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<10>

 ――まゆらーん。まゆらーん。



「ん……んぅ?」


 いつの間に寝てしまったのか。

 目を開けると、白い天井が自分を迎えた。

 ……………………ここは、保健室、か?


「おーマユラン。おはよう」


 声した方へ首を倒す。

 ベッドに寝ている私を、椅子に座って覗き込んでいる銀髪の少女がいた。


「エリィ、か? ……わ、私は……どうなったんだ?」


 まだ覚醒しきっていないま、真結良は問う。


「試合で凄い一撃食らったんじゃよ。外から見てて、首がもげたかと思った程じゃ」


「――じゃなぁ。アレは痛そうだったな」



 …………何故か、相槌を打つ同じ声が別の場所から、

 …………後ろから聞こえてきた。

 今度は首を百八十度回して、反対を見る。



 そこにはエリィ・オルタがちょこんと座って、足をぶらぶらさせていた。


「………………ん。…………………………ん、んう?」


 再び百八十度、首を戻す。

 エリィが座ってる。



「……………………」

 バッ、と三度。視界をすっ飛ばして頭を回す。



 左右に。エリィ。――エリィが、二人?

 真結良は強く両目を瞑って、両手で目をごしごし擦った。


「…………く。どうやらまだ意識が混乱しているらしい。エリィ……お前が二人に見える」


「あれ? しらんかったか? (われ)らは双子だぞ?」


「……………………………………なんだって?」


「だから、双子なんじゃって」


「しらんかったのか?」


「ぇえ!?」


 衝撃的な話をさらっと言ってのける彼女。

 真結良は腹筋に力を入れて、勢いよく体を起こした。

 ハッキリ目を開いて左右を見るも、

 両者そっくりそのままの姿をしたエリィ・オルタが並んでいた。


「そうじゃな。双子じゃ。……所でどっちがエリィだ?」


(われ)がもちろんエリィじゃ」


(われ)もそりゃあエリィじゃぞ?」


「バカ言うな。見た目も名前も一緒だったら、キャラだだ被りじゃろうて!」


「どっちもどっちで、――ん? つまりどっちがどっちじゃ?」


(われ)もエリィ? エリィじゃないお前は、誰じゃ?」


「だから、エリィは(われ)もエリィじゃ。両方ともエリィだったら本物のエリィはだれじゃ?」


 ただでさえ(やかま)しい彼女が二倍になり、

 なおかつ頭の痛くなるような会話を繰り広げている。

 実際に頭が痛い……特に首が痛む。



「おいおい。貴様らなにが双子じゃ。(われ)を忘れるない!」


 もぞりと動く布団。いつの間に潜んでいたのか、

 左右の二人ではない、もう一人のエリィが布団の中から出てきたのだ。


「うわあああッ!」


「よっ、マユラン。元気そうでなによりですじゃ」


 もはや奇妙とかではなく、ホラーである。


「エエ、エリィが三人だと!? いったい、いったい何がどうなんてるんだ」


「完全に忘れとった。じゃあ、三つ子じゃな……お前も、まさか」


 布団から下り、

 スカートの乱れを直した上で、

 彼女は鼻を鳴らしてふんぞり返った。


(われ)がアルパカに見えるか? もちろんエリィですじゃ」


「かー、コレデタ」

「ひー、コレキタ」


 ほぼ同時にハモ(・・)った二人は、自身の額に手を打つ。

 これは……なんの冗談だ。私は頭を打ちすぎてしまったのか?



「ちょっとまて。お前なんか少しデカくね?」


「クハハ。そんなばかな。(われ)も貴様らと同じですじゃ」


「あ! 喋り方もちがうのじゃ! なんかジジ臭いぞ!」


「そんな事いったらお前らもおんなじもんでずじゃろ?」


「――うむ。確かに」

「――むう。ご(もっと)も」


「ちょっくら検証じゃ。お前とジジ……背中合わせてならんでみ?」


「誰がジジじゃ、誰が!」


「まあまあ。並んでみようなぁ」


 ぶつくさ言いつつ、二人は背をピタリとくっつけた。


「あぁー!」


「なんじゃ!?」

「ですじゃ!?」


「ジジィの方がこぶし一個分おおきいのじゃよ」


「衝撃的事実ッ!」

「圧倒的誤差っ!」


 大きいエリィは踊ることで喜びを表し、

 他の二人は地面に手を付いて、絶望に打ち(ひし)がれていた。



「ウーン……。頭が痛い」


 心配そうな三人のエリィは大丈夫かと同時に声をかけてくるが、

 頭痛の原因は紛うことなきエリィ三姉妹が原因である。


「マユランはまだ試合のダメージが抜けきってないらしいな……これは大変だ」


「そうじゃな」

「ですじゃな」


(われ)ら三人に出来ることはただ一つ……」


 残りの二人もゆっくり頷いた。

 ――私も同じ気持ちだ。しばらく放っておいてくれた方が良い。

 エリィが三人いたなど、もう少し頭の整理が必要――。



「「「触診だな!」」」



 見事な意志疎通だった。


「き、貴様ら、なんでそうなるッ!?」


「あんしんせいマユラン……(われ)はこうみえてもお医者さんが夢でな」


「ホンモノじゃなく、ごっこ(・・)でヤブヤブの方な。そこ訂正じゃよ。……決してマユランを撫で嗅ぎ回したい衝動に駆られてるのではなくてな、大義名分の名のもと看病が許されるこの状況。マユランは弱っている。これ幸い、こんなチャンスは滅多にない。真っ当な理由なき理由と海底よりも深き欲望が、理性を容易く凌駕したというかなぁ。そんな感じじゃ」


「クハハ。心の中ダダ漏れー。しかもなにいってるか全然さっぱり……さすがはエリィズ。たぶん考えることは一緒ですじゃな」


 三人、六の手。

 合計三十本の指をわきわきと動かしながら、

 どす黒い笑みを貼り付けて、真結良へとにじり寄ってくる。


「ふふふふざけるな! ぜったいにいやだ!」


「あんしんせい。命まではとらんよ。ただ隅々まで()ねくり回させてもらうぞ……ぐふふ」


「騒いだって誰もこないもんねー。諦めたほうが身のためじゃぞ。安心しろすぐに良くしてやるぞ……にしし」


「なんか小物チンピラ感ぱないのー。だがそれも良しですじゃ……むへへ」


「バカ言うな! 近づくな。ほ、ほんとそういうの要らないから! く、くるなぁッ!」


「その願い却下じゃ。さあマユラン――お覚悟ッ!」


 三人は合図も無しに、一斉に飛びかかる。

 空中に舞い上がった銀髪の悪魔たち。

 あまりにも非現実的で――正に、悪夢のような光景だった。

 ……………………。

 …………。


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