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<20>-3

「ふざけんなし! なに良いようにやられてるんだよ! 男どもは!」


 安達原祥子はヒステリックにわめき散らす。

 祥子は付近のエリアでも、比較的高い建物の屋上に居た。

 彼女の大きな役割は、問題児たちの推理通り……索敵である

 周囲の大半は住宅街で、高度のある建造物は少ない。

 祥子が居る場所は『目』となるには絶好のポイントであった。

 …………敵を高所から探るのは良いのだが、フィールドが住宅街ということもあって、とにかく建物が密集している。よく見えるとしたら、元々が道路として使われていた所くらい。

 ほとんどの建造物は現状を維持しておらず、崩れているのが多い……。


『……奴らは変わらず、居座ってる。……どうする俺たちの方が特攻仕掛けたほうが良いか?』


 焦る心のまま、和夫が無線で問いかけた。


『移動の指示は、俺が出す。…………まだ、待機しておけ。敵は何人だ?』


『二人だよ甲村。いったん下がったと思ったら、また戻って来やがった……何をたくらんでんだよ、あの連中は』


 ……相手の居場所を把握しているというのに、まだ一発も当てられていない。

 至近距離で応戦したのなら、もう少し成果をあげろと、黙って無線のやり取りを聞いていた祥子。何も言わなかったが、内心腸はらわたが煮えくりかえっている状態。

 祥子もそろそろ、こちら側が仕掛けても良いのではないかと、思ったとき、

 こちらの気持ちに触発されるようにして飛び出した間宮十河。



 祥子は慌ててスコープで追う。


『来やがった!』


『和夫、良く狙え。チャンスだ!』


 祥子も相手の動きをなんとか捕らえようとする。物陰に隠れたりジグザグにスピードの強弱をつけながら走るものだから、追っていくのがやっと。あんな予測できない回避行動に合わせて狙撃を命中させるなど至難のわざだ。

 動かない物体でも中々、射撃が当てられないというのに、



 一発でも当たれば良い。あるいは足止めになれば……。

 祥子は我慢できず、当てずっぽうの一撃を放つ。

 ――惜しい。土煙を上げて彼の少し横に着弾した。



「もう一発…………あ、ちくしょう。逃げやがった」


『やめろ、壁に撃ったってしょうがない。ムダ弾を撃ちすぎるんじゃないぞ和夫!』


『わかってる! くっそ間宮の野郎、コケにしやがって、ぶっ殺してやる!』


 なおも二人の会話がそのまま筒抜けて聞こえる。

 個人会話するときは、全体回線を切っとけっての。マジやかましい。


『山田……本当に二人なのか?』


『そうだっていったろ!? ずっと使い続けてると、頭ぁ痛くなんだよ。この刻印。…………相手は二人。一人は間宮だが、もう一人はわからねえ。物体が居るのはわかるんだが、それが誰なのかまではわからねえよ』


 肝心な部分は使えない能力だ。


「佐織……そっちに変化はある?」


『いたって問題ナーシ。こっちの陣形は完璧なんだから、ウチらのエリアにつっこんでは来れられないっしょ? ……ただ谷原がバックレたのは意外だよね』


「おおかた、ビビって逃げたんでしょ。口と威勢だけの雑魚ってことよ。吾妻も参加してるって事だけど、あんな戦力外いるだけで十分なお荷物になるだろうし」


『おい……くだらない話で回線を潰すな。まだ俺たちは一人も倒してないんだぞ』


「はいはい。わかってるってー。相手ビビって出て来れない状態だから気にしすぎだよ甲村」


『確認したのは――四人だったんだな?』


「さっきのやつね。そうよ。あたしが見たのは間宮、荒屋、吾妻と……あとフラッグの市ノ瀬だったわよ」


『…………………………』


『どうした甲村』


『あ? なんか問題か?』


『………………集団で固まってくると踏んでいたが、まさか。まだこの状況で単独で動いている人間がいる、のか? 蔵風…………蔵風遙佳はどうした?』


『ぜんぜん見てねえけど』


『あの地味な女よね? 眼鏡と三つ編みの……まだ一度も見てないけどぉ』


「ところで……甲村。あんたが言ってた〝細工〟って結局なんだったのさ?」


 祥子の質問にたっぷり間が空き……その無言がどれだけ『ヤバイ』内容で有るのかを察するのに、時間は必要なかった。


『――――知らなくても良いことだ。ただ〝殺す気〟でいけ。奴らは間違いなくおよごしになっている。攻めようとするな確実に前進し、標的を見つけ次第……落とせ』


 全員が了解の返事。

 ――やはり、甲村はバカではない。しっかりとした作戦とソレを実行できるだけの実力がある。

 今回の作戦の全てを組んだのも、甲村寛人が一人で行ったものだ。最重要で守るべきフラッグリーダーを中心とするのではなく、狙撃主を中心に移動と索敵を行う布陣。他の人間が使わないような作戦を考え出した時点で、祥子は信頼を置いていた。

 勝利を得られると――スコープの向こうで瓦礫に隠れる彼らを凝視し続ける。

 一回でいい、もう一回頭出したら……当ててやる。



 ――そんな彼女の意識は……………………一瞬だけ刈り取られる。



「ぎゃッ!?」


 不意に左側頭部をハンマーで叩き付けられたような衝撃と、痛み。

 涙があふれた。とっに正装の袖で涙を拭い、

 スコープで、その方角を確認すると、

 数十メートル離れた十字路のど真ん中。

 ……手を振りながら、笑ってこちらを見て立っている女が一人。

 涙でかすれた視界であったが、確かに女は笑っていた。

 ――まるで、あたしを馬鹿にしたように。



「ぃ……ぎぃッ! 蔵風ぇえええええ(・・・・・・・・)ええええ(・・・・)!」


 奇声が周囲にとどろく。


『祥子! なにやってんだよ! 作戦通りに間宮と荒屋を潰さなきゃ』


 佐織の声かけも無視して、彼女は銃を放った。


「クソアマがぁああああああ! しねええええええええ!」


 もはや祥子の耳には誰の声も届いていない。

 えんおぼれた彼女は、目の前の標的しか見えず……。



 ――――断続的。流星のように落ちてくる弾丸。

 遙佳は冷静に、彼女から放たれる入射角を考えながら動き続ける。

 距離はまあまあ――離れている。

 間宮君が引きずり出した狙撃手の発砲音。そこからおおまかな方角と周囲の建物から相手の狙撃ポイントを絞るのは簡単だった。

 できうる限りの警戒をもって移動を続け、ようやく安達原祥子の姿を確認できたのだった。

 急いできたこともあって、遙佳は少し息が上がっていた。

 相手は逆上して命中率は下がっている。頭に当てたから、少しは感覚が狂ってくれていると助かる。さすればなおのこと、その精度が失われるから……。

 走るスピードにかんきゅうをつけながら、なるべく相手とをさえぎる瓦礫を利用して射撃をやり過ごす。

 にもかくにも、遠距離から狙ってくるこの狙撃主は、荒屋君と間宮君の邪魔になる。

 ならば、こちらに注意を引きつけ危険性を減らさなければ。

 相手はどんなに攻撃をうけてもへっちゃらだ。

 ――だが、こっちは一発でも一撃でも受ければ、どうなってしまうかわからない。



 加えて、私にもう一人、まだ確認していないプレーヤーが現れたとしたら、あるいはフラッグも含めて合計二人の増援が駆けつけてきたら、相当なきゅうに立たされてしまうだろう。

 無駄な発砲をして不必要に居場所を知られるのは非常に危険。

 いざとなれば、刻印を使うしかないだろう。

 命がけ…………命がけなのだ……。

 この前の異形との戦いを除けば、数年ぶりの命がけだ。

 恐怖はあるが、表だって自分を揺さぶるほど、それは私を動揺させなかった。

 そういえば、こんな銃撃戦――異界にいたときもあったっけ。



 ――第一次異形進攻で人類の敗北は、思いもよらぬ所でその影響を、異界に与えた。

 敗北によって、残った…………莫大な量の武器(・・・・・・・)である。

 それらは各地で出回り、人々は銃をつかって異形の防衛手段とした。

 遙佳の射撃が上手いのは、生まれつきなどではなく、生きるために自然と身についた技術だ。

 武器を扱うセンスや、天性の才能はあれど、端から使用できる偶然などは存在しない。

 異界に居た事のある一部の人間が、銃器の扱いに長けていたのは、コレが理由。

 …………ただ、異形には銃が効かない個体が居る。

 それが分かると、銃口の矛先は『異形の者たち』ではなく、

 おなじ種族である……『人間』に向けられた。



 ――――とても怖かった事を覚えている。

 痛みとか、死んでしまうことに恐怖していたのではなく。

 人間が理性や法律……常識、倫理の垣根が取り払われれば、

 こうもあっさりと、人は残酷になってしまう事実を知らされたことに、私は恐怖していた。

 助けあわなければ生きていけないような世界なのに、

 自分さえよければ良いと、彼らは平然と銃を人に向けたのだ。

 人が作った、守るためではなく、人を傷つけるための武器。

 そしてそれらを扱う人間。

 私もいつか、あんなケダモノになってしまうのだろうか……。

 変わってしまうかもしれない自分に、夜な夜な震えながら、

 そして、今日も自分は生きられたと――人でいられたことに、泣いていたものだ。



 ……障害物を盾にしながら、確実に相手に私の位置を見させ、撃たせる。

 眼前の壁に、弾丸が撃ち込まれて小さなつちけむりを上げる。

 飛んだ砂が……片目に入ってくる。

 自然と出てくる涙に動揺もせず、人さし指で一度だけ拭う。

 怖くなかった。当たったらきっと痛いだろうな、と思いながらも、怖くなかった。

 当たることもないと、漠然めいた感覚のなかで、遙佳は足を動かし続けた。




 …………先の狙撃と同じ発砲音。

 絶え間なく続いている。

 どうやら始まったらしい。


『いま、狙撃主をこっちに引きつけてます』


「気をつけろよ蔵風」


『はい!』


 通信は短く終わり。今度は自分の番だと十河はゆっくりと立ち上がった。

 彼の意識はいま、両手に集約されていた。

 自らに刻まれている刻印は両手の甲から指先にかけて。

 久方ぶりの起動にうち震えるかのように、

 ハッキリとした赤色の輝きを放っている。


「行くぞ…………荒屋」


「おう! 頼むぜ……十河!」



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