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<9>-6

「どうだ。少しは呼吸が落ち着いてきたか?」


「…………ハハ」


「おぉ? 笑うだけ余裕が出てきたか?」


「いや。余裕じゃない――コレが笑わずにいられるか」


 むしろ出てきた笑みは、やけくそ状態のそれに近い。

 荒屋誠があれやこれやと提案してきた内容は、なんともお粗末な物であった。どれも成功するかどうかも怪しいもの。低い確率の上に、もし成功したとしても、思うように行くかどうかも不明確。わかっていることを挙げれば、必要なのは度胸と根性……そしてプライドをかなぐり捨ててまで勝とうと強く思い、ちゅうちょすることなく実行できる信念である。

 ――――バカらしいが奇抜。実に気に入った。

 作戦は大いに結構。だが、私は私の実力をもって彼女を倒したい。

 こんなダメージ、物の数として考えては、この先も生きてはいけない。

 突然、真結良は声を上げて笑い出す。

 あまりにも唐突であったため、誠は打ち所が悪かったのではないかと心配するほどに。

 ……なによりも、あれだけのダメージを受けていたはずなのに、喋れるだけの回復の早さに驚きを隠せなかった。


「あのー。だいじょぶか? ほんとにさ?」


「ああ。いけるよ…………私はずっと勘違いしていたんだ」


「かんちがい?」


「……私はどこかで必ず仕切り直しがあると、決めてかかっていたのだ。剣道や柔道のようなスポーツ(・・・・)のようにだ。相手に一撃を入れたら相手が立ち直るまで待ち、そしてまた仕切り直す。士官学校の訓練でもそうだった……フフフ、笑えるだろ?」


「う、え。あぁ……うん?」


 笑い所を逃したと思った誠は、腰に手を当てて空返事をした。


「ようやく、気がついたよ……コレは訓練じゃない。スポーツでもない。単純明快な戦闘(・・)であるのだとな」


「真結良ちゃん。そろそろ休憩(レスト)終わるぞ」


「なあ荒屋」


 顔を上げた真結良は、散々打ち据えられたというのに、すがすがしい顔をしていた。


「私も――自分が強いと信じている。これからも強く有り続けたい。そしてもっと強くなりたいんだ。……だから、このラウンド……お前が出してくれた作戦なしに、私が勝ちとる――だから信じて見ててくれ。私もお前達と同じように、同じ場所にいられるのだと、証明して見せたい……ただ班に入っただけのお荷物として思われたくないのだ。だから必死になって奪いにいく」


「なんだよ。あの夜、異形を見たときもブルってたし、外の人間だからダメかと思ってたけども、けっこう根性あんじゃねえの。いいぜ行ってこいよ。市ノ瀬をぶっ飛ばせ!」


「…………ああ!」



 ラウンド間の休憩が終わり、絵里と真結良が再び向かい合わせに立つ。


「随分といい顔になってるじゃない。エリートさん」


「……そういう君はゆうしゃく(しゃく)といった感じだな」


「ええ。あんた程度なら物の数じゃないわよ」


「……………………」


 ――さすがにもう挑発には乗ってこない、か。

 ポーカーフェイスの裏にはどんな感情が渦巻いているのか。怒り、焦り――あるいは勝ち気。

 まあ、良いわよ。どれにしたって、もう一度削って、むき出しになった心を剥いであげるわ。

 開始の合図……最初と同じように、両者は動く事は無かった。

 真結良は微動だにせず、剣を構え、

 絵里は相手の出方をじっくり観察し続けた。



 なんだ。何を考えている。

 足から指先にかけて。何一つ動かない姿勢。

 目線は真っ直ぐ。自分を見つめてくる。

 ――その目。気に入らない。動かないならば動かすのみ!

 始めに出たのは、またもや市ノ瀬絵里。

 小手調べに軽い一撃。ポイントを狙わず、あえて真結良の剣を打つ。

 切っ先を揺らすだけで、真結良の動作に大きな動きはない。

 反撃も――してこない。


「……………………」


 いったい、何を待っている。

 疑問と思考を重ねようとも、答えは見えてこない。

 計算だけでは把握しきれないのが、人間の動作だ。

 予測しようとも、あくまで予測。未来予知のように確定した行動を読むことはできない。

 じりじりと、真結良が動き始める。すり足で距離をつめてくる。



 ペースを乱せ。相手の戦い方の枠組みに入るな!

 絵里は一気に間を縮めて、加速のままに切っ先を突き出した。

 狙うは胴。胸部を刺される痛みに反応しない人間などいやしない。

 流れるように真結良の元へ、


「ふぅ!」


 一呼吸をすると……不意に彼女の姿が消えた。


「!?」


 消えたのではない。一気に視界から外れたのだ。

 ――真っ向からの直線を待っていた。左足を軸にして右に回転。

 空振り……すれ違い様、遠心力に乗せた横薙ぎが、がら空きとなった絵里の背中に迫る。

 軌道も見えない絵里は、慌てて伸ばしきった肘を折り、自身の刃を背中に。運任せに相手の刃を塞ぐ形で差し入れた。

 絵里の機転が功を奏し、ぶつかり弾ける金属音。


「……うぅぅぅうああああ!」



 ――ココで真結良は終わらなかった。



 気合いの声を上げ、衝突した剣は更に押し込まれ、

 細身の剣がひしゃげるのではないかと思うほど、絵里の剣ごと背中に強力な打撃を与えたのだ。


「キャっ」


 小さな悲鳴を上げて、絵里は大きく前へよろけた。

 ポイントこそ奪われなかったが、まるで金属バットで打たれたような衝撃に、目を剥く。


「シッ!」


「!!」


 先ほどの無表情とはいっぺん……。

 鬼のような形相で体勢を崩した彼女の背中めがけて間髪入れず肉薄する。

 スポーツにおいて、背中を襲うのは邪道かも知れないが、これは戦闘だ。戦いなのだ……背を見せることは自分にとって好機に他ならないッ!


「やああああああ!」


 逃げる対象。逃すまいと獣のような追撃。

 真結良は後頭部を狙い、剣を振り落とした。

 地面を蹴り跳び、前転する絵里。

 下ろされた剣が行き場を失い、コンクリートの地面を打ち据えた。

 手首に走る衝撃。弾ける火花。

 もろともせず、次へ。絵里を追うために駆けだした。



「このぉ、調子に乗って――!!」


 本能が背後にいる彼女の気配を感じ取ったのか、振り返り様――、

 絵里は前転動作を終え、膝を地面に付いたまま、背後を水平に線を引く。

 しかし、刃の向かう先に真結良はおらず。



「また消え――」

 ――たのではない。上!?



 肉体動作の限界。眼球だけが上空を向く。

 真結良は絵里が振った一撃よりも更に高く、跳躍していた。

 がら空きの右肩めがけて、渾身の一撃を振り下ろす。

 ――肉体に沈む剣、

 体重に耐えきれず絵里の体が傾き、崩れ落ちそうになる。



 ………………手応えあり!

 目に見えぬ勝利を引き寄せた感覚が真結良の両手に伝わってくる。

 でも、最後まで気は抜けない。相手が市ノ瀬絵里ならばなおさらだ。



 悲鳴すらも起きない衝撃と痛みに歯ぎしりを起こす絵里。

 普通の人間ならば痛みと混乱で動けなくなるところだが、

 持ち前の精神で崩れ落ちそうになる体を奮い起こし、

 更に背を向けて逃げようと全力で走り出す。

 真結良は逃がすまいと、

 柄の端をギリギリまで握ったロングレンジの突きが、

 タッチの差で絵里の背中を刺し押した。


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