に夜の九時を回っている、早く仕込まないと日付が変わってから寝ることになりそうだ。


「では、お休みなさい」


 そう言っておれが部屋を出ようとして、彼女に呼び止められる。

 おれは振り向くと、そわそわした様子でこちらを見ている。

 おれが「何か?」と聞くと、彼女は意を決したような表情でおれに言った。


「ごめんなさい、突然押しかけてしまって、皆様にご迷惑をお掛けして……」


 ああ、何だそのことかとおれは内心呟く。

 頭を掻きながら言う。


「別に気にすることではないですよ」

「でも、あの、その、お、お父さんと奥さんとの間が……」

「ああ、大丈夫ですよ、明日の朝にはケロッとしてますから」

「そうでしょうか……」

「……なら、逆に聞きますけど、そう思うならどうしてうちにわざわざ来たんですが、まさかと思いますが、その覚悟も無いのに来たってわけないですよね?」


 彼女はしばらく黙った。

 数分の沈黙後彼女は静かに口を開く。


「覚悟がありました、でも、もしかしたら、と、思って」

「もしかしたら?」

「安藤さんの評判はテレビとか雑誌とかでよく目にしていましたから、『家族思いで愛妻家』『ファイトマネーの大半を医療福祉基金に寄付』とか『地雷撤去のNPO活動支援』などの人道支援に貢献とか、いい人でもしかしたら何のいさかいもなく、受け入れてくれるかもしれないって、わたし、バカなんで、何でも自分の都合のいい方向に考えてしまうんです、でも、現実はそんなに甘くはないですよね」

「まあな」


 まあ、親父の慈善活動は幅広いからそう思われると思うけど、実際のところは他人には相当厳しいし、言うことは言うし、気に食わない相手はとことん無視をする。

 まあ、ハッキリに言うと好き嫌いが激しい人だ。

 それで、時折だが家族を巻き込んだイザコザに巻き込むことがある。

 まあ、流石に今回の件は驚いたが。

 当の三島さんも沈み込んでしまった表情をする。

おれは彼女に励ましの意味を込めて言う。


「まあ、親父はなんだかんだで見捨てたりはしないだろう、あんたが親父の子供かどうかはさて置き、帰りたくない理由があるのなら、しばらくここに居ればいい、我が家は『来るものは拒まず去るモノ追わずだ』だから、な」


 そう言うと彼女はほっとしたのか、安心した笑顔を見せる。


「話は済んだが?」


 襖に寄り掛かるようにして親父が入り口に立っていた。


「何時からいたんだよ、親父?」

「お前が三島を追い込んでいるあたりからだ」


 平然とコロッと言う。


「千畝、早く仕込み行け」

「うっス」


 おれと親父は入れ替わる用意して部屋を出る。

 出る瞬間だがおれは親父の顔がいつも以上に真剣な目をしているのが視界に入った、あんまりキツイ事を言って泣かせないか、おれは心配だった。


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