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<6>-4

 

「お!? 真結良ちゃんと委員長じゃん。こんなとこで会うとは奇遇ってやつじゃねえの?」


 手をひらひら。髪を逆立てたスタイルの少年。荒屋誠は、がに股で歩いてくる。


「……………………」

「……………………」

「……………………」

「――うぅ、グス」


 三人の少女は一瞬でぶちこわされた空気に、ちょっとした殺気が立ちこめ、

 その中で黒一点の少年は鼻を(すす)る。


「………………………………………………あっれー、も……もしかしてお邪魔さんでした?」


 何やら異様な雰囲気。とんでもなく繊細な会合っぽいものを、横っ腹から無遠慮に風穴をブチ開けてしまったと、鈍感な彼でも察っすることができた。

 さっさと去れ。そんな目配せを真結良は送ってみせるが、


「えーっと、……おおおおっと!? そこの美少女は誰よ? ちーっす。委員長の友達(ダチ)かなんかか? お? すっげーじゃん。刀ぁ引っさげてんじゃん。ひょっとしてエリートさん的な?」


 ポケットに手を突っ込み、前屈みで覗き込む誠。

 彼が取った判断は場の空気を変えること。もちろん失敗である。

 とことん空気の読めない男だった。


「あ――あの。わ、私……そろそろ行かなきゃだから、ごめん。真結良ちゃん、蔵風さん。またね。……が、がんばってね」


 揺れる刀を押さえながら、逃げるようにして喜美子は去って行った。

 あれでは、不良に絡まれてるのと大差は無い。


「……荒屋誠」


「な、なんでしょうか」


 睨み付ける真結良に、

 自然と引きつった表情が形成される誠。


「お前というやつは――――……いや、もういい。なんでもない」


 わけがわからないと言った表情。

 ずっと背を向けていた少年が気になったのか、誠は顔を確認する。


「お? お前、吾妻じゃん。なにやってんだよ」


「グス……ど、どうも」


「え? 泣いてんの? 委員長――は、ねぇか。……真結良ちゃんに泣かされたのか?」


「――っ! 何でそうなる! 貴様は私の事をどんな目で見ているんだ!?」


「じょ、じょうだんだよ。ちょっと思っただけだって。単純な消去法的なアレだよ。そんな剣幕で凄むなって。その拳下げて下げて。ぼ、暴力はんたーい!」


 両手を高く上げて降参のポーズを取る誠。場が和んできた――と勝手に思ったのか、誠は()りげなど一切なく、ちゃっかりと喜美子が座っていた椅子に腰を下ろし、開いた足に片方の肘を乗せた。


「んで、なんかあったの?」


「…………お前、本当に切り替えが早いし、腹が立つほど遠慮が無いな」


「荒屋君、それは流石に……」


 二人の非難も意に関せず、


「じゃあなんで泣いてたんだよ。またあの野郎どもになんかされたのか?」


「い、いえ。そうではないんですけど」


 否定する顔に残っていた何かを、誠は見逃さなかった。


「顔面赤くなってっけど。それ殴られたんだろ? 前にも言ったけどもさ、やられたらやり返せよな。あんな奴らなんか数だけで大した事ねえんだから」


 ――またそうやって野蛮なことを。暴力反対と言っていた人間が聞いて呆れる。

 吾妻式弥の性格上、()()みになんてしないだろう。まったく参考にならないアドバイス。


「なんか困ったことあれば言えよな。オレもあの野郎どもは気にいらねえし。……だからといって、お前の代わりに報復を代行するとか、セコいことはしねえけど。ま、そんなふやけたお願いしてきたらお前の方をグーで殴るけどな、ダハハハ」


「…………………………」


 なるほど。それが荒屋誠なりの〝優しさ〟なのだろう。

 素直に式弥は遠慮がちな礼を述べた。



 話に一区切りが付いたところで、誠は遙佳の方に向いた。


「でさ。ここに来たのは、偶然だったんだが、ちょうどいいや。委員長に話あるんだけど」


「ん、私? なぁに?」


「代表戦の話だよ。どうせ誰も提案してないんだろ? どの道やらなくちゃいけないし」


「他の皆は、どうなんだろ?」


「市ノ瀬はどうか知らんが、那夏ちゃんは頑張ってくれるだろうけど、ミニ子はぜってー出ないし、十河もやる気ないだろ? 俺はどっちでもいいけど、早めに決めとかなきゃ人数の関係もあるから、フルメンバーで行くことになったら大変じゃね?」


「荒屋君の言うとおり、うちの班も早く決めなくちゃ。真結良ちゃんは代表戦出たい?」


「一応、私は班の新人だからな。ちゃんと参加させてもらうよ…………吾妻式弥。君の方はどうするんだ?」


 少しだけ悩むそぶりを見せるが、きっと彼の中ではもう答えは出ているのだろう。


「…………ボクの方は、新しく班を作って、一人でやってみます。刻印が使えなくても、頑張れるところを、見せられるように、……します」


 自信なく、たどたどしい答えであったが。強い決意。

 それが彼の選んだ道だ。真結良は彼を尊重して頷く。


「どうしたお前、急に男らしくなったな? 恋でもしたのか?」


「え!? なにを、い、いきなり……」


 女子二人は予想外の言葉にぽかんとする。


「だってよ。よく言うじゃん。恋すると強くなるとかなんとか。……小説とか、映画でもでもあんだろ?」


「そもそも、君は小説を読むのか?」


「あ! 真結良ちゃん。それ(へん)(けん)だぜ?」


 完全に的外れの指摘に、遙佳はただ苦笑するしか無く、

 笑いが起きている中、式弥だけは、彼女――谷原真結良の横顔を見ていた。



「なんでもいいや。お前が強くなれば甲村の連中なんかどうってこと無くなるはずだぜ」


「…………はい。がんばり、ます」


 否定的な答えを返さず。小さく頭を縦に振った式弥。

 いつのまにか休憩所には誰も居なくなっていた。

 話している声はやけに反響する。

 そこで、急に誠は眉を寄せ口を真一文字に結び、

 聞こえるように舌打ちをした。引かれるようにして彼に視線が集まる。


「――噂をすればなんとやら、って本当にあるんだな。……めんどくせえ」


 急に殺気立った誠の見る先へ、真結良も顔を回してみると、

 ――そこには、こちらを直視しながら近づいてくる五人。甲村班の姿があった。


「誰かと思えば、問題児(ノービス)の連中じゃないか……」


 にやにやと、泥水のような笑みを浮かべながら(こう)(むら)(ひろ)()の第一声。


「何か用か?」


 真結良は警戒しつつも、なるべく表情に出さぬようにした。


「用も何も……誰もいないところで座っていたら、否が応でも目立つってものでしょ?」


「…………それじゃあ、目立たぬよう、我々は退くとしよう。……みんな移動しようか」


「いやいや。俺たちは、そこの彼に用があってね」


 びくりと体を震わせる式弥。


「彼以外は必要ないから、是非とも退場願おう」


 温厚な遙佳でさえも嫌悪感を顔に広げて机を見つめる。



「――……いやだね。俺はどかねえよ」


 彼女たちの思いを代弁したのは誠だった。


「荒屋か。……早くも、問題児の仲間入りした谷原と、仲良くしちゃってる感じか?」


 ひやかしに、寛人の横で和夫はケラケラと笑う。

 ――毎回毎回、ほんとに飽きないな。

 閉鎖されている空間において、同じような日々を送っていると、悪い刺激が欲しくなるのだろうか? だとすると彼ら問題児は格好の的として見ているのだろう……。


「なあ、荒屋……お前みたいな人間に友達ができてよかったなぁ?」


「あ? うるせえよ……ぶっ飛ばすぞ」


「荒屋君。暴力はダメだからね」


「――チ、わかってる」


「おお。怖い怖い。そんな風に噛みついてくるから、問題児(ノービス)なんて呼ばれるんだよ」


 寛人は鼻で笑って、更に(あお)る。

 誠は音を立てて両足を机に投げ出した。


「吾妻を貸す気はねえ……さっさと消えろ。うざってぇから」


 いつでも飛びかかる準備はできてるんだよ、と言いたげに彼はリーダーの寛人を睨め付けた。


「野蛮だなぁ……なあ谷原。あんた本当にこんな連中の班に入って満足してるの?」


「当たり前だ。私は自分の意志で彼らの一員になったんだ。どうして後悔する必要があるのだ?」


「キャハハハ。やっぱこの子、どうかしてんじゃないの」


「物好きも通り越せば、マジで頭ヤバいと思われても仕方ないんじゃね?」


 祥子と佐織は甲高い声を出す。

 その程度の挑発で激情にかられる真結良ではなかった。

 突発的に、衝動に任せた怒りは湧かないにしても、腹の底に熱を感じていた。


「――――メンバーの中に入って見えてくるものもあるさ」


「んなん見える訳ないじゃん……やっぱアレ? コイツらの班に入っておけば、いろいろ楽できるとか思ったんじゃねーのぉ?」


 何をいってもしようがない……私ひとりならば、やり過ごして済む話なのだ。


「それに、アンタ。蔵風」


「え? わ、わたし……ですか?」


 思わぬ名指しに、遙佳は自分を指さし目を丸くした。


「どういうわけか、アンタの噂って全然聞かないんだよね。だからこそとんでもない問題児なんだろうけど」


「……………………」


「それともアレ? 班の男どもを手玉にとって、自分じゃ悪さしないタイプ?」


 祥子は意地悪く、(しゃく)(さわ)るような言い方で遙佳に言い、


「うっわ、マジ性悪じゃん」


 返答も無しに佐織が同調する。


「そ、そうかなぁ。そう見えるかな。……困ったなぁ。あはは」


「ヘラヘラして優等生を気取っちゃってさ。そのツラの下にどんな問題を抱えてんのよ」


「……………………こ、コレといってなにも無いかなぁって」


 あくまで冷静に、相手の挑発に乗らぬように対応する遙佳。


「真面目くさった態度取って『自分は関係ありません』みたいな良い子やってるようだけど……問題児と(つる)んでいる時点で、他の一年生から見たら、アンタとんでもないお荷物だよ、蔵風」


 祥子の一言に、真結良も感情的に動きそうになって、

 ソレよりも更に早く、誠が口を開いていた。


「おい、テメエ……いい加減に――ッ!」


「荒屋君!」


「んっだよ委員長ッ!」


「――耐えなさい(・・・・・)


 初めて、遙佳が誰かに命令口調で話しかけているのを聞いた。

 まるで、自分までも戒められた気分になって、すこしだけ真結良も冷静さを取り戻す。

 手を出せば、相手の思うつぼだ。この中で一番、引き金が軽いのは誠だと判断した上での声かけだったのだろう。


「…………………………………………」


 誠は天井を見上げ。ゆっくり、ゆっくりと空気を吸い込み。歯の隙間から長く息を吐いた。

 冷静になるように言い聞かせ、同時に我慢もしているのだろう。

 歯を噛みしめているのか、首の筋肉が浮き上がっているのを、真結良は見て取った。

 ――どうやっても、この場が丸く収まるとは考えにくい。

 隣にいるのはただの生徒ではない。争い事が絶えない荒屋誠だ。

 爆弾同然――今にも動き出してしまいそうな彼をこのままにしては置けない。

 荒屋も遙佳も同じ班にいる――『仲間』なのだ。

 仲間を馬鹿にされて、黙っていられるわけがない。

 式弥は固まったまま、動かず。

 彼も同時に、守らねばならないと思った真結良は意を決し。



「いつぞや……お前たち二人が喧嘩していたときがあったな」


 初めて実戦訓練の授業に参加したとき……一触即発で荒屋誠が手を出す一歩手前の光景を思い出しながら、真結良は話し始めた。


「あの時……私が真っ先に思ったことは、荒屋が野蛮な人間だと思ったことだ。その点においてはお前たちと同じだよ。本当に、度し難そうな人間だと思った」


「ここでそれ言うのかよ、真結良ちゃん。けっこうグサッとくるぜ」


 小声で呟きつつ、誠は上に向けていた首をがっくりと落とした。

 ――――だがな、と。真結良は続ける。


「私の認識が間違っていた。荒屋誠ではなく、お前たちの方が質が悪い。……黙っておけば何もおきないと言うのに、自分から火に油を注ごうとして突っかかってくる。……本当に、低脳だな。返す言葉もないよ」


「……――真結良ちゃん」


 心配そうにしていた遙佳は少しだけ驚いた顔。

 口元をわざとつり上げて真結良が笑い、

 誠は彼女に賛同し、よく言ったとガッツポーズ。


「……………………」


 寛人の顔が見る見るうちに、怒りで歪み始める。


「なにこの子、態度悪すぎ」


「最悪じゃん。何が優等生だよ」


「別に私は優等生を売り込んで、この学校へと来たのではない。……君たちが優等生だのなんだのと勝手なイメージを持っただけだろうに。勘違いもそこまで行けば(こっ)(けい)だ。……それにその服装はなんだ? だらしなく制服を着崩して、爪も伸ばし、年齢に不相応なほど化粧を決め込んでいる。同じ女子から見ても、その濃さは目を見張るものがあるよ、驚きだ。……内界ではそんなどぎつい(・・・・)のが流行ってるのか? ……さて、態度が悪いのは果たしてどちらかな? そんな人間たちが揃って問題児(ノービス)がどうのを語るとは片腹痛い。自分の身の振りを(かえり)みることもなく、他人にとやかく言ってのけるとは……浅はかもここまで来れば(あわ)れだよ。同情を禁じ得ない」


 ――よ、よくもまあ、私の口からこんな言葉がぺらぺらと。


「…………うへぇ」


 常に暴力が先んじる誠でさえも戸惑いつつ、舌を巻くほどだった。

 毒の濃さで言えば――まるで市ノ瀬絵里だな。

 遙佳は黙ったまま。すこし可笑しそうに両手で口を塞ぎ、双方を交互に見て、悪戯っ子な表情を浮かべていた。

 後には引けない両者。

 堪えきれず寛人が一歩前へ。


「今度は何を言うかと思えば、人様の批判か谷原。仲間とか言って()()するその姿勢、もうアンタ立派な問題児だよ…………まだわかっていないようだから教えてやる。コイツらは〝クズ〟なんだよ。ゴミクズ以下なんだよ! わかってんのか? お前がどれだけ馬鹿な選択をしたのかって事をわからせてやってんだよ。クズ連中のグループに加わっただけで、いい気になってんじゃねえぞ!」


「――おい貴様、いい加減にしろ」


 真結良は立ち上がって、寛人の胸ぐらを掴んだ。


「真結良ちゃん、ダ――」


『メ』を言う前に真結良は遙佳に向かって手で(さえぎ)る。

 怒りの矛先は一点に、相手をの瞳を凝視し穿(うが)つ。


「聞いていれば私の仲間の事をクズだの何だのと……私のことを悪く言うのは勝手だ。だが仲間のことを悪く言うのはやめろ。お前たちは彼らを何も知らないくせに……知ったような口をきくな」


 いまここで叫んでやりたかった。

 彼はディセンバーズチルドレンなんだぞ、一年生の誰よりも異界に近く、異形に立ち向かい、そして生き残った人間なのだ、と。

 言いたい気持ちを抑えたのは、班の加入の際に約束した――彼らの素性を公表しないこと。

 不安そうな目で見ている蔵風遙佳の頼みに背くことはできない。


「――は、離せ。そこまで言うなら、証明して見せろよ!」


「なんだと?」


 真結良の手を振り払い、憎悪のままに寛人は叫んだ。


「今度の代表戦で勝負だ。俺たち五人……お前ら問題児の五人で! 人数の変更も異論も認めないからな!」


「いいだろう。受けて立とう」


「言ったな……負けたら俺たちの前で土下座しろ。今まで迷惑をかけて済みませんでしたってな」


「私たちが勝ったら……今後いっさい仲間にも、吾妻式弥にも手出しをしないと約束しろ」


「はっ! どうせ勝てる訳ねえよ。……手続きは俺がしてやる。逃げるんじゃねえぞ。恥をさらしてやる」


「――フン、誰が逃げるものか」


 立ち去る姿を見送り、

 緊張の糸が切れるなり、式弥は鈍い音を立てて机に頭を落とす。

 隣にいた誠は視線を下げて頭を掻いた。


「どうした?」


 ばつの悪そうな顔つき。

 机と真結良を交互に見て、


「なんつうか、ちょっと俺、いま感動した……班の連中、十河とかミニ子とか、市ノ瀬とか那夏ちゃんとか、委員長も……もちろん仲間なんだけど、……こうやって声を上げて仲間って言ってくれたのは、ちょっと来るもんがあった」


 机に置いた足を下ろし、彼は背もたれに体を預ける。

 少し間があり、腕を組みながら照れくさそうに、彼は自分の頭をまた掻いた。


「――ちょっと嬉しかったかもしれねえ。…………だから、代表戦は俺も出る。あそこまで言われちゃあ、俺のプライドが許さねえ。ぜってえ勝ってやろうぜ」


「ああ、もちろんだ」


「あ、あのー?」


 遙佳は遠慮がちに手を挙げた。


「盛り上がっているところ申し訳ないのですが。……真結良ちゃん。甲村君は『五人』って言ってたけど、

 私たちの班から残りどうするのかなぁって?」


「――――――……………………ぁ」


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