<15>
いよいよ明日に迫った代表戦間近の問題児達は、話し合いを始めようとする最中だった。
彼らは蔵風遙佳によって招集され、吾妻式弥もその中に加えられていた。
前回と同じ空いている教室を無断で借用し、それぞれ席に座っている。
市ノ瀬絵里はノートパソコンから目を離すことなく。
間宮十河はいつもと変わらず沈黙を守ったまま腕を組む。
エリィ・オルタはここへ来る途中、知らない生徒から貰ったお菓子を机に広げ。
稲弓那夏が、横でエリィのから分けられた戦利品を黙々と食べている。
荒屋誠に至っては机に両足を投げ出して態度悪く。
谷原真結良はじっと会議の始まりを待つ。
蔵風遙佳の顔はいつも以上にニコニコして教壇の上からメンバーを眺めていた。
よからぬ噂の絶えない人間達で集まったとされる問題ある班に、気がつけば自分が居る。
緊張を隠せない式弥は居心地の悪い気分を隠せない。
初めて顔を合わせた時は厳しい非難を受けた記憶もあってか、また同じような批判を浴びせられるのではないかと、気を揉むだけで胃がむかむかしてくる。
「それじゃあ、作戦会議を始めたいと思います! …………たぶん、こうやって授業に関わる事をみんなで話しあうのは初めてだよね」
進行を務める遙佳は笑みを絶やさずウキウキしていた。
「今回の代表戦はなんとしても勝ちに行きたいのだけれど――もちろんみんなも同じ気持ち、だよね?」
既に見ている先は同じだと知っていても、目に見える耳に聞こえる思いが欲しかった。遙佳の言葉に誰も反対意見を述べる者はいない――それはつまり皆が勝利を望んでいると言うことで。
「我も勝ちたいとおもっておるぞ!」
「ミニ子、お前出んのかよ」
「いんにゃ、出んぞ! 頼まれても出るものか! 我となっつんは頑張って応援するからなぁ。参加しなくても心は一つというやつじゃ」
「――え、なにその熱い台詞。お前には珍しくイイこと言ってんだけど」
「そりゃあそうだ。昨晩、寝ずに考えたからな。どっかで言ってやろうと思ったのじゃ」
「なにそれ。バカみたい」
「エリもがんばれよぉ」
「はいはい。アタシにとって……勝つか負けるかなんてどうでもいい話だし」
「…………お、お前ここまで来て、まだそんなこと言って――」
誠が口をへの字に曲げたところで絵里は彼の言葉を打ち消す形で続ける。
「でもね――アイツらに負けるのだけは話が変わってくる。アタシの目的は、連中に一泡吹かすこと。もう二度と刃向かってこれないほどズタズタにすること。…………結果的に勝利を収められるのなら、皆との意見にさほど変わりはないわ」
「か、かわいくねぇ。結局同じってことじゃねえか。……めんどくさ」
「フッフッフ。わかっとるぞ。コレはエリなりの〝ツンデレ〟というやつじゃ……いまおもいっきしデレてる最中なのじゃよ。察せよマコト」
「――うっさいわね。別にデレてないし」
「ハァ…………話を進めよう。勝ちたいどうこうは勝手だが。今度のルールはフラッグ戦だろう? だったらそれなりに話を固めておかないと、その場凌ぎだけではどうにもならないぞ」
最初からメンバーとして参加する気のない十河。勝敗はどうでもいいが、せっかく時間を使って吾妻式弥に稽古をつけたのだ。話し合いをしっかりしていなかった末路が『こんなはずじゃなかった』なんて、無様な失敗をしてもらってはこちらも教えた意味がない。そんな気持ちを背景に、彼は先を促した。
「間宮君の言うとおり……明日までにハイレベルな作戦を組み立てることは出来ないから、効果の弱い付け焼き刃の作戦よりも、基本的な部分さえちゃんとしていれば、私はなんとかなると思っています」
ホワイトボードに大まかな図面を描く。図面といっても単なる正方形だ。
「……私たちが行う代表戦のフィールド『第二演習場』は、縦横三百メートルほどに区切った街を、そのまま使用して作られている。建物の高低差が激しいわけじゃないけど、隠れられる場所は無数にある。移動するに当たって、判断を誤ると射撃の的になっちゃうから注意してね。私たちの班は出来るだけ分散して、こっちのフラッグリーダーは徹底した回避に専念したほうがいいのかなぁ」
説明加えつつ、正方形の中心に、更に小さな正方形を書き足した。
「遙佳……その四角はなんだ?」
「なに? あなたそんな事も知らないの?」
鬼の首でも取ったような、反応の早さで絵里が真結良に言った。
「屋外の演習場はフィールドの中心点に入ることを許されていない領域があるのよ。そこはトレーニングスーツを機能させる魔術を起動している装置があって、外部に弾丸が飛んでいかないよう、見えない壁が展開させる場所でもある。周りは民家だから流れ弾が飛んでいったらまずいでしょ。……異界と同じような環境を作り出すために魔力の濃度も段違いだから、内部で刻印が使えるようになってるわけ」
単なる四角いスペースにそんな機能があったとは露知らず。
「……え、そうなの? 私てっきり中心がわかるように設定しているだけかと思った」
「俺、そんなのあること自体知らなかったぜ」
「我もしらんかったー。興味ないがの」
「…………………………ほう。なるほどな」
「なんか、ドーナツみたい、だねぇ」
「なっつん、これだけでかいドーナツなんて…………あったらいいのぉ!」
「うんうん」
「はぁ。アンタら……無知すぎ」
絵里の非難に問題児メンバーは特に誰も意に介してない様子。
「まったく、とんだ脱線だわ……はい。話戻してちょうだい」
「えっと、全員がバラバラに分かれて行動してみない? って所からだよね」
「はーい委員長、俺は出来るだけ固まった方が良いんじゃないかと思うんだが。……敵を見つけたときに一斉に相手できるし、攻められたときも守れるんじゃねえか? 行動不能になったとしてもすぐに再帰させることが出来るわけだし」
遙佳の言葉を待つまでも無く、またもや絵里が口を開いた。
「荒屋の意見は確かに正論ね。数が集まっていた方が有利に働く部分は数多くある。その反面、短所もあるわ。…………フラッグ戦の基本は攻撃力の高さでも防御力の高さでもない……情報をいかに迅速かつ多く取得出来るかの『索敵』にかかっている。第二演習場の広さはそれなりに広範囲。固まって移動していただけじゃ相手を発見できる可能性は低くなる。相手が同じように固まっていたらなんとかなるかもしれないけど、囲まれたときほど密集した陣形は厄介。開けた空間ならまだしも、廃虚の地形的な障害は発見が一歩でも遅れたら致命的になりかねないのよ…………だけど、作戦でどうにでもなる。たとえば集まりと分散を的確に行える作戦を行えば、それらは回避可能。誰かが行動不能になってもしっかりとカバーできる。――言うのは簡単だけど、それはいま遙佳が言っていた〝ハイレベルな作戦〟になる。実際に練習しないと、話し合っただけじゃできるわけない。残り時間の少ない今のアタシ達じゃまず、無理でしょうね」
絵里は以前見ていた異形との戦いの録画を見た上で事実を話す。
個人個人の能力は確かに高いが、視界に味方を置いていたとしても強調性のない動きが目立っていた。それを見えない状態で全員がしっかりとしたチームワークを実現できるとは思えず。誰かを助ける為の動きを仲間が的確に出来ているイメージなど見えない。
なんとかなるであろうという憶測で作った作戦に、身を任せることはできないのだ。
「へえ、そうなのか。……でもよ。敵をみつけても、バラバラで行動してたら、どうやって教え合うんだ?」
「あ、ごめんね。言うの忘れてたけど、多人数のフラッグ戦に関しては無線機を使うことが許されているの。だから情報交換はできるよ。どんな些細な情報でも構わない。リアルタイムに交換することによって、迅速な対応と判断ができるから、情報交換は密に取るようにね……ウチのフラッグリーダーは絵里ちゃんでいい? 絵里ちゃんは同時に指示も出してほしいの。誰よりも俯瞰して作戦を組み立てられるから、適任だと思ったんだよね」
絵里は特に反対するそぶりはなく、わかったわと短く返事をした。
「じゃあ、フラッグリーダーの絵里ちゃんは単独行動で……」
「ち、……しょっほ、まひぇ」
「え? 那夏ちゃん? なになに?」
「しゃお、しゃ……しゃ、のぉ……もごご。もがこ、こ?」
おおよそ日本語になっていない単語を言われたものだから、全員の首が斜めに曲がる。
那夏は時々、予測不能な行動を取るため『またか』という感じだ。
たった一人、それを慣れとしておらず、奇行にしか捉えていない式弥を除いて……。
「あー。ソレは我があげたアメとクッキーと、板ガムと醤油せんべいじゃな。クハハ! なっつん、ハムスターみたいにほっぺふくらんどるのじゃ。さすがは我が班、みんなのマスコット。…………お口の中、カオスで相当ゲテゲテしとるんじゃないか? 流石の我でも同時食いなんてできんよ」
たっぷり、彼女が咀嚼するまで沈黙が続く。
静かな空間。口の中で噛み砕かれる面白おかしい音色は徐々に収まってゆき、
「――ごごっくん。ごめんなさい。………………サオリ、っていうひとは射撃担当で……よ、ヨウコってひとは、狙撃――やってる、よぉ」
予測不能を更に飛び越え、今度はエスパーじみた予言を繰り出した。
「……その根拠は?」
あまりに具体的なものを言うものだから、十河が真っ先に食らい付いた。
「んっと、その…………あのぉ」
もじもじしながら、説明をしようとはしない。
「………………那夏、直接聞いたのね?」
ようやく情報源の真相を察知した絵里が、静かに言った。
こくんとうなずく小さな頭。
「直接聞いたって、どういうことだ?」
「…………………………」
「…………………………」
那夏も絵里も、沈黙をしたまま先を継ごうとしない。
甲村班の女子に絡まれ、那夏が追い込まれていたこと。絵里は詳しく話す道理がないと思っていた。押し黙って困る那夏を前にして、本当の事など言えるはずがなかった。
「信じるの? 信じないの? ――情報は確かなものよ」
例え仲間同士であろうとも、理由を説明しない情報に、信憑性など有るはずもなく。
十河の疑念は絵里の威圧めいた発言でますます頑なとなった。
「――私は、信じるぞ」
真結良は声に出して、那夏を見た。
「稲弓は確信したからこそ、そう言ってくれたのだろう? 少しでも相手の行動パターンを予測できる要因があるのならば、それを生かさない手はないさ」
真結良の意見に、絵里は心の中で舌打ちをするが、正論であることには変わりはなく。
「そうなってくると、狙撃を担当している人は必ず見通しの良い場所で私たちを狙いに来るかも。……那夏ちゃんが代表戦で狙撃手やるなら、どこを選ぶかな?」
再びお菓子を口に放り込もうとしたところで手を止める。お預けを食らった犬のようにしゅんとしながら、名残惜しそうに戻す。
「………み……見とおしのいいところ、とかもだけど。まっすぐが、おおいところ、とか。最低限の弾であてられる……ような。……狙撃だけが目的じゃなくても……あいてをさがすために、べんりな場所とかが――いいかな。無線機でつたえられるし」
那夏の意見に、十河は思案し続けた。
「…………狙撃だけじゃなく、索敵も同時に行える場所、か。むしろ狙撃主を配置するのは後者の理由のほうが納得がいく。情報が確かなものだと仮定して…………第二演習場がどんな地形なのかは知らんが――もしポイントを知ることが出来たら、逆手にとって連中をおびき寄せることが出来るかも知れない」
真結良もまた、十河の言わんとしていることを理解したようで、
「推測の域を出ないのだが、相手はこちらの動きを見てから行動を起こすのではないだろうか? 全員で行動しつつも状況によって分散。マルチに展開できる作戦かもしれない」
「うーん。――俺には、もうさっぱりわからねえ。つっこんでぶっ飛ばして、一人一人減らしてけば良い気がするんだけどなぁ」
どんどん話が高度になっていくのを耳にする誠は両手を上げた。
「いま、間宮が言った通りだ。相手は狙撃ポイントの有効範囲から出ようとはしないだろう。無闇に分散すればフラッグリーダーの守りが手薄になる。逆に密とは言わないものの、適度な間隔で固まって移動し続ければ――狙撃手が情報を伝えて、グループが動く。狙撃できる場所を移動しながらな」
遙佳は皆の意見を出来るだけ、全員に分かり易く伝えられるよう、絵にしながらホワイトボードに描き続ける。
「狙撃が一。フラッグが一。そして残るは遊撃のプレイヤーが三。…………私が彼らの班ならば、要はフラッグじゃなくてスナイパーかな。味方にとって広範囲を見通せる『目』は何よりも重要視しているはず。狙撃側の位置が知られれば簡単にやられちゃうだろうから、もしかしたら前衛以外に、フラッグと狙撃主の中間に配置されてる人がいるかも。フラッグに実力があるからこそできる作戦だよね」
「…………なるほど、じゃあ狙撃主を探すことが第一――になるわけか。この場合はどうするのだ? 全員で探すのか?」
「相手は比較的移動しないと思うから、私が単独行動で皆の『目』として索敵に入ろうかと思うんだけど、どう?」
「――へえ。随分と自信がありそうね?」
目を光らせ不適に笑った絵里に、遙佳は眼鏡のズレを直しつつ。困った表情を作った。
「得意なわけじゃないんだけど、最初の場面で相手が何をしてくるのかは未知数。絵里ちゃんを守るのには、荒屋君と真結良ちゃんと吾妻君の三人が適任かなって思っただけだよ。私はみんなと違って、戦力としては全然だから……あの場所でも逃げてばかりだったし。逃げるのと動き回るのにおいては、まだ出来るかなって」
式弥がいる目の前では『異界』と言うわけにもいかず、彼女は明確にしなかった。
伝わらなかったのは式弥だけで、誰もが理解していた。
「じゃあ、アタシ達は最初、グループになって行動ね。遙佳に動いて貰って、情報を受け取り次第、アタシが対応し、その場で行動を変化させてゆく。もしアタシ達が先に目標を見つけたら応戦する。それでいい?」
「…………動きについては簡単で助かったが、あとは連中がどんな刻印を持ってるかってところか。そこまでは誰もわからねえからなぁ」
流石にその部分においては、不透明な部分が多く、場当たり的な対応を迫られるだろうと、誰もが思った。ただ……相手もその不安は同じだ。
ここで手探りな論議を繰り広げようと、無意味な空論と余計な混乱と不安を招くだけでしかない。
「それじゃあ、話し合いはコレで終了します。明日はみんな頑張ろうね!」
式弥は大まかなメモを取って、自分はどうすれば良いのか途方に暮れる。
作戦というものだから、どんな難しいことを自分に迫られるのかと思いきや、出てきた内容は予想以上にアバウトなものだった。
仮に自分に高度な役割を任せられたとしても、それはそれで遂行できる自信は皆無なわけで。
「おうおう。雑魚キャラ。もう緊張しとるのか?」
エリィが視界に入ってきて式弥の瞳を覗き込み開口一番、からかってきた。
もごもごと返事のような呻きのような返事をすると。
「本番になって胃袋ごと吐いちゃわないようになぁ」
「……は、い」
「よーしなっつん、我らは一足先に祝勝会を始めよう。我のお部屋にこの前トウガと一緒に買いに行ったドーナツがまだあるから一緒に乾杯じゃ。あと――胴上げの練習しとかんとな」
「ど、ドーナツで、乾杯……ごくり」
散々、お菓子を貪っておいて、まだ食べ足りない二人は急ぎ足で部屋を出て行った。
「おい、吾妻……」
表情の固い十河が彼の前に立って睨み付ける。
「近接戦できる機会があったら…………練習の成果、生かせよな」
「あ、はい。がんばります!」
ぶっきらぼうではあったものの、言葉に確かな優しさを感じた式弥は強く頷く。
去って行く彼に、今となっては威圧による恐れよりも侠気に似たものを感じていた。
いつの間にか誠と絵里は退散していて。
「それじゃあ、部屋の電気よろしくねー」
遙佳も明日に備えて準備があるらしく、そそくさと居なくなった。
「………………悪くない、連中だろう?」
真結良は独りごちに、式弥に話し掛けた。
「はい――みんな、良い人です」
「確かに素行は悪いし、噂されるような事もしていたのだろう。……でも、それだけが全てではないと、今となっては君もわかるはずだ」
彼女の言う通り、問題児の印象は大きく変わった。よくない事ばかり聞いてきたものだから、それ相応の人間達が集まっていると、式弥は思い続けてきた。
「吾妻式弥……いよいよ明日だな」
「ボク、みんなの足を引っ張ってしまいそうで」
「怖いのか?」
「正直。谷原さんのとおりです。…………こういうとき小岩さんなら『怖いのなんてみんな一緒だよ』って言われそうです」
「ははは。確かに京子だったら笑いながら、そんな事を言いそうだな」
思わぬ巡り合わせと、そして奇妙な繋がり。
真結良は彼との無関係とはいえない共通点に、運命めいたものがある気がしてならなかった。
彼女は、制服のポケットに手を入れて、
「君がよければだが、コレを持っていてはくれないか?」
彼女が拳を伸ばし、式弥が下に差し入れる。
指がほどけると、自分の手のひらに乗る小さな感触。
――それは、紐だった。
式弥はそれが何かを知っている。細い糸が編み込まれて一本の紐になった装飾品である。
「それは、京子が持っていたものなんだ」
つまり――生前、身につけていたであろう遺品。
「ほんの短い時間しか一緒に居られなかったが、努力を惜しまず、決して恵まれた能力を持っていたわけでもなく。それでも信念を持って頑張るような、前向きな姿勢を持っていた……私は彼女を尊敬していた」
哀愁浮かばせる真結良の目は、式弥の手に注がれる。
「ソレを見る度に彼女をよく思い出すんだ……生きているなら変われるチャンスはいくらでもあるのだと。……弱気になりそうな背中を押してくれるような気がする」
「ほんとうに、大切な人だったんですね……。ボクにとっても、凄いと思えるような人でした」
「お守りとはまた違うと思うのだが……、彼女が居てくれたからこそ、君に出会えたと。……そう思えるんだ」
式弥は無言で首を縦に振り、真結良の目の前で――自分の右手首に巻いた。
不思議と遺品としての不気味さを感じず、むしろ神聖なそれに思えた。
式弥もまた、真結良が思うように小岩京子が繋いでくれた、不思議な縁を感じていた。
いよいよ、明日。どこまで出来るのかはわからないが、やれるだけやろう。
右手首を握り、式弥は心の中で決意を固めた。




