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戦いの一部始終を観戦していた客席。
第一ラウンドのダメージを感じさせない動きで、
真結良が絵里を追い回し、リードする姿を見ていた。
「なんだよあの逃げ方。背中向けてだっせー。市ノ瀬ってあんなに弱かったのか?」
「頭だけの問題児って感じなのかね。あんなのが首席とか、俺ら一年ってどんだけだよ」
「第一ラウンドは偶然だったとか?」
「このグダグダ状態みたら、たまたま良かっただけじゃないの?」
「すげー対戦になるっていうから、どんなのかと思えば、最初だけか」
「にげてんじゃねーよぉぉ! そんなの見に来たんじゃねーぞー」
ケラケラ笑って茶化す生徒のグループ。
そんなひとまとまりに向かって、
罵声あげて立ち上がったのは、エリィ・オルタだった。
「だぁぁぁー!! うっさいわ弱者どもが! エリは弱くなんかないやい! そこの冷やかしども! 貴様らはあれ以上の戦いが出来るというのか!? どうなんじゃ言うてみい!」
銀髪を振り乱し、彼女の激昂に反論などできるはずもなく、一角は押し黙る。
「ハッ! 出来もしないのに他人のことなど、とやかく言うな! ばーか、バーカ!」
「…………そこら辺にしとけって」
頭を掴んだ十河が、エリィを座らせた。
怒りは収まらず、彼女は顔を赤くして両頬を膨らませる。
「ほんっと腹が立つのじゃよ。あんな連中、弱いだけのくせに。聞こえないとでも思っとるのか。腹立つのじゃー。トウガもそう思うじゃろ?」
「……………………」
腹が立つとかどうとかはさておき、
肩に入ったダメージと痛覚は想像するに難くない。普通の人間だったら、その場で崩れ落ちて然りだ。留まっていては相手に一方的な攻撃権を与えるだけ。一瞬で背を見せて『逃げ』に徹した選択は最善の判断であったと思う。距離が開いた分だけ相手は追わなくてはならないし、その時間だけ思考と肉体を少しでも回復できるのだから。臆して背を向けるのと戦略的な遁逃は似て非なるもの。一瞬で追い込まれた状況下、彼女の場合は後者の行動。……まだ思考が生きている証拠。対応は十分に評価できる。
……決して市ノ瀬絵里は、そこらの生徒に劣るような人間ではない。普段は周りに毒を吐いて、皮肉ばかり。だが口で言う以上に物事を俯瞰し、冷静かつ的確に指示をすることに長けていて、同時に自らも行動できる力を持ち合わせている生徒であると十河は分析している。
ただ、谷原真結良が相手を上回る動作で場を飲み込みつつある。
がむしゃらのように見えるがなかなかに隙が少ない。谷原の体に刃を到達させるるには自身もリスクを覚悟で踏み込まねばなるまい。
――この短時間で、開き直ったのか? もっとスマートな運びになると想像していたのだが。
予想していた計算が狂い始めている状況に十河は心の中で悪態をつく。
谷原真結良……所詮は訓練の域を出ない女だと思っていた。
この訓練所に来て初めて彼女が戦っている姿を見たときも、人を傷つけないよう、極力痛みを与えないよう、自他共栄のスタイルであった。
だから、人を傷つけることを厭わない市ノ瀬絵里に分があると踏んでいたのに。とんだ計算違いになった。
……ふと、十河は思考の中で妙な矛盾を発見した。
実戦に限りなく近いこの訓練法は内界特有のものだ。
魔力があってこそのトレーニングスーツ。魔力が無ければスーツはただの布きれにしか過ぎず、魔術兵器としての効果を持つ訓練用の武器も、単なる金属でしかない。
たしか、谷原真結良は士官学校にいたとき、この訓練を行っていたと言っていた。
…………だとすると、
どうやって魔力のないはずの外界で、
これと同じ訓練をしていたのだ?
「どうしたのじゃ? いつにも増してしかめっ面しおって」
「いや――別に」
本人に聞くほどの事でも無いし、とにかく今は市ノ瀬に頑張ってもらわねば。
「見ろトウガ。マユラン凄い気迫じゃな。反撃されてポイントを失ってはいるものの、どんどん絵里に攻撃を当ててるぞ」
先の直撃が随分と尾を引いているようだ。市ノ瀬の動きは鈍い。
回復しようと時間稼ぎとして引き伸ばしに掛かっているようだが、谷原の容赦ない追撃を迎え入れなければならず、無駄に体力を消耗させていた。
対人戦においては、谷原の方が優勢か。エリィは気迫と言っているが、オレから見れば何が何でも勝とうとしている執着心の塊のように見えた。
「すごいよね。あんな風に戦えるなんて」
感嘆する遙佳は羨望を混じらせつつ、祈るように両手を合わせて口元に当てた。
「私はどんなに頑張っても、あんなふうには動けないなぁ」
剣をぶつけ合う金属音。気合いに乗せた叫び。
一挙手一投足すらも状勢に響く。
避けては攻撃し、攻撃しては受け止められ、かち合いながらも後ろには退かない。
そして鍔迫り合いになると筋力の差で、市ノ瀬が押し負ける。
言葉にならず、魅入られている観戦者もいたくらいだ。
一年生の中では間違いなくハイレベルな戦いが展開されていた。
点差は如実に開き……数字として表れる。谷原真結良のリードだ。
ざわつく客席など、もはや耳にも聞こえていないであろう彼女たちの戦いは、
長いようで短い間に、真結良が勝利を収めることで、
――――第二ラウンドを終えることとなった。




