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代表戦は数日かけて開催され、
その日程は学校が支給している携帯端末に、メールとなって送信される。
甲村寛人の発言通り、登録は彼が行ったらしく、問題児班にも代表戦の通知が来た。
――よりにもよって市ノ瀬絵里が申し込んだ練習試合、真際に……。
「へえ。三日後だってよ。代表戦」
隣に立っている荒屋誠は自分の携帯端末を見つめながら緊張感なく言った。
三日後だろうがなんだろうが、トレーニングスーツに身を包んだ真結良にとっては、本番さながらに――気をはり、ゆっくりと深呼吸を繰り返していた。
――一足早く、二人は会場の舞台に居た。『特殊エリア』の内部にある訓練施設。授業で使っている『修錬場』と同じで二階席には観戦用の席が設けられ、一階はまっさらな地面が広がるだけのフィールド。本来ならば一年生が使うにはなかなか許可が下りない立派な場所であったが、恐らく市ノ瀬絵里の手腕によるものであろう。
この時期になると自主的に練習試合を組むのは珍しいことではなく、
どこの班も代表戦の調整として、鍛錬の一環も兼ねて模擬試合を行う。
こうも簡単に会場をセッティングできるはずがない。おおよそ正規の手続きを踏んでいないのだろうは、想像に難くなかった。
何もないフィールドにはパイプ椅子が一つ。距離を開けて向こう側にも一つ置いてある。
休憩が入ったら疲れるだろうからと、誠の配慮からだった。
対戦相手は『問題児』――市ノ瀬絵里。
たとえ、問題のある生徒であるとはいえ、
彼女もまた異界から生還した帰還者。あの『ディセンバーズチルドレン』なのだ。
簡単に事が運べるような相手でないことは、承知している。
「真結良ちゃん。緊張してんのか?」
「……していない。だいじょうぶだ」
むしろワクワクしている。と彼女の中に潜んでいる本心を口には出さなかった。
今回は代表戦前の〝練習試合〟と銘打っているが――実際はそんな簡単な枠組みでは収まりきらない。勝敗によっては市ノ瀬絵里が代表戦に参加してくれるかどうかの、大切な一戦なのだ。
それに、吾妻式弥も問題児の班には入れない。
もし負けるようなことがあれば、私は彼を裏切ることになってしまうのだ。
――市ノ瀬絵里も軽い気持ちで参加するとは思えない。
ずっとディセンバーズチルドレンがどのような戦い方をするのか、気になっているところがあった。心は勝たなければいけないとプレッシャーを感じつつも、どこかで戦えることに対して高揚している自分がいるのも、また事実であった。
「ルールの方はちゃんと憶えてるか?」
「あぁ。問題ない」
今回、練習試合のルールは、
授業とほとんど変わりがないが、市ノ瀬絵里の指定で、
少しだけ変更が加えられている。
――模擬戦闘用武器のみ使用を許され、
武器の形状は大きさ共々、数種類の中から好きに選べる。
――各自与えられている持ち点は十ポイント。
攻撃がヒットする度に、持ち点は減らされ、
最終的に相手のポイントをゼロにした方が勝ちとなる。
――試合は三ラウンド式で行われ、合間には休憩が挟まれる。
制したラウンドの多い方が勝ち。最短で二連勝すれば勝敗は決する。
「どうした荒屋。心配そうな顔をしてるな。ルールはわかってるぞ?」
「気になってるのはそこじゃなくて、……なあ、真結良ちゃん。市ノ瀬には注意しといた方がいいぜ。アイツはああ見えても一年の中でトップクラスの実力を持ってるからな」
「それはそうだろう。なんせ異形に立ち向かう事の出来る、噂に名高いディセンバーズチルドレンだ。油断なんかこれっぽっちもしていない」
「いや、そういうわけじゃなくってだな……」
誠は頭を掻きつつ、真結良を見た。
「真結良ちゃん転校生だから知らないんだっけ? アイツ入学式で一年生代表だったんだよ」
「――――……………………は?」
「いわゆる『首席』ってやつ。みんなそのこと知ってるから、市ノ瀬だけは俺らの班の中で、唯一なんも言われない人間なんだよなぁ。一発目で実績を見せつけた人間だから……っつても入学試験は筆記だから、戦いには関係ないんだけどもよ」
ぽかんと口を開けた真結良。動揺はほんの少しだけ。
無意識に拳を握っていた。心臓が高鳴る。
「彼女は、一言もいっていなかったな」
「そりやぁそうだろ。市ノ瀬ってそういった肩書きなんて、どうでもいいって思うようなタイプだからな」
思わず片手で顔を塞いだ真結良。
少しだけ笑いそうになった自分を押さえつけた。
――それは、面白い。
首席にして、問題児……だと?
どこまで天の邪鬼な女なんだ。
「く、…………ふふ」
「なんで笑ってんの? ここ笑うとこか?」
コレが笑わずにいられるか。
私にとっては訓練所に来てから、毎日が挑戦の連続だ。
人間関係。友人。後悔も喜びも、喪失も充実感も。
外界では決して得られなかったものであると――言える。
一年生の首席か、……自分がどこまでやれるのか試せる又とないチャンスだ。
きっと彼女は――手を抜いて挑んでくるような真似はしないだろう。
「ところで、市ノ瀬は荒屋よりも強いのか?」
今度は誠が呆ける番だった。この後すぐに試合があるというのに、まさか自分の事を聞かれるとは思わなかったからだ。誠も考え悩まずに答えを返す。
「なにいってんだよ真結良ちゃん。俺は常に自分が一番最強だって思ってるし。それに本気出したら、俺かなり強いんだぜ?」
優越感の塊みたいな男は、胸を張って高らかに――自らを誇るのだった。




