<7>-4
「ちょっと、買いすぎちゃったかのぉ。ゴクリ」
「…………ごくごくり」
彼らが思わぬ自体に遭遇していることなど露知らず、那夏とエリィは各自一つずつ、自分の胴ほどある大きな紙袋を携えて、第二演習場へと戻る途中だった。
「まさか、あげパンが大セール中だったとは……今日は良いことあるかもしれないのぉ。なっつんもそう思うじゃろ?」
「すぅー。……ハァー。……い、いいにおい」
「どれどれ。……すんすん。ふむ。…………たまらんな! ヨダレが大洪水じゃな!」
訓練所と隣接してる第二演習場の道中は一般道でもあり、少女二人が歩きながら紙袋の中に顔をつっこんで深呼吸している姿は、誰がどう見ても怪しさの極みだった。
「うっと、この道であってるん、だっけ?」
那夏は軽度の方向音痴ということもあって、来た道を明確に憶えていない。第二演習場へは絵里によって連れてこられた。きっと帰りも誰かと一緒でないと、訓練所に帰ることはできない。
食べ物を買おうと提案してきたのは、エリィが唆したからであり、それがよろしくないと分かっているのに、断らなかった那夏。
エリィが大体、誘ってくる内容の多くは美味しいことか、面白い事である。例え少しだけ律する部分から脱線することになろうとも、彼女の誘いは口の中に、心の奥に甘美なもの。
例え那夏の中に良心しかなくとも、彼女は誘いを断るなどしないだろう。
「もう少ししたら傾いた標識があるから、その十字路を左じゃよ」
対して十河と一緒に来ていたエリィは、持ち前の記憶力で道順をしっかりと憶えていて、
那夏の不安を容易く拭ってみせる。
「すごいね。よく、おぼえてるね。すごいね」
「そうじゃろそうじゃろ。伊達にエリィ・オルタはやっておらんのじゃよ。わりと記憶に関してはそれなりに自信があるのじゃ。……異界に居たときは、おもいっくそ記憶喪失になってたがのぉ。クハハハ」
「エリィちゃん、ほんとうは髪の色が銀じゃないんだっけ」
「なんじゃなっつん。変な所、憶えておるのぉ。そうじゃよパンドラクライシスのせいでなってしまったのじゃ」
「でも、きれいだよね。すごくきれいだと、おもうよ」
「クハ。それは随分と、言われるとこそばゆいものだのぉ」
「エリィちゃんは〝第三区〟……だったよね?」
「そうじゃよぉ」
今では完全に異界と化した、空間の大穴があるグラウンド・ゼロに隣接し、円形に区切られた土地が一区から四区である。
異界から帰還したディセンバーズチルドレンは、このどれかの出身に該当する。
「どんな、ところだった?」
「どんなところもなにも、たぶんなっつんと見てる景色は変わらんと思うのじゃ。廃虚とか、廃虚とか、…………もちろん異形もいたのじゃ。人も居たし。仲間が居たこともあったなぁ」
「…………〝ゲーム〟は?」
いきなり切り出されたその話題に、
エリィは少しだけ……ほんの少しだけ驚いた顔をして、
すぐに笑みをもって平静に戻る。
「――――あぁ。あの〝胸糞悪くなる悪趣味な児戯〟か。トウガは我と同じ気持ちじゃったから、参加はせんかったよ。なっつんはやったのか?」
「ううん。ずっと逃げてた。だって、人が人を殺すなんて……そんなの、できないよ」
異界の中では一時の間であったが、とあるゲームが開催されていた。
異形と人だけではなく、人と人までもが敵となって争わされる為に催されたソレは、
人間が持つ残酷さや汚さ……邪悪な本質を浮き彫りにさせた出来事だった。
生き残ったディセンバーズチルドレンの彼らは、誰もその事に触れようともせず。
この質問をしたのは、那夏が初めてであった。
「悪く言えば悪辣。よく言えばあのゲームが〝刻印の重要性〟を再認識させた。――ある意味、痛みを持って人類はその希少性に気がつかされたと言うべきかもしれんの」
絶望の中で、更に異形以外の絶望を叩き付けられた。
それでも那夏は、絶望だけじゃない事を、思い出として宿している。
「き、希望できることもあったよね。エリィちゃんは『開拓者』って聞いた事ある?」
「ほー、なつかしいのぉ! そんな物好き連中いたな! トウガがそいつらに甚く執心しておったから良く憶えているのじゃ。全区で有名だったんじゃよな? ここだけの話じゃが……内緒じゃぞ? …………あやつはそのチームに参戦するってダダこねていた時期があったのじゃよ」
「へぇえ。間宮くん……すごく意外」
「あいつは、いまはヘナチョコじゃが、すんごく強かったのじゃよ?」
――異界では様々な希望と絶望が入り交じり、
死がいつでも隣で寄り添い笑いかけている。
命が羽根よりも軽い世界での出来事。
…………第四区の異界で行われた〝人類初の抵抗〟
一人の男が蹶起して、戦える刻印持ちを集め、
グラウンドゼロに特攻を仕掛けたチームがいたことは、
ディセンバーズチルドレンの中で知らぬ者が少ないほど有名。
――それが『開拓者』と呼ばれた集団である。
だが……結果的に、この進攻作戦は失敗に終わった。
作戦の中で何人が参加し、何人が死んだか……。
生き残ったかもしれない人は『帰還者』として異界を脱する事ができたのか。
エリィが知る限りの噂では、参加者は三十以上。死者も同等。
――――生き残りはたった一人だとか、そうでないとか。
だが――彼らの行いによって、グラウンドゼロに〝穴〟があることを発見し、
人類が目指すべき標を立て、歴史を動かした。
恐らく、彼らの活動が無ければ、人類は今でもどうして良いのか手を拱いていたであろう。
その成果は今でも変わることなく、サイファーの目的となって生きている。
「あの時は、可能性を信じた早い決断と、グラウンドゼロが近かったこともあって、即効力があったからのう……異界がかなり広がってしまった今じゃ、当時のようにはいかんのが現実じゃよなぁ」
「ふんふん………………あぐあぐ」
「あー、なっつん、我が珍しく真面目な話をしてるのに会場に着くの待てずにフライングあげパン!? むむむぅ。この我慢できん娘め。でもそこが愛くるしい! じゃあ我も食っちゃおー。はむはむ」
「…………もっもっも」
「ふぐ、ふぐ、ふぐ!」
外から見れば胃もたれでも起こしそうな、あげパンを口に詰めてゆく姿。
「も、っも……、ふモ?」
突然、那夏は食べる手を止め、粉砂糖まみれの手で指さす。
「――なんじゃなっつん? …………およよ? あれってマユランか?」
口からパンを飛び出させながら、那夏は首を縦に振った。
こちらには気がつくことなく、必死になって第二演習場に向かう真結良に、
「きっと、遅刻したんじゃな。マユランも人の子じゃから、間違いはあるのじゃろうな」
「ゴック……、ん。そうだね。わたしも……よく、教室がわからなくなって、ちこくしちゃう。えへへ」
それはきっと、お主のプチ方向音痴が故じゃ、とつっこむ事はせず、
紙袋から更に取り出したあげパンを手にとった所で、エリィは首を傾げた。
「あれぇ? マユランが持ってたのって、…………――まあ、気のせいじゃな。もぐもぐ」




