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「時間か。…………両者前へ!」
トレーニングスーツを着用した練習試合は、安全を考慮せねばならなく、
必ず教官が審判を務めることよって監視される。
合図によって、お互いが前に出て向き合う。
真結良はスタンダードな剣を。
対する絵里は刀身が細身の剣を選んでいた。
「お互い、思うところがあるようだな……市ノ瀬絵里」
「そうみたいね。口で言ってもわからないなら、体で覚えさせてあげるわ、准尉さん」
不適な笑みを崩さない絵里はわざとらしく真結良の足を見つめながら。
「あらどうしたの? 震えているんじゃない?」
「市ノ瀬。……今度は逃げるなよ?」
「フン。口だけは達者なようね。この世間知らず――格の違いを教えてあげるわよ」
お互いが、武器意外に何か忍ばせていないかを確かめた上で、一定の距離を開けた。
「それでは――両者構え……」
剣を眼前に掲げて、絵里は暫し目を瞑る。
対する真結良は中段の構えで合図を待つ。
「――――始めッ!」
いよいよ火蓋が切って落とされた。
真結良はまず、彼女を数秒観察する。
どうやら以前おこなった、ふざけた降参宣言はないらしい。
――ようやく、彼女のその先を見ることが出来る。
目を開けた絵里は、ゆっくりと切っ先を降ろし、真結良に向けた。
フェンシングのように腕を曲げたまま、手首を水平にした刺突の構え。
「……………………」
睨み付けたまま、絵里は微動だにしない。
相手の反応を待っているからなのか、
あるいは最高のタイミングを模索し、瞬間を待っているのか。
握る柄に、力がこもった。
――さすがはディセンバーズチルドレンといったところ。
どれだけの修羅場をくぐり抜けてきたら、あんな目が出来るのか。
やはり、命を賭して生き抜いてきた人間は気迫がちがう。
コレが、場数の違いというヤツか。
気圧されそうになる雰囲気に飲まれぬよう、
真結良はじりじりと相手との距離を詰め始めた。
私だって、何もしないままに身を窶していたわけではない。
さあ、どう来るのだ。市ノ瀬絵里。
「――――フぅ」
最初に動いたのは絵里の方だった。
ゆっくり歩み寄り、十分な攻撃範囲に入ると、僅かな動作をもって――真結良の頭の高さまでは合ってるが――かすりもしない空間に突きを入れてきた。
一体、なにを……。
「!?」
予備動作もないまま、急に視界から外れた切っ先が、方向を変えた。
横薙ぎ。最短距離にして最速の一撃。
「――ッ!」
死角から襲いかかるL字の軌道は正確無比。
真結良は本能的に腰を反らし、頭だけを後ろに引いた。
誤差…………コンマ数秒。
風圧すらも感じないほど、空を切った本命の一閃が、眉間と鼻先の間を通り過ぎた。
避けてしまえれば、こっちのもの。
「は――ぁあっ!」
絵里の一撃を躱すや否や。冷や汗をかく間もなく、逸らした背中を押し出して前進。反撃に転じた。
相手が行った無駄のない動作は、攻撃後に次ぐ行動にすぐ移せる。
絵里もまた一歩後ろへ。袈裟に降りかかる剣を受けることなくやりすごす。
手始めからレベルの高い試合に、観客席から熱を持った驚きの声でざわつく。
「ふぅ」
小さく息を吐き出し、自分のリズムを取り戻す真結良。
今の一撃……確実に私の目を狙っていた。
顔面への攻撃も、トレーニングスーツによって物理的なダメージを無効化されるはずだ。
――――だが、眼球もその恩恵を得られるのか?
思わず考えてしまった自分の思考を見透かすかのように。
絵里はステップを踏みながら。
「フフフ。笑える……もう恐怖で動けないとか?」
「バカ言うな。本当に口が回るな、君は」
「口だけじゃないって事、証明して――あげるわよ!」
刃の流線が、次々と迫ってくる。
――突き、切り払い、袈裟切り、切り上げ。
息つく間もなく繰り出された四連撃。
左肩、首、胴、再び――胴。
先のトリッキーな攻撃とは別格。かなり速い。持ち前の動体視力でどうにか受け流す。
そして、動作の途切れを見抜いた真結良は、たった一度だけ開いた隙めがけて、
「はああぁ!」
鮮やかな一撃が、絵里の肩を捉えた。
当てた剣を押し込むことなく、触れるようにポイントを奪い取る。
「よっしゃ! 先制!」
サイドに立っていた誠が思わず叫び声を上げる。
真結良は手応えを感じ、距離を離して仕切り直す。
「………………………………」
怪訝な表情の絵里は冷静に、打たれた肩に触れながら舌打ちを漏らした。
この流れを好機をした真結良は再び前進し、剣を振り上げる。
後方に飛び退き、自分のペースを作り出そうとする絵里に、
「させるかッ」
相手のタイミングを崩すべく、剣を振り下ろさず。掲げたまま一気に攻めた。
「攻撃ってのはね……」
待ってた言わんばかりに、絵里は後退をピタリと止め。――静止。
「――こうすんのよ!!」
腰の回転、腕をめいいっぱい伸ばした突き。
前に進む力はどうすることもできず、切っ先は真結良の肩に食い込んだ。トレーニングスーツに直接の影響はないものの、着ていたシャツが突き抜けるほどの威力だった。
「うっ、ぐ……!!」
レイピアの刀身が、威力に合わせて歪曲にしなる。
まるで骨や筋肉を貫通したような、強烈な痛覚。
思わず肩を押さえようとして――その判断が間違っていたことに気がつく。
絵里は容赦なく、崩れた姿勢を狙うようにして、次の攻撃を放っていたのだ。
加速する刀身が――首に叩き付けられ。激しい衝撃が頭を揺さぶる。
視界が閃光したあと、急激に襲い来る目眩の中。手首を打ち弾かれ、剣を落とす。
更に、肘や膝……関節を的確に狙った強打。
霞んだ視界で、彼女が追い打ちをかけようとする姿が見える。
どうにかして彼女の攻撃範囲から離脱しようと試みるも、
剣が、腹に深く差し込まれた。
「グ……ぁ」
鳩尾を中心として、神経が熱を持つような痛みに、声も出ない。
絵里は高らかに笑いながら、シャツの下半分を真一文字に切り裂く。
「止め! そこまでッ!」
続行不可能と見なされ、ポイントを保有したまま、一ラウンドが終わる合図。
あまりにも一方的な展開。
周囲が押し黙ったまま、誰ひとりとして口を開かなかった。
堪らず駆け寄った誠は肩を貸して、よろめく真結良を椅子まで連れて行く。
「おい。真結良ちゃん、大丈夫か!?」
「だ、だいじょうぶだ……すまない」
目の焦点が合っていない。
首に受けた一撃が後を引いているのか。アレだけの攻撃を受けて喋っていられるだけ、十分タフなのかもしれないと誠は思う。
「くっそ、さすがは市ノ瀬だな。食らったらヤバイところばっか攻めてきやがる……おい、真結良ちゃん、俺がちゃんと見えてるか?」
「大丈夫。まだやれる」
やせ我慢だ。これはもうダメだろう。左手がせわしなく震えているのだ。
最初に突かれた肩のダメージが残っている証拠。
「…………やめようぜ。ここまでだ。俺言ってくるわ」
立ち上がろうとする誠を、真結良は彼の袖を掴む。
痛む首を振って、彼の提案を拒絶した。
「流石にその状態じゃ無理だぜ」
「逃げたくない。…………どうしてもだ」
「……………………」
「前に、異形と戦うとき私にお前達は言ってたな。『もう決めたのだ』と……いま思えば、凄い信念だと思う。怪物に懼れず立ち向かう事を、あんな簡単に決断できるなんて」
「別にここで降りたって死ぬ訳じゃないだろうがよ」
「いや、死ぬ」
「はぁ?」
「――コレは、この試合は私の信念だ……私は、私で決めたんだ。甲村達と戦うことを。ここで諦めてしまえば、きっと奴らにも勝てん。軽い気持ちで戦うと宣言したわけじゃない。強情だって思われても構わない。理屈じゃない。立ち向かわなければならない時なんだ。いま逃したら、私はぜったい後悔する。いま逃げたら、きっとまた……あの時のように外から見ているだけの人間になってしまう…………それだけは、もう――イヤだ」
意識虚ろで有りながらも、揺らぎのない思い。
震える自分自身の左手を右手で包み、ぎゅっと握って抑え込む。
誠は彼女を真剣な眼差しで見て、
「なあ……良く聞け」
膝を付き、誠は彼女の高さに視線を合わせた。
「俺はバカかもしれねえが、アンタが勝つ事を望んでいるつもりだ。このままじゃ二度目も同じペースでやられちまう。だから作戦を立てなきゃダメだ」
「――作、せん?」
休憩は短い。誠はとにかくグロッキーな真結良に対して身振り手振りで。
理解させるような説明ではなく、取りあえず頭に叩き込んでおくように、早口でまくし立てた。
作戦だと言った誠の考える内容は、常軌を逸しているとしか思えない発言だった。
「そんな『何言ってんの』って顔すんなって……ようは勝ち負けが決まっちまえばいいんだよ。残り二つ残ったラウンドを、そっくりそのまま戴くって作戦だ」
「また、そんな馬鹿な……」
野蛮と滑稽が頭の中で腕を組み合い、仲良くタップダンスを踊っているような気分。
あまりにも馬鹿馬鹿しくて、辛いのにも関わらず笑いが出てしまったほど。
つまり――笑える余裕が出てきただけ、回復できたってことだ。
「わ、笑うなよな! 俺は勝てればいいって考えてる……力のぶつけ合いで、強い方が勝つ。単純な計算で成り立ってると思ってる。でもそれだけじゃダメなのもわかってる。でも俺の中ではパワーなんだよ。戦いってのは」
言いたいことをなかなか伝えることが出来ないのか、もどかしそうに誠は頭をかく。
「それに、市ノ瀬は〝ド〟が付くほどのSなんだよ」
またもや、話が突拍子もない方向へと歩み出した。
首の痛みよりも、更に大波の頭痛を患わせてしまいそう。
「何を言ってるんだお前は」
「だから、SとかMとかの話だよ。痛いのが好きか、いたぶるのが好きかのアレだよ」
「いや、そういうのを聞いているんじゃなくてだな。もう、馬鹿かお前は」
「アイツはそういうヤツだから、いざって時の行動も自ずと解ってくるんだよ! アイツの弱点ってのはなぁ――――」
更なる説明を重ねるべく、論説が下手くそなトサカヘアーの男は、とにかく言葉の量だけが多くて――基本、中身がスカスカな言葉の流れを耳に入れてくる。
痛みによる苦痛を背負っている状態。誠の言葉に呆れと怒りとが混合する。
……が、他ならぬ私のため、懸命に話しているのだ。憎むにも憎めないものがある。それがなおのこと憎らしい。
フィールドでは肉体的な疲れと、合間には精神的な疲れ。
――この試合。どうやら、私が『休憩』できる時間はないらしい。




