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試合の安全を制御しているのは、フィールド中央に備え付けられている制御塔だ。ここから信号を送ることによって、フィールド内部にいる人間のトレーニングスーツが稼働する。
谷原真結良は市街地を一心不乱に駆け、ようやく『第二演習場』辿り着いた。
遠くから聞こえてくる『ビィィィィ!』という機械音。
…………試合開始の合図だった。
「…………遅かったか」
立ち止まり、耳にした音に焦りを感じつつ、手に持っている縦長の袋を強く握りしめ再び走り出した。
演習場はあくまで演習をする場であって、その『場』に対してのセキュリティーに重点を置いてはいない。訓練所が重要視しているのは場を支える『土台』……つまり魔術を発動している基礎部分だ。…………彼女はいま、その場所を目指している。
頂上に有刺鉄線が張られた――小高い壁で仕切られている演習場の内部に入る。
真結良は内部の壁伝いに、ぐるりと反時計回りに北上しながら、細部に注意を向けて目的の場所を探す。
彼女がいる場所は、足首ほどまで伸びた雑草が生い茂った、幅六メートルほど平地。
外壁と廃虚広がる会場を隔てている、余分に設けられた空間。この平地は第二演習場をぐるりと囲っている。
会場との間には、簡易なフェンスが境界線として立てられていた。
――どこからか銃撃の音が聞こえた。その度に、真結良の心臓は鼓動が速まる。
「…………!!」
フィールドの北東側にさしかかる。
ちょうどそこは甲村班がスタートするに位置づけられている場所の近くだ。
ずっと雑草と平地が続いているはずの場所は、一部分だけコンクリートで台形に固められた違和感のある物体があった。
側面を見てみると、大股二歩分ほどに下る段差。狭い空間の前には重厚な扉がある。
カードキーを通す電子ロックに鍵穴。扉の近くには如何にもといった監視カメラが一台。
……どうやら、鍵をとおす必要はなさそうだ。
――何故なら、扉はすでに開け放たれていたのだから。
下へ続く階段。空の暗雲よりも暗い闇がぽっかりと口を開く光景。
地下からは冷たい風が、呼吸するように吹き付けてくる。
また、遠くから銃声のようなものが聞こえた。
真結良は迷わず階段に足をかけた。
薄暗がりの地下道は、普段から人の往来を想定していないためか、最低限の明かりによって道を照らしている。不気味さを思わせる薄暗さ。長年の劣化のせいか壁の亀裂から水が滲みだし、所々に鍾乳石のような、白華現象による変色を起こしていた。
トンネルは一本道で、分かれ道などはなく。目指す場所はどれほど進んだ先にあるのか、真結良には見当もつかない。
地上の音はもう聞こえない。切迫した状況になっているに違いなかった。
水の滴る音さえも響きそうな静寂。耳の裏で自分の脈する音と呼吸だけが聞こえてくる。
ただ、道なりに真結良は逸る気持ちとは別に注意深く、確認しながら進んだ。
――そして、道は終点を迎える。
地下道の狭い通路とは違い、空間は開けていて、体育館ほどの広さがあった。
ゆっくりと、真結良は足を踏み入れた。
天井には無数のパイプがうねり。
機械の塊が等間隔で揃えられ、
中央の地面には巨大な紋様……。
俗に言う〝魔法陣〟と呼ばれるものが不気味な光を放っていた。
……この場所が、正に訓練を支える中枢。
双方無傷にするための魔術が機能する場所である。
システムは承知しているものの、裏側を見るのは初めてだ。
もっと、魔 術 兵器のように機械よりの構造をしているかと思いきや、あくまで機械は魔術をコントロールするための端末にしか過ぎず、目をこらして見ると地面の魔法陣だけではなく、壁にも紋様が描かれ、常識から外れた部分の方が目立つ。
真結良は歩く足を止め、前方を注視する。
そこには――背を向けて立つ人間の姿があった。




