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<18>-2

 話すことがなくなると、五人は沈黙したまま――その時を待つ。

 全員が腕時計の秒針を見つめ、針が頂点を指した瞬間、

 機械的なブザー音がフィールド全体に響き渡る。


「……それじゃあ、みんな。気をつけて」


「遙佳も注意しなさいよ」


「うん。――いってきます」


 銃を両手に、遙佳は走り出し、あっという間に廃虚群の中に消えていった。


「アタシ達も移動するわよ。間宮とアタシは前方を。……吾妻と荒屋は後方左右をお願い」


 ブザーの音がまだ耳に残っている式弥は、右側を担当し、共に移動を開始した。



 廃虚はそれなりに景観を保ったまま人工的に整備されているらしく、地面は小石が散乱するものの、窓にはガラスが一つもなく、割れた破片もなかった。

 建物も劣化している雰囲気はあるが、突然崩れ落ちてくるような気配はない。

 しんとした中……砂利を踏みしめる音と。どこからか聞こえるカラスの鳴き声。

 廃虚の中から吹き抜けてくる冷えた風。

 太陽のない曇り空が、廃虚の影を色濃くする。

 ただ、移動しているだけだというのに――緊張感が増してゆく。


「遙佳……どう?」


 無線機で話す絵里。

 その声は無線機を通して男子三人にも二重に聞こえてきた。


『東のほう。スタートから直線百メートルくらいかな? ……今のところ、気配はなし。もう少し行けば建物が高くなってる所あるから、続いて百メートル北上して確認してみます』


「――了解」


 再びの無言。誰ひとり無駄口を叩く者はおらず。

 絵里の指示で時折、建物の中に身を隠してじっと、周囲に神経を張り廻らせた。

 もし、敵が来てくれれば不意打ちができる。

 ――そう思ってはいるが、やはり都合良く相手が来るはずもなく。


「このまま抜けて、別の通りに出てみねえか?」


「オーケー。荒屋、先陣を。継いで間宮がサポート。……アンタはアタシの所で後方見て」


 ハンドシグナルで合図しているが、どうせわからないだろうと絵里は声を出して伝える。

 十河は言わずとも理解していた。絵里の読み通り、残りの二人は口頭でやっとだ。

 言われたとおり、誠がゆっくりと、窓枠を乗り越えて腰を落とし前進。

 ――その時、彼に伝わってくる〝違和感〟があった。

 第六感などではなく、確かな認識。



 ……自分の両腕と両(・・・・・・・)足が疼いている(・・・・・・・)



 慎重に慎重をかさねて進もうとしたとき。

 物陰の向こう側から、突然現れた男子が一人。


「うぉ! やっべぇぇ!」


 慌てて来た道を引き返して逃げる誠を狙って、和夫の構えたライフルが火を噴く。

 走る誠を追い越して弾丸がすり抜けてゆく。

 一目散に引き返し、窓枠を触れずに飛び越えたとき。


スイッチ(反転行動)! しゃがめ!」

「――マジかよォッ!?」


 着地と同時に眼前に向けられていた銃口。窓の前で誠がうつぶせになり、すかさず交代した十河が銃を放つ。


「うぐ! くっそ。当たった!」


 確かに聞こえた和夫の悲鳴。牽制のつもりであったが、体にヒットしたようだった。

 無事に隠れた二人の所へ、絵里と式弥が集まる。


「何人いるの?」


「出会い頭に二人。……男二人だと思う」


 一瞬だけ見た記憶を頼りに、十河は絵里に大まかな位置を説明する。


「だとすると、残りの三人。フラッグは彼らよりも後方かしら。他二人が周辺から狙っている可能性があるわ。ひとまず正面で出くわせたのは上々ってところね」


 冷静に分析するフラッグリーダーの絵里は耳に手を当てながら、


「遙佳……そっちのほうはどう?」


『銃声聞こえたよ。大丈夫? 周りを探してるんだけど、今のところ潜んでいる様子はなし……私と同じように単独で動いてる人がいるかもだから、囲まれないように注意してね』


「――了解」


「あ、あの……」


「このまま固まってるのは不利になるかもしれない。戦力は分散するが、みんなバラバラで移動した方がリスクは大きく減るんじゃないか?」


「もうすこし様子を見ましょ。まだ大きく行動するには早すぎると思うから。相手の動向を見てからでも遅くないとは思うわよ。でも……居場所が知られてるここに、ずっと居座るのはマズいわね。そろそろ移動を――」


「あのぉ。…………話を」


「うっさいわね! モジョモジョとなによ吾妻!」


 堪らず絵里が怒りに乗せ、式弥に向かって怒鳴りつける。


「それ……荒屋君の腕」


「ん? オレの腕が何だってんだよ」


 誠は自分の右腕を見ると、

 破れた正装の下。トレーニングスーツまで裂けて、地肌から出血をしていた。


「ああ。なんかズキズキすると思ったら、さっきの銃弾がかすったか、どこかに引っかけたかしたんだろ。こんなん大したものじゃないぜ」


「………………は? ち、ちょっとまって。……なにそれ。しっかり見せなさいよ」


 力任せに引っ張られ、痛みを訴える誠を無視して、じっと彼の腕を観察した。



 ――トレーニングスーツを着ている者は、

 何人なんぴとたりとも効果が発動している間、傷を負わすことが出来ない。

 なのに、誠の腕には、銃弾による――かすり傷(・・・・)ができていた。



「馬鹿な……肉体には絶対に届かないはずなのに」


「たまにはこんな事もあるんじゃねえの?」


 特に大きな傷ではないため、意に返さない誠に対し、


「バカ言わないで。…………ありえない。こんなのは絶対に無い。そもそも銃弾を使った戦闘訓練であってはならないことなんだから」


 絵里は真っ向からその推測を否定した。


『どうかしたの?』


「遙佳……落ち着いて聞いて。いまトレーニングスーツは機能していない状態にあるかもしれない」


『どういうこと? イレギュラー?』


「……いや、それはない。さっきオレが撃った弾丸は確かに直撃した。なのに向こうは平然としている。異常事態でスーツが機能していないのなら、向こうもダメになってるはずだろ」



「でてこいよ問題児ども! 間宮ッ、顔見せろ! ぶっ殺してやっからよ!」


 反響して聞こえてくる和夫のあおりに、十河は悔しそうな表情で眉を寄せた。


「どういうことだ。スーツが機能しないなんて……そんな馬鹿なことがあってたまるか」


 十河の愚痴を無視して、絵里は冷静に。黙って頭だけを使い、答えを模索した。


「…………………………まさか意図的にこの状況を作った? ――いや、あり得ない。このスーツは徹底して管理され、コントロール下にあるはずだし。タダの生徒にそんな事できるわけ…………でも、片方だけ機能させなくさせるのは、明らかに意図――的、なの?」


「意図的かそうでないかは別として、現に向こうにはあって、こっちにはない矛盾がある。もし向こうが分かってやってるなら……どんな手段を使ったのかは知らないが、事故に見せかけてオレ全員病院送りにするって算段かもな」


「いやいや。洒落になってねーし! 撃たれどころ悪かったら死ぬじゃんよ!」


「最初に掠った時点で、事の重大性に気がつきなさいな。…………中央の制御塔に近づけたら、どうにか出来る…………かもしれない。あそこならば端末にアクセスできると思う。スーツが復旧させられるかどうかは、何とも言えないけれど」



 そもそも、中央塔はここから見えるほどの高さである……が、

 根元……地上部分がどんな状態なのか解らないのだ。

 全てが憶測。あまりにも可能性が低い打開策だった。

 できるだけ希望が持てるように言った絵里。

 スーツの制御など自分にできるのであろうか……?



「どうするよ」


「まずは、動かなければどうしようもない。アタシの端末が必要になるわ。荒屋と間宮二人は分散して、前の二人を物陰から引きずり出して引きつけて。……アタシ達二人は西側の客席に向かう。それまで時間を稼いで」


「――おぉー。こえーなぁ。まあネタが解っちまえば、大した事ねぇけどよ」


「やれって言うんだったら、やってやる」


「…………遙佳、聞こえる? 見つけても攻撃を与えちゃ駄目よ。このまま索敵を続行。絶対に見つからないようにね。いざとなったらエリアから抜けて棄権しても構わないから」


『はい。――了解です』



 十河と誠は左右に展開し、常にコンクリートのれきを盾にしながら、

 叫び声を上げて煽っている和夫を挟み込むように取り囲み、無線を使う。

 幸い、敵はこちらを一度も物陰から覗こうとはしておらず、意表を突けるチャンスだった。


「荒屋……いけるか?」


『ばっちり』


「こっちが食らわせてもスーツは無傷のはずだ。でも――念の為に手足を狙え」


『お、俺そんな器用な事できっかなぁ? 射撃要因(シューター)じゃないんですけど?』


「黙れ。…………今だッ!」


 一斉に物陰から飛び出し奇襲をしかけた両者。


「ッ!!」


『ちっくしょ!?』


 十河と誠の目に飛び込んできたのは、相手の二人がそれぞれ銃口をこちらに向けている姿。

 銃を撃つ余裕もなく、慌てて元の陰に隠れると同時。

 銃声とコンクリートを削り取る着弾音。頭に破片を被る。


『どうなってんだよ。バレてんじゃねえかよっ』


「…………山田和夫。永井雅明の二人か。…………一斉に仕掛けたのに、二人ともオレたちの位置を寸分狂わず掴んでいた、だと?」


 そんな芸当、実戦経験があろうともできやしない。

 一度も……ただの一度も、こちらの動きを確認していた様子はない。

 わざわざ回り込んだというのに、あの対応の早さは異常そのもの。

 だとすると考えられるのは、一つしかない。

 十河は自分の両手の甲(・・・・)が静かに脈動するのを感じ取っていた。



「……………………………………――なるほど。固有刻印か」


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