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銃弾を再装填し、背中に背負っていた剣が邪魔で雅明は地面に突き立てた。
「和夫、まだヤツらは動いていないのか」
「ぜんぜん動く気配がねえよ! いったい何を考えてやがるんだ!」
「安達原め……作戦を無視しやがって」
三対二の優勢状態は完全に崩れた。蔵風遙佳がとうとう姿を現したのだ。
――安達原祥子に対し冷静になるよう、無線で声を掛けられない。
目の前の敵が行動を起こすかもしれない緊張感に支配され。他人に気を配る余裕がなくなっていたのだ。
「おそらく……奴らは、この混乱に乗じて仕掛けてくるぞ。…………聞こえるか甲村」
『ああ……蔵風と安達原。いま、蔵風の処理に小林も向かわせている。お前達二人と敵が二人。残す敵はフラッグと吾妻……俺は動けない状態だ。フラッグと吾妻がわざわざ、こちらに来るとは思えない。だから先にザコを一掃しろ。そいつらを片付け次第、フラッグを潰しにいけ!』
「――了解。聞こえたろ和夫。やるぞ!」
「二人正面ッ! 動いたぞ! 右に移動。あそこだ! 距離三十メートルほど!」
「…………やはり、ここで仕掛けてくるか」
指さす先には崩れたコンクリートの壁が一枚あるだけ。自分たちの居る場所から相手まで、なにも障害物がない。少しでもこちらに向かうようなそぶりを見せれば、一斉射撃だ。
雅明の思いに答えるようにして、確かに敵は行動を起こした。
「!?」
隠れている場所から白煙が立ち上り、瞬く間に一画を覆い尽くしたのだ。
無風の中、見る見るうちに膨らみ、煙は立ち登ってゆく。
「おい、向こうが見えないぞ!」
「慌てるんじゃない。……こちらに投げていればそれなりに目くらましになったろうが、おおかたスモークグレネードの誤爆だろう。馬鹿め、自分の所で爆発させやがったか……いつまでも煙の中に居座れるはずがない。出てきたところを狙うぞ!」
和夫はほくそ笑み、銃を構える腕に力がこもった。
「出てきた瞬間、蜂の巣だぜぇ……来いよぉ、問題児ッ!」
……………………――視界は限りなくゼロ。
どこぞの馬鹿が感情に乗せて叫んでくれたおかげで、
向かう方向に狂いは無いと判断できた。
「さあ行くぞ。離れるなよ荒屋ッ!」
「わかってるって。全力でいけ、十河!」
「さん、に……、いち」
ぐっと踏みしめる足。多少の緊張はしているものの、
カウントダウンが迫るほど、十河の思考はクリアになっていた。
「ゴーッ!」
駆け出す……全身全霊の突進。
覚悟を決めたその思いが、叫びとなって現れる。
「うぉおおおおおおおおォォォ!」
白煙に紛れるでもなく、
彼らもまた自分の位置を知らせるかの如く、
廃虚に響き渡る、たった二人だけの鬨の声。
煙幕を押し除けて現れたは、
二人が走るシルエットなどではなく、
「――――――は?」
銃を構えていた二人は、異様な様に目を疑った。
――それは、メタリックシルバーに輝く長方形の物体。
空気抵抗をもろに受けながらもぶれることなく、正確に。
こちらに向かって猛スピードで突進してくる姿だった。
「――う、ぃ、タテ? ……盾だとぉおお!?」
どこにそんな物を隠し持っていたのか、
足から胸までの高さを包み込む、金属製のライオットシールド。
「ぼさっとするな! 撃て!」
いち早く雅明がトリガーを引いて発砲する。
盾とはその名の通り、防ぎ凌ぐ武具だ。
攻撃を与えんとする弾丸は、盾の流線によって逸れる。
背後に潜む彼らには届かない。
盾を構え持つ十河。ピッタリと背中を追う誠がいた。
「おぉ。すっげええええぇ。コレが十河の刻印か!?」
「黙ってろ集中が切れるッ! 腰落として走れ! 頭を射貫かれるぞッ! ――いいか、オレが合図したら好きにやれ!」
次々に銃弾が盾に浴びせられ、その度に十河の片腕には重い衝撃が走る。
それでも足は止めてはならない。
前進。前進あるのみ。……目指すは引き金を引くことも戸惑われる射程の内側!
目標までの距離は把握済みだ。相手の銃撃の音が目印として耳に届く。
「到着だ。いけ荒屋ッ!」
十河の持っていた盾が、光と砕けて霧散する。膝を曲げた誠が、天高く飛び上がった。
空を舞う誠の両腕両足には緑に発光する模様が現れていた。
「上だ! 何か飛んで来やがった! やれッ! やれぇぇ!」
雅明の声に反応し、和夫は慌てて上空にいる誠に向かって銃を発射した。
無数の弾丸は、彼の周囲を掠め、空へと吸い込まれる。
その内の何発かが直撃。彼の丸く屈めている手足を捉えた。
――――しかし、その弾丸は彼の体に食い込むことはなかった。
「ざぁんねん。スーツがなくたって俺の刻印はな……防御に特化してんだよ馬鹿野郎が!」
落下のままに彼は体を捻って拳を振り下ろした、
――――ボグン、と。
鈍さを通り越して、肉体を破壊するような音が和夫の顔面から響いた。
落下の速度に体重が上乗せされ。その一撃は顔面を捉えてもなお、勢い留まらず。
悲鳴すらも上げられないほど一瞬で、顔と拳を密着させたまま着地する。手放したライフルが地面に落ちるよりも速く。和夫の後頭部を地面に激しく打ち付ける。
見た目は殺人級であったが、彼らのトレーニングスーツは機能している。
痛覚は軽減されているだろうが、その痛みは本人のみぞ知る衝撃だろう。
……だから遠慮をする気は無い。誠はそれこそ殺す気で一撃を与えたのだ。
叩き付けられた反動で飛び転がる和夫と着地した誠。
「…………いよぅ。待たせたな……次は、俺たちの番だぜぇ?」
酷く邪悪な笑みを浮かべ、地面に手を付きながら誠は歯を覗かせる。
「くそがぁあああ!」
一歩早く、雅明は銃口を誠に向けていた。
――雅明は、空中に飛び出した誠に目を奪われすぎて、盾を持って強襲した人物を完全に失念していた。
間宮十河は相手の行動を許さぬ勢いで、特攻を仕掛けていた。
「――遅いッ!」
振り降ろした剣は、雅明の背後から。
彼の左肩をこれでもかというほど強打させていた。
「ぐぁああああ! ――――な、なんで! 剣を!」
そう。十河は徒手空拳だった。
なのに、彼の両手には二振りの短剣。
トレーニング用の武器にも似ているが、試合に使われるどの武器とも、形状が違う。
彼の持っている武器は、更に無骨であり、
鍔などはなく、どこからが刀身なのか柄なのか、その境界線が判別できないほどの武器だった。
鋭い一撃は、やはりかすり傷一つ、負わすことは出来なかったが、それでも痛みに目を剥く。
急いで後方に飛び退き様、雅明は残った弾丸を全て排出させた。
片手での発砲。反動は凄まじく。手首に掛かる負担など、どうでもよかった。
乱雑な攻撃はほとんどがあさっての方向へとむかい、その内の数発は十河へ…………。
しかし、いつの間にか十河の手には円形の隔たりが展開されていた。
「また……盾だと!? いったい、なにが……どうなって…………」
物理常識を完全に無視した、魔法みたいな光景に、
ハッとした雅明はようやく答えに辿り着く。
「そうか……武器の生成……それが、お前の刻印かよぉ! 間宮ァアアアア!」
「くそ、当たれ。当たれぇえええ!」
――弾倉が空になった。
再装填して次の攻撃を行うために祥子は銃を構える。
先ほどまで蔵風遙佳が逃げていた場所へと銃口を向けるが、
彼女の姿はどこにも居なかった。
――ど、どこだ蔵風。
血走った目。必死になって獲物を探すが一向に見つからない。
『祥子! どうなってんのよッ!』
『チ、お前ら、冷静になれ! 状況を報告しろ……なにがどうなっているんだ』
『死ねぇ! 間宮ぁああ!』
『どうなってんだ甲村! コイツら、二人とも刻印使えるなんて聞いてねえぞ! 劣ってるから問題児なんじゃないのかよ!?』
混乱の坩堝と化した無線は、もはや情報を教え合う為の道具からかけ離れて、感情を錯綜するだけの耳障りな端末に成り果てていた。
目標を失い、一向に攻撃してこない気配から、祥子は徐々に冷静さを取り戻し、自分の役割を思い出す。
燻った怒りを飲み込んで、再び仲間二人の方へと銃口を向けた。
そこはすでに接近戦を展開させて乱戦状態となっていた。
「どうなって……アイツらこの試合で接近戦なんて」
甲村曰く、フラッグ戦はよほどのことがない限り、近接戦闘が起こる可能性は低いと言っていた。なのに――この状況はいったいなんだ?
蔵風遙佳を逃し、自分の役割さえも取りこぼしてしまった。
こうなってしまえばやれることは二つ。
周りを警戒するか、彼らの行く末を見守ることしか、祥子にはできなかった。




