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――――事態は一刻を争っている。
ICタグを片手に、小柄な少女二人が走っている。
銀髪を靡かせるエリィと、ウェーブの掛かった髪を揺らす那夏だ。
彼女たちは絵里に言われたとおり、更衣室のロッカーに辿り着く。
ロッカールームはさほど広いわけでもなく、更衣室で談笑しつつ、遙佳と絵里が着替えている姿をしっかり見ていた。……体型格差による世の中の理不尽を愚痴として吐き出しつつも、恨めしく眺めていたものだから、荷物が置いてある場所はエリィが憶えていた。
「して、なっつん。ノートってなんじゃ?」
「たぶん……ノートパソコン、のことじゃないかな?」
「ああ。なるほどな。任せとけって大見得切ったけど、全然わからんかった」
もし彼女一人だけ向かわせていたら、間違いなく違うモノを取ってきたに違いない。
しっかりと言われた事を果たさなければと、那夏の気持ちが引き締まる。
電子ロックを解錠するために、ICタグをかざして開ける。
「さぁーーーって、どこじゃどこじゃ~?」
切迫しているはずなのに、エリィの声にはまるでそれを感じさせない。
むしろ、この状況を楽しんでいるかのようだ。
ロッカーの中に半身を突っ込んでいるのをみながら、那夏はせわしなく足踏みする。
「おお、あったあった。凄いのあった!」
「それじゃあ、すぐに持って――い、こ?」
那夏の言葉が途中で途切れた。
「え、うそじゃろぉ。アイツこんなデカイの付けとるのか!? カルチャーショックじゃ!」
この急を要する事態にもかかわらず、エリィは絵里の下着を自分の胸にあてがう。
「そそそそ、そんなことしたの知られたら、おこられちゃうよぅ」
そう言いながらも、那夏もほわーっと目を丸くさせていた。
たしかに、おおきかった。
「クハハハ! すまんすまん。つい他人の成長がすんごく気になってしまってな。ばれたら殺されるから内緒な。……えーっと、たぶんこれじゃな?」
引っ張り出したのは小型のケース。中身は確かにノートパソコン。
「はやくとどけないと!」
「おうともじゃ」
エリィは落とさないように両手に抱え、
那夏はしっかりとロッカーに鍵がかかっていることを確認し、エリィを追った。
廊下には誰も居ない。走る二人の足音だけが響く。
お世辞にも二人の走るスピードは速いとは言えない。
「この危機を救ったら、トウガは褒めてくれるかのぉ? 頭撫でながら『よくやったエリィ、愛してる』なんて言われたらヤバイのじゃ」
予断を許さないこの状況においてもエリィは自分のことで頭がいっぱいらしい。
そんな彼女に感化されて、那夏も少しだけチームの役に立てている事を嬉しく思っていた。
――いつも助けてもらってばかり。こんかいだけはがんばれている、のかな?
二人はそれぞれの思いを抱きながら、建物を出て、
会場の舞台と、外壁の間にある平地を走る。
その場所は少し前に、真結良が走り抜けていたことを、彼女たちは知らない。
「エリィちゃん! も、もうすこしで絵里ちゃんと約束した、場所だよぉ!」
息が切れつつも那夏はエリィを元気づけるために話し掛ける。
「わかったのじゃ――おわああぁあぐわぁあああーっ。うっぷす!」
返事と同時に、後方で悲鳴が上がった。
鈍い音に何事かと振り返れば、
よりにもよってエリィは荷物を抱えたまま前のめりに倒れたのだ。
「えぇー!? だだだだいじょうぶ?」
那夏は更に慌てふためいた。
彼女の体を心配するのが半分、抱えた荷物の安否に――もう半分。
自分が転んだわけではないけれど、自分が転んだことのように冷や汗をかく。
とんでもない大失態になったぞと那夏は腸がミックスしてしまったような気分になりながら、恐る恐る近づくと、むっくりと起き上がったエリィは不敵に笑う。
「フ……安心するのじゃ。ほら見ろ。パソコンは無事じゃよ。壊したら我もエリにパソコンみたいに壊されると思ったから、全身で守ったぞ」
…………その例え方は、まちがっていない。もしもの事態になっていたら、きっと本当に怖いことになると――そう那夏は思った。
エリィはのっそりと上半身を起こし。顔に付いた雑草を取り払うこともせず。
「……どうやら、足がぐっきり逝ってしまったらしいのじゃ…………クハハ、余計な事をいうものではないな。ちょっと叶うかもしれないと妄想に浸った瞬間これじゃよ。ふっ……世の中と妄想はホント儚くて、ままならぬものじゃな」
「そんな。エリィちゃん。こんなところで。何もないところで」
――どうして、このタイミングでころんじゃったの。
いたたまれなくなって体を起こしてあげると、エリィは腕の中で誇らしげに笑った。
「うう。どうやら我ができるのはここまでのようだな……ゆけぃ! 我のことは気にするな! 行くのじゃなっつん。お前に未来を託すぞ!」
「…………は、はい。がんばりますぅ!」
自ら足を捻って自爆したのにも関わらず、あまりにも格好つけた眼差しで言われたものだから、
場の雰囲気に飲みこまれた那夏は、熱を帯びた敬礼をかえしてしまった。
「あ……行く前に、ちょっとまって、なっつん」
「うん?」
「コレは、我となっつんの間だけの秘密な? 他にバレたら恥ずか死んでしまうのじゃ」
しー、と人さし指を鼻先に持っていきながら、必死に痛む足首をさすっている光景は、あまりにもシュールだった。こんな時にもブレることのないメンタルには尊敬すら感じてしまう。
「う、うん。わわ、わかった」
「――よし、いざ行けなっつん! お前が仲間を救うのじゃ!」
「はいですっ!」
振り返りもせず、走り去ってゆく那夏を見ながらエリィは力なく、その場に倒れ込んだ。
「――ううぬっく。マジで痛いぃ。骨折れたかもじゃ。だれか……おぶってくれぇ。うわーん。トウガぁあ」




