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おかえりなさいドラゴンさん

「よし! 今日も上出来!!」


 トゥーリエは綺麗に焼き上がったパイをオーブンから取り出し、グッと拳を握り締めた。




 ――第二王子が国王に毒を盛り、城を占拠してから早二週間。

 トゥーリエは城ではなく、婚約者であるアランが死んだという話を受けてから暮らしていた森の家に戻ってきていた。


 当初はかなり混乱していたが、国王が奇跡的に回復したこと、そして戻ってきた王太子が率先して後始末をつけてくれたおかげで、城はだいぶ落ち着きを取り戻したのだ。国王が無事だったことを聞き、トゥーリエは心底ホッとしたものである。しかし国王はかなり衰弱しており、いつ亡くなってもおかしくない状況らしい。つまり、かなり危ない状態なのだ。


(だって、精霊使いは確かに万能だけど、治癒や解毒なんかはできないから……)


 精霊使いは万能であれど、全能ではない。

 そう昔から教えられてきたが、それを改めて実感することになった。


 しかし、城勤めをやめた上にあんな騒ぎを起こしたトゥーリエがいると逆にややこしくなるということで、彼女はこうして再び、森暮らしをしている。

 それがトゥーリエを守るための対応だと知っているトゥーリエは、「ほんと、第二王子以外の王族の人たちには感謝してもしきれないな」と思った。


 その一方で第二王子は、国王暗殺未遂と謀反を企てた罪で処刑されたらしい。トゥーリエはその現場に立ち会っていないが、第二王子は最期の最期まで「俺が王に相応しい、なのに、なのにどこで間違ったのだ……!」とわめき散らしていたようだ。それを精霊たちから聞いたとき、トゥーリエは「あの王子らしい最期だな」と呆れたものである。


 そして、アラン。アランなのだが。


 トゥーリエは頬杖をつきながら、はあ、とため息を漏らす。


「アラン、帰ってこないなぁ……」


 そう。アランはあの後、城にとどまっていた。

 理由は、トゥーリエが落ち着いた後に再度、ドラゴンの体に戻ってしまったからだ。

 治療と称して、王宮魔術師たちがアランのことを診ているらしい。王太子による計らいだと言っていたから信用しているが、それでも不安はなくならなかった。


(アランが何か変なことされていたらどうしよう……治療と称して、実験動物扱いなんて受けてないよね? そんなわけ、ないよね……?)


 不安ゆえに精霊たちにも観察して、適度に報告してもらっているが、快適に暮らしているようだ。トゥーリエはそれがなんとなく気に入らないのだが、何が気に入らないとか自分でも分かっていない。


 そんなトゥーリエのもとに、「アランをそちらに向かわせる」という連絡が入ったのが、昨日。

 ゆえにトゥーリエは、アランの大好物であるアップルパイを焼いて待っていた、というわけだ。


 こんがりときつね色に焼き上がったパイは網目状になっており、中にはたっぷりと煮込んだリンゴが敷き詰められている。食感も考え、一緒にレーズンも入れてあるし、シナモンもたっぷり入れた。

 パイというのは、焼き立てが一番美味しいのだ。少なくともトゥーリエはそう考えている。

 外はさっくりして、中は甘酸っぱいリンゴとアクセントになったレーズンの甘さが楽しめる一品なのだが。


「……帰ってこない」


 トゥーリエはむくれた。もしかしたら、城暮らしの方が楽しくなってしまったのかもしれない、という邪推までし始めてしまう。そんなこと、あるはずもないのにだ。


(だって、せっかくアランだって分かったのに二週間も離れ離れになっちゃうなんて……寂しいよ)


 むくれた顔のまま、トゥーリエは「このアップルパイ、ひとりで食べてやろうかな……」なんてことまで考え始める。

 そんなときだった。

 精霊たちが皆一様に、騒ぎ始めたのだ。


『トゥーリエ! ドラゴンさん帰ってきたよ!』

「帰ってきたよー!』


 そう言われたトゥーリエは、椅子を蹴飛ばし外に出た。

 そしてひっくり返ってしまいそうなほどじーっと真上を見ていると、待ち望んでいた姿がゆっくりと降りてくるのが見える。


 たまらず、トゥーリエは駆け出した。


 少しでも早くドラゴンに。アランに会いたくて。

 トゥーリエはつまづきそうになりながらも駆け出す。

 そして、アランが着地するのとほぼ同タイミングで抱き着いた。


 アランははじめ驚いたように体を固くしていたが、トゥーリエが抱き着くのを見て翼を伸ばす。そしてそっとトゥーリエのことを包んでくれた。

 その柔らかな温もりに包まれながら、トゥーリエはアランのほうを見上げる。


「おかえりなさい! アラン!」


 そして、満面の笑みをたたえてそう声を張り上げた。






 ――それからトゥーリエは、アランにアップルパイを食べさせながら様々なことを聞いた。


「人間をドラゴンにする」という禁術は、術をかけた第二王子でさえ解けないこと。

 王宮魔術師たちがこぞって尽力してくれたが、禁術の構成はまったく分からなかったこと。

 しかし以前人型に戻れたのだから、決して可能性はゼロではないこと。

 王宮にいれば、その可能性が上がるということ。


 それらを、精霊を介して話してくれた。

 トゥーリエはそれを聞きながら、くすくすと笑う。


「別に、無理して人型に戻らなくてもいいんだよ? わたしは、アランだから好きになったんだもん。だから、戻れないならそれでいいの。戻れる代わりにアランが痛いことされたり、アランがアランの好きなことをできないことのほうが問題だと思う」

『グルゥゥ……』

『でも、この体じゃお金だって稼げないし、町で暮らしていけないって言ってるよ』

「……もー。だから……」


 トゥーリエはため息を吐き出し、アランを睨んだ。


「わたし、別にこのままでもいいんだって。アランとならどこで暮らしたって楽しいよ。きっと。だから、無理しないで。……無理するくらいなら、ずっとそばにいてよ……」


 そう言うと、アランの瞳が一瞬揺れるのが見て取れた。

 トゥーリエはアップルパイにかぶりつきながら、アランに寄りかかる。


「人間のアランだって。ドラゴンのアランだって。わたしにとってはアランだよ。アランが美味しいって言ってくれなかったら、こんなふうに料理だって上手くなろうと思わなかったもん……」

『グルルルル……』

『嬉しいってさ』

『でもやっぱり、人型がいいなーだって。こういうとき、トゥーリエを抱き締めてあげられないからって』

「……分からず屋だなぁ」


 顔が赤くなっていることを自覚しながらも、トゥーリエはそう言う。

 そして手に持っていたパイをすべて食べると、首に下げていた袋から龍玉を取り出した。


 掲げたそれはやはり、ルビーやガーネットのように輝いている。

 しかしこれがドラゴンの心臓だと聞いてから、トゥーリエにはこの色が血の色にしか見えなくなっていた。


 これはおそらく、ドラゴンの命の色だ。ゆえにこんなにも綺麗で惹かれてしまう。


 トゥーリエはそれを口に含むと、無理矢理飲み込んだ。

 口に含むには大きすぎると思った龍玉だったが、想像していたよりも簡単に喉を通り、すとんと体に染み込んでいく。


 アランが驚き立ち上がるのを見ながら、トゥーリエはふふんと鼻を鳴らした。


「どう? これで、わたしが死んだらアランも死んじゃうようになったよ? ドラゴンの生態は未だによく分かってないから、アランが傷を負ったらわたしにもダメージが来るかもね?」


 トゥーリエはそこまで言い、「さあ、どうする?」と思いながらしたり顔をアランに向ける。

 すると彼は呆れたように座り込み、そっぽを向いてしまった。アップルパイを食べながらむくれる姿は、トゥーリエと一緒である。


 トゥーリエはそれを見て、笑った。


「ねえ、アラン。これから先、ずっとずっと、一緒だよ?」


 そう言えば、アランがするりと首を伸ばす。そして、アランの口とトゥーリエの唇が重なった。

 それはおそらく、喋れないアランなりの肯定で。

 トゥーリエはたまらなくなり、地面に転がり笑う。


(大丈夫。アランと一緒なら、どこへいたって楽しいもの)


 トゥーリエは草まみれになりながら、そんなことを思った。

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