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「ひゃうわああああぁぁぁあああああッ!」
全身に鳥肌。一瞬にして真結良は覚醒へと辿り着く。
「うにゃあ!? なに! え、何!?」
横にいた遙佳も、あまりにも大きな叫びにつられて跳ね起きた。
「ぜー、ぜー、………………っ!」
静寂に包まれた保健室の中、
隣では遙佳が驚きに目を丸くして座っている。
左右を見回しても、エリイたちは居ない。
慌てて布団の中を見る。自分の下半身以外、誰も見当たらない。
激しい動悸。背中に額に嫌な汗をかいていた。
「真結良ちゃん、大丈夫?」
「ああ……だいじょうぶ、だと思う」
――良かった。夢で良かった。悪夢でよかった。よかった。
ようやく冷静さが顔を出しはじめると、
「う。首が、痛い……あと鼻も」
素っ頓狂な叫びを上げた自分の気恥ずかしさもあって、痛みを理由に顔を両手で覆った。
「それはうん。そうだと思う。最後の絵里ちゃんの一撃凄かったから。真結良ちゃん頭から地面に叩き付けられて気絶しちゃってたし」
詳しく憶えていない。最後の方は、もはや気力だけでどうにかしていたと思う。
――ただ、肝心な結果を、真結良は知らない。
「私は……勝てた、のか?」
特に何も言わぬまま、
遙佳は真結良の手を励ますように叩いた。
何も言わなかったが、ソレがなにを意味しているのか察しは付く。
「――そう、か。…………だめ、だったか」
――――――『敗北』
無意識に布団を強く掴んでいた。
あそこまで全力でやったのに、結果が付いてこなかった。
負けるつもりはなかった。
本気で望んだから。
後悔はないが……ただ深く。悔しい。
「二人とも良い試合だったよ」
「私もまだまだだな。全力でやってあの程度だったか」
「でも、あそこまで感情むき出しになって焦ってる絵里ちゃん、初めて見たよ」
「――――これで、代表戦に市ノ瀬は参加しなくなってしまったな」
「残念だけど、まだ諦めないで。那夏ちゃんも、エリィちゃんもいるし!」
励ましてくれるのは嬉しいが、これでは吾妻式弥になんて言えばいいのか。
勝敗うんぬんよりも、市ノ瀬との『約束』が不履行になってしまったことに、心が痛くなる。
「――あ、吾妻君は、なんとか他の、最善の方法を、また一緒にかんがえようよ」
「うん……そうだな」
これから、どう彼に釈明しようかと思い悩んでいると、
「委員長ぉ、氷もってきたぞー。……お。真結良ちゃん。目ぇ覚めたか」
片手に氷嚢を持ってやってきた誠は、目が覚めてる真結良を見るなり、
「いやぁ、惜しかったなぁ。市ノ瀬も必死だったじゃねえか」
「…………ああ。色々アドバイス。感謝している。あれがなかったら、あそこまで健闘できなかったかもしれない」
素直な感謝の言葉。照れくさくなった誠は返事はせずに、
「――ほら。これで首冷やせよ。まだ痛むだろ?」
指摘されているとおり、痛みが確かにあった真結良は、言われるがままに受け取り、打たれた首に当てる。トレーニングスーツがあったとはいえ、肉体的なダメージはないものの、本当に打ち付けたっと勘違いしている脳は、神経を尖らせて痛みを伝えていた。急速に冷やされて心地よさを感じる。
「あればかりは仕方ねぇよ。相手が市ノ瀬だったし。……でも、あんな剣幕、今まで見たことなかったぜ?」
まるで悪戯をした幼児のように歯を見せて笑う誠であったが、真結良にとって敗北は敗北。笑い返すことはできなかった。
「おっすー、マユラーン」
力任せに再び開かれる扉。
高い声が室内に反響しエリィが現れると、
「……゛う」
夢のこともあって、反射的に真結良の顔が歪んだ。
「――え? ……我は来たらだめじゃったか? エリの応援したから、……我のこと嫌いになったのか?」
動揺した真結良の顔を見るなり、エリィはどんどん萎れて勢いが無くなってゆく。
深刻そうに顔を曇らせた彼女に真結良は慌てて痛む首を振った。
「そ、そんなことはないぞ。むしろ嬉しいというか。……三人じゃなくてよかったというか」
真結良がそういうと、彼女の顔がぱあっと輝きを取り戻す。
サイコロの目みたいにコロコロ表情が変わる姿は、純粋な愛嬌があった。
「そうかそうか! マユランは優しいのぉ。まあ絵里に負けたから、ちょっと乙女チックになってるかと確認をしにきたのじゃが――ぜんぜん変わらんの。残念じゃ」
「――話すのは勝手だけど、入り口で立ち往生するなって。ベットに行って話せば良いだろ」
十河は後ろからエリィの頭に、軽い手刀を入れた。
「あ、間宮君も心配になってきたの?」
「いや違う。そんなんじゃない」
遙佳の言葉をすぐに否定した十河は、保健室の中をぐるりと見回し、
「……市ノ瀬はどこへ行った?」
「絵里ちゃんもさっきまで那夏ちゃんと一緒に居たはずなんだけど、私も一緒になって寝てる間に、どこ行っちゃったんだろ」
――この場の人間は誰ひとり知る由もないが、
十河は試合前に行った密談の件で保健室を訪れていた。
どの道、班のメンバーが顔を揃えている時点で、仮に絵里が居たとしても用件は行われることなく立ち去っていただろう。
不在だとわかると十河は踵を返して去ろうとした。
彼の背中を追いかけエリィもそそくさ付いていこうとして真結良は呼び止めた。
「なあエリィ……」
「ん? なんじゃ? どした?」
真結良は思わず声をかけて立ち止まらせた。
エリィに聞きたいことは、割と自分にとっては重要なことである。
「お前は、まさか三つ子とかじゃないだろうな?」
真剣な真結良の問いに、
同じ空間に居た四人の時間が固まる。
あまりにも右斜め上な発言に、どんな反応をして良いのか困っているようだった。
「……………………なあトウガ。ま、マユランかなり本格的に頭を打ったのかの?」
「そうだろう、な。………………頭打った打ってないは置いておいても、仮にお前なんかが三人も居たら、たまったものじゃない。この世の終わりだ。考えたくもない」




