ドラゴンさんの贈り物
その日を境に、ドラゴンの行動が変わった。
いつもより早く来て、トゥーリエが料理を作り終えるのをのんびりと待っているようになったのだ。
その上、必ず何か贈り物を持ってくるようになった。
その大半は食べ物である。
それは果物や野菜などであった。時折花も持ってくる。
そのどれもがあまり見たことのないもので、森暮らしのトゥーリエには新鮮に映った。
(大きなバスケットをくれって目で訴えかけてくるから、何かと思ったら……たくさん入れて来てくれてるんだね)
どうやら、入れ物などがないとたくさん持ってこれないことに気づき、催促して来たようだ。
それにしてもこのドラゴン、こんなに大きな体をしておいて、やっていることが繊細すぎるのはなんなのだろうか。
トゥーリエは、ドラゴンが果実をもぎ取っている姿を想像した。
手で取っているのか、それとも口を使って取っているのか。
分からない、分からないが、想像するとなんだかおかしい。
そんなことを考えながら、バスケットの中いっぱいに入っている果実を見て「何を作ろうか」と思案する。
トゥーリエの森暮らしに、さらなる楽しみが増えた瞬間だった。
その日ドラゴンが持ってきたのは、栗だ。
栗ならば、甘いものでもしょっぱいものにでも合う。もちろん、焼いたり茹でたものをそのまま食べるのも美味しい。万能なのだ。
ただドラゴンは意外と甘いものが好きなので、もしかしなくとも「甘いものを作って欲しい」という催促かもしれない。
栗の皮を剥く作業は非常に単純で退屈なため、トゥーリエはドラゴンのそばに布を敷きそこに座りながら皮を剥くことにした。剥くのは半分だけ。残りは別のものに使おうと思っている。
精霊たちも手伝ってくれるので、みんなで仲良くおしゃべりしながらの皮剥きだ。
「ここ最近、ほんとつまらないよねぇ。これなら、旅に出ていたときのほうが楽しかったなあ」
小型のナイフを使ってぺりぺりと皮を剥きながら、愚痴を吐く。ひとりごとを言っているような雰囲気になってしまっているが、精霊たちもドラゴンもしっかり聞いてくれていた。その証拠に、こくこくと頷いている。
トゥーリエはそれを見ながら、はあーとため息を漏らした。
「でも、国王陛下と契約している以上、国の外には出れないし。かと言って、城には戻りたくないし。どうしたら良いのかなぁ」
『グルルゥ……?』
そう言うと、まるでどうして? と言わんばかりにドラゴンが首をかしげた。
それを見たトゥーリエは苦笑しつつも、自分が森で暮らし始めた理由を説明することにする。
「わたしねー婚約者がいたんだけど、魔族退治の際に死んじゃったらしくって。でも死体も帰ってこなかったし、わたしは納得できなかったんだ。それなのに、他の人たちはわたしに群がってくるし、第二王子殿下はわたしに言い寄ってくるし。それが面倒臭くて、国王陛下にお願いしたんだ。陛下は優しいし、精霊使いのことをちゃんと知っているから、わたしの意見を受け入れてくれたんだよ」
トゥーリエはそう話しながら、昔のことを思い出した。
精霊使いというのは、他国からして見たら貴重な存在らしい。そのため、結婚して子どもを産ませ、その子どもも精霊使いになれたらと画策する貴族も多いようだ。
その一方で精霊使いは、独身か相思相愛の結婚でなくてはならないと教えられる。
理由は、精霊使いの精神状況が精霊たちの精神にも影響するからだ。
精霊使いの感情が大きく揺れれば、精霊たちはそれをもろに受け取ってしまう。力が強ければ強いほど、それは強いのだ。
ゆえに、トゥーリエは政略結婚を逃れたというわけだ。
国王陛下には恩があるため国を荒らすなんていうことはしないが、それでも言い寄ってくる第二王子が鬱陶しすぎて辟易した。
(王太子殿下はあんなにも優秀なのに、第二王子殿下はなんであんななのか……)
第二王子の態度を思い出し、トゥーリエはぶるぶるっと震える。あれは、トゥーリエのことを自分を飾る道具としか思っていない態度だった。
勘弁して欲しい。何を好き好んで、あんな男と結婚しなくてはならないのだろうか。
トゥーリエは本気でそう思った。あんなのと結婚して子どもを産むくらいなら、死んだほうがマシだ。
なんだかイライラしてきたので、トゥーリエはそれから無言で皮を剥いた。ぺりぺりという音と、木々が風に揺れ重なる音だけが響く。
「……どこかに出かけたいなぁ……」
トゥーリエが思わずそうつぶやいたのを、ドラゴンは耳聡く聞いていたようだ。心配そうに頭をすり寄せてきた。
その優しさに、トゥーリエのささくれだった心も解けていく。
「……うふふ。ありがとう、ドラゴンさん。……ドラゴンさんと結婚できたら良いのにねぇ……」
そんなことを言いながら、トゥーリエはドラゴンの頭を撫でる。つるつるした鱗はなんとも言えず心地良くひんやりしていて。なんだか落ち着く。
トゥーリエは最後の栗の皮を剥くと、グッと拳を握り締めた。
「よし! 今日は焼き栗を作っておやつに食べよう! で、剥いた栗はマロングラッセにする! そしたら長く美味しく食べれるからね!」
トゥーリエがそういうと、精霊たちは心得た!
と言わんばかりに落ち葉を集め始めた。
さすが、トゥーリエとずっと一緒にいる精霊たちだ。やることを心得ている。
ドラゴンのほうは小枝を集めてくれた。
オーブンでもできるが、落ち葉で焼きあがったものをその場で食べるほうが美味しいのだ。トゥーリエは栗の上に落ち葉と小枝を乗せ、麻布に火をつけて燃やし始めた。
この際に気をつけないといけないのは、栗が飛ぶ点である。
普段からどうにかならないかと思っているが、そればかりはどうにもならない。少し離れて見守るくらいだ。
ただ今回はドラゴンがいるので、トゥーリエが飛び出す栗に怯えながら近づく、ということはなく。
焼きあがると同時にさっさと火消しをしてくれた。
頼もしいことである。
落ち葉から出てきた栗の皮をわたわたしながら剥くと、黄色い実が美味しそうに湯気を立てていた。
トゥーリエはそれを口に放り込む。
「あ、あふっ! あふいけど、おいひいー!」
ほっこりした栗を歯で噛めば噛むほど、その甘みが口に広がる。
割ったそれをドラゴンにも食べさせてやれば、ドラゴンも満足そうに口を動かしていた。
「やっぱり、焼き栗は出来立てに限るよね〜」
精霊たちにも割った栗を渡してやりながら、トゥーリエはうふふと笑う。楽しくて仕方ない。そういう生活も悪くないと思えてきた。
ドラゴンにも分けてやろうと思い、トゥーリエは再度剥き栗を渡そうと手を伸ばす。
しかし代わりに何かを手に置かれ、トゥーリエは瞬いた。
「何これ」
トゥーリエは手に乗った小さな玉を見て、首をかしげる。どこから出したのだろう。しかしとても綺麗な玉だった。
(もしかして、また贈り物を持ってきてくれたのかな?
時折花とか石とかも持ってきてくれてたし)
そのときは原石だったが、これはそれを磨いた宝石のようなものだった。ぴかぴかの赤い玉は、まるでルビーやガーネットのよう。
どこから出したのかも、どこから持ってきたかも謎だが、トゥーリエのために持ってきてくれたのなら嬉しいと思う。
トゥーリエは上を向くと、満面の笑みを浮かべた。
「これ、わたしへの贈り物?」
そう問うと、ドラゴンはこくりと頷く。
トゥーリエは嬉しくなった。
「ありがとうドラゴンさん! 大事にするね!!」
トゥーリエは玉を抱き締め、そう笑った。
それを見たドラゴンは満足そうに頷き、地面に転がっている栗を自分で食べ始める。皮が付いたままバリバリと音を立てて食べている姿を見て、トゥーリエは呆気にとられてしまった。
「ちょっとドラゴンさん? そんな感じでいいの?」
『グルルル』
「……うふふ。良いんだ。栗の皮固そうなのに」
手のひらで玉を転がしながら、トゥーリエは膝を抱える。くすぐったくて仕方ない。
今までもらった中で一番嬉しい贈り物。
トゥーリエはそれを、大事にしようと心に決めた。




