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―― 一方、がむしゃらに訓練を行う式弥であったが、
どんなに魔力を循環させようとも、この身に刻印が有るという実感を持てない。
黙って立っているだけだが、魔力の取り込みは多くの集中力が必要となる。
彼は自分が思っている以上に、疲れていることをようやく感じ、休憩を挟んだ。
ほんとうに、ボクの中には刻印があるのだろうか。
固有刻印は目覚めたはずだ。だから訓練所に居る。
時々……失った記憶が歯痒くなる。
数年の記憶の中で、きっとボクは何かをしていたはずだ。
じっと黙って病院のベッドに寝ていたわけでは無い。
ちゃんとその足で、ボクは施設に入ったはずなのだ。
世界がおかしくなってしまった今、ボクを知っている人は居るはずなのだが、消えた記憶を補填してくれる人を探すなど――きっと今やっている班を探すことよりも、ずっと難しいだろう。
「――吾妻くん……だよね?」
ふと後ろから、名を呼びかけられる。
振り返ってみれば、真っ先に目に入ってきたのは腰に下げた刀。
頬に大きな……縫い跡の新しい傷があった。
「あぁ、喜美子も来てくれたのか」
「うん……。約束したものね」
はにかむ女子は目鼻立ちが整っていて可愛かった。
「昨日、三人で一緒に話をしていて、彼女も君に協力してくれると願い出てくれたんだ」
「はじまして。畑野です」
「よ、よろしく……おねがいします」
もっと感謝の言葉が胸の中にはあったのだが、こんな短期間に多くの女子と会話をしたことがない式弥は返答に困り、気の利いた台詞は出てくるはずも無く。
口数少なく、頭を前に倒す。前髪で隠れた目はせわしなく動いた先、
刀を下げている腰が目に入った。優良生徒の証。
驚いた。小岩京子さんと、同じ人だ。
「――へえ。刻印が使えない、か。ちょっと難しいね」
しょんぼりする式弥を横に、二人から一通り話を聞いた喜美子も当惑ぎみ。彼女も他の一年と同じで刻印については多くを知っているわけではない。むしろ刻印の知識は遙佳の方が豊富であった。喜美子が来てから、なるべく目立たぬようにするためか、遙佳は意見を出さなくなった。
少なくはあるが、考えられるべき事は消化したつもりであった。それでも吾妻式弥の改善している様子が見えない。本人も含め他の三人も袋小路に入り込んだ状態。
「やっぱり、センスが無い――って事じゃないでしょうか?」
式弥は、本当に自分に刻印があるのか疑わしく感じているらしい。
――皆ができて、自分は出来ない。深く考えずとも、始めから根本的な要素を持ち合わせていないと直結させてしまうのは自然な判断だった。
安直な発想であったが、一番可能性が高い答え。
「吾妻くん……諦めないでがんばってみよ。このままだとまた元通りになっちゃうよ?」
喜美子はなんとか励まそうと、笑って見せる。
「――………………はい」
肯定しているが、心は語らずとも真逆だった。
――結局、悪戯に時間だけが経過し、都合良く成果が得られることはなかった。
「……………………」
本人以上に、真結良のほうが意気消沈している状態。
自分が言い出したというのに、まるで進展が得られないとは……。
安請け合いをしたつもりは無い。困難であろうとも今より良くなるはずであると、疑いなく信じていた。友達が二人も手助けしてくれて、吾妻本人だってやる気を出してくれたというのに。
「ひとまず、吾妻君も疲れてるはずだから、どこかで休もうよ」
重い空気をどうにかして軌道修正しようと、提案する遙佳。
式弥は何一つ結実せぬ始末に、相当な落ち込みよう。
休憩スペースに移動しても、一言も話せない有り様だった。
勇気づけるつもりで、喜美子は口を開く。
「まだ全部を試してみたわけじゃないよね? 私たちはまだ一年生だし、知らないことも沢山あるわけだか
ら。私も先輩に聞いて情報を集めてみるよ」
「――本当に、何から何まで、ありがとうございます」
ここまでしてもらっているのに、進展しない自分に、情けなさだけが増えてゆく。
「…………いっそのこと、刻印を頼りにしないスタイルを目指すってのも一つの手かもね」
班に入れないのは、刻印が使用できないから。使えることを第一としていた考えを真っ向から打ち消すような提案を出した遙佳。
「刻印って色々な能力があって、たとえば戦闘自体に不向きなものは、みんな刻印よりも戦う訓練を重点に置いてるんじゃないかな」
「遙佳の言う通りだ。聞いた話では、前線に出ている一部のサイファーの人たちも刻印に頼らず、異形と戦っている者もいると聞く」
「そうそう。刻印を起動できなくても、魔術兵器は使えるからね。――ほら。吾妻君だって普通に魔力をコントロールできるんだから、魔術兵器は使えるものね? それに魔力を上手く使えば身体能力も向上できる方法もあることだし……」
「え、……えぇ」
自信なさげに頷く。例え魔術兵器を使えたとて、十分に生かせるかどうかは、また別の問題だ。
「使えるに越したことはない程度の代物だよ。一年生のみんなは刻印だけに目がいきすぎてるだけで、そんなに大したモノじゃ無いんだよ。……異界に居たって体内の魔力が枯渇したら、個人差はあるけど、新しく取り込むのだって時間掛かるし、刻印なくたって案外いけるものだよ」
「へえ。異界に居たら刻印はずっと使える物だと思ってた。まるで異界に行ったことあるみたいに物知りなんだね。蔵風さん」
「……………………」
――自然体に話した事が裏目に出てしまったらしい。
遙佳は体が固まった。思考もフリーズしてしまったらしい。
「――と、この前、先輩が話していたのを盗み聞きしてな。二人で良い勉強になると話していたことがあったな」
冷静に真結良がフォローをいれる。
「そ、そうそう! 偶然聞いちゃって。知らない先輩の受け売りだよ。先輩に感謝」
「そうだったんだ。へぇー」
納得する式弥と喜美子の目を盗んで、真結良とアイコンタクトを取り、小さく舌を出す遙佳。
「方針は凄く良いんだけど、……問題は班に入れるかどうか、だよね」
「そうだな。吾妻式弥には、良いところに入れたらと思っているのだが」
「良いところといっても、レベルが高ければいいって問題じゃ無いものね。代表戦の為にランキングの高いところに入ると、その後が大変だもんね。メンバーの水準が高いから、自主訓練とか班の活動について行けない人が出てくるって話だし」
「――そうか。そんな問題もあるのか」
いつぞや、エリィ・オルタが『図々しい』と非難していたが、後々に重責となって自分へと返ってくるのか。
喜美子は身振り手振りで説明しながら、
「言い方は悪いけど〝身の丈に合った〟所を選ぶのがベストなんだけども、そこが難しいんだよね」
ますます安易ではなくなってくる吾妻式弥が班に加入するという壁。
ここまで難度が高くなってしまうモノなのかと真結良が腕を組み始めたとき、
「本気で悩んでるんだもんね。――――じゃあ、さ。いっそのことウチに来るのはどうかな?」
思いもよらない提案を出した喜美子。
「え、そんな。そんなのは」
式弥は思わぬ救いの手に困惑を隠せなかった。
「ウチの班は今、二人で……ちょうど人数が少ないから、吾妻くんがよければなんだけど、どう? ウチに居る間に他の班を探すのもいいかなぁ、と思うんだけど」
式弥は黙り込む。
畑野喜美子の班……。それが分不相応であることは明白であったからだ。
「喜美子の班なら、安心できるな」
「凄く良いと思うよ。こんなチャンスはないよ!」
真結良も遙佳も賛成のようだ。
なおも沈黙を維持したまま、ふと喜美子の刀を思いだし。
「…………………………ちがう、と思います」
まさか絶好の条件を見合わせるという行為に、真結良が立ち上がる。
「何を考えているんだお前は。喜美子の班だぞ? 何が気に入らないと言うんだ」
流石の真結良も怒りを隠せないようで、どうしたらいいかわからずに式弥を責めた。
「き、気に入らないなんて、とんでもない。…………これは、自分自身に問題があって」
ますます解せない回答に、立ち上がった勢いをどこに持って行けばいいのか暮れていると。
そっと、遙佳が真結良の腰に手を当てて、椅子へと導く。
まだ不満な気持ちを抱えたまま、ひとまず腹に押し込んで真結良は従う。
「自分の問題って?」
喜美子はただ穏やかに、彼の意見を待った。
「うまく説明できないんですけど、…………すごく、嬉しい。もう二度とないような。こんな、こんな自分なんかの為に――そんな誘いだと思ってます。……で、でも、それじゃダメだと、このままの状態ではダメだと思うんです」
弱々しい返答であるが、その芯には、何やら頑なになる何かがあると三人は思った。
「ぼ、ボクは谷原さんが最初に言ってくれた、変わると言うこと、……変わることが出来ていないのに、ボクはきっとこのまま班に入ってしまったら、きっと元の自分に戻ってしまうようなそんな気がするんです……きっとまた、違うカタチで迷惑をかけてしまう」
いつのまにか、式弥の目には涙が溜まっていた。
自身への情けなさと悔しさ。
今の今まで自分の立っている場所を良しとしていた後悔。
こんな弱い自分に手を差し伸べてくれた彼女たちの思い。
胸が一杯になって、感情が涙がとなって溢れていた。
「……きっと、畑野さんの手を、取っちゃ……だめ、……だめだと思う。ボクはきっと駄目になる。……チャンスとか、そういうの。じ、じゃなく、て。…………本当に、ボクを必要としてくれるような、班――…………必要になる人間になら、なきゃだめ、……だめなんで、す」
誰かにいじめられて流すよりも――ずっと苦しく。
同時に固い決意を乗せた、熱を帯びた涙。
ゆっくりと立ち上がって、前髪の向こうにある眼鏡を外して。両目を拭う。
机の上にのせられた拳は強く握られ、震えていた。
「ぼ、ボクも……変わりたい! アイツらに――甲村にもういじめられないような……皆と同じ場所に――ボクも同じ所に立ちたい。本物が……ほしいんです」
表明は心の想いと相乗して、声となって高らかに響く。
周りの人間が何事かと視線を向けるも、もはや意に返さない。
――たぶん彼の心は最初の頃と変わっていない。
変わりたいと思っていた心を、無意識のうちに深く埋もれさせていただけだったのだ。
抑圧され続けるにつれて、彼の『変わりたい』思いは儚い幻想であると諦めてしまった。
諦めから本当の気持ちを取り戻し、彼は再び前を向く決心をした。
ただそれだけなのだが――きっとこの再起は、
刻印を扱えるようになるよりも、難しいことである。
そして、彼が言っていた『本物』という言葉は、
自分を変えようとし――変わった先に得られるモノが、本当に自分の力だけで勝ち取った証明であると、考えているのだろう。
少し前に、私も同じような思いを言葉にした。誰かが血を流して作られた平和より、私も同じように自分の力で勝ち取った平和を望んでいた。今でもこの胸に変わらぬ思いがある。
「――――君なら、出来るよ。吾妻式弥」
彼の考えを真に理解した上で、真結良は呟くように言った。
今の彼ならば、きっと前に進める。そう確信できる。
感情が徐々に落ち着きを取りもどし、
赤くなった目を何度も拭う式弥。
彼の決意は解った――さて、そうしたら話の本線。
今後どうしたいのかを問おうとしたとき、




