<10>-6
――まったく、市ノ瀬はどこに行ったんだ。
間宮十河はどこを探しても見つからない彼女を諦めて、帰宅している途中だった。
結果として、市ノ瀬絵里は約束どおり谷原真結良に勝利を収めた。
これで、吾妻式弥を代表戦の間だけ班に加入させるという、谷原のふざけた暴挙を止めることができ、自分と市ノ瀬が代表戦を拒否することによって、稲弓とエリィが代表戦に参加せざるを得なくなる。自ずと敗北は確実なものとなるだろう。
別に吾妻式弥に恨みがあるわけではない。
――もし、あの女と関わりがなかったのならば、オレは受け入れる選択をしても良かったと思
っていた。結果として谷原真結良と結びつきがある時点で、運の尽きだと思ってもらうしかない。
十河の隣にはエリィがぴったりとくっついて歩いている。
少しでも手を動かせば触れてしまいそうな近さに、十河は毎回、居心地の悪さを感じていた。
「――――エリィ。お前は代表戦に出る気はあるのか?」
話しかけながら、彼は少しだけ彼女と間を開けた。
「なんでじゃ? トウガが出ればいいだろう? お主は強いんじゃから」
薄く笑いながら、離れた十河の隙間を彼女は自ら近づいて埋める。
「さんざん話をしていただろう? オレは出る気ない。面倒だ……」
「ほんと面倒くさがりじゃの。まあ、そこがお前の可愛いところでもあるんじゃけどな。出る出ないは自由意志という物じゃからな。出たくないなら仕方ないよな。お前が出たら戦力になると思うんじゃけどもなぁ……」
「…………なんだよ。やけに素直だな。気持ち悪い。多少ごねるだろうと踏んでいたのに」
おおかた予測していたのは、エリィが参加を拒み、人数の都合からオレが仕方なく出るという流れだ。
コイツが出てくれるのならばこれ幸い。オレは何もしなくて済む。
「いっつもワガママ言ってるわけじゃあないやい。あと『気持ち悪い』言うな。けっこう傷つく。たまにはお主の意見は尊重するだろうし、しないときもある。マユランを嫌うお前の意志は、反対じゃがな」
「…………………………」
エリィが谷原を好きな理由。
それは昔のオレに似ているという事らしいが、
――いったい、あんな奴のどこがオレと似ていると言うんだ。勝手に班に来て。しかもどこの誰とも知らない男を助けようとしてるお節介なやつだぞ。
「ところで、あの雑魚キャラは我らの班の代表戦には出られんのか?」
「――雑魚キャラ?」
「ほれ、あのカビの生えたキノコみたいな男じゃよ」
とらえどころの無い例え方をするが、言わんとする人物はすぐに浮かんだ。
「吾妻式弥か。約束では市ノ瀬が勝ったら代表戦には出られないって話しだから、ダメなんだろうさ」
「ふうん。お前は雑魚キャラが好きか?」
「…………エリィ。お前は何でもかんでも『好き嫌い』でカテゴライズしなくちゃ気が済まないのか? そもそもアイツがどんな生徒かも知らないし、知りたくもない。もし代表戦に出たとしても、大した成果は期待できなさそうだし」
「ヤツは使えないのか?」
エリィの聞いた使えるとは、戦力としての有無だろう。
「――いじめられてるって言ってただろ。どう考えても戦力外だ。オレが言ってるのは単なる人数あわせとしての位置づけだよ。勝つか負けるかなんか更にどうでもいい話だ」
「ふうん。我はなかなか良いモノを持ってると思うんだけどなぁ。あのザコ」
納得しているようなしていないようなエリィは、
十河から視線を外し、急に彼の腕を掴んだ。
「おい、トウガトウガ」
「な、なんだよ。ちょっとまて、袖を引っ張るなって」
他人に触れられるのが苦手な十河は抵抗するが、エリィは小さいわりに強い力。
諦めた十河は、仕方なくよろめきながらもついて行く。
「ほれほれ。あそこを走ってるの――雑魚キャラとかいうアガツマシキヤじゃないかの?」
「…………お前、それ逆だろ」
指で示さずとも、すぐわかった。
校舎から飛び出してきた人影は確かに、吾妻式弥であった。
腕を大きく振って、何を急いでるのかと見ていたら、
遅れて二人の影が出てきて、彼を追いかける。どうやら逃げている最中らしい。
「おおかた例のいじめっ子だろ? 放っておけよ……あいつらの問題だし」
「雑魚はマユランの友達じゃろう? マユランの友達は、我の知り合いじゃよな? だったらトウガが助けにいかんでどうする。見て見ぬふりしたのバレたらマユランに怒られるぞ?」
「お前……ほんと、横暴に手足が生えたような女だな――って、行くなよ! 面倒になるだだけだからもどってこい!」
「大丈夫じゃよ! ちょっと雑魚ツマを連れ帰ってくるだけじゃから!」
人の話を聞かないエリィは、トコトコ走って式弥が向かった方向へと追いかける。
「………………チッ! あのバカ女」
吾妻式弥がどうなろうと知ったことではない十河。
きっと近寄りがたい現場になっていることは行かずとも、目に見えている。
干渉したくはないのだが、彼女が向かってしまったのならば、追いかけねばならない。
――――仕方なく、エリィを連れ戻すため、十河も走り出すのだった。
とにかく追手を振り切るために、吾妻式弥は全速力で走り続けるも、
彼の行為は、ほんの僅かな間だけの延命措置にしかならない事を悟っていた。
体力に自信があるわけでも、とにかく足の速い走者でもない。
とにかく走ろうと躍起になるが体は正直で、見る見るうちに失速していき、
追いついた二人にあっけなくその身を確保されてしまった。
「てめえ、逃げてんじゃねえぞ!」
「――お前、また殴られなきゃ気が済まないらしいな」
和夫と雅明も同じだけ走って疲労の色が現れ、その分だけ怒りが増長されている。
バットで小突かれて、彼らの怒りの高さだけ、式弥は自分の絶望が深くなっていく気がした
「どうして逃げた」
答えようによっては体に教え込んでやると言わんばかりに雅明が拳を鳴らす。
「だ、だってそれで、ボクを――殴るつもりなんじゃ……」
「は? お前を殴ったところで俺たちに何か利益があんのかよ?」
「え――ち、がう……の?」
「ちげえよ。コレはお前が使うんだからな」
和夫の説明に要領を得ない式弥は、まだ収まらない早い心拍数の上に、微かな安堵と不安の動悸とが重なっているのを感じ取っていた。
「いま、谷原は保健室にいるんだろ?」
以前とは違い、怖くとも彼らに対して最低限の抵抗を持っていた式弥は、頷くような首を動かしただけのような曖昧な動作を見せる。
「そこでだ吾妻。コレをつかって足でも手でも良い。一撃食らわせてこい」
腹の底が冷えてゆく気分。
この人は、一体何を言ってるんだ。
そんな事したら。
「そ、そんな事したら……谷原さんがケガしちゃうじゃないか」
最初から強ばっていた雅明の顔が更に険しく硬化してゆく。
「当たり前だろ。だからお前に頼んでるんじゃないかよ。吾妻。……今度の代表戦、甲村は〝細工〟とかなんとか言ってたが、詳しい話をしねえから信じることは出来ない。俺はあいつが考えることに賛同はするが、話さないことに対しては信じることができないし、形の見えないものに自分を賭けることはできない……。だったら一人でも戦力を減らしておくのが得策というものだろう?」
雅明は和夫のバットをむしり取り、式弥の胸に押しつける。
「俺は形が――目に見える確信が欲しいんだよ。…………やれよ吾妻。それでチャラにしてやる。別に命を取れとまではいわねえよ。あわよくば手か足の骨を折るだけ。そうすりゃあ少しは懲りるだろ…………上手くやれば俺達は、もうお前に関わらない、約束する。俺から甲村を説得してやる。谷原を潰せば――お前は自由だ」
「……………………」
それは、今まで望んでいた――平和な〝もしも〟だ……。
彼らに狙われなくなれば、ボクはもう悩むことがなくなる。
――――だが。
「…………………………………………いやだ」
胸の前にあるバッドに触れることなく、口にした拒絶の声は大きかった。
そんな約束など到底受け入れられない。ボクの為に尽くしてくれた谷原さんを犠牲にして得られる腐った平和など、まっぴらごめんだ。
彼女を裏切るくらいなら、ずっと虐め続けられるほうがずっといい。考えるまでもない。
「谷原さん達の班には入れなかったけど、ボクは――ボクの考えは変わらない。あの人に手を出すというなら、ボボ、ボクが許さないぞ」
恐怖を感じつつも自分を奮う。
威厳も威圧力も皆無な式弥に、二人はまったく動じていない。
ただ二人は何も感じていないわけじゃない。確かに変化している吾妻式弥の心を、彼らは目に見えて実感していた。
「ほーっ! よく言った雑魚キャラッ! 最後らへん、モニュモニュ喋っていて、何言ってるか解らんかったがな! もしそのバットを取っていたら幻滅もんじゃが……自分を信じたその思いは気に入った!」
彼ら三人に対して両手を腰にあててふんぞり返っているエリィは叫んだ。
遅れて、心底嫌そうな顔で追いついた間宮十河も加わってきた。
いよいよ一筋縄にはいかない流れに和夫は聞こえるように舌打ちをする。
「くそ。また問題児かよ。……エリィ・オルタ。なんの用だ」
「なにもクソもないわ。この陰湿、いじめっ子! こんなことやって楽しいのか? お前なんかトウガがけちょんけちょんにぶっ飛ばして――」
「――いや、オレはやらないから」
強気だったエリィは硬直して背後で立っている十河を見つめた。
「…………まじか?」
「大真面目だ。オレは言ったろ。コレは谷原の問題だ。オレはなにも関係ない。だから、この状況は……関わる必要はないだろ」
「おい――トウガ、お前まだそんなことを言って」
「吾妻、別にいいんじゃないか? お前のためだったらきっと谷原は犠牲になってくれるだろう。――なんせ、あいつは正義が大好物らしいからな」
……十河から滲み出る、あからさまな悪意。
なんだっていいさ。谷原の手でも足でも、勝手に砕け。
そうすれば少しは大人しくなるだろう。
せいぜい首をつっこんだ後悔に苛まれれば良い。
オレの生活は元に戻って、波風のない平穏が保たれる。
――ほら、さっさとやりに行け。吾妻。
十河の思いとは真逆の意志をもって、エリィは叫び声をあげた。
「このバカー! トウガのヘタレ! 自分だっていってたじゃんか! 『困ってるんだったら、助ける理由は十分だ』って。なんで雑魚キャラ助けないんだよぉ!」
「オ、オレはそんな事は言って…………――」
――『ない』といえば嘘になる。確かに心当たりがあった。この女に言った言葉だ。ずっと前に異界で言った事を、コイツはまだ憶えてるのか。
「お前だってそうやって助けられたのじゃろ! アイツが助けてくれたから、今のお前がいるんじゃろうが!」
「――――ッ!!」
思わぬ虚を突かれてハッとする彼はよろめき後ろに下がる。
隠すように口元へと手を当て、あからさまな動揺を表した。
「………………な、なんで今、あの人を、……彼女を引き合いに出すんだよ」
普段から表情の変わらない彼にしては、かなりの狼狽ぶりだった。
「もういい! このヘナチョコ! お前がやらんなら、我が行く!」
後ろで「止めろ」と十河が呼び止めるが、エリィの足は止まることなく。
「マユランはやらせんかんな! そのバットよこせ! 没収じゃ!」
小さな手を前に出す。和夫は鼻で笑った。
「間宮もいってんだろ。テメェには関係のねぇ話だって。出しゃばって首つっこんでんじゃねえよ…………吾妻ぁ! テメエがやらねえなら、先にお前をぶっ飛ばすぞ!」
「いやだ。谷原さんには手を出させないからな!」
腹を決めた式弥は、キッと恐怖に染まった瞳で睨み付けた。
ここまでくれば、もう後には引けなくなった和夫も、逆に雅明からバットを奪い取り、握る手に力がこもった。
「やめい! やめいってー」
隙を窺うや否や飛びかかり、和夫の袖を掴み揺さぶるエリィに対し、
「離せ! クソチビが、すっこんでろ!」
「いたっ!」
振り払った勢いが、体重の軽い彼女を簡単に押し戻し、尻餅をつかせた。
軽い焦燥を窺わせる和夫の表情には、どんどん余裕が失われてゆく。
「――あっ、ぐッ!」
瞬間――式弥の全身に尋常じゃないほどの痛みが走った。
「お、おい。なんだ急に苦しみだしたぞ」
黙って見ていた雅明が、式弥が示した異変を見て声をかけた。
「へッ。どうせ、演技だろ……ここまで言ってもわからねえなら、痛みで思い知れよ、俺に刃向かったらどうなるかをなぁ!」
「………………」
高く振り上げたバット。式弥はきつく目を閉じる。
――尻をさすっていたエリィの右手は、突き飛ばした和夫に向かって翳された。
まさにエリィが突き飛ばされた瞬間の一部始終を見ていた十河は、
「………ッ!」
全速力で走り出し、高い跳躍。
無言のままに跳び蹴りを浴びせていた。
足の裏が見事に和夫の頬を捉える。
「――――ぐげぇ!」
奇妙な悲鳴と共に、和夫が跳び蹴りした十河と共に横へすっ飛んだ。
着地と同時に動き早く、十河は和夫へ馬乗りになって、
「おい……だれが、エリィに手を出していいと、言った?」
その額には汗が浮かんでいる。
振り上げた拳が――迷い無く顔面を捉えた。
無意識に十河の拳を防ごうと抵抗するも、
それらをすり抜けて、顔面を殴打する。
「きいてんだよ! オレの見ている前で、なにエリィに手を出してんだ! おいッ! 何とか言いやがれ! 死にたいのかお前はぁぁあああああッ!」
ゆっくり目を開けた式弥は、感情の起伏がなかった十河の狂気的な叫びに、硬直したまま動けなかった。
「ば、ばか! 止めろ! トウガ、やめいって!」
慌てて我に返りエリィは駆け寄って、十河の腕を押さえつける。
彼女の声に、十河の手が止まった。
振り返ったときに見せた、あまりの剣幕に全員が硬直する。
――式弥は肝を冷やす。
なんでそこまで豹変するのか疑問に思うほど、
彼は追い込まれた獣のような表情をしていたからだ。
「はあ、ハア。二度と、……二度とオレらに関わるな。いいな!」
痛みに呻き、和夫は殺意を滲ませた目で十河を見ていた。
「お前もだ! 今後エリィにちょっかいを出すなッ! もし手を出したら……今度こそ、オレがお前ら二人を殺してやるッ!」
その異常な光景に、助けに入るのも忘れた雅明は青ざめ、
誰もが恐怖で佇むことしか出来なかった。
「チッ、行くぞエリィ。……おい、お前も来い!」
「は、はい」
命令されるままに行動する声はすでに死人同然だった。
間宮十河の行為を見た直後。
きっと彼らよりも酷い目に遭わされるのであろうと、直感した。
永井雅明と山田和夫をそのまま残して、
三人は来た道を戻る。
「トウガ……雑魚キャラと我を助けてくれたのか?」
「――――違う。そんなんじゃ……ない」
歩きながら十河は額の汗を拭った。
「だいたい、なんであんな無茶をしたんだ。何かあったらどうするつもりなんだよ」
「…………ぅ。ごめんじゃよ」
「――――チッ」
認めるのが嫌で否定はしたものの、結果として二人を助ける結果となってしまった事は否めない。
どうやら、吾妻式弥が置かれている環境というのは、よほど腐っているらしい。
「…………奴ら、いつもあんな風なのか?」
十河に暴力を振られるわけではないと理解した式弥は、それでも警戒と緊張をしながら話す。
「はい。最近は谷原さんを目の敵にしてて、どんどんエスカレートしていってる感じです。ここ最近はいっつも絡まれてる状態で……」
「まったくいじめっ子はイヤじゃのぉ。我がいじめられそうになったらトウガは助けてくれるんじゃよな?」
「……………………」
否定も肯定もしない。無言。
それは言葉を肯定しているのと同義であることをエリィは知っている。
「………………体、痛むのか?」
「さ、さっきまで凄く痛くなったんですが、いまは全然。……なんで知ってるんですか」
「それは、ちょっとした拒絶反応のようなものだ。刻印との癒着が高い人間に起こりやすい現象で、よほどのことじゃない限り起きないんだが……あんた、本当に刻印が使えないのか?」
ハッキリとした答えを返してもらえず、一方的な質問。
「は、はい使え、ません」
「…………使えないんじゃなくて、単に使い方を忘れてるだけなんじゃないか?」
「かも――しれないです」
返事は曖昧。自分から欠落した記憶の中に、刻印の使い方が入っているのだとしたら、彼の推測はあながち間違ってはいない。
二人の会話に割って入った銀髪の少女は目を丸くした。
「め、めずらしいのじゃ。トウガが他人褒めてるッ!」
「……………………なんだよ。悪いのかよ」
「ううん。羨ましいのじゃよぉ。……なぁなぁトウガトウガ。なんでもいいから我も褒めてくれ。漏れなく嬉しがるぞ! たくさん褒めてくれたら、きっと漏れるほど嬉しがるぞ!?」
「…………………………お前には羞恥心というものがないのか? 時々、聞いてるこっちが恥ずかしくなるときがある」
素っ気ない会話を繰り広げているが、式弥には彼ら二人がとても仲の良い友人……あるいは恋人同士のように見えた。それを問うには踏み込みすぎている気がして口には出さなかった。わざわざ藪をつつくような事はしたくない。
「おい。吾妻……」
「は、はい!」
「オレ達の班にいるのは今回だけ――なんだな?」
「――のはずでした。谷原さんが勝ったら、いさせてくれるって約束でした、よね?」
ああそうだった、と十河は腕を組みつつ何やら考える。
「…………お前、今回の代表戦――行くとこないならウチで出ろよ」
「がっつり否定して、雑魚キャラに興味ない言ってたのに、どうして急になのじゃ?」
「…………………………」
――『雑魚キャラ』って呼び名は好きじゃない。好きになる人間はいないのだろうが、心が傷つく。確かに雑魚だけども。
「ああいう連中は、どこかでけじめを付けさせなきゃ、いつまでもへばりついてくるものだ。抵抗しないのをいいことにな。オレが手を出した時点で、吾妻だけの問題ではなくなってくるだろうし」
「我がいじめられるかもしれんしな。トウガはまた守ってくれるか?」
「オレの目が届かないところでお前が面倒に巻き込まれないためにも、代表戦が必要になるのさ」
そこにどうしてボクが絡んでくるのか、思考が追いつかない。
「オレは代表戦に勝ち負けを望んでない。こっちが勝てば向こうへの抑止力になる。負けたら谷原が土下座して謝罪するだけだ。オレは痛くも痒くもない。屈辱であれ満足感であれ、一区切りつけておかなければ、あのままだと落としどころがなくなって、オレ達にも迷惑が掛かる」
「ふむふむ。考えはクソ自己中じゃが、そんなトウガも好きじゃよ?」
「………………。そこでお前はついでで自分を救済する機会……選択をあたえてやる。あれだけの仕打ちをされて悔しいと思うのなら、奴らに目に物みせてやればいい」
「そ、そんなこと」
「できないか? 出来ないなら今後とも同じ負の循環の中にいればいい。踏み出すも留まるもお前次第だ。どちらにせよオレ達の班で奴らとの代表戦が決まっている。手っ取り早くお前のほうの問題も解決できるチャンスかもしれないぞ」
式弥を残したまま、腕を組んだ十河は立ち止まった。
その目は『どうするんだ?』と投げかけている。
たっぷり時間を使って思考するも、思考するだけの悩む選択でもなく、しかし軽い気持ちでいるわけでもない。しっかりと返事をするために式弥は空気を吸った。
「やります。やらせてください。ボクは――もう逃げたくないんです」
「じゃあ参加すればいい。……他の連中がどう言うかは知らんが、勝手にやれば良いさ」
式弥は何か言いたそうに目を泳がせて、曖昧な態度を取っている。
苛立ちを感じた十河は、言いたいことがあるならハッキリ言えと叱りつけた。
「ボク……ぜんぜん、強くなくて……も、もしよかったら、稽古を付けてくれませんか!?」
「――――は?」
「さっきの見てて、間宮君のように少しでも強くなれたらなって思って…………だめ、でしょうか?」
「…………いや、かなり面――」
『面倒』までも言わせてもらえず、エリィが割って入る。
「――良いぞ! 教えてやるぞ。ドウガがな!」
「お前、本当に勝手な女だなッ!?」
「代表戦に出ないんじゃから、これくらいしたってバチはあたらんじゃろ? ほら、トウガの代わりに出ると思えば、稽古の一つや二つ……」
「だからやらないって――」
「ありがとうございます!――よ、よろしくおねがいします!」
既に決定したかのように、式弥は頭を九十度下げる。
ここにも、話を聞かない奴が居たか……。
たっぷり息を吸い込み、大きな溜息。
十河は億劫そうに額に手を乗せて空を見上げた。
「わかったよ。………………ただし、言ったからには死ぬ気でやってもらう。泣き言いったらすぐにでも辞めてもらうから、覚悟しとけよ。…………このあと時間を作っとけ」




