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<7>

「…………おい。いったい何を考えてんだ。あんた」


 普段は()(もく)な間宮十河でも、今回の出来事には呆れを通り越して怒りを。

 沈黙を良しとすることも出来ず、口が先行する。

 ――代表戦。対戦相手の決定。

 それはあまりにも唐突。現場に居合わせなかった者たちは困惑と不満に襲われ、どう返して良いのかも解らない状態だった。

 真結良の加入から二度目の全員集合は、彼女が入った時と同様、空いている教室を無断で使用していた。

 途中、同じような目的で知らない生徒が扉を開けて入ってこようとするも、室内に異様な敵意が充満しているのを感じ取ったらしく、ゆっくり扉を閉めて逃げ出してしまうほど、雰囲気が悪くなっている。



「なぜ、よりにもよって甲村班が相手なのか、明確な理由が欲しいのだが?」


 十河は代表戦に興味は無くとも、彼らの大まかな順位は把握していた。

 今までの問題児(ノービス)であれば、わざわざ上位のグループを選んで目立つような真似はしない。

 今回も、その流れが()(とう)であると思っていた。問題は無くとも、やる気の無い連中を代表戦に誘い、特に波風を立てることなく課題を消化する課題を消化するイメージが、彼の中では完成されていたのだ。

 ――なのに、どういうわけか決まった代表戦の相手は、影ながら望んでいた相手よりも、ずっとレベルの高い班。

 自分達のことを試している、あるいは破滅させようとしているのではないかと――十河の中では真結良に対する()()が日増しに強くなっていた。



「…………あの、ソレで更にちょっと、お願いがありまして」


 申し訳なさそうな――いや、心の底から申し訳なく思いつつ、遙佳は教室の外で控えていた生徒を呼び出す。

 入ってきたは、ほとんど前髪で目が隠れ、分厚い眼鏡を掛けた存在の薄そうな生徒。

 ――――吾妻式弥だった


「は? …………誰? その気色悪い男子」


 当たり前のように吐かれた暴言。絵里から見れば、どこの馬の骨ともわからぬ人間。警戒と嫌悪感と言い知れぬ不安が三等分されたような顔つきをしていた。

 真結良と遙佳は、なんとかして納得してもらおうと、たどたどしい説明ながらも――かいつまむような事はせず、事細かに順序立てた。

 吾妻式弥はずっと甲村班にいじめられ続け、その矛先は真結良にも向いていたこと。

 そして、今日――誠と甲村との間でいざこざが起きて、勢いのままに代表戦を取り決めてしまったこと。式弥は自分一人で班活動をすると言っていたが、甲村寛人と彼の関係を目の当たりにした遙佳が黙っていられず、せめて代表戦だけでもと、彼女自ら班へと招いたのだった。



 説明が終わると、曇った表情と共に真結良が頭をゆっくり下げる。


「…………本当に、すまない。本来だったら君たちに説明をしなきゃいけないことなのに」


 黙って聞いているが、十河と絵里は聞いているだけで、その心は納得どころか、より不満の気持ちを強固なものとしたのだった。


「わかってるじゃない。その通りよ。――で、この落とし前はどう付けるわけ?」


「今回の代表戦。絶対に勝ちたいんだ。彼らに勝てれば、今後、我々も吾妻にも理不尽な仕打ちはしないと約束したんだ。…………どうか頼む。代表戦が終わる一時だけ。彼をこの班に置いてはもらえないだろうか」


 更に頭を深く下げて、真結良は必死になって(こん)(がん)する。


「…………何もかも、勝手に押し進めて、ふざけんなって話だわ。それに一時のメンバーですって? そんなのと代表戦なんかできるわけないでしょ」


 絵里はついに立ち上がり、メンバー全員を見遣る。


「ほら、言ったでしょう! アタシは谷原が入ってくる事に反対だったって。――彼女は疫病神。厄介ごとばかり持ってくる。しかも入ってすぐよ。何を考えてるのかアタシには理解不能だわ」


 もはや嫌悪を隠そうともせず、絵里は真正面から真結良を(きゅう)(だん)した。

 ただただ、空気だけが重くなってゆく。雰囲気を壊すことに掛けては一番のエリィでさえも、彼らの複雑な事情に軽口を挟もうとはしなかった。


「…………お願い間宮君。彼の為にも、一緒に戦ってくれないかな?」


「お断りだ。……なあ蔵風。なんでお前がいながら、そんな面倒なことを良しとしたんだ」


「――――それは」


 ぐうの音も出ない遙佳。そのまま俯いてしまった。

 間宮十河は腫れ物にさわるかのような目つきで、式弥をじっと見つめる。

 特に威嚇してないにしろ、彼の表情に気圧されて式弥はただ縮こまった。


「谷原の次は、アンタかよ……本当に面倒だな」


「あー、残念。土下座決定ね。アタシは死んでもやらないけど……ご愁傷様」




「………………おい、黙って聞いてりゃあ、言いたい放題言いやがって!」


 机を蹴り飛ばした誠。


「ぎゃんッ!?」


 前にいたエリィはとばっちりで奇妙な悲鳴を上げた。


「好き勝手言ってるのはどっちなんだよ! やりたく無いだのコレは不満だのとガキみたいな事をベラベラ並べ立てやがって!」


「アンタも餓鬼でしょうが」


「うるせえな! 市ノ瀬、お前は何も感じねぇのかよ!」


「ハァ?」


「こうやって頼んでるんじゃねぇかよ。少しは協力してやろうって気はねぇのか?」


「何が協力よ。好き勝手を笑って受け入れて『一緒に頑張りましょう』って? バカ言わないでよ。そこの男子だっていじめられるような要素があるからいじめられるんでしょ。アンタだって普段から行いが悪いから、絡まれるんじゃないの?」


「――――うぅ」


 立つ瀬がない式弥は両手を握って、猫背を更に丸めた。


「なぁ。……俺たちは誰も信用できねぇから、少しでもわかり合えると思って、自然と集まったんだろ!? アイツらは委員長を真結良ちゃんも、そこの吾妻のことも『クズ』だのと馬鹿にしやがった。これ以上に戦う理由が必要なのかよ? 仲間がそこまで言われて、我慢できるって言うのかよ!」


「ハッ。つくづく馬鹿ね。体育会系でもあるまいし。その程度で感情的になってたらキリが無いわ。暑苦しいのは余所でやってちょうだい」


 誠が必死になって主張するが、絵里は全てにおいて冷たい瞳で受け流すだけだった。



「わ、わたし……いいよ。手伝うよ?」


 言葉の応酬が続く中、――ずっと気配を消して座っていた稲弓那夏はか細い声で割って入る。


「戦いたい、わけじゃないけど……で、でも。これで……もし勝ったら、い、いじめられなくなるし……それって、いいこと……じゃない、かな?」


「那夏…………アンタ」


 驚きつつ首を回す。視線が合うと、彼女は特に意味なく純粋に微笑む。


「い、いじめられるのは、だれだって、いや……だよね?」


 絵里はまるで自分が非難されているような気持ちになって目を逸らした。


「もういい。…………じゃあ、アンタ達で仲良くやれば」


 それ以上、誰も言うことはなく。彼女に一番近しい那夏も困惑しておろおろする。

 意見が離れてゆく事に嫌気が差した絵里は大股で去り、

 教室の扉に手をかけた。



「………………………………」


 真結良は、距離が開いてゆく絵里を眺めながら唇を噛む。

 コレではダメなのだ。市ノ瀬絵里を孤立させてしまうことは、私の本望ではない。

 ――こうなったら、是が非でも参加させてやる。

 真結良の決意は固かった。

 甲村班との代表戦……班の功績以上に、価値あるもの。譲れないものがあるのだ。

 今後の訓練所生活、班のメンバーに嫌われても構わない。

 私は、ここで彼女の孤立を許してしまったら、きっと後悔してしまうだろう。



 ……頭の中。高速で回る思考。

 絵里が部屋を去ろうとするよりも早く、彼女を声で引き留める。


「市ノ瀬絵里……」


「何よ。まだ何か言いたいことがあるの」


 プライドの高い人間は、相して自分の自尊心を触ると、感情が揺れる。

 彼女、市ノ瀬絵里は今までの言動から、大層なプライドを持っているに違いない。

 そこを左右に振ることが出来れば、話に乗らざるを得なくなるだろう。


「……君は逃げだすのか(・・・・・・・・)?」


「……………………………………………………なんですって?」



 ――あぁ。コレで彼女と仲良くなることは、もう出来なくなるな、きっと。

 泡と消えてゆく『友達』の可能性。始めたからには戻れない。どうせ修復不能な関係になるなら、こちらの思い通りになるまで粉々にしてやる。


「聞こえなかったのか? 市ノ瀬絵里さん(・・)。いつも散々、人を見下していい気になるだけなって、いざ自分が負ける立場に立たされたら難癖つけて退散か。――本当に策士だよ。君は」


 ――部屋の空気が、二度ほど下がった気がした。

 当事者二人を除いて、重油でも飲まされたような顔をしている。

 無表情であった十河も、このときばかりは一体何を始めるつもりだと言いたげに眉を上げて、真結良を見遣る。

 人を傷つけるのは嫌だ。ましてや班の仲間をこうやって侮辱するのは心が痛い。だけど、やらなくてはいけないのだ。

 複雑な気持ちを表情に出さないようにしながら、

 真結良は近くにあった席へとゆっくり座った。



「アンタ……誰に向かって言ってるのよ」


「おや。理解できなかったか? それとも言葉で一から十まで説明しなくてはわからないか? いま会話しているのは君と私の二人だけだろうに」


 これから何が起ころうとするのかは、相手の感情とこちらの思惑のみで展開される。

 周りの人間は、固唾を呑んで見守ることしか出来ない。

 ドアから手を離し、腕を組んだ状態で、絵里は真結良の座っている前まで来た。

 おもむろに腕を解き、片方を高らかに掲げ、

 彼女の机に向かって振り下ろした。

 バァン、と。力任せに叩き付けられる音が室内に響く。

 彼女の手のひらを心配してしまうほどの音だった。

 那夏、エリィ、式弥はあまりの音の大きさに体を震わす。


「――アンタ、…………調子にのってんじゃないわよ。外から来ただけの世間知らずのくせして。勝手にアタシ達の班に入り込んで、挙げ句の果てには勝手な行動とって偉そうに面倒事を持ち込んできて。いったい何様のつもりよ」


 真結良もまた、一歩も引かず絵里と正面切って見つめた。


「たしかに私は世間知らずかもしれない。外から来た、よそ者であることも認めよう。でも……班が――チームというものがどういうものなのかはわかっているつもりだ。それに関しては外だろうが中だろうが関係はない。……仲間が、仲間が侮辱されたのだ。それでも何事もなかったかのように、……『争い事は良くない。黙っていろ』と、優等生なアドバイスを彼に与えるのか? この班は君の班でもあるんだぞ。君はいま、確かに言ったはずだ。『アタシ達の班』だと……」


「……………………」


 思わず、絵里は誠を見る。

 彼はどこか寂しそうな表情だった。


「理不尽な扱いに耐えるのは立派だ……しかしな、耐えさせることと、見て見ぬフリをするのは違う。私は奴らに教えてやりたい。ココにいいるメンバーは、決して責められるべき人間ではないということをな」


「やっべー。マユランかっくいーな」


 横やりを放ったエリィに、遙佳が肩に手を置き、

 もう片方の手で、人さし指を自らの鼻先に添えて、小さく微笑んだ。

 エリィも言いたいことを察したのか二、三頷き自分の口をチャックする仕草。



「戦わないで済む方法は、いくらでもあるかもしれない。私は確かに何も知らない世間知らずだ。君の事情もここにいる皆の事情も知らない。…………でもだ。戦わなくちゃならない時があることは知っている。今回の問題は、正にソレなんじゃないか?」


 流れは完全に真結良の側にあった。


「……力を貸してくれ。市ノ瀬絵里。この班に居る限り――君も仲間だ。……仲間として、仲間の為に戦ってほしいんだ」


「…………………………」


 断れば、市ノ瀬絵里は今とは違う立場に立たされてしまうだろう。

 少々、汚い手段ではあったが、少しでも仲間の事を考えて欲しい。

 そのために、歩み寄って欲しいという願いがあった。



「…………………………………………いいわ。やってあげる」


「ほ、ほんとう――か?」


「ただし、条件があるわ」


 ――私の熱意が届いたと思ったのは一瞬だけ。

 声に怒りを抑え込もうとする姿勢が見えたが、それでも表情に出ていた。

 アンタがそう言うなら、と。顔いっぱいに広げる不適な笑み。

 屈託のない――という言葉がよく似合う、純粋な笑み。でも目が笑っていなかった。

 表情とは真逆の、邪悪な瞳だった。

 ストレートの長い髪がさらさらと流れる。

 …………彼女を知ったる人間からすれば、その笑みに裏がある。あるいはとんでもない策略を企てているに違いないと、一抹の不安を抱かずにはいられない。

 それが市ノ瀬絵里。一筋縄には行かないのが彼女なのだ……。

 再び腕を組んで、とても同い年とは思えない冷たい視線を下げる。


「アタシと勝負しなさい谷原。……(ぜん)(しょう)(せん)ってやつね。もし勝てることが出来たら、今回だけは味方になってあげるわ。アタシ程度に負けるようなら、アンタはその程度の人間だったってこと。……そこの男子をウチの班には()れないし、力も貸さない。……(いさぎよ)く『ごめんなさい』して、土下座でもなんでもしてくることね」


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