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日の光を遮る暗雲が、十七区を覆い、
いよいよ始まろうとしている代表戦に、谷原真結良は心が張っていた。
…………集合時間まで余裕がある。
自室で一人。淡々と制服に着替え、浴室の隣にある洗面台の前に立った。
「彼らに証明しなくては。……お荷物にならないように、きっちりやるんだ」
少し疲れた顔つき。疲労を残した覚えはないのだが――やはり体は正直に現れるものらしい。試合相手に対しての意気込みよりも、むしろ仲間から得られる評価のほうが、勝ちを得るよりも難しいかもしれないと考えただけで、あまり眠ることが出来なかったのだ。
私がしくじることがあれば、それだけで……『やっぱりその程度だったか』と思われてしまう。
頭の中で何度も、自分が行動している試合イメージを想像し、彼らの調和を乱さず、自分の役割を全うするビジョンを描いた。
自信がないわけじゃない……私だって何もしてこなかったわけじゃない。人一倍に頑張ってきたつもりだし、辛い経験もしている。それでも彼らよりも劣っていると、心のどこかで自分を疑ってしまうのは……やはり彼らがあの『世界』で生き抜いたという実績、経験が……私の積み重ねてきたものを生ぬるくしてしまうのだ。
コレは一つの――劣等感である。
どうやっても追い越せず、届かないと思ってしまう自分の弱さ。
それらを解決する方法は一つ。彼らに認めて貰うことであるのだ。
気持ちは複雑。試合を前にした高揚感と、彼らの歩調に置いて行かれぬようにしなければなるまいとする焦燥。
「私は……彼らの一員として精一杯がんばらなければいけないんだ……サイファーに近づく一歩。こんな所で躓いていては、異界なんぞにいけるわけがない」
真剣みを帯びた瞳が、鏡から……自分を見つめ返してくる。
「自分が期待されていないのは知っている。そんなのは自分が一番良くわかっている」
自分自身が喋りかけてくるような、室内を反響して自らの耳に届いた。
「…………だから、やるしかないんだ。谷原真結良。私にはそれしかない。――私は彼らに期待されるような、強い存在になりたい。その先にきっと――異形に立ち向かえる力が待っているはずなのだから」
高鳴る心臓の鼓動――その思いに感化されるようにして。
急に起こった――首の痛み。
針で刺されているような……過敏になった神経が、痛覚として刺激してくる。
それが『固有刻印』が発する痛みであることを、谷原真結良はよく知っていた。
鏡の向こうに映る真結良は慣れているのか、痛みなど感じていないかのような、すまし顔。
首に手を添えて、そっとなぞった。
洗面台に置いてある小さな容器を手に取る。
中からカプセルを二錠とり出す。
ごく自然な動作で、水と一緒に飲み下した。
「………………」
深呼吸をしながら、薬が効いてくるのを待つことしばらくすると、徐々に痛みが引いてゆく。
――真結良の刻印は非常に不安定だ。
士官学校にいたときから、そのコントロールは非常に難しかった。
感情的になるだけで、勝手に刻印が発動する。
怒ったり悲しんだり――特に負の感情の起伏によって現れてしまう能力は、真結良を悩ませ続けていた。
コレは一つの病であるのだと。自分に言い聞かせ、折り合いを付けてゆこうと決心したある日。
彼女の主治医から薬を渡された。それは『ブラックボックス』から支給された新薬で、刻印を安静化させ、自らの肉体に刻印を馴染ませる作用があるという。
聞くだけでも眉唾ものであったが、いざ服用してみればその効果は如実に表れ、今では刻印の疼きに合わせて処方する手放せない存在となっていた。
そろそろ寮を出る時刻……。
彼女は荷物の入ったカバンを携えて寮の扉を開けたとき。
「…………あの」
「ど、どうしたんだ? こんな所で……」
――彼女の部屋の前で待っていたのは、
真剣な面持ちで、
胸に細長い棒状の袋を抱えた畑野喜美子の姿であった。




