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――そう。コレは練習試合ではない。……殺し合いなのだ。
ただならぬ雰囲気を持ち、別の更衣室では、一人の女生徒がトレーニングスーツに着替えていた。市ノ瀬絵里である。
ロッカーの中には、綺麗にハンガーに掛けられた制服。たたまれた下着。いつも持ち歩いているノートパソコンが入ったケースが置かれている。
一糸纏わぬ彼女は、ゴム質のトレーニングスーツに身を包んでゆく。
スーツは首から下の全身を覆うおもであるが、伸縮性があるため、一回り小さく作られている。着たときに肌に張り付いてくる感覚は、未だに慣れない。
スーツの上にはシャツとハーフパンツを着用し、動くときに邪魔になる髪の毛はヘアゴムで束ねる。
――準備は完了した。あとは時間を待つだけ。
着替え終わった頃合いを見て、稲弓那夏が顔だけを覗かせる。
どうして、いつも申し訳なさそうに顔から部屋に入ってくるのだろうか。
「そこでじっとしてないで、入ってきたら?」
背中越しに、ストレッチをしながら絵里は迎え入れる。
無言で那夏は小走りで近づき、彼女が座っている隣に並んだ。
「――なにか、用?」
「ううん」
「………………っそ」
素っ気のない会話であったが、那夏は心配して来てくれたのだろうと絵里は解釈した。
普段、那夏は多くを語らない――いや、むしろ言葉足らずな所が多く見受けられるのであるが、思っているよりも彼女は合理的な所がある。用がないのにわざわざ控え室まで足を運んでくるような事はしないのだ。気心知れた仲とはよく言ったものであるが――大まかな行動や気持ちを察することができるというだけ。
彼女が何を考えているのか。アタシにだって細かいところはわからない。アタシも那夏には知られていない部分がある。その二つが相殺されてゼロになってしまえば、残されるのはお互いを知ったる関係だけが残る。
「絵里ちゃんは……なんで?」
少ない情報量から、アタシは『どうしてそこまでして、谷原真結良を毛嫌いするのか』と、その問い質しだと思った。
「……誰だって、嫌なヤツの一人や二人は、居るでしょう? 反りが合わないとか、人間的に嫌いなやつとか」
那夏は曖昧な返事をする。彼女は元から誰かを疎んだりするような性格ではないから、たぶん理解できないかもしれない。
「アタシは谷原のやり方が気にくわないだけよ。どうして気の乗らない相手が提案することを素直に受け入れなければいけないの? その内容が良いことだからとか、悪いことだからとか。そういう問題じゃないのよ」
――あえて本当を語らない。でも嘘はつかない。嘘をつくことは彼女に対しての裏切り行為になってしまうと思うからだ。
「前に、ヒーローの話をしたわよね」
「うん」
「ヒーローは正義を守り、人を守る。…………じゃあ、悪役はどうして悪を働くの?」
「え、えっと。うんと。……悪いことが、したいから?」
「それもあるかもね。でも、悪も悪でしっかりとした理想と信念を持って活動してるのよ。だから多くの人間が悪役として登場するし、沢山出てくる名前のない構成員とかいるわけ」
たとえ話が、どこか熱を帯びていると感じた那夏は考え、しっかりと理解した上で頷いている。
「悪もね。自分たちの理想を持って突き進んでるのよ。そこには決してぶれない一本の筋が通ってるわけ。だから手下達は付き従っている。自分たちの理想を守るために、ヒーローに抵抗するのよ…………だから、アタシは何かを守るためならば、悪でも構わない」
那夏を見ることなく、絵里は自分の拳を見つめた。
「例え、どんな風に見られたって構わない。アタシは悪を貫く。例えソレが間違っていようとも、アタシにも譲れない部分があるってこと」
間違っていることでも、それを貫き通そうとする信念。
彼女の中に、一体どんな思いがあって、この試合に臨もうとしているのか、
那夏は更なる問いを重ねようとしたところで――時間が来てしまった。
ゆっくりと立ち上がり、額の髪の毛を優雅に掻き上げた。
「時間ね――ソレじゃあ、ちょっと戦って、正義の鼻っ柱をへし折ってくるわ」




