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観戦席には三人の問題児が座っていた。
エリィを中心にして、遙佳と十河が左右を挟む構図。
会場の中心には、選手に当たる絵里と真結良。
介添えには那夏と誠がいた。
「うへー。エリもマユランも、バチバチじゃのぉ」
「そりゃあそうだろ。あの二人、最初に出会った時から気に入らないもの同士のように見えてたし……」
いっそのこと、だらだらと拮抗状態を続けるくらいなら、
この場で白黒つけてもらった方が、こちらとしてはありがたいというもの。
顔を合わせるたびに、くだらない衝突を見るのは、こっちとしても嫌気が差すのだ。
十河は絵里を応援していた。自分自身に掛かってくる損得勘定で考えれば、谷原真結良が勝利して、良いことは一つもない。
市ノ瀬絵里はどちらかと言えば前線で戦う兵士よりも、後方で指示を出す参謀向きだと思っていた。実際どれだけの実力があるのかは定かではない。対して異形と出会った時に震えていた谷原も、本当の意味で外界で培ってきた実力を見ることが出来る。
「もうすぐ試合開始か。――んにしても、どっから聞きつけたのか、ギャラリーが多いのぉ。上級生もいるではないか」
「そうだね。普通、練習試合なんてのは見に来る人はいないんだけど」
恐縮した遙佳はエリィに相槌をうち、十河も釣られるままにざっと見回してみる。
さすがに席を埋め尽くしている……と、まではいかないものの。
圧倒的に空席が目立つ中、大まかに見て二十人強の観戦者がいる。
「………………堕ちたエリート転校生と、入学式に首席を返上した問題児。カードとしてはこれほど面白そうな試合はないだろ。少なくとも実力があると言われている二人だ。気になって見に来る生徒はいるだろうな」
「なるほどじゃ。トウガ。どっちが勝つと思うよ?」
「さあね。市ノ瀬がどれだけの技術を持っているのかはオレにもわからない。対する谷原は前の学校でなにもやっていなかった訳じゃない……」
「んで、つまり?」
「――わからん」
「散々思わせぶりな態度とってそれかッ………………ふむぅ。ハルカはどうじゃ?」
「うん?」
「どっちが勝つかってことじゃよ」
「二人とも私たちの仲間同士だから、どっちも勝って欲しいなー、…………それじゃダメ?」
「なんとも憎々しいけど愛おしい優等生発言。だけどそんなんダメじゃよ。勝敗はどっちかで、引き分けなんて都合の良いことないんじゃから。……我はエリを応援しとるぞ」
「へえ意外。それまたどうして?」
「簡単じゃ。マユランが勝ったら勢いに乗って、我を授業に引っ張ろうとするかもしれんからな。ここらでプライドをぽっきりへし折ってもらって、少しシュンとした方が良いと思うのじゃ……なっつんみたいな内気なマユラン、ちょっと良いと思わぬか? な? トウガも内気な女子の方が良いよな?」
「…………………………………………」
遙佳は思わず押し黙って、十河の返答に全力で耳を傾けた。
内気が好きだというなら、これから少しずつ消極的になっても良いと思う。
「……知るかよ。どっちを応援しているかの話なのに、なんで人間の好みになってんだよ」
「で、でででででも、もし、もしも世の中が内気な子に溢れてたら、きっと間宮君は内気な子が好きになっちゃうんだよね!? もしも内気な女の子の中に、地味っぽいけど性格はちょっと明るい系のいろいろ頑張ってる女の子とかいても、たぶん内気な子の方に目が行っちゃうよね?」
「ハルカ……なんじゃその質問は」
「好きかどうかはさておき、現実的に考えれば多い方に傾くのは当然なんじゃないか? ほとんど二者択一でもないんだから。蔵風、いったい何を聞きたいんだ?」
溜息をつく十河は、目を合わせることなく、どうでも良さそうに会場を見続ける。
「ふぁ、ぅ」
おもいっきり墓穴。しかも取り乱しすぎて質問の意味が、自分でも良くわかっていなかった。っというよりその質問じゃ例外的な逸脱が彼の中で発生していない限り、答えはほぼ一つなワケで。
――嗚呼、話してるだけなのに心臓ばくばくです。
勇気を振り絞って、聞いたというのに……。なんてことなの私。
「あの、……つつつまりぃ……そのですね――ま、間宮君は卵焼きは醬油派? 砂糖派?」
「………………オレ、ソースと醤油のブレンド」
「なんじゃそら邪道ッ! 何がブレンドじゃ。オシャレ気取りか!? そんな所で個性的アピールでもしとるんか?」
「うっさいな。余計なお世話だ。人の味付けにケチつけるな」
「ちなみにじゃな我は砂糖アンド蜂蜜ミックス。油ではなくバターで焼くのが秘訣じゃ」
「お菓子かよ。お前も十分に爛れてるじゃないか」
「私……ケチャップだなぁ」
「見事にバラバラッ! …………あれ? 何を話してたんじゃっけ?」
「どっちを、応援するかだよね? ね?」
見事に話をひっかき回してくれたおかげで、私の自爆質問がうやむやになった。やった。
「トウガはどっち応援じゃ?」
「…………市ノ瀬」
「ほおう。なんでじゃ?」
「……………………………………別に」
間宮君がそう言っているなら、私も……。
「私……やっぱり真結良ちゃん応援かな」
――ここは同調するわけにはいかなかった。
ようやく並んだ二人の視線が、遙佳に向かう。
さっきまで耳まで赤くなっていた姿はなく、温かな眼差しが、舞台に注がれている。
「私は、真結良ちゃんが戦おうとしている理由に悪いことは無いって思ってる。確かに皆が言うようにいきなりなところはあったけど…………彼女は自分の為なんかじゃなく、荒屋君や吾妻君……仲間の為にこうなっているわけで。絵里ちゃんも自分の意志を持ってたし、決して悪いわけではないけど、それでも私は真結良ちゃんに頑張って欲しいかな」
「優しいのぉ。天使じゃのハルカ……感激じゃよ。トウガも見習え!」
理不尽な発言に、十河はようやく首を回して非難めいた表情でエリィを見つめた。
「いやいやいやいや。お前、オレと同じ市ノ瀬応援派じゃないのかよ……お前さっきから聞いてりゃ、いってることメチャクチャだな!」




