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「でも、なんでだろ。……ちゃんと魔力を回せているのに、刻印が出てこないって。……ほんとうに刻印がないのかな? ううん。訓練所に入る前から刻印が表れて〝適正アリ〟と見なされて入学するんだから、そんな事はあり得ないし。…………まさか刻印が消滅しちゃったなんて事は――」


 ブツブツと式弥を見ながら真剣に考える遙佳に、


「遙佳はどんな刻印を使うんだ?」


 すこし息抜きしてもらおうと、真結良は純粋に興味があった話題をふる。


「え? 私のなんか、大した物じゃないよ。ちょっとした攻撃術式、かな……射出物がないと効果が表れない付加型だから、使えるシチュエーションがかなり限られちゃってるよ。ボウガンとか弓があれば便利なんだけど」


 遠慮がちに口にしつつ、首をすこし曲げて顔を覗き込んだ。


「真結良ちゃんが刻印に目覚めたのはパンドラクライシスからすぐに?」


 刻印が表れる条件は解明されておらず、十代の少年少女を中心として刻印が表れること以外、明確なデータが存在していない。パンドラクライシスの中心地。別の世界に繋がっていると言われる、空間の大穴が開きっぱなしの爆心地(グラウンド・ゼロ)から遠く離れていても刻印が表れたというケースもある。


「私は少し遅かったかな。それに凄く痛かったのを憶えている」


 無意識に自分の首を撫でた真結良。


「刻印に目覚めたあとは、すぐにブラックボックスの管理下に置かれている、別の病院に収容されて、精密検査の連続だったな」


「壁の外にもそんな場所があるんだね。みんな刻印を持っている人たち?」


「私を含め、二十人くらいだったと聞く。中には刻印が表れる可能性があるであろう予備群の子供も同じように収容されていた。何人かと会って話したこともあった。この土地とは全く関係の無い地方の人もいたよ」


 真結良も決して(じゅん)(たく)な生活を送って居たわけではない。

 望まぬままに刻印が表れて、自らの人生が大きく軌道を変えられてしまったのだ。

 それを遙佳は理解したつもりだ。決して異界にいた帰還者だけが道理の立たない生き方をしていたわけではないのだと。彼女だって自分の人生を進み、もしかしたらなりたい自分を思い描いていた日々もあったであろう。それでも現実に屈せず、壁の外にいる選択を選ばず、自ら壁の中へ向かい、こうやって自分と話している。


「遙佳は、いつごろ刻印を使えるようになったんだ?」


「うーん。刻印に目覚めたのは少し遅めだったんだよね……だからずっと怖かった。もし、刻印が手に入ってなかったら、私も今頃、異界で死んじゃってたと思う」


 辛くないと言えば嘘になる過去。

 ただ、私の場合――とても恵まれていたケースだ。いつも誰かに助けられていて、代わりに誰かが犠牲になって、私はいつも助けられる側に立っていた。


「なんだかんだいって、私は大したことないよ……真結良ちゃんは私たちの班がディセンバーズチルドレンだっていうから凄く期待してると思うけど、私のは偽物と変わらない。これぽっちもだよ」


 (けん)(そん)でもなんでもない。現実的に判断を下した自己評価は低い。


「私は真結良ちゃんのように、刻印のコントロールは上手くない」


「異形と戦っていた君は、勇ましく見えたぞ。真っ向から相手を捉え、決して退かなかった……見事な戦いぶりだった。それに私だって刻印のコントロールは非常に不安定らしくてね――ほら」


 真結良はポケットの中から小さな透明な容器を取り出して見せた。中には小さなカプセルがいくつか入っていた。


「刻印を安定化させるために、ときどきコレを服用しなくてはならないんだ」


「へえ。固有刻印に適応する薬なんてあるんだね。そんなの初めて見た」


「薬に頼らなくてはならない刻印なんか、頼りにはできない……もっと自分に出来ることがあれば良いのだけれども」


 刻印以外の戦い方。

 少しだけ思考した遙佳は思い出したように手を叩いた。


「刻印を使わなくても、戦う方法……あるかも。でもコレって人にしか使えないかな」


 本当なのかと、真結良は耳を疑う。

 その表情には興味と少しばかりの希望が浮かんでいた。


「…………実は魔力って、……干渉することが出来るんだよね」


「初耳だ。そんなことが可能なのか?」


「うん。魔力は大気に存在している。――あくまでたとえ(・・・)になっちゃうんだけど、魔力の本質は無色のエネルギーで、自分の中に取り込むと独特の色彩に変換されるらしいの」


 魔力について、深く考えたことはない。

 異形が活動するための要素。魔術を使用するための燃料。

 教えられている知識はその程度のものだ。


「魔力を刻印に流せば刻印の魔術が自動的に発動する仕組みだけど、この自分の魔力を相手の刻印に流し込んだら、どうなるとおもう?」


「別の色をした魔力が、外部から入ってきたら……刻印が暴走する?」


「半分正解、かな……暴走させることも出来るけど、相手側の魔力を相殺して打ち消すことができるんだよね」


 真結良は思ったままの答えを口に出さず、頭のなかで噛み砕いて、理解した上で、


「…………っとなると、打ち消された魔力は刻印に回すことが出来ず、固有刻印を起動することが出来なく――なる」


「うんうん。そんな感じ。ただ良いことばかり上げてるけど、こちらの力を接続するってことは、逆に相手側からも接続できちゃうってこと。自分よりも多い魔力容量をもって抵抗されたら、逆に自分が制圧されちゃうかもだから、使い所はほとんど皆無って言ってもいいかな」


「なるほど。じかに接触をしなければいけないし、流し込むということは自分の魔力も膨大に消費する。異形にも有効かもしれないが、奴らの方が血液同様に魔力を持っているはずだ。無防備なままで、じかに触れる事はまず不可能。仮に干渉できたとしても、相手を掌握するのは難しい。どれを取ってもリスクしかない訳か……」


 一つ学んだことを十にして解釈する真結良に、感心した遙佳は顔を輝かせる。


「さすがは真結良ちゃん。コツさえ掴めれば真結良ちゃんもきっと出来るはずだよ」


 手を出すように(うなが)す遙佳。真結良は言われたままに従う。

 柔らかい手の感触が伝わってくる。よく見ると爪もしっかりと手入れされていて、自分よりも綺麗な手にほんの少しだけ劣等感を憶える。


魔 (Anti)術 兵(Unknown)( Wepon)は物質に刻まれた魔術で固有刻印と何も変わりはない。ただ他人の体に魔力を流すのは、武器や自分の刻印をコントロールするのとは違って、少し複雑で難しいの」


 真剣な表情で、遙佳は自身の手を一点に見つめる。

 すると、真結良は自分の体の中に何かが入り込んでくるのを感じた。ソレは魔力であるのだが、違う感覚。訓練所で供給できる魔力が純粋な水だとすれば――コレは異物が混合された液体だ。

 恐らく、先ほどの吾妻式弥も同じような体験をしたのだろう。


「安心して。真結良ちゃんの刻印へ無理に流し込んで悪さはしないよ。……人には個人個人、血管の形が違うように、魔力が伝達するルート()がある。魔力を循環させるために起点となる部分。その多くが刻印の周辺に集中してるんだけど…………うん、こんなところかな。真結良ちゃん、刻印を使ってみて」


「え、しかしこんな所で使ったら……」


「大丈夫だよ。私を信じて」


 (ため)()いの方が強かった。こんな(おおやけ)の場で刻印を使えば重大な校則違反になってしまう。

 ただ、先の説明を受けたばかりだったので、どうなるか試してみたい好奇心もあった。

 意を決して、真結良はゆっくりと、自分の首にある固有刻印を発動させる。


「……………………………………………………あ、れ?」


 すぐに気がついた異常。おかしい。刻印が起動しない。

 自分の魔力を首に集中させているのだが、自分ではない魔力がその周囲を滞留して、侵入を拒んでいた。


「ね? コレが『魔力干渉』……対象に接続して純粋な力のコントロールを行い、相手の魔力の流れを妨害する方法。魔力が使えなくなっちゃえば刻印はただの付属品にしか過ぎないの」


 ただ手を繋がれているだけだというのに、常に彼女の手から微量の魔力が送られてくる。

 その力は自分のものではないため、制御することが出来ない。


「いま私がやってるのは、真結良ちゃんの刻印にある……回路の一部を塞いでいる状態なの。供給ラインを押さえてしまえば、刻印を発動することが出来ない」


「すごい……魔力にこんな使いかたがあったなんて」


 手が離されると、体内にあった遙佳の魔力は徐々に薄れ、元に戻っていった。


「…………ふう。……いま私がやっていたのは相手側にも影響のない手段。お互いが信頼してたから成り立ってるのもあるかな」


 両手で眼鏡を上げて、小さく深呼吸。


「自分の魔力と相手の魔力のやり取りは、純粋な力同士のぶつかり合い。パワーゲームで決まるから、例え刻印が弱くとも、保有できる魔力容量(キャパシティ)が大きければ、刻印以上の力が発揮できるかもね……私はそれほど魔力ため込めないから、今後も使えないと思う。それに凄く集中しなきゃいけないから、なおのこと実戦では難しいかも」


「こんなこと、学校じゃ教わらないな」


「他人に接続したら、反対に抵抗されて刻印を暴走させられる危険もあるからねぇ。……とてもシンプルな手法だけど、凄く危ないから、気をつけてね。使いようによっては魔術は便利だけど、頼りすぎると猛毒になるし」


「遙佳は魔術に詳しいんだな」


「ううん。コレは全部、幼なじみの受け売り。一緒に異界にいて、まだ『力』に対しての名称もなくて『魔術』にすら例えられてはいなかったけど、友達は刻印が魔力を利用して効果を及ぼす術式だって、いち早く分析してたくらいだから」


「その人はいまどこに?」


「…………まだ異界、かな」


「帰還……出来なかったのか?」


 遙佳と一緒に異界から帰ることができなかったと言うことは、

 即ち……亡くなっていると判断した。


「できなかったんじゃなくて、しなかった(・・・・・)って言った方が正しいのかな……年上なんだけど、私の幼なじみの子。私を助けるために刻印を研究してたんだよね。たぶん魔術に関してはこの訓練所の誰よりも知識を持ってると思う。あそこまで出来ちゃったらもう〝刻印適正者〟よりも〝魔術師〟って呼んだ方が正しいかも」


「それほど凄い人なのに、どうして」


「……生きることよりも好奇心の方が勝っちゃったんだって。異界は確かに怖いことばかりだけど、それでも知りたいことが沢山あるって。もちろん彼女には一緒に逃げようって説得したんだけど、どうしても残りたいって言って……そんな感じ」


 複雑な表情に、真結良はどう二の句を踏んで良いのかわからなかった。


「間宮君とか、班のみんなはサイファーなんてなりたくないだろうし、異界へは二度と行きたくないって思ってるだろうけど。私はもう一度、できるならもう一度〝四区〟へ。……異界に戻りたいって思ってる。異形と戦いたいわけじゃないんだけど。きっとみんなと一緒にサイファーになれたら、きっと上手くいくかもって。…………生きているなら、元気でいるなら幼なじみともう一度会いたいなって思ってる…………あはは、すごく動機が不純だよね。戦いたくないけど異界に行きたいなんて。ワガママで、都合が良いよね」


 真結良は沈んだ遙佳の肩に手を置いた。彼女の目は悲しげだった。


「そんなことはない……遙佳にとっては大切な友達なのだろう?」


 彼女は後ろめたさもあってか、小さく頷くだけに留まった。


「まだ我々は一学年。遅かれ早かれ、サイファーになればいつかは、あの壁の向こう側へ行くことになると思う。私も出来るだけ君のサポートをする。だから一緒に頑張っていこう」


「うん……うん、ありがとう」


 眼鏡をあげて、両目をこする遙佳。

 いつも周りを取りまとめる強さがあり、勇敢に戦えるような印象。

 だが――彼女も彼女で色々な葛藤や悩みを抱えているのだ。

 決して強いだけではない。他の人間と同様に、弱い部分も持っている。

 帰還した人々はそれぞれの過去を、異界の中に置いてきているのだ…… 。

 改めてディセンバーズチルドレンの経緯について、真結良は深く考えさせられた。


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